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人工生命研究者・池上高志が考えてきたこと #4

ALIFE研究のいま

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複雑系やALIFE(人工生命)の研究を通じて、「生命とは何か」という人類の大テーマと向き合ってきた物理学者の池上高志さん。研究とアートの両輪で、世界のわかり方のオルタナティブを示そうとしてきました。はたして、人類はAIに生命性を持たせることができるのか――ALIFE研究の現在についてお聞きしました。池上さんの半生についてお聞きしたロングインタビューの最終回です。(全4回)

写真:高橋宗正
聞き手:田井中麻都佳、柴俊一
構成・編集:田井中麻都佳

Contents

    ALIFE研究のこと:「僕の“意識”の定義は、記憶を貯めながら維持できるもの」

    T 最近のALIFE研究はどのような状況なのでしょうか?

    池上 2024年のALIFE学会はデンマーク・コペンハーゲンで開催されましたが、やはり大規模言語モデル(LLM)ブームでした。僕自身、LLMがALIFE研究を劇的に変えると思っていて、「ALIFEは終わった」という論文を書いたんですね。ところが、査読者3人のうち1人が絶対に受け入れられないと言って、リジェクトされてしまいました。このようにLLMに嫌悪感を抱く研究者はいまだに多いのです。それこそ、2023年のALIFE学会で話をしてくれた小説家のテッド・チャンもLLMには否定的な立場でしたね。

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    でも、僕はそうは思わないんですよ。LLMは意識を持つだろうと思っています。ちなみに、《MTM》(Mind Time Machine)というのは、まさに「機械の意識」を研究するためにつくったものです。もちろんアート作品ではありますが。4機種、計15台のカメラで観客の動きを多視点から撮影して、その映像データを独自に開発した複雑系を応用したプログラムで、さまざまに展開、変形して、スクリーンに投影するというものでした。そのときに、「意識」「無意識」「記憶」に対応する、同期した3面のスクリーンにリアルタイムに映像を投影することで、「主観的時間の自己組織化」を体現しようとしています。すなわち、僕の「意識」の定義は、「記憶を貯めながら維持できるもの」なんですね。記憶を自己組織化しながら維持しつつ、編集して使えるような仕組みがあれば、それは意識として存在するのではないかと思っています。

    《MTM》をつくって少ししてから、カリフォルニアのマウンテンビューにあるGoogleを訪ねたんですよ。《MTM》の話を聞いてもらおうと思って。でも全然話が通じなかった(笑)。話は通じなかったんですが、そのときそこの技術者とした話はとても印象に残っています。Googleの技術者は365日24時間、Gmailがけっして落ちないように、世界中のあちこちにストレージを確保し、Hadoop[★01]★01など、安定的に並列な計算を高速で行うシステムをいろいろ構築し、Gmailシステムを維持し続けている。彼らはそれを意識とは微塵も関係なく行っているわけですが、僕にはその技術こそ「意識」に必要なものだと思えました。脳だって何千億もの神経細胞を動かし、なおかつそこに記憶を蓄える必要があるわけで、Googleがやっていることはまさに脳研究に近いのではないかと。実際に脳のモデルをつくろうとしたら、いかにシステムを維持し続けるか、記憶が消えないまま保持し続けるか、ということが大事になるはずです。そう考えたときに、自分の考える脳のモデルをストーリーとしてつくっても仕方ないと思ったんですね。だから、マッシブデータフローに向かったというわけです。

    ファインマンの宿題:「世の中というのは、いろいろなことが絡んで進んでいる」

    T 一方で、池上さんはSF的な物語の想像力とでも言うような、常識にとらわれない自由な思考を働かせていらっしゃるように感じます。それはアートともつながっていると思うのですが。SFはお好きなんですか?

    池上 『オッペンハイマー』の監督、クリストファー・ノーランのSF作品も好きで見ていますよ。彼は物理好きですからね。特に『TENET テネット』[★02]★02は難しいけど、面白い。対生成をテーマに、「現在から未来へ進む時間軸と、その逆方向が同時出現する」といったメタファーが出てきます。このもとネタになっているのが、普通に解くと解が二つ出てきて、その解の解釈は、時間が逆方向に進むというある計算式なんですね。これに対してファインマンは、「ファインマン・ダイアグラム」という粒子の相互作用を計算するためのダイアグラムを考案しましたが、このなかで電子と陽電子(電子の反粒子)が対生成し、陽電子は時間を逆行することを視覚的に示しました。これが『TENET』に使われているのです。

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    そうそう、ファインマンと言えば、1985年頃だったか、東大に来たことがありました。「ファインマン爆弾」って知ってます?

    T いえ、何ですか?

