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【鼎談】ドミニク・チェン × 田中みゆき × 山本貴光——作ると遊ぶが循環するメディアへ

#1 DISTANCE.media編集会議2024

作ると遊ぶが循環するメディアへの画像
構成:宮崎慎也
写真:高橋宗正

『DISTANCE.media』の立ち上げから1年。この「場」をどのように成長させていくのか。編集委員であるドミニク・チェンさんと、山本貴光さん、そして新たに委員に加わっていただいた田中みゆきさんとともに、これまでのDISTANCEとこれからについての会議を開催した。#1では、これからのメディアにおける、書き手/作り手/読み手の関係性について考えます。

Contents

    「言葉のやり直し」をこのメディアで始めたい

    ——まずは新編集委員になっていただいた田中みゆきさんのご紹介から始めたいと思います。どうぞよろしくお願いします。

    田中みゆき よろしくお願いします。私は障害のある人と十数年活動をしてきて、「障害は世界を捉え直す視点」をテーマに、カテゴリーにとらわれないプロジェクトを通して、既存の枠組みを再考することに取り組んでいます。

    私自身、視覚障害や聴覚障害の人に興味を持つところから始まり、その他にも自分が見えていない人たちがたくさんいるということに徐々に気づいてきました。障害のある人たちの視点でメディアを見てみたときに、まったく違う考え方や見方があると思っています。

    それは思考実験や彼らの視点を借りてくるというものではなくて、絶対的な現実として彼らが直面しているものであるということを知れば知るほど、社会自体を見直していかないといけないと思っています。そういう思いで、この『DISTANCE.media』に関わっていければと思います。

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    田中みゆきさん

    ドミニク・チェン 田中さんとはいろんな場所で今まですれ違ってきていたんですが、このメディアの編集委員として田中さん以上にお願いしたい人が見つからないという思いがありました。というのも、田中さんには常に社会を見直すための一本の芯が通っていると感じていました。田中さんは広い意味での「アクセシビリティ」という言葉で、キュレーションや介護などのさまざまな仕事を再考していますが、新しいメディアを作るときに、このアクセシビリティの観点で、知のあり方を更新していかないといけないんじゃないかなと思っているんです。

    田中 そう言っていただけて、とても光栄です。まだまだ私たちの社会は障害のない人が解釈できる範疇の人しか扱われていないことが多々あると思います。肢体不自由や視覚障害は目に見えることが多いし、比較的受け入れられやすいかもしれませんが、それ以外の障害がある方々もたくさんいます。そういう人たちと、どういうふうに意思を疎通できるのか、思いを通わせられるのかというところにすごく興味があります。

    ただそれをエンタメのような形にはしたくないし、展覧会という場にも限界があります。そんなときに、このお話をいただいて、ぜひ参加したいと思いました。それは、山本貴光さんが去年の編集会議で語られていた「言葉のやり直し」ということが必要だと感じていたからです。いままでの枠組みや範疇で語られてきたものを、別の言葉にしたり、別の光が当たるようにしていくのが、このメディアではできそうだと思っています。

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    ドミニク・チェンさん

    自分とは違う心身の状態を想像する

    山本貴光 私は1990年代半ばころから、ゲームクリエイターの仕事を長くやっていました。いま振り返ってみると、ゲームにおけるアクセシビリティという点では、いわゆる健常者を前提に作られていましたし、さらに言えば男性中心のものでもありました。良くも悪くも、”男の子が男の子のために”ゲームを作っている世界だったかと思います。

    その後、徐々に変化はしていて、開発資金のある「AAA」と呼ばれるタイトルなどでは、聴覚障害の方に向けた調整の仕組みも入っていますが、まだまだ十分ではありません。そういう調整だけではなくて、多様な心身の状態の人が楽しめる工夫が必要だと思います。その点で、近藤銀河さんの『フェミニスト、ゲームやってる』(晶文社、2024年)という本はとても示唆的でした。

    ゲームに限らず、社会のさまざまな面でも、多くの人が頭の中に持っている「世界はこういう場所だ」という世界の模型と言いましょうか、世界モデルのようなもののバリエーションをお互いにもっと増やしていく必要があると思います。たとえば、車椅子で移動している人が駅で遭遇する困難も含めて、まだ無理解が多いですね。

    いまの自分とは違う心身の状態の人に対する想像力を持つためにも、『DISTANCE.media』を通して、物理だけではない「ディスタンス」を探っていければと思っています。そういう意味でも、田中さんに参加していただいて、とても心強いです。

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    山本貴光さん

    書き手と読み手の境を緩やかに

    ——この1年、『DISTANCE』を庭にたとえたときに、いろんな種を撒いてきたと思います。振り返ってみていかがですか?

