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RADWIMPSドラマー・山口智史はなぜ研究者になったのか #4

「口ドラム」でミュージシャンとして再始動へ!

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「もとーる」とは、岡山弁で「からだの動きがなめらか」なこと。もとーる・ラボでは、知覚・身体科学研究者で岡山出身の柏野牧夫ラボ長が、「うまくいく」からだを探っていきます。

今回のゲストは、RADWIMPSのドラマー・山口智史さんです。山口さんは「ミュージシャンズ・ジストニア」を発症後、ドラマーの身体や脳について研究している藤井進也さん(慶應義塾大学准教授)、スポーツ脳科学や聴覚などの研究をしている柏野牧夫さん(NTTフェロー)らとともに研究活動をしてきました。そのなかで、さまざまな人と出会い、ふたたび演奏することの喜びを見出した山口さん。2015年から10年にわたって演奏活動を休止されていましたが、いよいよ2025年夏から演奏活動を再開されることに! 口でドラムを演奏するという新システムの開発秘話について伺いました。

写真:高橋宗正
構成・編集:田井中麻都佳

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Contents

    2025年晩夏、ミュージシャンとしての活動を再開

    ――ところで、山口さんは2015年から音楽活動は休止されてきたわけですが、2025年の8月から9月にかけて本格的に再始動されたそうですね!

    山口 「The Past Can Be Changed―Talk and VXD live performance―」と題して、全国五カ所を巡るツアーをやります。本当に僕は研究に救われ続けていて、このライブでは、YAMAHAと慶應義塾大学の共同研究プロジェクトで開発された新技術VXDというシステムを用いて、ドラムを演奏するのです。どうやって演奏するかというと、バスドラを口で鳴らすというものです。

    実はこのVXDの開発のきっかけになったのが、スタンフォード大学で脳と音楽の関係について研究されている藤岡孝子先生との出会いであり、かの地で出会ったスタンフォード太鼓との出会いなのです。

    ――スタンフォード太鼓というのは?

    山口 僕も驚いたのですが、アメリカでは和太鼓がめちゃくちゃ人気で、太鼓のサークルというのが各地にあるんですよ。2023年の秋に、孝子さんを追いかけてスタンフォードに行くことに決めた際に、慶應大学とスタンフォードの国際交流プログラムで出会って仲良くなった友人のレイチェルから、「智史さん、スタンフォードに来るなら、和太鼓のサークルがあってすごく楽しいから、ぜひ参加してみて!」と言われたんですね。「なにそれ? めっちゃ気になるし、行く行く」って答えたんですけどね(笑)。

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    山口智史さん

    というのも、この研究を始めるまで、自分の脳の中で何が起きているかわかっていなくて、両腕や左足も疑わしい状態だったのですが、計測を通して、どうやら強く症状が出ているのは右足だけだという認識を持てるようになっていました。だから、和太鼓なら使うのは両腕だから大丈夫だろうと、参加することにしたのです。

    そして、このスタンフォード太鼓との出会いによって、僕は、2015年にバンドを休業して以来、初めて演奏することの楽しさをとり戻すことになったのです。研究を始めてからは、実験のときに叩くことはありましたが、けっして楽しくはなかったですからね。楽しさを取り戻すのに実に8年もかかってしまったわけです。とくに和太鼓が良かったのは、みんなで叩くので、僕の好きなアンサンブルだったこと。それがとても楽しくて。

    ――アメリカで和太鼓が人気だというのは意外ですね。

    山口 そう、僕もそれがとても気になって調べてみると、ここでは語りきれないほどの深い歴史があることがわかりました。かいつまんで言うと、第二次世界大戦中、米国に居た多くの日系人は強制収容所に収監され、戦後しばらく経ってからようやく解放されたわけですが、家も財産も奪われて、非常に厳しい状況の中で協力し合って生きていくほかなかったそうです。そのときに彼らの結束を高めたのが、故郷を偲ぶ音楽であり、祭りでした。当然、盆踊りともなれば皆で太鼓を鳴らしたわけですね。そうしてやがて、サンノゼ太鼓、サンフランシスコ太鼓道場、ソウ太鼓など、地域ごとに和太鼓サークルが生まれることになり、それがやがて日系人以外にも広まっていったのだという。

