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DISTANCE.media編集会議2026 ドミニク・チェン × 田中みゆき × 山本貴光 #1

SNS依存とスロー・ルッキング

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場所:LIFORK原宿(WITH HARAJUKU3階)

メディアのこれからのあり方について考える「弱いメディアラボ」。ますます便利になるスマホ、と同時に、スマホ依存へのいら立ちを抱えている人が増えているように感じる昨今。編集委員であるドミニク・チェンさん、山本貴光さん、田中みゆきさんが集まり、SNSやスマホ、生成AIといった身近なテクノロジーとの適切な距離(ディスタンス)のとり方について話し合いました。場所は、四方に抜けのいい東京の景色が望める「WITH HARAJUKU」より。第1回は、SNSを一度やめてみて、「スロー・ルッキング」を試してみたというドミニクさんの話から。(全4回)

写真:高橋宗正
ライティング:宮崎慎也
編集:山田兼太郎
協力:LIFORK原宿(NTT都市開発)

Contents

    ドミニクさん、SNSやめたってよ

    ―編集委員のみなさんにお集まりいただき、DISTANCE.mediaの今後について話し合っていきたいと思います。1つ目のテーマは「スマホとSNS」について考えたいと思います。ドミニクさんがSNSをやめたと伺いましたが、やめてみて、いかがですか?

    ドミニク・チェン そうですね、部活みたいなノリでやめてしまいました(笑)。17年間にわたって使い続けてきたTwitter(現 X)のアカウントを削除して、FacebookとInstagramもやめました。

    山本貴光 結構反響がありましたよね。朝日新聞の記事[★01]★01でも拝見しました。改めて、どうしてやめたんですか?

    ドミニク いろんな理由が複層的に重なって、もう我慢ならなくなったっていうのが正直なところです。いくつか分解すると、そもそも、イーロン・マスクがTwitterを買収する前から、アテンションエコノミー[★02]★02的な傾向が、SNS界隈でどんどん悪化していったと感じていました。

    その議論自体は2010年代からありました。AppleやGoogleがスマホに「デジタルウェルビーイング」の機能を入れてはみたものの、どこか免罪符的な機能しか果たしておらず、根本的な解決を個別の企業や産業側は誰も真剣にやらなかったと思っています。そんな中で、コロナがあり、ウクライナ侵攻が起き、そして、イーロン・マスクがTwitterを買収して、Xと改名⋯⋯。

    XのアルゴリズムがGitHubで一部だけ公開されたときに、イーロン・マスクのツイートには特別な重み付けがされていることが明らかになりました。あまりにもあからさまに専制君主的な仕様のプラットフォームの運営の仕方は許せず、いつかやめたいと思っていました。そんな中でトランプ再選の就任式で、イーロン・マスクがナチス式の敬礼のようなものをしましたよね。そのときに、自分の中で何かがプチンと切れたのが大きなきっかけです。

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    ドミニク・チェンさん

    山本 あれは衝撃的なニュースでした。

    ドミニク あとは、自分の子どもがスマホを使うようになったのですが、まだSNSは使わないようにしてもらっています。とはいえ、自分は文句を言いながらも、Xを開いたり、インスタを開いたりしていて、自分の言動不一致みたいなこともおかしいと思っていたんです。対子ども目線で、全然有言実行できてないことにずっと違和感を感じていたので、1回やめてみようとなりました。今は、ブルースカイ[★03]★03だけは残していて、XもFacebookもインスタも物理的に見ることができない状況になりました。

    田中みゆき 私は、ブルースカイは登録しかしてないんですけど、どう違うんですか?

    ドミニク これもやってみて、見えてきたことなんですが、Xをやめたリベラルな人たちが引っ越してきている感じですね。最初は単純に人数が少ないから情報量も少なくて、タイムラインを上に引っ張っても全然更新されない感じでした。そのスピード感がものすごくヘルシーだなと思ったんで残していたんですが、2カ月くらい経つと、フォローする人も増えてきて、だんだん昔のTwitterみたいな感じになっていますね。ただやっぱり大きなフィルターバブルには変わりなくて、ぼくが思想的に同意している人しかほぼいないので、そこに避難してるだけになっているな、というのは痛感しています。なので、ブルースカイすらもあまり開かなくなっています。

    田中 なるほど。結局コミュニティが違うだけで、多かれ少なかれ、同じ部分もあるんですね。

    ドミニク 本当は、自分が同意しないような人たちや、政治思想的に異なる人たちの声も冷静に受け止めて、議論ができるというのがSNSの理想型としてあると思うんですが、なかなかそうはならないですよね。たとえブルースカイにそういう右派の人たちが来たとしても、多分Twitterの二の舞になるだろうなと思います。アーキテクチャ部分で何か根本的に違うわけじゃないので、結果も変わらないとは思っています。

