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RADWIMPSドラマー・山口智史はなぜ研究者になったのか #2
科学は愛でできているから
「もとーる」とは、岡山弁で「からだの動きがなめらか」なこと。もとーる・ラボでは、知覚・身体科学研究者で岡山出身の柏野牧夫ラボ長が、「うまくいく」からだを探っていきます。
今回のゲストは、RADWIMPSのドラマー・山口智史さんです。山口さんは「ミュージシャンズ・ジストニア」を発症後、音楽活動休止中に、ドラマーの身体や脳について研究している藤井進也さん(慶應義塾大学准教授)、スポーツ脳科学や聴覚などの研究をしている柏野牧夫さん(NTTフェロー)らと出会い、自らが参加者となった実験で、研究の凄みを実感したと言います。さらに、国際学会での感動をきっかけに、本格的にミュージシャンズ・ジストニア研究の道へ。感動の理由は、科学に「愛」を見出したことでした。
写真:高橋宗正
構成・編集:田井中麻都佳
(#1を読む)
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RADWIMPSの他のメンバーが見ていた景色を知る
山口 さらにこの計測で驚くことがありました。このときは僕以外にも、友人のプロのドラマーにも何人か来てもらって、僕と同じ計測をしてもらったんですね。その計測の様子をはたで見ていたのですが、僕自身がミュージシャンズ・ジストニアに罹患しているから、おそらく、他の人の症状が出たときはわかるだろうな、と思っていたのです。
で、実際に左足に症状がある友人が叩き始めて、しばらくしたら表情が曇ってきて、「出てます、いまめっちゃ出てます。もうやばいです」って言っているのに、それが全然わからなかったんですよ! ジストニアに罹患している僕からしても、「いや、イケてますよ」みたいな感じで、普通にビートを叩いていて。だけど、本人からすると、筋肉が強く収縮してしまって、にっちもさっちもいかない状態で、タイミングのコントロールも力感もまったく本意ではなかったという。それにはほんとうに驚きました。
そこではたと、あぁ、RADWIMPSの他のメンバーと会話がすれ違ってしまったのは、こういうことだったのか、と理解したのです。彼らは、この景色を見ていたのか、と。僕がしきりに、「俺のリズム、ヨレてておかしいでしょう? みんなも気持ち悪いでしょ?」って言っても、「いや、大丈夫。そんな言うほどじゃないよ」と返されていたんですね。だから、なんで理解されないんだろうと思ってしまっていた。でも、実験で叩く友人の姿を見て、初めてバンドのメンバーがなぜそう言っていたのか、やっと理解したのです。「これはわかんないわ」って(笑)。

- 藤井進也さん(左)と山口智史さん(右)
藤井 山口さんは実験を通して、第三者の目を獲得したと言っていましたよね。自らが研究者となって実験をすることで、主観に加えて客観の目を獲得して、過去の自分もいまの自分も統合して、自分自身のことを俯瞰して理解できるようになった、と。それを隣で見ていて、あぁ、研究って、そもそもそういう行為だよな、と改めて気づかされたのです。むしろ、当たり前すぎて、多くの研究者はあまり意識していないと思いますけど。
柏野 いま、当事者研究といって、自身の問題をテーマに研究する動きが出てきているのですが、多くの場合は、サイエンティストの目線というよりも、当事者としての主観的な体験を記述していくものなんですね。それはそれで非常に意味のある取り組みなのですが、山口さんが稀有なのは、当事者の目線とサイエンティストとしての客観的な目線、その両方を持っていること。自分自身の問題であり、周りの人たちの問題であり、だからこそ、サイエンティストとしてのモチベーションも非常に高い。けっして借り物ではなく、まさに自らの内から溢れるモチベーションに突き動かされている。そのうえで、客観的な手法を手に入れたことで、物事の本質がよりクリアに見えるようになったんだろう、と思います。
藤井 そう、まさに自分の内からふつふつと湧いてくるモチベーションがあり、さらに、周りのドラマー仲間のためにも謎を解明したいという熱さもあって、背負ってるものの大きさが半端じゃない感じがします。
柏野 私自身、実験に居合わせたときは、本当にびっくりしたんですよ。もちろん素人の自分からするとリズムの乱れなどまったくわからなかったのですが、プロの山口さんから見てもわからないのか、と。