    実は現在では、日系人はもちろんのこと、アジア系アメリカ人やその他のコミュニティの間でも和太鼓が人気になっているのです。多人種国家であるアメリカにおいて、和太鼓はさまざまなマイノリティとの絆を育む役割をも担ってきた。これを知って、「僕がこれまで見てきた音楽はなんて狭かったんだろう」と、気づかされました。

    もちろんRADWIMPSは音楽界に一つの大きな革新をもたらしたバンドであることは間違いないけれど、そういった次元とはまたちがう音楽のかたちがあるんだな、と。生きるために不可欠な人との絆を深める際に、音楽が重要な役割を果たすことがある。そのことを知って、和太鼓を叩くのがどんどん好きになって、自分も歴史の一部になったような喜びがえられたのでした。

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    山口さん(中央)を挟んで、藤井進也さん(左)と柏野牧夫さん(右)。

    サンノゼ太鼓との出会いから、歌の重要性に気づく

    ――そんな歴史があったんですね。楽しさを取り戻したことが、復帰への一つのきっかけになったのでしょうか?

    山口 実はあるとき、サンノゼ太鼓の創設者のPJ平林さんから、一日ゆっくり語り合いながらマンツーマンでレッスンをしていただくことになったのです。ちなみに、和太鼓のレッスンというのは、すべて口伝なんですね。「ドン、ハッ、ドン、ハッ、ドドツク、ドンドンドン、カラドンカラドンカラカラカラドン」といった感じで、最初はスティックを持たずに、歌を教わります。歌が体に入ってから、ようやく太鼓を叩くのです。

    そこではたと気づいたんですね。僕が昔から尊敬しているドラマーの村上ポンタ秀一さんは、「棒を持って叩いたところで、それは音楽ではない。スティックを持つ前に自分が何を歌いたいのかを問いながら演奏しろ」と、よくおっしゃっていたことを。この言葉に感銘を受けて、以前から、僕自身、ドラムを叩く前によくフレーズを口に出して歌っていたんです。

    これは太鼓やドラムに限った話ではなくて、まず演奏する前に口で歌ってみようというのは、他の楽器――たとえばピアノや笛なんかでもよく言われることですよね。考えてみれば、歌というのは人間に本来備わっている楽器なわけで、すべての音楽の基本になるものなんだな、と。サンノゼ太鼓との出会いで、歌うことがいかに大事かということに気づかされたのです。

    「ふたたびドラムが叩けるようなテクノロジーを開発しなさい」

    山口 さらにもう一つの大きなきっかけが、藤岡孝子先生の言葉でした。孝子さんとは、それこそ僕が先生がいらっしゃるCCRMA(Center for Computer Research in Music and Acoustics)に赴いて、脳波を解析しながら、さまざまな議論をさせていただいていたのですが、あるとき突然、孝子さんの口から神の啓示のような言葉が降りてきたのです。それは、「智史さんは、CCRMAの力を使って、ふたたびドラムが叩けるようなテクノロジーを開発しなさい」というものでした。命令形で言われたこともあって、一瞬、「は? え?」となったわけですが――(笑)。

    孝子さんは、僕のことをよく観察してくれていて、本当に僕が何を望んでいるのかということを見抜いていたんだと思います。そもそも僕はスタンフォードには自費で、語学留学も兼ねて勝手に押し掛けていったんですよ。というのも、孝子さんは、僕にとって必要なヒントをくれる人だっていう直感があったので、この人のもとで、学びたいと思ったからです。その孝子さんから、「ふたたびドラムが叩けるようなテクノロジーを開発しなさい」と言われときに、「ああ、きっとそういうことなんだな」と、直感的に腑に落ちたんです。

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    この鼎談の冒頭で話があったように、最初に藤井先生から、「テクノロジーを使って、もう一度、ドラムを叩くというのはどうですか?」と言われたときは、まったくピンと来ていなかったのですが、それから研究活動を経て、いろんなことが自分のなかで更新されて、音楽の喜びも思い出して、いいタイミングで啓示が降ってきたのだと思います。

