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RADWIMPSドラマー・山口智史はなぜ研究者になったのか #1
「ミュージシャンズ・ジストニア」を解明したい
「もとーる」とは、岡山弁で「からだの動きがなめらか」なこと。もとーる・ラボでは、知覚・身体科学研究者の柏野牧夫ラボ長が、「うまくいく」からだを探っていきます。
今回のゲストは、RADWIMPSのドラマー・山口智史さんです。山口さんは、筋肉のこわばりにより、身体を思うようにコントロールできなくなる病気、「ミュージシャンズ・ジストニア」を発症し、2015年から演奏活動を休止されていました。活動休止中は、自身の病気の原因究明と克服をめざして、慶應義塾大学の准教授でドラマーの身体や脳について研究してきた藤井進也さん、NTTフェローの柏野牧夫さんらとともに、研究活動を続けてこられました。どのような研究をしてきたのか、そこから何を探り当てることができたのか、山口さんの研究者としての素顔に迫ります。
写真:高橋宗正
構成・編集:田井中麻都佳
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Contents
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活動休止中にドラマー研究者と出会い、研究の道へ
柏野牧夫 実は、昨年末頃から腰を悪くしたのをきっかけに歩きづらい状態が続いていまして、まさにいま、自分自身が「もとーらない=身体の動きが不自由」な状況に陥っています。こうなってみて初めて、世の中には杖をついたり、足をひきずって歩いていたり、歩くことに困難を抱えている人がこんなにもいるかと、気づかされました。ちょっとした段差や傾斜などが、私のような人にとっては大きな障害になるということも、身をもって体験しています。また、「もとーる」ことの本質についても、より深く考えるようになりました。
山口さんご自身、誰よりも「もとーる状態」と「もとーらない状態」、その両極を行き来することになられたからこそ、多くの気づきがあったのだろうと思います。また、自分事だからということもあると思いますが、山口さんの研究者としてのモチベーションの高さ、その熱量の大きさにはとても驚かされています。今日は山口さんの研究と、研究を通して見えてきたことについて、ぜひ、お話しいただければと思います。

- 柏野牧夫さん
――藤井進也さんとの出会いについては、『DRUMS magazine』の記事に詳しく書かれていましたけれど、2020年にお会いになって、初日から意気投合して、共同研究をされることになったのですよね?
山口智史 知り合いの方にドラマーの研究者がいると教えていただいて、ぜひ、お会いしたいということで、藤井先生のもとを訪ねて行ったのが最初でした。藤井先生もドラムを演奏されることもあって、本当にめちゃくちゃ盛り上がったんですね。

- 山口智史さん
藤井進也 ただそのときに、山口さんに「テクノロジーを使って、もう一度、ドラムを叩くというのはどうですか?」とお聞きしたときの顔は、いまでもよく覚えています。まったく興味のなさそうな顔をされていましたよね? それよりも、まずはこの病気の正体を知りたい、理解したいという思いが強く伝わってきました。
山口 そう、まず何が起きているのかを知らないことには先に進めない、という気持ちだったんですね。とにかく自分の身体の中で、本当のところ何が起きているのかを知りたかった。
それからもう一つの理由は、ミュージシャンズ・ジストニアを抱えているのが僕だけではなかったということ。当時、音楽業界では、ギタリストやベーシストなどに比べて、ドラマーばかりがこの病気を発症しているという認識が広がっていました。その時点ではどれくらいの割合かまではわかっていなかったのですが、僕の友人のプロのドラマーの中にも何人もいて、「え、おまえもか?」みたいな。だから、なぜ?という思いがとても強かったのです。
――ドラマーに多いというのは、何か思い当たるふしはあったのでしょうか?
山口 やはり共通する環境要因があるにちがいないと感じていて、多くのドラマーが口を揃えて「クリック」じゃないか、と言っていました。ライブの最中に、ドラマーはイヤモニから聞こえてくるクリック音に合わせてドラムを叩くことでリズムをキープしているのですが、それがストレスとなって発症しているのではないか、と。当時はまだ仮説でしかなかったのですが。だから、自分としては、自分の中で起こっていることを解明したいという思いと同時に、本当にクリックが問題なのかどうかを突き詰めたいという思いが強くありました。
藤井 そういう背景があったからなんでしょうね。最初にお話ししたとき、山口さんは何かすごく大きな使命を背負われているように感じました。漫画『Kingdom』の主人公じゃないですけど、多くの武将たちの遺志を引き継いで戦うみたいな感じで、自分だけでなく、ドラマー界のためにもなんとかしなければならない、という強い思いが伝わってきました。だから、テクノロジーを使ってもう一度ドラムを叩くということはいったん置いておいて、山口さんの心の奥にあるものを掘り起こしながら、それを研究テーマにつなげるべきなんだろうと思いました。
そこからまずはこのミュージシャンズ・ジストニアとは何なのか、なぜ身体が思うように動かせないのか、山口さんと一緒に探っていこうと、共同研究を始めることにしたというわけです。