- 柏野牧夫さん
山口 だから嬉しかったんですね。バンドのメンバーの苦しみも想像できる目線を獲得できたことが。それまでは、心のどこかで、「なんでわかってくれないんだよ」っていう気持ちがあったけれど、彼らからしてみたら、「智史と一緒にバンドをやりたいし、応援したい」というただそれだけだったのに、「智史が遠くに行ってしまった」という感じだったのかな、と。
もちろん彼らのそのときの感情をすべて理解したとは言い切れないかもしれないけど、研究を通してそれが想像できるようになったときに、僕はすごく救われたのです。「あぁ、本当に彼らは僕のことを愛してくれていたんだな」と心から思えました。
「科学って愛でできているんですね」
――もし計測していなければ、そのまま誤解は解けなかったわけですね……。
山口 だから研究ってすごいですよね。あの実験を経て、さらにより深く知りたいと思うようになりました。
藤井 まさに研究者として、山口さんが目覚めた瞬間がありましたよね。それがこちらの写真になります(笑)。

- 写真提供:藤井進也
これは、コロナ禍でしたが、2021年8月にアメリカのポートランドで国際音楽知覚認知学会がリアルに開催されたときの模様です。僕が山口さんに「一度、学会に行ってみませんか?」とお誘いして、バンドツアーみたいな感じで、一緒の部屋に泊まることにしたのです。
この日、山口さんは、世界各国の研究者が一堂に会して、成果発表をして、侃侃諤諤ディスカッションをする様子を初めて見ることになったわけですね。その夜、部屋でカップラーメンを作っている山口さんに、お聞きしたのです。「今日、どうでした?」って。そうしたら、山口さんの口から名言が飛び出したんですよね。
山口 確か、「科学って愛でできてるんですね」って言いました(笑)。
藤井 一瞬、僕は何を言っているのか、意味がわからなかったんですよ(笑)。
山口 いや、最初、研究に関わり始めた頃って、本当に僕は何も知らなくて。実験に参加したときも、あくまでも自分は音楽家であって、科学者ではないし、音楽家としてミュージシャンズ・ジストニアを患っている人と研究者の架け橋になれたらいいな、くらいにしか思っていなかったのです。
だいたい、「実験」って言葉だって、最初は怖いって思いましたからね(笑)。「実験って、俺、今日、何されるの?」みたいな。計測も筋電も、僕らのいるロック界隈からはあまりに遠い。だから計測に来てもらった友人たちにも、「俺もやったけど、怖くないから大丈夫だよ」と伝えていたほどです(笑)。
当然のことながら、自分に研究者としてのバックグラウンドがあまりになさすぎて、僕自身が研究に関わるのは効率が悪すぎると思っていました。だから、自分の強みは活かすけれど、僕にできないことは藤井先生や柏野先生にお任せして、チームとして研究ができればいいかな、と考えていたのです。
そう思っていたのですが、この日、考えが変わったんですよ。だって、国際学会って、査読プロセスを経て、選ばれた人たちが何年もかけてやってきた研究成果を発表するという、研究者の一つの晴れ舞台ですよね。その姿を見て、ものすごく感動してしまって。そして、僕もこの同じ舞台に立ちたいって思ったのです。
学会発表は「夏フェス」みたい
山口 実のところ、初めて学会というものを体験して、「夏フェス」みたいだなって思ったんですよ(笑)。
藤井 そうだったんですか!
山口 だって、プログラムの書き方もそうじゃないですか。会場だってA、B、Cとあって、ラインナップを見てみると、どうやらこの人は大物で1時間半もしゃべるらしいから、絶対に聴いたほうがいいぞ、みたいな。駆け出しのバンドならオープニングアクトで15分だけど、サザンオールスターズだったら1時間半やります、というのと同じだな、と(笑)。僕にとっては、プログラムもそうだし、その人が人生を賭けてやっていることを十数分で全身全霊で伝える、というのも、まさに夏フェスに出場するバンドみたいだと感じたのです。
当時は英語もあまりできなくて、何を言ってるのかさっぱりわからなかったのですが、それでも熱意がすごく伝わってきて、カッコイイなって思ったんですね。とくに、発表した後の質疑応答に、僕は超感動したのです。
――というのは?
山口 プレゼンターの発表に対して、いろんな人が質問するわけですが、僕はそのとき感じたのは、これは皆が、そのプレゼンターの研究をより良くするために、彼が見落としているかもしれない視点について突っ込んだり、より深掘りするような質問をしたりしてるんだな、と思ったんですね。しかもそこにいる人たちは、音楽研究のエキスパートですからね。
エキスパートたちが質問を投げかけることによって、研究のレベルがグッと上がる瞬間を目の当たりにしたときに、人類が生み出した科学や研究の営みの凄みを感じたのです。人類全体で、より良い社会にしていくために科学を発展させてきたのは、素晴らしいことだなって思って。それはまさしく愛でしょう? だから、藤井先生に「科学は愛でできているんですね」って言ったのです(笑)。
「先生、研究がしたいです」
藤井 この後、山口さんのもう一つの名言が飛び出したんですよね。
山口 というのも、自分にはいま、知りたくてしょうがない謎があって、それを一緒に解き明かしてくれる仲間もいる。しかも、この謎の解明に賭けるモチベーションは、当事者である自分自身が他の誰よりも高いという自負もあった。であるならば、自分がこの場にプレゼンターとして立って研究を発展させていくのがベストだろうと確信したのです。だって、この場には、自分がまったく持ち合わせていない知見や経験や視点を持った人たちがいるわけで、それをQ&Aを通して、あるいは発表が終わった後の夜の歓談の席でも、ギブしてくれるわけですから――。
――藤井さんはこの山口さんの言葉を聞いて、どう思われたのでしょう?
藤井 いや思わず、「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ」って感じでしたよ。まさに、『スラムダンク』で、三井君に「バスケがしたいです」って言われたときの、安西先生の気分でした(笑)。
山口 それで、「エクセルもワードも使えない僕がどうやったらこの場に立てるんでしょうか」とお聞きしたら、「周りの方たちの力も借りながら、自分自身でデータを解析して、論文を書くんですよ」と藤井先生に返されて、「ぜひ、やらせてください」と言ったんですよね。
藤井 いや、嬉しかったですね。僕自身、学生時代からドラムをずっと叩いてきたこともあって、研究も音楽も一緒だなと思えたということが研究者としての原点なんですね[★01]★01。だから、初めて国際学会でステージに立ったときにすごく興奮して、「ドラムを叩いてるときと一緒やん」って思ったし、自分の発見を発表して、「良かったよ」って言ってもらえたときに、「あぁ、生きてて良かったな」って思えた。
まさに音楽と科学は同じ営みをしているって思えたからこそ、いまの自分がいる。そういう意識があったからこそ、音楽の世界で第一線で活躍してきた山口さんが研究をやりたいって言ってくれたのは、まさに「ほぉっ、ほぉっ、ほぉっ」ですよ! で、まずはエクセルからがんばってねって言いました(笑)。
でも、そこからわずか1年後の2023年には、自分でデータを解析し、発表用のポスターをつくって、国際学会で英語で発表するようになったんですから。しかもいまでは、統計分析ソフトウェアの「R」を自分でプログラミングして解析できるまでになった。エクセルにしろRにしろ、それはあくまでも謎を解明するための手段であって、そんなことは関係ない、みたいなね。本当に頼もしい限りです。
――それは本当にすごいですね!
山口 柏野先生の下にいるNTT コミュニケーション科学基礎研究所の本田一暁さんに全面的にサポートいただいたことも大きいですね。それこそが研究の素晴らしさですよね。決して一人でやるわけではなく、メンターがいてくれて、サポートしてくれる人たちがいる。
バンドもそうだし、中学のときにやっていた駅伝もそうですが、僕は仲間と一緒に何かを達成することが好きだし、幸せを感じるんですね。そうやって皆さんに助けられて、なんとか研究というステージに立つことができるようになったというわけです。
(#3へつづく)
RADWIMPSドラマー・山口智史はなぜ研究者になったのか
#1 「ミュージシャンズ・ジストニア」を解明したい
#2 科学は愛でできているから
#3 ドラマーが抱えている問題を世界へ共有したい
#4 「口ドラム」でミュージシャンとして再始動へ!(10月31日公開予定)
★01 https://sports-brain.ilab.ntt.co.jp/articles/nkc_9-1/index.html