    奇しくも、CCRMAにはそれを実現するノウハウがさまざまに蓄積されていました。そこから、エンジニアリングに通じている人たちとディスカッションを始めて、本格的に復帰するためのテクノロジーの開発に取り組むことになったのです。

    「口ドラム」で音楽の楽しさを感じるために必要だったこと

    山口 そんなあるとき、孝子さんと藤井先生と三人でオンラインで議論をしているときに、ちょうど、和太鼓を口伝で教わっていたこともあって、僕が「口で太鼓を鳴らせないですかね?」と言ったんですね。すると、藤井先生が、YAMAHAのReal Sound Viewingが使えるかもしれないとおっしゃったのです。

    これは、「ライブの真空パック」をコンセプトに開発されたシステムで、音のデジタル処理技術や、電気信号を振動に変換してアコースティック楽器と同じ発音方式で響かせる技術です。それならすぐにでもできそうだ!と感じました。幸い、僕は長年、YAMAHAのサポートを受けながらプロ活動をしてきた経緯もあり、運命的なものを感じました。

    しかも奇遇なことに、僕のモントリオールでの学会発表の講演を、ちょうどMcGill大学に留学中だったYAMAHAのエンジニアでドラマーの湯田坂卓人さんという方が聞いてくださっていたのです。そこで、さっそく湯田坂さんに、Real Sound Viewingを、声を使って鳴らせないかと相談したんですね。すると、「たぶんそれは可能だと思います。実現可能性について、ぜひ、議論していきましょう」とおっしゃってくださって。まさに、ここで奇跡が起こったという。そこからとんとん拍子で開発が進んでいくことになりました。

    ――すでにVXDは3号機ということですが、改良を進めてこられたのでしょうか?

    山口 そうなんです。それが思っていた以上にめちゃくちゃ大変で、いまもまだ途上ではあるのですが、ただ3号機で劇的に良くなったんですよ。何が大変だったというと、どうやったら僕が声を使って楽しく演奏できるか、という点を追求してきたからです。

    ミュージシャンズ・ジストニアになって、一度は音楽の楽しさを失ってしまった僕が、どうやったら楽しく演奏できるのか、そこにYAMAHAの方たちも非常にこだわってくださった。というのも、声でドラムを鳴らすことはできたのですが、自分が鳴らしたというフィードバックを感じることが難しかったからです。というのも、バスドラを鳴らすとき、ペダルを踏み下ろすと、ものすごい反動をペダルを通じて感じるわけですね。まさに「やってる感」がある。反動というフィードバックを通して、自分のグルーブを感じることができていたわけです。

    もちろん、声を張ることは、それに近い感覚はあるのですが、何か少しもの足りなかった。バスドラが鳴っていることはわかるのだけど、遠くで鳴っている感じで、自分で操っている感じも薄かったんですね。

    そこでYAMAHAのエンジニアが考えてくれたのが、僕が座っている椅子を振動させる、という機能だったのです。これにより、ぐっとバスドラと自分の距離が近くなって、声でドラムを鳴らすことの楽しさを革命的に向上させることができたのです。

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    これ、「ケツブル」って呼んでいるんですけどね(笑)。なんでケツブルがこんなに自分を楽しくさせるのか、まだちゃんと言語化できていないんですが、ある種、僕がもともと右足でバスドラを打っていた楽しかった頃の記憶を呼び起こしてくれているんだと思います。お尻だけでなく、脚にも振動が伝わりますから。あるいはもう少し専門的に言えば、周波数によって身体に響く部位が違うという話があって、バスドラは低音なので、下半身にフィードバックが来るというのが、自然な感覚とマッチするのかもしれません。

    ――「ケツブル」を搭載したVDX3号機が完成したことで、復活ライブをなさったということだったんですね。

    山口 はい、2024年12月にYAMAHAで復活ライブをやって手応えを得られたので、さらに慶應SFCで藤井先生とコラボライブをやりました。そして、これから本格的にツアーライブに向けて調整しているところです。僕の研究者としての活動はまだまだ続きますが、これからは音楽活動と両輪で、音楽業界のため、音楽家のために貢献していけたらと思っています。

    ――いっそうのご活躍を期待しています!