- 藤井進也さん
ジストニアを抱えながら演奏を続けることの苦しさ
――ジストニアを発症されたのは2009年ということでしたね。
山口 はい。2009年に発症して、それから活動休止までの2015年までの6年間は、身体が思うように動かないなかでもなんとかドラムを叩き続けてきたわけですが、それはとても辛い経験でした。当時はまだミュージシャンズ・ジストニアという、音楽家特有の神経疾患があることすら知らなかったですし。もちろん、思うように叩けないこと自体も辛いのですが、むしろ堪えたのは、音楽を心から楽しめなくなってしまったことです。
そもそも音楽の感動って、ステージに立つ演者が、心から音楽を楽しんで、いいアンサンブルができて、それが客席へと伝播することで引き起こされるものですよね。そして、少なくともこの病気を発症する前の僕は、そういう奇跡のような体験を何度もしてきました。「今日のライブ、やばっ!」みたいなね。自分たちが楽しくてしょうがないといった感じで、その気持ちがお客さんに伝わって初めて感動が生まれる。そうした瞬間を知る人間だからこそ、この病気になってからは、「いったい、自分は何をやってるんだよ」という気持ちになってしまって……。
ステージにいるときに他の人の音に意識を向けられないくらい余裕がなくて、意識の99.9パーセントは、うまく操れない脚に向けている状態だったんですね。もちろん症状が出たとしても、とにかく叩かないとライブが崩壊してしまうので、なんとかごまかしながら演奏を続けていたわけですが。
しかも、このジストニアというのは、出方がランダムなんですよ。1日の中でも症状が出たり出なかったりで、もう読めなさ過ぎて……。もちろんすでに100パーセントで叩けることはなくなっていたけれど、それでも、今日はなんとか80パーセントで安定していて、それなりにいい演奏ができたな、と思っていても、アンコール曲になった途端に、症状が出たり。本来、アンコールって、本編のライブが終わって、いい演奏ができたなって心が満たされて、リラックスして演奏するものですよね。それなのに、アンコールで突然、症状が出てしまうから、もう恐怖心から音を出すしかなくて。
そのことに、とても罪悪感があったんですね。バンドの他のメンバーに対する申し訳なさもあったし、お客さんに100パーセントの演奏を届けられない情けなさもあったし。
だから原因究明ができれば、この病気の克服につなげることができるんじゃないかと思い、藤井先生との出会いをきっかけに、研究という未知の世界に足を踏み入れることにしたのです。
計測により、初めてジストニアの症状を捉える
藤井 で、まずは測ってみようとなったんですよね。
柏野 NTTのわれわれの厚木のラボに計測に来られたのが最初でしたね。
藤井 そう、症状が出たときと出ていないときと、まずは測ってみようと、山口さんと、そのほかにも症状を抱えているプロのドラマーの方たちを集めて、NTTのラボにドラムセットを持ち込んでメトロノームに合わせて叩いてもらうことにしました。その際に、山口さんの場合は、右足の10カ所にセンサをつけて、筋肉の活動電位(筋電)と打音のタイミングや振幅を計測しました。
ところが、いざ山口さんにドラムを叩いてもらったら、まるで幽霊みたいな感じで、山口さんは「出た、出た」と言うのに、周りにはまったくわからなかったんですよ!
――症状が出ていても、周りの人にはわからなかったのですか?
藤井 そうなんです。ドラムを叩きながら、症状が出るたびに、口頭で「出た」と言ってもらうのですが、音は鳴っているし、リズムの乱れもほとんど感じられなくて、はたから見ている分にはまったくわかりませんでした。
山口 僕自身はめちゃくちゃ出ていると感じていて、その瞬間は右足の脛の筋肉のコントロールができなくて、まさに「もとーらない」状態になっているという自覚があったんですけどね(笑)。
藤井 だけど、はたから見ている分にはわからない。「出たって、どこがやねん?」みたいな感じで(笑)。ところが、筋電図データを見た瞬間に氷解しました。山口さんの場合は、前脛骨筋という脛の筋肉が、バスドラを打つ直前、0.3秒くらい前にピクっと過活動していました。それはもうデータからは明らかで、正常なときにはまったく出ていなかったのです。
図1左を見ていただくとよくわかるのですが、これは打音タイミングの誤差と振幅を示したものですが、青色の点が症状がないとき、オレンジ色が症状があるときで、症状が出たときは明らかにタイミングが速くなって、音の振幅が小さくなっていることがわかります。また、図1右を見ていただくと、症状のあるときだけ前脛骨筋が過活動していることもわかります。