- 山口智史やまぐち・さとし
- 1985年生まれ。ロックバンド・RADWIMPSのドラマーとして、2005年に「25コ目の染色体」でメジャーデビュー。2009年にミュージシャンズ・ジストニアを発症し、2015年から音楽活動を休止してきたが、2025年にYAMAHAの新技術VXDをたずさえて、音楽活動を再開。2020年頃から、慶應義塾大学の藤井進也准教授やNTTフェローの柏野牧夫さんらとともに、ジストニアの原因究明に向けた研究活動を続けている。

- 藤井進也ふじい・しんや
- 慶應義塾大学環情報学部准教授。音楽科学研究センター長。音楽神経科学研究室/エクス・ミュージック研究室室長。SFC研究所上席所員(常勤)。政策・メディア研究科委員。専門はドラム、音楽神経科学、音楽と脳、リズム、音楽家の身体運動、音楽の知覚の認知など。

- 柏野牧夫かしの・まきお
- 知覚・身体科学研究者。NTTフェロー。1964年生まれ。1989年東京大学大学院修士課程修了。博士(心理学)。著書に『音のイリュージョン~知覚を生み出す脳の戦略~』(岩波書店、2010)、『空耳の科学−だまされる耳 聞き分ける脳』(ヤマハミュージックメディア、2012) 他。趣味は野球と歌謡曲(どちらも鑑賞と実践)。