    【鼎談を終えて】

    山口さんと出会えて、本当によかった(藤井)

    ――今日の鼎談を終えて、藤井さんと柏野さんから感想をお聞かせください。

    藤井 改めて山口さんの真摯で前向きなお人柄を感じることができました。僕自身がミュージシャンズ・ジストニアに罹患したとしたら、それはおそらく憎しみの対象になると思うんですよね。ところが山口さんは、ジストニアのことをまるで高校の同級生みたいな感じで、「アイツ」って呼ぶんですよ。どうしようもないやつだけど、アイツのことをわかってやりたい、みたいな(笑)。「科学は愛でできている」という山口さんの発言に触れたときも、僕自身、やっぱり科学って世界の未来をよりよくするための営みだよな、ということを改めて認識しました。山口さんと出会えて、一緒に研究できて、本当によかったと思っています。

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    柏野 こうした幸せな関係が築けたのは、音楽研究という比較的こじんまりとしたコミュニティだったから、ということもあるかもしれませんね。巨大サイエンスだと、当事者と基礎研究者の接点ってほとんどない場合が多いけれど、音楽研究の場合、研究者自身もミュージシャンだったり、音楽を嫌いな人はいないでしょうからね。

    藤井 なるほど。でも、僕自身は学生のときから音楽の研究をしていたものの、当時は視野が狭かったこともあって、自分の研究が社会とどう繋がっているかなんて考えたことがなかったんですよ。山口さんと出会って、初めて自分の研究の社会的意義に気づかされたようなところがあります。

    柏野 本来、研究というのは当事者が加わって初めて完全体になるんだと思うんですね。私が手がけてきた自閉スペクトラム症の研究やスポーツ脳科学の研究などもそうですが、当事者の困り事と基礎研究が繋がって、初めて社会的に重要な意味を持つ。そういう意味では、山口さんのように、ご自身が第一線のプレイヤーかつ困り事の当事者でありながらも、サイエンスのスタンダードな手法で研究をされている方というのは、とりわけ日本ではとても稀有な存在だと思います。でも実は、山口さんのような人こそが、さまざまな分野で求められているんだろうと思うんですね。現状、当事者のことや現場をよく知らないまま研究をしている人が多すぎると感じています。

    藤井 確かに山口さんとの研究は、自分たちの取り組みが世の中の役に立っているという実感を持つことのできる貴重な体験です。2024年12月に行われたYAMAHAのVXDのお披露目会では、柏野さんとがっつり握手しましたもんね、嬉しくて(笑)。研究活動って、論文を出したり学会で発表したりすることばかりに目が行きがちですが、VXDの開発に研究を役立てることができて、「あぁ、こういう成果があったのか」と初めて気づかされました。

    柏野 スポーツ研究でソフトボール女子日本代表にわれわれが開発した投球マシンシステムを使ってもらって、勝利に結びついたときも同様の嬉しさがありました。従来の研究のアウトプットとは違うけれど、実際に喜んでくれる方たちを目の当たりにしたことで、いまでは、本来、研究活動はこうあるべきだな、と感じるようになりました。

    なんとか学の権威です、みたいなアイデンティティはまったくない(柏野)

    柏野 そのなかで特に重要なポイントだと思うのは、「方法論は後からくる」ということだと思うんですね。つまり、目的があって初めて、じゃあどうするのかというアプローチを考えるという。考えてみれば当たり前のことなんですけどね。

    藤井 柏野さんは、そのことにいつ気づいたんですか?

    柏野 そもそも自分はあまりスタンダードな教育は受けていないというか、子どもの頃から興味の赴くままに、自分で調べて、なければ自分でつくって、やりたいことをやるというスタイルで現在まで研究を続けてきたような感じですからね。

    聴覚研究者は少なくて、学生時代は指導教官含め、研究内容については放置されてたようなものなので(笑)。それこそ、本郷の防響室って、誰も使ってなくてネズミが出るような暗い部屋を使わせていただいて、好きなテーマで研究をやっていたという。

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    藤井 放置ですか。

    柏野 必要であれば、その都度、分野に捉われず勉強する感じで、体系だって学んできたわけじゃないのです。いわば素人ですよね、はっきり言えば。だから、なんとか学の権威です、みたいなアイデンティティはまったくないんですよ。

    藤井 柏野さんは、音の何に一番興味を持っていたんですか?