    ドミニク そうですね。昨今、結論ありきで何かを強く一方的に伝達していくようなウェブメディアが多い中で、そうはならないようにしよう、「弱いメディア」でいようという姿勢は堅守できていると思います。

    その一方で、まだまだ読み手とのインタラクティブなアイデアは実現できていないと思います。書き手と読み手という関係性をもっと緩やかにしたいという思いは当初からあるので、これから実現していきたいと思っています。

    山本 「ラボ機能」と呼んでいたものですね。

    ドミニク そうですね。研究室的な活動を共にすることで、書き手だけではなく、ここを読んでくれてる人たちと一緒に「言葉の土」を耕していく。新しい言葉を獲得していくということを、これからやっていきたいですね。

    山本 SNSがどんどん居心地が悪くなっている状況からしても、そういう場所を作っていきたいですね。

    ドミニク 最近の『DISTANCE』では、「記憶のケア」特集で、柴崎友香さんと谷川嘉浩さんとシンポジウムを開催しましたね。その後、山本さんと「記憶のケア」について話し合うなかで、ぼくはジャーナリングをすることを通して、記憶のケアをするという実践が生まれたんです。

    それについて記事にしたところ、結構いろんな人から、「自分もジャーナリングやってみようかな」という反響がありました。そういうお互いの実践を共有していきながら、試行錯誤を分かち合うようなことが、このメディアでできたら良いなと思っています。

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    参加したくなる余白のあるメディア

    ——山本さんは、1年を振り返ってみていかがでしょうか?

    山本 私も、読者の皆さんとのインタラクションについて考えています。SNS上で、毎日のようにケンカや争いや差別が横行している中で、人を侮蔑するということが、どんどん膨らんでるようにも見えるんです。

    そんなこともあって、Webやネットを介した言葉やアイディアの交換はどうしたらできるかということが、改めて喫緊の課題だと思っています。そういうことを考えているときに、先日、編集者の松岡正剛[★01]★01さんがお亡くなりになって、追悼文を書く機会がありました。

    松岡さんの初期から現在に至る仕事を振り返ってみると、彼は1971年に『遊』という雑誌を創刊して、同誌は82年まで続きます。その間、出版社の工作舎も立ち上げています。当時の話を聞くと、この雑誌が書店に並んだとき、その斬新さに衝撃を受けて、自分も編集の手伝いをしたいと言って、工作舎まで押しかけたという人がいたというのですね。または、一読者としてそれを読み、「遊塾」という私塾みたいなものに参加した人もいた。そういう若者たちを巻き込む形で、さらに一緒に雑誌を作っていったそうです。一つの場を作ったわけですね。

    その過程で、一方的に雑誌を発信するのではなく、工作舎という場所に、いろんな人たちがいっぱい集まって寝泊まりしながら、雑誌を作ったり議論したりするコミュニティもできていった。こういうことをやりながらどんどん読者の輪を広げ、読者がやがて書き手にもなるような場を松岡さんは作ったと思うんです。これは彼の晩年に至るまで、形や規模を変えながら続けられていたことでもありました。人と人がやりとりする場を編む人でした。

    それと同じことをするのは難しいにしても、Webという場所で、このメディアを読んだ人が「私も何か言わずにはいられない」「ここで何かやってみたい」という循環が起きてほしいと思います。

    ——そこには、読み手が参加したいと思う余白みたいなものが必要ということでしょうか?

    山本 そうだと思います。『遊』の場合でいうと、おそらく「素人仕事」みたいな部分があって、読み手としても、見ちゃいられないという気持ちを誘ったりしたのかもしれません。松岡さんたちも言っていますが、デザインや印刷や編集をよく知らない若者たちが、見様見真似で作っていきながら、印刷所の人に教えてもらったり、すでにベテランデザイナーだった杉浦康平[★02]★02さんに相談しながら作っていったのですね。

    常に普請中と言いましょうか、未完成で、そこには「私も何かやりたい」といって飛び込みやすい余白があったんだと思います。ドミニクさんが言うラボもそういう場になりうると思います。

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    作ると遊ぶが循環する場

    ——田中さんは、読者とのインタラクションについてはいかがですか?

