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【鼎談】ドミニク・チェン × 田中みゆき × 山本貴光——ゲームからメディアのあり方を考える

#2 DISTANCE.media編集会議2024

ゲームからメディアのあり方を考えるの画像
構成:宮崎慎也
写真:高橋宗正

『DISTANCE.media』の立ち上げから1年。この「場」をどのように成長させていくのか。編集委員であるドミニク・チェンさんと、山本貴光さん、そして新たに委員に加わっていただいた田中みゆきさんとともに、これまでのDISTANCEとこれからについての会議を開催した。#2では、3人の共通の関心であるゲームから、メディアの可能性を考えた。

Contents

    さまよい、いるだけでいいメディア

    ——田中さんは、『DISTANCE.media』に参画するにあたって、参考にしたいメディアなどはありますか?

    田中 WEBの体験でいつも思うのは、一人ひとりにかけてもらう時間のコントロールの難しさです。たとえば「ディスタンス」というものを意味的に表現することは可能だと思うんですが、それをどう体感してもらうかは難しい。

    そんなときに、ウェブサイト「かくれてしまえばいいのです」が参考になると思いました。自殺防止対策に取り組むNPO法人「ライフリンク」が絵本作家のヨシタケシンスケ[★03]★03さんの協力で開設したサイトで、生きるのがしんどい子どもや若者向けに作られています。

    サイトにアクセスすると、まず「隠れ家」に入るんですが、個人目線で始まるんです。まず、自分の今の状態を聞かれて、「理由があってしんどい」「理由はわからないけどしんどい」「別にしんどくはない」のような選択肢が出てきます。その後に、隠れ家に隠れることができる。その中には、同じ状態を抱えた他の人が見えたり、「無関係ばあちゃん」っていう案内人のようなキャラクターもいたりする。

    専門員に相談できる場所もあるんですが、それこそゲームをしたり、「ただ隠れる」ということもできる。そのコンセプトが参考になるんじゃないかと思いました。ある意味すごく時間を忘れて探索することができるし、誰かの居場所にもなる。こんなふうに、『DISTANCE』でも、直線的な読み方ができる記事以外にも、いろんな入口や過ごし方があっていいと思いました。

    山本 すごく良いヒントになりそうですね。キャラクターを操作して、さまようっていうのが大事ですよね。一見するとすごく無駄に感じちゃうけれど、逆にそれが重要だったりする。

    たとえば、あちこちにそれなりのお金をかけてつくっただろうに、廃墟のようになっているメタバースがいろいろあります。ダメなメタバースには、共通して失敗している点があって、その一つはただ単にコンピュータの画面に表示された疑似3D空間のなかをキャラクターを操作して移動させるだけ、というのがあります。もちろん見るべきものも設置されていて、パビリオン風の仕立てにはなっている。でも、それだけでは人は見て回ろうと思わないわけです。それに対してこのサイトは、アバターを動かして、フラフラ移動するだけでも居心地がいい。隠れたり、探したり、さまよったりすること自体がうまく機能してるように感じますね。しかも固定された場所のマップがあることで、何回も訪れるうちに、だんだん馴染みの場所になっていくのもいいですね。

    ——コンテンツの見せ方も、目次だけではなくて、マップなどもありそうですね。

    山本 試す価値はあると思います。ウェブサイトでも、コンテンツが一覧で並ぶだけではなくて、地図やダイアグラムのようになって、空間的に認識できると、馴染みの場所ができそうですね。

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    田中みゆきさんと山本貴光さん

    その先に人がいる、という共在感覚

    ドミニク 「かくれてしまえばいいのです」の本質は、その先に人がいるということだと思います。あのマップが機能してるのも、他の人たちが今オンラインにいるということが可視化されているからですよね。そこに共在感覚が生まれていて、自分だけじゃないと思える安心感もある。

    山本 共在感覚はとても重要ですね。言われてみると、多くのウェブサイトはそうなってないですよね。「記事が並んでます。読んでください。どこからでもどうぞ」という形で、書かれたものがそこに置かれてはいるけれど、読者に対して距離があるし、その先に人はもういないような不在の感覚が強い。もちろん文章とは、そもそも書き手が不在で書かれたものだけを提示するものだから、それでいいといえばいいのですけれど。ただ、ウェブサイトの場合、そこに人がいるという共在感覚も生み出せるわけですよね。

    たとえば、ラボのような形でそこに行けばドミニクさんがいる、という感覚が届けられるといいかもしれない。共在感覚の設計がこのメディアにも必要ですね。

    ドミニク もう一つ思うのは、「かくれてしまえばいいのです」に感じるのは懐かしさだと思います。うちのゼミの学生たちはこのサイトを見て「新しい!」と言っていたんですが、ぼくの世代だと懐かしい感じがする。UIもPCベースだし、技術的にも2000年代初頭のウェブ黎明期に使われていたリアルタイム同期プロトコルを彷彿とさせます。

    その時期に、俯瞰したマップでアバターが動いてるみたいものが流行ったんですが、まさにそのリバイバルのようなものですね。そのサイトで、何か結論を得るとか、解決するとかではなく、そこにいることが一つの価値になってる。それを感じさせるようなインターフェイスですよね。

    ——違う形で共在感覚を実現しているものはありますか?