    柏野 うーん、それはやっぱり一番気持ちを動かされるものだからかなぁ。自分は五感がメインというか、感覚希求性が強い人間で、逆に五感の楽しみがなければ他に楽しみがなくなってしまう、みたいな。とくに音だと、より感じる。たとえばピアノの下に潜っていると、最低音のバーンって音って、えも言われぬおどろおどろしい感じがありますよね? 「暴力」という言葉があるけれど、それはたぶんこの感じを表しているんだな、と思ったり。あるいは、子どもの頃、親戚が電気屋だったので、回収されたテレビなんかが倉庫にたくさんあって、勝手に真空管を外して、地面に叩きつけて割ってみたり。そうしたら、シャリーンってすごく綺麗な音が鳴ったんですよ(笑)。それはもう見事な高周波で感動しました。

    藤井 何やってるんですか(笑)。でも、そういう感覚ドリブンで研究もされてきたってことですよね?

    柏野 でも、藤井さんこそ、あからさまにやりたいことがあって研究している人ですよね?

    藤井 はい、あからさまにね(笑)。

    はまっていない方が研究者としての独自性が出せるじゃないですか(柏野)

    藤井 でもこういう話をしていると、大学教育そのものについて考えさせられるところがありますね。僕自身、学問の体系から外れている分野の研究をしているからこそ、どこのポジションにも当てはまらなくて、生きづらくて、苦しみましたからね。

    柏野 いやでも、はまらない感は自分も同じですよ。

    藤井 はまらない感(笑)。

    柏野 そう、はまらない感に慣れているので、逆にはまるとおかしいだろう、みたいな(笑)。はまりたくない。はまっている方が居心地が悪いですから。

    藤井 なるほど、それは新しい解釈というか、僕は悩む必要なかったってことですね?

    柏野 だって、はまっていない方が研究者としての独自性が出せるじゃないですか。

    藤井 確かに。でも、博士課程のときやポスドクの頃なんて、日銭を稼ぎながら生きていたから、不安でしょうがなかったですよ。そういう若い人たちが非常に多いと思うんですが、そういう人たちになんて言ってあげたらいいですかね?

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    柏野 うーん、それは性質の違いもありますよね。自分なんか不安に思うことがあまりなくて、ほぼ現在がすべてなんですよね。過去と未来に興味がない。そういう意味では動物っぽいのかも。

    それがメリットなんじゃないかと思ったのは、くも膜下出血で倒れたときですね。周囲の人たちはすごく心配してくれていたんだけど、自分は全然心配していなかったんですよ。病院のベッドで目が覚めて、まずは会社にメールしないと、と連絡したのですが、ニセモノ説まで出たくらい(笑)。こんなたいへんな状況ですぐにメールを出してくるなんておかしいって。もしかしたら後遺症が出てるんじゃないかとか、みんな悲観していて。でも当人は、そんなことには考えも及ばないというか、不安が湧き起こってこなかったんですよね。幸い、後遺症もなく退院できたわけですが。

    藤井 すごいですね。悟っているじゃないですか。執着から解き放たれているというか。

    柏野 いや、悟っているんじゃなくて、抜けているんです。いまの感覚がすべてだから。五感ドリブンですからね。

    藤井 将来への予測とかしないんですか?