    山本 ちょっと面白いのは、ブルースカイにもときどき右派的な人が来るんだけど、周りに賛同してくれる人がいないのか、対立も煽られないから、Xに戻っていくということもあるようです。構ってくれる人がいないと、面白くないと感じるのかもしれませんね。いまドミニクさんが言ったように冷静な議論ができれば、意見は対立してもいいし、むしろ対立した方が問題の所在も共有できていいわけなんだけれど、SNSというプラットフォーム自体が、冷静な議論に向いてないのかもしれませんね。

    ドミニク 怒る人がいないと盛り上がらないんですね。

    山本 その点ではブルースカイでも、Xでも、人間の側の問題なのか、プラットフォーム側で何か対処ができるのかは考えてみたいですね。

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    山本貴光さん

    取り残されることへの恐怖からくるSNS依存

    ドミニク いったんSNSから離れてみると、自分がやってることをSNSで頑張って更新して、他のユーザーに見てもらうという、それ自体がもうアテンションエコノミーを助長しているようにも感じられてきちゃいました。情報の受け手の注意の容量は増えないので、発信者の情報量だけが増えていって、どうしても注意の奪い合いの構造に戻ってしまう。そこにはアーキテクチャ的な問題はあると思います。

    さらに、今では「FOMO(Faire of missing out)」という「取り残されることへの恐れ」を感じる人も増えています。最新のことをもっと知っておこうという意識が強くなって、それが駆動するとどんどん知りたい、もっと知りたいと続いていく。その結果、無限スクロールをすることになる。それはXであっても、ブルースカイであっても同じです。そこを根本的に考え直した何か別のSNSなのか、別の仕組みは考えたいと思っています。

    山本 やはり一番拙いと思うのは、ユーザーのスクリーンタイムが長くなれば長くなるほど、広告視聴が増えてお金になるというこの収益の仕組みではないかと思います。なにをしてみても、最終的にこの収益に向かってアルゴリズムが最適化していってしまう限り、そのうえで踊ってる人間もそういうふうになってしまう。

    以前、DISTANCE.mediaのニュースレターで触れた『奪われた注意力』[★04]★04という本の著者はスマホがない暮らしをしてみたそうです。ただし、その人はとても自覚的で、こんなことができるのは自分がそうできる恵まれた状態にいるからこそであって、スマホを見ないと生活できない人もいるわけで、このやり方を他人に向かって得意気に説くことはとてもできないとも言っているのが印象的でした。

    スマホ依存になることを自分のせいだというふうに個人の責任にして済ませるのは長期的な解決にならず、その仕組みそのものをつくってる社会や企業などの構造の側から対処しないことにはもはや、解決しない問題になっていると思います。

    ドミニク いや、本当にそうなんですよね。みゆきさんは、SNSとどう付き合っていますか?

    田中 全然やってない方だと思います。もちろん、移動中とかは見ちゃうこともありますが、たとえばFacebookなんかは自分の活動のお知らせの場にしている程度です。

    SNS依存で思ったのは、薬物依存やゲーム依存の方たちを回復するための自助グループの存在です。結局、依存症において、その人の中で現実世界が充実したものになれば、依存は減っていくと言われています。もちろん程度によって薬物療法が必要な場合も多くある一方で、自助グループや、人との繋がりをつくるというのを同時並行で実施するのが、依存症の治療のベースにあります。さらに、その人が身を置いている環境が依存構造をつくってしまっているとしたら、環境も整えていかないといけません。依存症には、この薬物療法、人との繋がり、環境調整の三本柱が重要と言われているのは興味深いなと思っています。

    ドミニク それはとても大事な視点ですね。

    田中 これは、最近言われるようになったスマホ依存やSNS依存であっても真理だと思っています。自助グループというのは「アルコホーリクス・アノニマス」[★05]★05というグループが始めたことです。依存症は、たとえばストレスを発散する対象がアルコールしかない、ネットしかないという風に、依存先が少ないことで発症してしまいます。他に分散できる活動があれば、徐々にその比重が小さくなる。でも一方で、人との繋がりをつくること自体が依存をつくってしまう場合もあるので難しいところです。SNSでも人とは繋がれるものの、自助グループでの繋がりとは大きく異なっています。アテンションエコノミーの文脈ではない人との繋がりをいかにつくれるかが重要な気がしています。