    ドミニク たとえば「Discord」[★04]★04も共在感覚を実現していると思います。Discordはもともとオンラインで友達と一緒にゲームをするときのチャットサポートアプリとして作られていますが、それがまさに「今あの人がいる」というのがわかったり、「今30秒だけ話したい」といったことが実行しやすい設計がされていますよね。

    細かいところで言うと、「Googleドキュメント」や「Notion」[★05]★05では、いま入力している人のアイコンが出てきますよね。それも共在感覚を生むデザインだと思います。今ここにいるんだというのがわかるように設計されています。そういう体験をこのメディアでも実現できるといいですね。

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    『あつ森』とオープンソースコミュニティ

    山本 共在感覚でいうと、コロナ禍に任天堂Switchの『あつまれどうぶつの森』(以下、『あつ森』)が売れたのも関係しているかもしれません。このゲームは、基本的には島で「自分の家を作る」のがベースですが、もしオフラインだけであれば、そこまで広がっていなかったと思います。オンラインで友達がやってきたり、自分も他の人の部屋に行ったりできる。

    ゲームの中に自分のベースとなる居場所があって、さらに同じ空間に存在している誰かと交流もできるという2段階になっている。他のゲームのように、戦ったり、ポイントを稼いだりする必要がなく、ただそこにいるだけでもいいというのがうまくできていますよね。

    ドミニク それで思い出すのが、オープンソースコミュニティです。普段ものづくりをするときに、ぼくたちは「GitHub」[★06]★06などを使って、「自分はこんなものを作っています」というソースを公開します。「他の人もよければ参加していいですよ」というのがオープンソースコミュニティの基本です。参加すると、「使おうとしたけどこんな問題発見したよ」というのを「イシュー」という形で報告ができます。それを受けて、「ありがとう」と言って修正する。

    さらに進むと、「こういう不具合が起こったから、修正しておいたよ」と言って、「プルリクエスト」という形で提案もできます。それを、プロジェクトのオーナーが確認して、「ありがとう」と言って、承認する。まさにコミュニティですよね。

    田中 共在感覚のさらに進んだ形ですね。

    ドミニク 何か作ったものをお互いに共有したり、さらには一緒に作ることもできる。この一緒に長く作り合うというマインドが、『DISTANCE』にも必要だと思うんです。ただ一方的に何か知ってる人が知らない人に向けて伝えるのではなく、それを受けた人が「自分はこんなのを知ってるよ」と提案する。そういう意味でのインタラクションやコミュニケーションが長く続くような場にしていきたいですね。

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    自然とアクセシビリティが排除されている

    田中 一方で別の視点で見てみると、「かくれてしまえばいいのです」も『あつ森』も、実はアクセシブルではないんです。「ただいるだけでいい」というのは、本当はみんなに与えられている権利なはずなんですが、そういうものほど、アクセシビリティが足りないということはよくあります。

    たとえば、『あつ森』では穴を掘って、音を頼りに掘り当てることができる虫がいますが、聴覚障害のあるゲーマーの人は、聞こえないから手当たり次第掘っている、と言っていました。目が見えない人が空間を探索する時にも音に関するバリアがあります。壁に当たったときに音が鳴らないと、永遠に壁に向かって歩いていくということが起こってしまう。

    実はこういうことが、さまざまなゲームで未だ普通に行われています。手がかりがないことで壁に向かってずっと歩いてしまうことが起こりうることが想像できてないからこそ、起きてしまうことです。アクセシビリティの有無によって、そこにいることが想像されていない人を排除してしまうことには、作り手や発信者はもっと自覚的になっていく必要があると思っています。

    山本 それはとても大切な視点ですね。これもラボの一つで実践してもいいかもしれませんが、たとえば、一つのゲームを想定して、それを一緒に作る。その過程で、いろんなアクセシビリティの視点から意見を出し合いながら、改善していくというのも良いかもしれません。多様な人に手を貸してもらいながら、一つのものをみんなでつくっていくわけです。

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    実際にゲームをつくってみる!?