    池上 いきなりやってきて、「何か質問は?」って言うんですよ(笑)。あのときも、大学院生たちがいる部屋に素粒子物理の宮沢弘成先生[★03]★03がやってきて、「ちょっと来てくれ」と言われて行ったら、ファインマンがいたという。ところが、皆、緊張して誰も質問しないんですね。しょうがないから僕が手を挙げて、「もし、脳を研究するとしたら、ファインマン先生だったら何から始めますか?」と聞いたのです。すると、ファインマンの答えは、「原子や分子から脳を説明できるとしたらやるけど、そうじゃないとしたら興味はないな」と。

    そこで、もう一つ、僕は当時セル・オートマトン(CA)[★04]★04の研究をしていたこともあって、「物理は連続の時間や空間を扱うけれど、むしろ、時間と空間を離散的に扱うほうがはるかにリッチな世界をつくれるんじゃないですか? 離散的につくり直したほうが良くないでしょうか?」と質問したんですね。そうしたら、ファインマンは、「それは自分もそう思うけど難点がある。物理法則は相対論的不変性[★05]★05を満たさなければならない。でもCA的だとある特別な時空の場合でしかローレンツ不変性[★06]★06を満たさないから、そこに難点がある。これ、宿題ね」と言われたのです。その宿題はいまも解いていないわけですが(笑)。しかも、その2年後くらいに、偶然にも僕の誕生日に亡くなってしまいました。

    T それは何か運命的な偶然ですね。

    池上 そうですね。世の中というのは、いろいろなことが絡んで進んでいるということでしょうね。一言で説明することは、つねになにかの近似になっている。映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』[★07]★07と同じで、本当は世界を説明しようとしたらああいう感じになっちゃうんでしょうね。多元的でありながら、かつ関連しあって、つながっている、と。だから、僕は一つの言葉やストーリーで何かを説明するということには嫌気がさしていて、複雑系に取り組んできた。もっと違うやり方で世界をわかるやり方があるんじゃないかと、常に考えながら研究を続けきたのは、そういうことなんですね。

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    池上さんの研究室の壁に貼られていたリチャード・P・ファインマンが描いた、サイン入りのファインマン・ダイアグラム

    T 最後に、今後のご研究の展望についてお聞かせください。

    池上 最近は、アンドロイドの「オルタ(Alter)」にLLMを搭載し、さらにオルタ自身の身体にセンサをつけて動きをオルタ自身にフィードバックするとどうなるのか、それを博士課程の吉田崇英君とやっています。つまり、手を動かすときの信号をオルタ自身が目で見たときに、オルタには自己が見えるのか、自意識を生成できるのかどうかということを探っている。こうした実験により、機械に自己意識を生成させる道筋が見えてくるんじゃないかと思っているんですね。2010年にアートとしてやった《MTM》のLLMバージョンです。これはいままさにヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展2025に展示されています。実際に、LLMが身体性を持つことによって、意識の芽生えともいうべき現象が生まれつつある。まさにいまわれわれは、新しい生命システムの誕生を目の当たりにしているのかもしれません。

    このALIFEの研究をさらに深めていくために、2025年10月、京都に「人工生命研究所」を立ち上げることになりました。また、10月6日から10日まで、同じく京都でALIFE学会2025が開催されます。今年はどのような議論が展開されるのか、いまから楽しみです。ぜひ、今後の研究の発展に期待していてください。

    【ALIFE学会2025】

    10月6(月)〜10日(金):会場 京都産業会館ホール

    https://2025.alife.org


    人工生命研究者・池上高志が考えてきたこと

    #1 「生命とは何か」を突きつめたい
    #2 ロスアラモスでALIFE研究を深める
    #3 「生命と何か」に研究とアートで迫る
    #4 ALIFE研究のいま

    ★01 Hadoop(ハドゥープ)とは、大規模データを分散処理するためのオープンソースフレームワークのこと。 ★02 『TENET(テネット)』(2020年)は、「時間の逆行」をテーマにしたアクションサスペンス映画。主人公(ジョン・デヴィッド・ワシントン)は、未来からもたらされた装置によって第三次世界大戦が引き起こされるのを防ぐため、「時間のルールから脱出する」というミッションを課せられてテロ集団に立ち向かう。物語のカギを握るのが時間逆行装置の「回転ドア」で、これを通過すると人や物の時間の流れが反転。時間を順に進む「順行」は赤、逆に進む「逆行」は青で識別されるものの、同じ空間で同時に未来と過去が行き交うなかで繰り広げられる戦闘シーンは複雑で、独特な映像となっている。 ★03 宮沢弘成(1927–2023)は物理学者。専門は、核物理、素粒子物理学。東京大学名誉教授。 ★04 格子状に配置された多数のセル(cell)が隣接するセルの状態に基づいて、自身の状態を変化させていくという離散的な計算モデルのこと。 ★05 物理法則は、すべての慣性系(等速直線運動をしている座標系)で同じかたち(不変であること)を保たなければならないという原理に基づいている。これにより、観測者に依存しない普遍的な物理法則が構築できる。 ★06 ローレンツ変換とは、特殊相対性理論において、異なる慣性系の間で時空座標を結びつける変換のこと。ローレンツ不変性とは、物理法則や物理量がローレンツ変換に対して変わらない(不変)であることを指す。 ★07 2022年に公開されたアメリカのコメディドラマ映画。脚本・監督はダニエル・クワンとダニエル・シャイナート、主演はミッシェル・ヨー。生活に追われるごく普通の中年女性が、 マルチバース(並行宇宙)を行き来し、カンフーマスターとなって世界を救うという、奇想天外な設定の異色アクション映画。第95回アカデミー賞で11部門にノミネートされ、うち作品賞、主演女優賞、助演男優賞など7部門を受賞した。

    池上高志いけがみ・たかし
    1961年生まれ。複雑系・人工生命研究。東京大学大学院総合文化研究科広域科学システム系教授。理学博士(物理学)。アンドロイドAlterを用いたアート活動にも取り組む。著書に『動きが生命をつくる』(青土社)、『作って動かすALife』(共著、オライリー・ジャパン)など。

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