- 図1
山口 測ってみてわかってことですが、はたから見てもわからなかったというのは、「代償動作」のせいだったんですね。やはり自分としては音楽家として音が鳴らないのは致命的だという恐怖心があって、それで咄嗟に、脛の上にある大腿筋、太腿の筋肉を使って無理矢理ペダルを踏みにいっていた、という。だから結果として、症状が出る瞬間に脛のあたりの筋活動が高まって、太腿で押し込むみたいな感じで、なんとかバスドラを鳴らしていたのです。
でもそれは本意ではないというか、データで見れば明らかなように、タイミングにバラツキがあるし、音も弱い。自分が思った通りのタイミングで打てていないということは、自分の中ではありありとわかっていたのだけど、それをデータで見たときは本当に驚きました。
ジストニア患者としての苦しみに光をもたらした研究
山口 ジストニアを発症してからしばらくは、まだ病気だという意識もなくて何かおかしいという感覚はあったのですが、ずっと謎現象だったんですね。しかも、藤井先生がおっしゃったように、はたから見てもわからない。だから、周りに訴えても、まったく理解されなかったのです。みんな、悪気はまったくなくて、むしろ僕を励まそうと、「智史、全然大丈夫だよ、叩けてるよ」と言われて、それがむしろ辛かった……。
柏野 いまおっしゃったことには、「もとーる」ことの二つの本質がありますよね。つまり、客観的に見てできているのかどうか、ということだけでなく、本人が自分の身体を意のままに操れている、コントローラブルであるという感覚があるかどうかが、「もとーる」ことには欠かせないのだと思います。
もちろん、症状が重ければ、はたから見てもおかしいし、本人も自覚があるということでしょうけど、山口さんくらいの症状であれば、はたからはわからないけれど、本人としては自分で意のままに操れているという感覚がない。いま私自身、自分の脚を他人の脚のように感じていて、うまく操れない状態なので、「もとーる」ためには、まさにその両方が必要なんだなと実感しているところです。
山口 そう、はたから大丈夫そうに見えるというのが、もしかすると一番苦しかったことかもしれません。「群盲象を評す」って言葉ありますけど、全体を見ないで一部だけ触ってバラバラの感想を言うのと同じで、本当のところがわからかないからさまざまに誤解を生んでしまって。当然ですよね、ちゃんと叩けているように見えているわけですから。バンドの他のメンバーからすれば、僕が辞めたいと言い出す理由なんてさっぱりわからなかったのだろうと思います。でも自分ではどうしようもなくて、どんどん隔たりが生じてしまった……。
そもそもバンドって、このメンバーだからこそ、この音を奏でられるみたいなところがあるじゃないですか。だから、「おまえが活動を休止するということは、バンドの存続に関わる問題なのに、なんでそんなことを言い出すんだよ。大丈夫なのに」みたいな感じになってしまって、どんどん話が噛み合わなくなってしまった。それが本当に悲しくて。
言うなれば、僕が音楽家として一番辛かったのは、ジストニアの正体が幽霊みたいだからこそ、人とのコミュニケーションすらも崩壊させてしまったということだったんですね。だって、それこそバンドメンバーって、ずっと運命をともにしてきた存在で、人生でこんなにも深く愛し合える関係なんてほかにないくらいですから。幾多の苦楽をともにしてきた仲間と、まったく理解し合えなくなるという状況は、おそらく、僕だけでなく、この病気を発症した音楽家のいる他バンドでも起きている悲劇だと思います。
だから、計測によって症状が可視化された瞬間、あの波形を見た時の僕の感動は半端なかったんですよ。科学ってすごいって思ったし、みんな、「大丈夫、そんなの気のせいだよ」と言っていたけれど、「ついに捉えたぞ」という感覚でした。
だから、藤井先生や柏野先生に会えたことは、僕の人生における奇跡の出会いだと思っています。しかも、ここから研究を深めていくなかで、僕はだんだん、あのときにRADWIMPSの他のメンバーがどう感じていたのか、その辛さを少しずつ理解していくことになったのです。
(#2へつづく)
RADWIMPSドラマー・山口智史はなぜ研究者になったのか
#1 「ミュージシャンズ・ジストニア」を解明したい
#2 科学は愛でできているから
#3 ドラマーが抱えている問題を世界へ共有したい
#4 「口ドラム」でミュージシャンとして再始動へ!(10月31日公開予定)

- 山口智史やまぐち・さとし
- 1985年生まれ。ロックバンド・RADWIMPSのドラマーとして、2005年に「25コ目の染色体」でメジャーデビュー。2009年にミュージシャンズ・ジストニアを発症し、2015年から音楽活動を休止してきたが、2025年にYAMAHAの新技術VXDをたずさえて、音楽活動を再開。2020年頃から、慶應義塾大学の藤井進也准教授やNTTフェローの柏野牧夫さんらとともに、ジストニアの原因究明に向けた研究活動を続けている。

- 藤井進也ふじい・しんや
- 慶應義塾大学環情報学部准教授。音楽科学研究センター長。音楽神経科学研究室/エクス・ミュージック研究室室長。SFC研究所上席所員(常勤)。政策・メディア研究科委員。専門はドラム、音楽神経科学、音楽と脳、リズム、音楽家の身体運動、音楽の知覚の認知など。

- 柏野牧夫かしの・まきお
- 知覚・身体科学研究者。NTTフェロー。1964年生まれ。1989年東京大学大学院修士課程修了。博士(心理学)。著書に『音のイリュージョン~知覚を生み出す脳の戦略~』(岩波書店、2010)、『空耳の科学−だまされる耳 聞き分ける脳』(ヤマハミュージックメディア、2012) 他。趣味は野球と歌謡曲(どちらも鑑賞と実践)。