    ドミニク 2人と話してて、ぼくもこのメディアでゲームを作ってみたくなってきました(笑)。山本さんはゲーム開発のプロだし、田中さんはオーディオゲームの遊び方を開拓している。ぼくはただのゲーム好きですが、このメンバーと『DISTANCE』の読者の方々と一緒にゲームを作れると、いろんな発見があるんじゃないかと思いました。

    田中 作りながら考えるというのはとても大事ですよね。

    山本 ラボで、ゲームの企画会議やワークショップをやってみても良いかもしれないですね。

    ドミニク ウェブメディアをやっている人たちがどんなゲームを作るのかというのはとても興味深いと思います。

    田中 「弱いメディア」から、「弱いゲームラボ」になるかもしれませんね(笑)。

    山本 現状の『DISTANCE』は、一方的で、テキスト中心に留まっているということも考えると、インタラクションな場づくりという意味でも、「こういうゲームを作りたいんだけど、参加する人いる?」という呼び込みをしてもいいかもしれないですね。

    ——面白そうですね。何回くらいのワークショップになるんでしょうか。

    ドミニク 回数も考えないほうがいいかもしれないですね。最初に「いつまでやる」となると、どうしても目的志向になってしまって、スケジュールや予算を考えてしまいますよね。期限を決めないゆるい形で、ぼくたちが言い出しっぺとして、たくさんの人たちと一緒にものづくりをやる時間が発生するだけでも、意味があると思います。

    それをちゃんと記録を取ってアーカイブ化することで、途中で別の人が来たときに、助けてくれるかもしれない。そういうオープンコミュニティになっていけるといいかもしれませんね。

    山本 作ったり壊したりしながら、まずは難しいことではなく、アイディアベースでスモールスタートでも良さそうですね。

    田中 面白そうですね。ぜひ、やりましょう。

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    DISTANCE.media編集会議2024

    #1 作ると遊ぶが循環するメディアへ
    #2 ゲームからメディアのあり方を考える
    #3 「体験の重心」を変えてみる

    ★03 1973年神奈川県生まれ。絵本作家、イラストレーター。絵本、児童書の挿絵、装画、イラストエッセイなどの多岐にわたる分野で活躍。日常のさりげない一コマから死といった観念までを、哲学的かつユーモラスに掘り下げることで、こどもにも大人にも人気を博している。主な作品に、『りんごかもしれない』『このあと どうしちゃおう』『もう ぬげない』(すべて、ブロンズ新社)、『つまんない つまんない』(白泉社)、『メメンとモリ』(KADOKAWA)など 多数。 ★04 2015年にリリースされた、コミュニケーションを目的とした無料のチャットアプリ。音声・ビデオ通話やテキストチャットを通じて交流できるのが特徴。サーバーと呼ばれる独自のチャットルームを作成でき、チャンネルを通じてトピックごとの会話を整理したり、友人を招待して一緒にゲームや活動を楽しめる。当初は、ゲーマー向けコミュニケーションツールとして広がったが、現在はテレワークやコミュニティ運営など、多岐にわたって利用されている。 ★05 米シリコンバレー発の、メモやタスク管理、データベース機能、チームとの共同作業などを1つのプラットフォームで利用できる、オールインワンのドキュメントツール。テキスト、画像、チェックリスト、表、カレンダーなど多彩なコンテンツを追加でき、個人から、企業・チーム内でのプロジェクト管理まで、幅広く利用されている。 ★06 2008年に米GitHub社がリリースした、ソフトウェア開発のプラットフォームサービス。利用者はプログラムのソースコードをアップロードし、複数のユーザーと共有して共同作業を行ったり、ソフトウェア開発プロジェクトを管理することができる。無料でも利用でき、さまざまなプログラムの開発現場で利用されている。

    ドミニク・チェン
    情報学研究者。1981年生まれ。博士(学際情報学)。早稲田大学文学学術院教授(表象・メディア論系コース)。NTT ICC(Inter Communication Center)研究員、株式会社ディヴィデュアル共同創業者を経て現職。Ferment Media Researchを主宰し、人と技術と自然存在の関係性を研究している。著書に『未来をつくる言葉』(新潮社)、『電脳のレリギオ』(NTT出版)、『ウェルビーイングのつくりかた』(共著、BNN)など多数。
    田中みゆきたなか・みゆき
    キュレーター・プロデューサー。「障害は世界を捉え直す視点」をテーマに、カテゴリーにとらわれないプロジェクトを企画。表現の見方や捉え方を障害当事者含む鑑賞者とともに再考する。2022年7月から12月までACCのフェローシップを経てニューヨーク大学障害学センター客員研究員。2025大阪・関西万博 日本館基本構想クリエイター。主な仕事に、「ルール?展」(2021年、21_21 DESIGN SIGHT)、「語りの複数性」(2021、東京都公園通りギャラリー)、「オーディオゲームセンター+CCBT」(2024、シビック・クリエイティブ・ベース東京)など。主な書籍に、『誰のためのアクセシビリティ?』(リトルモア)など。
    山本貴光やまもと・たかみつ
    文筆家、ゲーム作家。1971年生まれ。東京科学大学リベラルアーツ研究教育院教授。コーエー(現コーエーテクモゲームス)にてゲーム制作に携わり、在職中から執筆活動を開始。1997年より吉川浩満と「哲学の劇場」を主宰。著書に、『文学のエコロジー』(講談社)『記憶のデザイン』(筑摩書房)、『心脳問題』(吉川浩満と共著、朝日出版社)など多数。

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