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    田中みゆきさん

    スロー・ルッキングで認識を変える

    ドミニク そうなんですよね。SNSをやめてみると、いろんなことがゆっくりになるんです。自分の注意の向き方もゆっくりになる。そんな折、『スロー・ルッキング――よく見るためのレッスン』[★06]★06という本の書評を書いたのですが、とても面白く学びがありました。

    スロー・ルッキングとは読んで字の如くで、様々な対象をゆっくりと見るための学習プログラムなんですね。たとえば博物館や美術館に行って、その作品を前にして、タイトルやキャプションを先に見ずに、ただ1分間じっと見てみる。子どもも大人も一緒にやってみて、ただ見て、気づいたことをみんなで言い合うんです。赤い色がありますとか、丸がありますとか、1人で立ってる男の人がいますとか。

    田中 目が見えない人と行う鑑賞会の方法とかなり近いものを感じます。

    ドミニク そうなんですね。この行為は、目の前にエビデンスがあって、気付いた順に言葉にするだけなんですが、「自分がそれに気づいた」ということに気づくことができる。気づきが一巡するような感覚です。それはまさに、自助グループにも近いと思います。いろんな人とやってみると、自分が気づかないことに気づく人がいて、「ほんとだ!ここにいた!」みたいなものが見えてくる。先週、学生と一緒に、キャンパスの中にあるレリーフ作品を1時間ほど見て回りました。没頭しつつ、何か視野が少し広がるような感覚があったんです。

    田中 それは面白い体験ですね。

    ドミニク その『スロー・ルッキング』の本で一番納得したのは、この「ゆっくり見る」という行為を「知的な美徳」(epistemic virtues)と呼んでいたことです。「epistemic」というのは、「認識論的」という意味ですよね。

    認識論的とは、どういう知識を自分たちが作り出しているかということです。たとえば物の感じ方をゆっくりしてみると、より複雑なニュアンスに気づくし、すぐに何かを決めつけることはしなくなります。つまり、判断を遅延させることで、複雑さに対するケイパビリティが増えていく、というようなことが書かれています。この時間を遅らせる、遅延させるというのを日常の中に差し込むだけで、だいぶ物の見方や人との話し方は変わるんだと思います。

    だからこそ「スロージャーナリズム」や「スローインターネット」のような、時間をゆっくりさせるようなものが作れれないかなと思っています。たとえば、ゲームを考えたときに、課金ゲーは依存を促しますよね。「フリーミアム(無料 (Free) + プレミアム (Premium) )」型でどんどんゲームにハマっていく。

    一方で、『DEATH STRANDING』[★07]★07や『メタファ―――リファンタジオ』[★08]★08などの大作ゲームを80時間やるというのは、ぼくの中では600ページの小説をゆっくり読み解いてくみたいなスローな体験に近いんです。これは、時間を遅らせる効果があるゲームだと思います。そういうテクロノジーの力を使った文学的な、美的な体験にヒントがありそうな気がしています。

    田中 たしかに、「かかった時間が長いこと=依存」ではないというのは確実にありますよね。累積してる時間と、生活とのバランスみたいなものが取れていれば、その人にとってはいい状態であって、それが崩れることで依存に近づくんだと思います。

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    自明だと思ってることは自明ではないかもしれない

    山本 そういう意味では、ネットにしてもゲームにしても、接するけど離脱できるというのが重要ですね。離脱の仕組みがちゃんとなってないと依存になりやすい。私も『スロー・ルッキング』を面白く読みました。著者は「アナログ礼賛」や「アンチデジタル」を言いたいわけではないと断ってもいますね。同書を読んで、私は、ゲームの作り方を教える授業で、「スロー・ルッキング」を毎回やっていたんだなと気づきました。

    たとえば、ゲームのタイトル画面や冒頭部分のメニュー画面を1枚出して、90分間このインターフェースだけをとことん見るという授業をやったりします。そのとき、私が全部説明するのではなくて、「ボタンはどこにありますか?」「触れるものと触れないものの区別はどうなっていますか?」といった簡単な問いを提示するんですね。そうすると、学生たちが「触れるものはオレンジ色で統一されてるみたいです」「配置は左に寄っているように見えます」といったことを言い始める。それを何度かやっていくと、だんだん自分たちでもできるようなってくる。

    急いで先を見るのではなくて、普段はさっと見て通り過ぎているものに目を留めてじっと見て話し合ってみると、「スロー・ルッキング」かつ「スロー・シンキング」が身に染みてきて、時間の流れを自分で選べるようになると思うんですよね。

