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RADWIMPSドラマー・山口智史はなぜ研究者になったのか #3

ドラマーが抱えている問題を世界へ共有したい

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「もとーる」とは、岡山弁で「からだの動きがなめらか」なこと。もとーる・ラボでは、知覚・身体科学研究者で岡山出身の柏野牧夫ラボ長が、「うまくいく」からだを探っていきます。

今回のゲストは、RADWIMPSのドラマー・山口智史さんです。山口さんは「ミュージシャンズ・ジストニア」を発症後、ドラマーの身体や脳について研究している藤井進也さん(慶應義塾大学准教授)、スポーツ脳科学や聴覚などの研究をしている柏野牧夫さん(NTTフェロー)らとともに研究活動をしてきました。その研究の中で、プロドラマーのジストニアの発症率が高いことや、原因の一端を明らかにしつつあります。この研究成果は、音楽業界や音楽神経科学の分野でも大きく注目されています。

写真:高橋宗正
構成・編集:田井中麻都佳

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Contents

    ドラマーへのアンケートから見えてきたこと

    ――山口さんが最初に発表された研究というのは、どのようなものだったのでしょうか?

    山口 最初の仮説として気になっていたのは、ミュージシャンズ・ジストニアが音楽家の中でも、特にドラマーの発症率が高いように見えていたことでした。そこで、ドラマー界全体を観察するために、大手メディアである『リズム&ドラム・マガジン』に協力していただいて、「ドラマーの練習法および身体不調に関するアンケート調査」というのを行ったのです。この課題はすでにドラマー界全体で共有されていて、非常に関心が高かったこともあって874名もの方にご回答いただくことができました。うち約200名がプロ、約600名がアマチュアです。

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    山口智史さん

    具体的には、どんな音楽を演奏しているのかとか、どんな練習をしてきたのか、さらに練習時間はどのくらいか、メトロノームをどう使っているか、身体不調の経験の有無はあるか、ある場合、どの部位で出ているのかといったことなどを、さまざまにお聞きしました。その結果を可視化するために、身体の不調のある部位を示した図がこちらです。

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    不調が多いところが赤色、少ないところが青色で示したものですが、これを見ると、アマチュアとプロでは症状の出方が全然違うんですね。アマチュアは明らかに手首、とく使う頻度の高い右手に出ている人が多いのですが、プロの場合は右足、次に左手に出ている人が多い。そもそも、右足って、手に比べると使用頻度はうんと少ないんですよ。それはなぜなのか。

    また身体不調の診断名を聞いたところ、アマチュアの場合の多くは、筋骨格系障害(PRMDs)というものが多く、いわゆる使いすぎに起因する腱鞘炎とかヘルニアなどによる痛みとかしびれが多い。一方、プロの場合、ジストニアの診断を受けた人が8.9パーセントと、アマチュアの0.6パーセントよりもはるかに高い数値となりました。

    先行研究で、プロの音楽家におけるジストニアの発症率は約1%という報告がありますが、ドラマーの場合、それよりもはるかに高い数値です。また、従来、ミュージシャンズ・ジストニアは使用頻度が高い部位か、技術的な負担が多い部位に発症しやすいと報告されています。プロドラマーの場合、よく使う右手ではなく右足に症状が多いのは非常に気になる点です。

    藤井 それで山口さんは、柏野さんの下にいるNTTコミュニケーション科学基礎研究所の本田一暁さんと協力して、疾患のある/なしや、プロもアマもどれくらいの演奏レベルなのかということも踏まえて、Rでプログラミングして統計的なモデルをつくったんですよね。

    山口 先行研究で身体不調に関連するリスクファクターが挙げられていたため、アンケートでは、それらについての質問もしています。たとえば、完璧主義者かどうかとか、ストレス耐性はあるかなど、PRMDsやミュージシャンズ・ジストニアを誘引する可能性のある項目についても網羅して、それを統計モデルに落とし込んで、症状がある人の特徴を統計的に明らかにしました。解析を通して、クリック(メトロノーム)に関するストレス、完璧主義傾向、さらには演奏方法の変更などが、病気や怪我の発症と関連があることが見えてきました。

    ――それは、山口さんご自身の主観とも合う結果になっているのでしょうか?