    田中 私もまさに、作ると遊ぶが循環するような場を作りたいなというのをずっと思っています。できる限りそれを実際の空間でもやろうとしています。

    たとえば、先日渋谷のCCBT(シビック・クリエイティブ・ベース東京)で、「オーディオゲームセンター+CCBT」という展覧会を開催しました。「オーディオゲーム」というのは、映像などの視覚情報がなくても楽しめる「音からつくり、音で遊ぶゲーム」のことで、私たちは2017年からこの活動を続けています。まだまだメジャーなものではないですが、視覚障害のある人も音だけでつくり、楽しむことができます。

    その展覧会の中で、3日間でオーディオゲームをつくるというハッカソンを開催しました。そうすると、オーディオゲームを知らなくても、みんなそれなりに作ることができることに驚きました。もちろん、各チームにエンジニアに参加してもらったり、視覚障害のある“ブラインド・ファシリテーター”とともに考えるという形で、企画側で用意した環境の要素もあったんですが、今すぐアプリにできるレベルのものも出てきました。

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    ドミニク 3日間で作れるのはすごいですね。

    田中 9歳の失明した男の子も参加してくれたんですが、彼は「たまごっちの音版」を作りたいと言って、音でキャラクターを育てるゲームをチームで作っていました。もちろん、3日間なので、アイディアやプロトタイプレベルのものが多いんですが、「ゲーム」という共通言語がみなさんの中にあるから、自分なりに考えて形にできるんですね。

    山本 みんな、「たまごっち」をはじめ、そうしたゲームの型を持ってるんですね。

    田中 そういう、みんなで作り合って、遊び合うという循環ができることに可能性を感じました。この『DISTANCE』でも、そんなハッカソンやワークショップができるといいですね。

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    DISTANCE.media編集会議2024

    #1 作ると遊ぶが循環するメディアへ
    #2 ゲームからメディアのあり方を考える
    #3 「体験の重心」を変えてみる

    ★01 (1944-2024)。京都市生まれ。編集工学者、編集工学研究所所長、イシス編集学校校長。1971年に 雑誌『遊』を創刊。生命・歴史・文化にひそむ仕組みを「編集」の観点でとらえ、方法的に用いて新たな仮説や問いを創造する「編集工学」を確立。2000年からは、ウェブ上でブックナビゲーション「千夜千冊」を展開した。著書に『日本数寄』、『フラジャイル』(ともに、筑摩書房)、『17歳のための世界と日本の見方』(春秋社)、『知の編集術』(講談社)、『情報の歴史21』(監修、編集工学研究所)など、多数。 ★02 1932年東京生まれ。グラフィックデザイナー、ブックデザイナー、神戸芸術工科大学名誉教授。意識領域をイメージ化する独自の技法によって、日本語のヴィジュアル・コミュニケーション、ブックデザインに大きな影響を与えた。また、アジアの図像研究の第一人者としても知られ、アジア文化を紹介する展覧会の企画・構成や造本を数多く手掛ける。著書に『ヴィジュアル・コミュニケーション』(共著、講談社)、『日本のかたち・アジアのカタチ』(三省堂)、「かたち誕生」(NHK出版)、「宇宙を叩く」(工作舎)など多数。

    ドミニク・チェン
    情報学研究者。1981年生まれ。博士(学際情報学)。早稲田大学文学学術院教授(表象・メディア論系コース)。NTT ICC(Inter Communication Center)研究員、株式会社ディヴィデュアル共同創業者を経て現職。Ferment Media Researchを主宰し、人と技術と自然存在の関係性を研究している。著書に『未来をつくる言葉』(新潮社)、『電脳のレリギオ』(NTT出版)、『ウェルビーイングのつくりかた』(共著、BNN)など多数。
    田中みゆきたなか・みゆき
    キュレーター・プロデューサー。「障害は世界を捉え直す視点」をテーマに、カテゴリーにとらわれないプロジェクトを企画。表現の見方や捉え方を障害当事者含む鑑賞者とともに再考する。2022年7月から12月までACCのフェローシップを経てニューヨーク大学障害学センター客員研究員。2025大阪・関西万博 日本館基本構想クリエイター。主な仕事に、「ルール?展」(2021年、21_21 DESIGN SIGHT)、「語りの複数性」(2021、東京都公園通りギャラリー)、「オーディオゲームセンター+CCBT」(2024、シビック・クリエイティブ・ベース東京)など。主な書籍に、『誰のためのアクセシビリティ?』(リトルモア)など。
    山本貴光やまもと・たかみつ
    文筆家、ゲーム作家。1971年生まれ。東京科学大学リベラルアーツ研究教育院教授。コーエー(現コーエーテクモゲームス)にてゲーム制作に携わり、在職中から執筆活動を開始。1997年より吉川浩満と「哲学の劇場」を主宰。著書に、『文学のエコロジー』(講談社)『記憶のデザイン』(筑摩書房)、『心脳問題』(吉川浩満と共著、朝日出版社)など多数。

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