    田中 私も、先ほど言ったように「スロー・ルッキング」のようなことを、目が見えない人とのアートの鑑賞会でやっている気がします。たとえば、横尾忠則[★09]★09さんの《Y字路》という作品シリーズ[★10]★10で、片方の道は普通の夜の風景なんですが、もう片方の道が赤い作品があります。最初は見えている情報をできる限りそのまま挙げていくのですが、なぜ片方にだけ赤が使われているのか説明できないことに気づく。それは目が見えていても見えなくてもわからないから、みんなで話し合う。その中で腑に落ちることもある。これも一種のスロー・ルッキングだと思います。

    山本 なるほど、自分が自明だと思ってることが自明じゃなくなっていく体験になりそうですね。

    田中 そうですね。さらにそれが言語的に説明できない場合に、どうやったらそれぞれの人の中で、この絵画の世界を構築できるように言語を構築できるんだろうかと考えるようになります。

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    DISTANCE.media編集会議2026

    #1 SNS依存とスロー・ルッキング
    #2 スマホが加速する「エイブリズム」(01/23公開予定)
    #3 生成AIと報われたい願望 (01/30公開予定)
    #4 読書と遊びと摩擦のすすめ (02/06公開予定)

    ★01 「(インタビュー)SNS、対話の未来は」『朝日新聞』 https://www.asahi.com/articles/DA3S16249832.html ★02 情報過多な現代において、人々の「関心」を希少な資源と捉え、注目を集めることで経済的価値を生む仕組みのこと。 ★03 分散型SNSをめざして開発されたソーシャルメディア。中央集権に依らない設計で、利用者がつながり方を選べる点が特徴。 https://bsky.app/ ★04 ヨハン・ハリ『奪われた集中力――もう一度“じっくり”考えるための方法』作品社、2025年 https://sakuhinsha.com/politics/30908.html ★05 飲酒問題を解決したい人が集まり、無名性(アノニミティ)のもと経験を共有して回復を目指す相互援助団体。 ★06 シャリー・ティシュマン『スロー・ルッキング――よく見るためのレッスン』北垣憲仁、新藤浩伸訳、東京大学出版会、2025年 https://www.utp.or.jp/book/b10131274.html ★07 分断された世界で荷物を運び人と人をつなぐ体験を描く作品。孤独な行為が関係性へと転じていく構造が特徴。 https://www.kojimaproductions.jp/ja/death-stranding-ps4 ★08 死の呪いを受けた王子を救うため旅に出る少年の物語を描くRPG。放浪の旅の中で王国の動乱と向き合い、避けがたい運命に立ち向かう。 https://rpg.jp/★09 日本を代表する美術家。グラフィックデザインから出発し、神話や死、生、無意識を主題に、鮮烈な色彩と象徴的イメージで独自の表現世界を築いてきた。 ★10 《Y字路》は、分岐する道路をモチーフに、生と死、選択と運命の境界を象徴的に描いた絵画シリーズ。

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    ドミニク・チェン
    情報学研究者。1981年生まれ。博士(学際情報学)。早稲田大学文学学術院教授(表象・メディア論系コース)。NTT ICC(Inter Communication Center)研究員、株式会社ディヴィデュアル共同創業者を経て現職。Ferment Media Researchを主宰し、人と技術と自然存在の関係性を研究している。著書に『未来をつくる言葉』(新潮社)、『電脳のレリギオ』(NTT出版)、『ウェルビーイングのつくりかた』(共著、BNN)など多数。
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    田中みゆきたなか・みゆき
    キュレーター・プロデューサー。「障害は世界を捉え直す視点」をテーマに、カテゴリーにとらわれないプロジェクトを企画。表現の見方や捉え方を障害当事者含む鑑賞者とともに再考する。2022年7月から12月までACCのフェローシップを経てニューヨーク大学障害学センター客員研究員。2025大阪・関西万博 日本館基本構想クリエイター。主な仕事に、「ルール?展」(2021年、21_21 DESIGN SIGHT)、「語りの複数性」(2021、東京都公園通りギャラリー)、「オーディオゲームセンター+CCBT」(2024、シビック・クリエイティブ・ベース東京)など。主な書籍に、『誰のためのアクセシビリティ?』(リトルモア)など。
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    山本貴光やまもと・たかみつ
    文筆家、ゲーム作家。1971年生まれ。東京科学大学リベラルアーツ研究教育院・未来社会創成研究院教授。コーエー(現コーエーテクモゲームス)にてゲーム制作に携わり、在職中から執筆活動を開始。1997年より吉川浩満と「哲学の劇場」を主宰。著書に、『文学のエコロジー』(講談社)『記憶のデザイン』(筑摩書房)、『心脳問題』(吉川浩満と共著、朝日出版社)など多数。

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