    山口 完全に一致していると感じました。クリックに合わせて叩くことにもストレスに感じていましたし。まぁもっとも、完璧主義者かどうかというのは、「鶏と卵」の問題と同じで、病気になったことで、より完璧主義になって、細かいことが気になるようになってしまった、というのはあるのかもしれません。それでもやはりこうやって解析してみて、多くのドラマーが仮説として挙げていたクリックの問題に迫れたというのは、とても有意義でした。まさに、「出た!」って感じですよね。

    英語の発表で拍手喝采を浴びる

    ――ご自身が知りたいことに向かって、本当に短い時間で、確実に研究の歩みを進めてこられたのですね。

    藤井 山口さんの場合、内からふつふつと湧き出てくるモチベーションがあり、さらに背負ってるものがとてつもなく大きい、ということもあって、まったく怯まず進んでこられたという感じです。エクセルもRも単なる手段であって、そんなのは関係ない、みたいな感じで。モチベーションがない人だったら、だいたい途中で諦めてしまうと思うんですよ、自分には向いてないって。

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    藤井進也さん

    山口 ほんと大変でしたけどね(笑)。

    柏野 でも、それが研究者の本来の姿なんですよ。

    藤井 いや、まさに(笑)。はっきり言っていただいて、ありがとうございます!

    柏野 それは研究に限った話ではなくて、たとえば、「ディープラーニングで何かできませんか?」と言ってきたりする人がいますけど、それはおかしな話ですよね。それらはあくまでも手段ですから。そして、もしやりたいことのための手段がなければ自分でつくればいい。その順番を履き違えている例が多いと感じています。

    藤井 ほんとそうですよね。それってどうしたらいいんでしょう?

    柏野 そうですねぇ。これが日本社会の構造的な問題なのかどうかわからないけど、何の問題意識や知りたいこともないままに、やたらと方法論や知識を与えられすぎているのかもしれません。プログラミングはやっといたほうがいいよ、とか、英語はしゃべれたほうがいいよ、とか。英語なんて、言いたいことがあれば身振り手振りだろうが、なんだろうが、なんとか伝えようとするし、なんとかなるもんですから。

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    柏野牧夫さん(右)

    藤井 そう、まさに山口さんのカナダでの発表なんて、スタンディングオベーションで、拍手が鳴り止まなかったんですよ。これは、山口さんが国際学会でポスター発表をしたのがきっかけとなって、カナディアンパーカッションネットワークという、パーカッショニストと研究者とをつなぐ国際的な研究会に招待されることになったときのことです。その会で研究を推進しているマイケル・シュッツという研究者に山口さんの研究を紹介したところ、ぜひ、僕らの会で発表してほしいということになってね。

    山口 いやー、嬉しかったですね。自分たちがモントリオールで開催する研究会のテーマ「パーカッションニストのためのウェルビーイング」にぴったりなので、ぜひ、発表してほしいと言われたときは、「キタッ!」って思いました(笑)。ただ発表することがゴールではなく、そこから他の研究者に興味をもってもらい、この問題を一緒に考えてもらうことが目的だったので、まさにその機会になりました。

    藤井 もちろん、発表の前に英語の表現についてはかなりトレーニングされたと思いますけど、何よりもその熱意がね、もう全身から、毛穴からも出ていましたから(笑)。

    山口 実は、あの会で一番の拍手喝采を浴びてしまったんですよね(笑)。まさに、世界に自分の疑問が共有された瞬間でした。ただ、聴衆が感動しすぎて、研究の内容を高めるような批判的な質問はもらえなかったんですけどね。それだけ、発表内容に説得力があったのかもしれません。最後に、「この研究は日本だけでなく、国際的に取り組んでいかなければならない」とお伝えしたのですが、まさにこれから国際的に研究内容を深めていく必要があると思っています。

    音楽業界の課題に一石を投じる

    山口 ライブパフォーマンスにおいて、ドラマーがクリック音を聞いて演奏するというのは、いまや世界共通の手法なんですね。僕はまさにそうした変化の過程にいたわけですが、2005年頃からイヤモニがよく使われるようになったことで、音が回ってしまうような大きな会場であったり、爆音の中であったりしても、正確にリズムに合わせて演奏することができるになったのです。