    柏野 しないというか、できないんですよ。だから、将来への不安もあまりない。こうやっていま、足が動きにくくなっても、そのこと自体を楽しむというと語弊があるけれど、興味の対象になる。

    藤井 いまに対する興味が原動力になっているんですね。

    柏野 まぁ、それが研究者としての自分の芸風になっている、とは思います。

    藤井 芸風(笑)。いやぁ、たいへんためになる話を伺うことができました。

    柏野 でも、藤井さんも研究者としての芸風を確立しているから心配いらないですよね。

    藤井 ありがとうございます! それは自信があります。

    自分の研究の社会的な意義を、胸を張って言えるようになりました(藤井)

    藤井 そういう意味でも、山口さんにはとても感謝しているんですよ。研究を始めた当初は、さまざまな論文誌に投稿するものの、ドラマーの研究はマイナーだし、うちでは扱っていないからと、何度もリジェクトされたんですね。それはしんどかった。

    しかも、ドラマー研究が何の役に立つのかと言われたときに困ってしまって、「何の役に立つかはわからないけど、自分が好きで知りたいからやっています」というのが正直なところでした。でも、研究費の申請書には、研究の意義を書く欄があって、何を書くか悩むわけですが、いろいろと書いてみた文章がどれも嘘っぽく思えて……。それが、研究を進めれば進めるほど、人類や生物や社会にとっての音楽の意義を深く感じられるようになりました。なのでいまでは胸を張って、ドラマーや音楽の研究が社会の役に立つと、胸を張って言えるようになりました。山口さんに会ってからは、自分の研究の社会的な意義を、さらにいっそう胸を張って言えるようになりました。

    柏野 それは本当にそうですね。

    藤井 しかも研究を通して、山口さんの問題だけでなく、音楽業界全体が抱えているより広い課題まで見えてきました。それは研究を始めた当初はわからなかったことですからね。だから、いま、もし、音楽が大好きで研究をしたいけど、何の役に立つかわからないからと他の研究に転向したり、諦めてしまったりする人がいるとしたら、それは本当にもったいない、と言いたいです。大好きな研究があるけど、研究者としての道は将来的に稼げないし、厳しそうなので、安定した企業に就職しますって、あまりにもったいないじゃないですか。

    ――そういう意味では、山口さんだって将来に対しては相当に不安や絶望を感じていらしたはずなのに、先が見えないなかで前向きに研究をされてきたというのは、やはり特別なことなのかもしれませんね。

    柏野 そういうところは似ているというか、やはり興味ドリブンなんでしょうね。自身の症状自体に興味がある。そのモチベーションが強いからこそ、ミュージシャンとしても研究者としても素晴らしい仕事をされているんだと思います。

    藤井 僕もドラムや音楽に恩返しするために、今後いっそう研究に邁進していきたいと思います。

    ――本日は長時間にわたり、ありがとうございました。


    RADWIMPSドラマー・山口智史はなぜ研究者になったのか

    #1 「ミュージシャンズ・ジストニア」を解明したい
    #2 科学は愛でできているから
    #3 ドラマーが抱えている問題を世界へ共有したい
    #4 「口ドラム」でミュージシャンとして再始動へ!

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    山口智史やまぐち・さとし
    1985年生まれ。ロックバンド・RADWIMPSのドラマーとして、2005年に「25コ目の染色体」でメジャーデビュー。2009年にミュージシャンズ・ジストニアを発症し、2015年から音楽活動を休止してきたが、2025年にYAMAHAの新技術VXDをたずさえて、音楽活動を再開。2020年頃から、慶應義塾大学の藤井進也准教授やNTTフェローの柏野牧夫さんらとともに、ジストニアの原因究明に向けた研究活動を続けている。
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    藤井進也ふじい・しんや
    慶應義塾大学環情報学部准教授。音楽科学研究センター長。音楽神経科学研究室/エクス・ミュージック研究室室長。SFC研究所上席所員(常勤)。政策・メディア研究科委員。専門はドラム、音楽神経科学、音楽と脳、リズム、音楽家の身体運動、音楽の知覚の認知など。
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    柏野牧夫かしの・まきお
    知覚・身体科学研究者。NTTフェロー。1964年生まれ。1989年東京大学大学院修士課程修了。博士(心理学)。著書に『音のイリュージョン~知覚を生み出す脳の戦略~』(岩波書店、2010)、『空耳の科学−だまされる耳 聞き分ける脳』(ヤマハミュージックメディア、2012) 他。趣味は野球と歌謡曲(どちらも鑑賞と実践)。

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