F6-2-3
【座談】 柴崎友香 × 谷川嘉浩 × 山本貴光 × ドミニク・チェン――わたしたちはこれから記憶をどう世話していけばいいのか?
記憶をめぐるトーク#3

- ライティング:宮本裕人
写真:高橋宗正
テクノロジーによって便利に情報や記録にアクセスできるようになったにもかかわらず、本当に大切なことが思い出せない。そんな経験はないでしょうか。
インターネットの誕生以降、人類が生み出すデータ量は指数関数的に増加してきました。SNSによって日々ますます多くの情報が「記録」されるようになっているものの、それにともない私たちがよりよく「記憶」できるようになったかといえば、そうではないのかもしれません。
毎日あてもなくSNSをスクロールするものの、次の日に覚えているものがどれくらいあるだろう? 偏った情報、誤った情報がとめどなく流れるなかで、私たちはどのように自分の記憶を世話していけばいいのだろう? そのような問題意識から、DISTANCE.mediaは3月に「記憶」をテーマにトークイベントを行いました。
小説家の柴崎友香さんをお招きした第1部の「記憶と場所」、哲学者の谷川嘉浩さんをお招きした第2部の「記憶とメディア」を経て、第3部では編集委員の山本貴光さん、ドミニク・チェンさんを含めた登壇者全員による座談会が行われました。第1部、第2部のトークを踏まえて、「では私たちは記憶をどのように世話していけばいいのか?」を、それぞれの体験をもとに語り合いました。
-
Contents
-
失われた文脈を求めて
登壇者それぞれも物忘れや大事な人の名前が思い出せない経験があるというなかで、まず指摘されたのは、現代社会においてはしばしばコンテクスト(文脈)を欠きがちだということでした。
「フリクションレス(摩擦のない)」な体験が追求されたスマホやSNS。家に閉じこもり、代わり映えしないPCのスクリーンを通してしか人と話さなかった数年間。そのように文脈が失われがちな時代に私たちが生きているからこそ、あの人と話したのがいつ、どこでだったのか──そうした記憶がこぼれ落ちていってしまうのかもしれません。
逆に言えば、文脈を取り戻すことができれば、記憶とよりよく付き合っていけるということ。座談会の前半では、登壇者それぞれが、文脈を取り戻すためのアイデアを語り合いました。
ドミニクさんが提案をしたのは、「移動」。「移動することによって、相手との距離や周りを見ながら、私たちは自分を相対化することができる」とドミニクさんは語ります。それは、柴崎さんが挙げたキーワードである「身体性」ともつながるもの。どんなにオンラインでの体験が便利になったとしても、私たちは身体を使うことで頭も働かせている。スマートフォンばかり使っていると記憶が鈍くなってしまうのは、そこに身体性がないからでしょう。
加えて谷川さんは、文脈を取り戻すためには「儀式」も大切なのではないかと言います。私たちは年末には1年を振り返り、春になれば卒業式や入学式を通して新たな季節を迎え、記憶をつくっていく。「そうやって節目を入れる、区切れを入れるという要素が、スマホには少ないんじゃないかと思うんです」。コロナ禍の2年間の記憶が曖昧なのも、区切りのない日常が続いたからにほかならないのかもしれません。
すぐに答えを出さない力
座談会では、登壇者たちが会場からの質問にも答えました。柴崎さんに寄せられた質問のひとつは、「震災やコロナのことを書かれている柴崎さんは、どうやって過去のことを忘れないようにしているんでしょうか?」。その質問に柴崎さんは、「忘れないようにしているのではなく、忘れられないことを書いている」と答えます。
日々生活をしたり、人と会話をしたりするなかで、気になったこと、疑問に思ったことがあったら「ずっとそのまま置いておく」と柴崎さんは言います。そうして記憶のどこかにとどめていることが、時間を置いて育ち、別の記憶や体験とつながることで、小説になっていく。それは柴崎さんが最近取材で会った、特定できない植物をすぐに抜かずに、あえて置いておくようにしている庭師の姿勢にも近いといいます。
わからないものと出会ってもすぐに答えを出すことなく、付き合っていく能力──それは第2部で谷川さんが紹介した「ネガティブ・ケイパビリティ」にほかなりません。素早いレスポンスや、はっきりとした意見や立場を表明することが求められがちなインターネット空間。そのなかで深く考えることなく、半ば自動的に応答し続けた先に、記憶が劣化し、分断やヘイトスピーチが助長される世界があるのだとすれば、「すぐに答えを出さない力」はいま、私たち一人ひとりが身に着けなくてはいけない能力だと言えるのかもしれません。
一人ひとりが安易に判断を下さないためのフリクション(摩擦)を自分のなかに持ち続けること。物語を通じて、ときにバーチャルに、身体性を伴い、ときにフィジカルに、移動を続けて、他者と出会っていくこと。多岐にわたるテーマに触れられた90分の座談会では、現代のメディアやアルゴリズムが私たちを「思考停止」にさせようとしてくるなかで、一人ひとりがそれに抗い、よりよく記憶の世話をしていくためのたくさんのヒントが語られました。

- 柴崎友香しばさき・ともか
- 作家。1973年大阪府生まれ、東京都在住。大阪府立大学卒業。1999年「レッド、イエロー、オレンジ、オレンジ、ブルー」が文藝別冊に掲載されデビュー。2007年『その街の今は』で芸術選奨文部科学大臣新人賞、織田作之助賞大賞、咲くやこの花賞を受賞。2010年『寝ても覚めても』で野間文芸新人賞、2014年『春の庭』で芥川賞を受賞。2024年『続きと始まり』で、芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。その他に『パノララ』『千の扉』『百年と一日』ほか、エッセイに『よう知らんけど日記』、『あらゆることは今起こる』など、著書多数。

- 谷川嘉浩たにがわ・よしひろ
- 哲学者。1990年生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。博士(人間・環境学)。現在、京都市立芸術大学美術学部デザイン科講師。著書に『人生のレールを外れる衝動のみつけかた』(筑摩書房)、『スマホ時代の哲学』(ディスカバートゥエンティワン)、『鶴見俊輔の言葉と倫理』(人文書院)、『信仰と想像力の哲学』(勁草書房)、『ネガティヴ・ケイパビリティで生きる』(さくら舎、共著)など。

- 山本貴光やまもと・たかみつ
- 文筆家、ゲーム作家。1971年生まれ。東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。文筆家・ゲーム作家。東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。コーエー(現コーエーテクモゲームス)にてゲーム制作に携わり、在職中から執筆活動を開始。1997年より吉川浩満と「哲学の劇場」を主宰。著書に、『文学のエコロジー』(講談社)『記憶のデザイン』(筑摩書房)、『心脳問題』(吉川浩満と共著、朝日出版社)など多数。

- ドミニク・チェン
- 情報学研究者。1981年生まれ。博士(学際情報学)。早稲田大学文学学術院教授(表象・メディア論系コース)。NTT ICC(Inter Communication Center)研究員、株式会社ディヴィデュアル共同創業者を経て現職。Ferment Media Researchを主宰し、人と技術と自然存在の関係性を研究している。著書に『未来をつくる言葉』(新潮社)、『電脳のレリギオ』(NTT出版)など多数。