    さらにドラマーがクリックに合わせて叩けば、照明やレーザービーム、映像、オーケストラといった他の音源など、さまざまな演出に自分たちの演奏をピタリと合わせることができるようになった。そうやってライブパフォーマンスのあり様が変わって、どんどん進化してきたのです。当然、それに合わせて、お客さんの期待も上がってきたわけですね。

    ただ、ドラマーというのは、そうしたライブパフォーマンスの全体の演出とのシンクロの責任を負っていて、それはやはりかなりなストレスになっている。とくにプロのドラマーの場合、ライブ中にメトロノームと他の演者との板挟みになって孤独に感じることもあります。一方で、アマチュアはそもそもメトロノームに合わせて演奏すること自体が難しくてストレスを感じているという声が多く報告されました。

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    藤井 僕自身、ドラムから感動をもらって、ミュージシャンの研究を始めて、自分が何者であるかを気づくことができたし、音楽にはとても感謝しているのです。そうしたなかで、山口さんの話を聞いたときに非常に危機感を覚えたのは、その大好きな音楽がビジネスとして消費されて、ミュージシャンたちが使い捨てのように扱われているんじゃないか、ということでした。

    もし、本当にクリックを聞きながら演奏することで、人体に悪影響があるとしたら、これは非常に大きな問題ですよね。だから、まずは真実を明らかにしたうえで、これからの音楽ビジネスがどうあるべきか、再考していく必要がある。この問題の突破口を開くうえで、山口さんの研究は非常に重要な取り組みだと思います。

    これまで音楽に対して何か科学的にアプローチしようとしたときに、音楽にまつわる感性や感動といったものを科学で数値化したところで、いったい何の役に立つのか、という厳しい意見を聞くことがよくありました。一方、この研究については、音楽の一つの真理を理解することが、音楽家に資するものになる。そういう意味で、山口さんとの共同研究は、僕にとっても非常にやりがいを感じる仕事なのです。

    実は山口さんのおかげもあって、慶應大学に音楽科学研究センターが立ち上がったんですよ。いうなれば、スポーツ科学センターの音楽版ですね。

    山口 音楽家のための音楽研究の一歩を踏み出した感じですよね。スポーツ庁もあるし、国立スポーツ科学センターもあるけれど、音楽庁はまだありません。いずれそうしたものへつながっていったらいいですね。ぜひ、一緒にこの活動を国内外に広げていきましょう!

    (#4へつづく)


    RADWIMPSドラマー・山口智史はなぜ研究者になったのか

    #1 「ミュージシャンズ・ジストニア」を解明したい
    #2 科学は愛でできているから
    #3 ドラマーが抱えている問題を世界へ共有したい
    #4 「口ドラム」でミュージシャンとして再始動へ!(10月31日公開予定)

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    山口智史やまぐち・さとし
    1985年生まれ。ロックバンド・RADWIMPSのドラマーとして、2005年に「25コ目の染色体」でメジャーデビュー。2009年にミュージシャンズ・ジストニアを発症し、2015年から音楽活動を休止してきたが、2025年にYAMAHAの新技術VXDをたずさえて、音楽活動を再開。2020年頃から、慶應義塾大学の藤井進也准教授やNTTフェローの柏野牧夫さんらとともに、ジストニアの原因究明に向けた研究活動を続けている。
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    藤井進也ふじい・しんや
    慶應義塾大学環情報学部准教授。音楽科学研究センター長。音楽神経科学研究室/エクス・ミュージック研究室室長。SFC研究所上席所員(常勤)。政策・メディア研究科委員。専門はドラム、音楽神経科学、音楽と脳、リズム、音楽家の身体運動、音楽の知覚の認知など。
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    柏野牧夫かしの・まきお
    知覚・身体科学研究者。NTTフェロー。1964年生まれ。1989年東京大学大学院修士課程修了。博士(心理学)。著書に『音のイリュージョン~知覚を生み出す脳の戦略~』(岩波書店、2010)、『空耳の科学−だまされる耳 聞き分ける脳』(ヤマハミュージックメディア、2012) 他。趣味は野球と歌謡曲(どちらも鑑賞と実践)。

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