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DISTANCE.media編集会議2026 ドミニク・チェン × 田中みゆき × 山本貴光 #4

読書と遊びと摩擦のすすめ

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場所: LIFORK原宿(WITH HARAJUKU3階)

メディアのこれからのあり方について考える「弱いメディアラボ」。ますます便利になるスマホ、と同時に、スマホ依存へのいら立ちを抱えている人が増えているように感じる昨今。編集委員であるドミニク・チェンさん、山本貴光さん、田中みゆきさんが集まり、SNSやスマホ、生成AIといった身近なテクノロジーとの適切な距離(ディスタンス)のとり方について話し合いました。第4回は、遊びのない、摩擦のない方向にテクノロジーが進化していくなかで、考える時間をどう確保するのか、話し合いました。

写真:高橋宗正
ライティング:宮崎慎也
編集:山田兼太郎
協力:LIFORK原宿(NTT都市開発)

Contents

    YouTube動画とアテンションスパン

    ―今回の鼎談では中長期的な長さや、時間的な「スロー」がキーになりそうですね。スローな状態はどのように作れると思いますか?

    ドミニク スローかどうかは結局は主観的なものだと思います。たとえば、スマホをテーブルに置いておくだけで、忙しさが減りますよね。ぼくの場合は違う街に行くと、忙しさを感じなくなることがあります。個人的に一番時間がぴったりくるのがフランスのパリなんです。パリの空港に降り立った瞬間、なんか時間がいっぱいになっている感じがします。スマホは持っているし、メールの通知も来るけれど、何かゆっくりできる。

    田中 パリだと東京よりも交通量などは多くて騒がしいのに不思議ですね。

    ドミニク たしかにそうですよね。街中でブラブラしてるだけの人がいるとか、カフェでも仕事だけに集中してる人がいないとか、そういうことを体が感じ取っているからかもしれません。それはきっと日本国内でもあると思います。

    山本 どこまで本当か分かりませんが、人の話すスピードと歩くスピードは、昔と比べて速くなっていると聞いたことがあります。

    ドミニク YouTubeの映像などで、細かくカットして全くよどみなく喋っているように編集(ジェットカット)している動画があると思いますが、まさに象徴的だと思います。そういうスピードで話さないといけないんじゃないか、もっとテキパキしゃべらないといけないという時間規範みたいなものが、YouTubeの編集から生じていますよね。

    山本 間がもたない、間が耐えられない人が増えていますよね。私はあの「フィラー」[★01]★01を詰めた動画はすごく気持ち悪く感じてしまいます。でも逆に、あれに慣れている人はそういう動画しか見られなくなっているかもしれませんね。

    ドミニク ぼくは、あれこそが前回議論していた「マニピューレーション」だと思うんですよね。相手をコントロールするための会話の方法をマニピュレーションと呼んでいましたが、ジェットカットすることで視聴者のアテンションを維持しようというのもマニピュラティブな編集方法です。言い方を変えると、視聴者側の認知能力を信用していないと感じてしまいます。「このくらい間を詰めてあげないと、君はついてこれないだろう」ということを暗に含んでいる気がします。なので、そういう動画に慣れてしまうと、自分のアテンションスパンが短くなりそうだなという怖さを感じます。

    田中 切り詰めた編集の動画を見て育っていくと、余計な時間は1秒単位で削らないと無駄と見なされるというメタメッセージが刷り込まれていきそうですよね。そして作る側になった時も「より報われたい」と感じ、その一端を担ってしまう。

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    スキナーの報酬系とキャンプのすすめ

    ドミニク まさに、スキナーの報酬系みたいなものですよね。スキナーは20世紀の心理学者で、「オペラント条件付け」という動物実験を行った人です。鳩を「スキナー箱」と呼ばれる実験装置に入れて、レバーを押すと餌が出るように設定しました。そのなかでいろんな実験をするのですが、レバーを押しても、餌が出たり出なかったりする予測不能な設定のときに、鳩が一番中毒状態になったそうです。これはまさにSNSのタイムラインを引っ張って、いい情報や悪い情報が出てきて、いい情報に出会ったときに報酬系が満たされることに似ています。いろんな動画を倍速で見て、自分にとっていい情報に効率よく出会うことで報酬系が満たされる。

    田中 それの派生系で面白いのが「ラットパーク」という実験なんですが、いわゆる檻の中に一匹ずつネズミを入れて、普通の水と強い依存性のあるモルヒネ入りの水を置いて実験すると、それらのネズミはモルヒネ入りの水を飲み、依存状態になったんです。でも一方で、オープンな空間に遊具や食料を置いて、他のネズミもいっぱいいる中で同じように二種類の水を置いておくと、普通の水を積極的に飲み、モルヒネ依存にはならなかったんです。檻のネズミは、モルヒネで孤独を紛らわせていたのかもしれません。結局、どんな動物にも生き物らしい環境や外部との繋がりが大事なんですよね。

    ドミニク つまり、人間もスマホを持ってみんなと一緒にキャンプに行った方がいいっていう話ですね(笑)。

    田中 本当にそうです。ネット依存やゲーム依存に対しても治療キャンプというのがありますが、このキャンプの目的は、一定期間ゲームをしない環境に身を置くということだけではなく、現実世界で協働したり、本音で話し合える仲間を見つけるというのもあるんです。

    山本 デジタルデトックスで過ごす旅行などもありますよね。これからは、脱・生成AIキャンプも出てくるかもしれませんね。

    読書は「物を考える時間」を与えてくれる

    ドミニク SNSにせよゲームにせよ、もう一つの側面として、提供側と受け手との境界線がより強固になってきている気がしています。たとえば、本しか娯楽がなかった時代は、みんな本をポケットに突っ込んで、暇なときに推理小説を読む。そのときにある情報は文字情報だけですよね。そこから映像的に想像したり、音楽を想像したりする。だいぶ自分自身の認知を自力で働かせて情報生成をしていたんだと思います。

    それがスマホになったことで、ワンタップで全部よしなにやってくれる。映像も音楽も一瞬で出てくる。ほぼ何も意識せず、自分の違和感や摩擦を感じなくてよくなっている。自分自身で何か意味を生成するということがなくなって、マイクロ秒単位の次元でどんどん考える時間が削られていってしまっていってると思います。

    このことに絡めて「認知的自律性」というキーワードを考えています。スロー・ルッキングをしてみると、認知的自律性が高くなって、能動的・主体的に考えたり感じたりできる。AIやSNSによって、この認知的自律性が代行されてしまって、自分で感じる、考える機会が失われていっていると思います。

    山本 読書でいうと、メディア研究者の佐藤卓己[★02]★02さんが、読書には情報を得るという側面ももちろんあるけれど、それ以上に読書によって「物を考える時間」を確保しているのだと言っていて、とても腑に落ちました。ドミニクさんもおっしゃるように、本を読んでいる間にぐるぐる頭の中で何かが動いてしまう、その状態が大事なんだと思います。

    ドミニク 本を読んでるときに脳内では、自分なりの意味を書き出してますよね。ドナルド・ショーン[★03]★03という哲学者の「リフレクション・イン・アクション(行為の中の省察)」という概念が好きなんですが、本を読みながらリフレクションしていたり、ものを書きながらリフレクションしていたりする。行為の中にすでに反省や思索が生まれているんです。だから、世間一般で使われる「インプット」と「アウトプット」を二項対立的に捉える発想には、とても違和感があります。

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    遊びと摩擦を忘れない

    山本 それを「精神を遊ばせる」と言ってみることができると思います。合目的に一直線にゴールに行くのではなく、こうかな、ああかなとフラフラして試したり寄り道しながら遊ぶ。目的とか実利はさておき、この瞬間を楽しむのが大事な気がします。

    ドミニク 違う場所に行く、遠くに行く。キャンプに行くこともそうですよね。

    山本 今日ずっと3人で話してきたことは、遊びのない方に向かってテクノロジーが発展している中で、どうやって人間はもう一度遊ぶ状態を作れるか、認知的な自律性を確保できるかということだったと思います。

    田中 遊びが無いというのは、つまり、人の知性が低く見積もられて設計されているということでもありますよね。

    ドミニク まさにそうですね。Web2.0時代のペイパルマフィアたちが「フリクションレス」という言葉をよく使っていましたが、まさに「摩擦のないUX」をいかにつくれるかという話でした。でも、ぼくは圧倒的にフリクション派なので、摩擦がほしい。

    山本 摩擦だらけの「死にゲー」が好きですもんね(笑)。


    DISTANCE.media編集会議2026

    #1 SNS依存とスロー・ルッキング
    #2 スマホが加速する「エイブリズム」
    #3 生成AIと報われたい願望
    #4 読書と遊びと摩擦のすすめ

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    WITH HARAJUKUからの代々木方面のながめ

    ★01 「えーっと」「あのー」「なんか」といった、会話の中で意味のない言葉や音のこと。 ★02 (1960- ) 日本の社会学者・メディア史研究者。近代日本の言論空間や大衆メディアを分析し、ナショナリズムや世論形成の構造を歴史的に問い直している。 ★03 (1930-1997)。実践知の理論化で知られる哲学者・教育学者。専門家が行為の中で省察する「行為の中の省察」を提唱し、専門職教育やデザイン研究に大きな影響を与えた。

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    ドミニク・チェン
    情報学研究者。1981年生まれ。博士(学際情報学)。早稲田大学文学学術院教授(表象・メディア論系コース)。NTT ICC(Inter Communication Center)研究員、株式会社ディヴィデュアル共同創業者を経て現職。Ferment Media Researchを主宰し、人と技術と自然存在の関係性を研究している。著書に『未来をつくる言葉』(新潮社)、『電脳のレリギオ』(NTT出版)、『ウェルビーイングのつくりかた』(共著、BNN)など多数。
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    田中みゆきたなか・みゆき
    キュレーター・プロデューサー。「障害は世界を捉え直す視点」をテーマに、カテゴリーにとらわれないプロジェクトを企画。表現の見方や捉え方を障害当事者含む鑑賞者とともに再考する。2022年7月から12月までACCのフェローシップを経てニューヨーク大学障害学センター客員研究員。2025大阪・関西万博 日本館基本構想クリエイター。主な仕事に、「ルール?展」(2021年、21_21 DESIGN SIGHT)、「語りの複数性」(2021、東京都公園通りギャラリー)、「オーディオゲームセンター+CCBT」(2024、シビック・クリエイティブ・ベース東京)など。主な書籍に、『誰のためのアクセシビリティ?』(リトルモア)など。
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    山本貴光やまもと・たかみつ
    文筆家、ゲーム作家。1971年生まれ。東京科学大学リベラルアーツ研究教育院・未来社会創成研究院教授。コーエー(現コーエーテクモゲームス)にてゲーム制作に携わり、在職中から執筆活動を開始。1997年より吉川浩満と「哲学の劇場」を主宰。著書に、『文学のエコロジー』(講談社)『記憶のデザイン』(筑摩書房)、『心脳問題』(吉川浩満と共著、朝日出版社)など多数。

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