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人工生命研究者・池上高志が考えてきたこと #3

「生命とは何か」に研究とアートで迫る

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複雑系やALIFE(人工生命)の研究を通じて、「生命とは何か」という人類の大テーマと向き合ってきた物理学者の池上高志さん。やがて、ウェブの登場によって増え続けるデータの圧倒的なリアリティを前に、膨大なデータを使った研究やリアルな実験へ展開していったと語ります。さらに池上さんを語るうえで忘れてはならないのがアートの存在。以前、DISTANCEでも紹介したアンドロイドのオルタ(Alter)に加え、音楽やダンスなどを通じて、世界のわかり方のオルタナティブを示そうとしてきました。池上さんの半生についてお聞きしたロングインタビューです。(全4回)

写真:高橋宗正
聞き手:田井中麻都佳、柴俊一
構成・編集:田井中麻都佳

Contents

    マッシブデータフローと油滴の実験:「現象そのものから世界のわかり方を提示する」

    T 複雑系の研究が勢いを失うなかで、その後、池上さんはどのようなご研究をされてきたのですか?

    池上高志 うちの親父が2004年頃に深刻な病気になってしまって、それで当時はあまり物事を考えられなくなってしまい、2000年代後半というのは研究活動も停滞していたんですが、そんななか、2010年頃から始めたのが、マッシブデータフローという考えでした。それまで複雑系ではストーリーをつくることで物事を理解しようというストーリーテリングを重視していたのですが、ウェブの登場によって膨大なデータの持つリアリティにこそ、注目すべきだと思ったのです。そこから、たとえば、何万羽もの鳥のシミュレーションをしてみたり、並列計算機の数を増やしてプロセスを増やしていくと、途中で変なノイズが発生するということを見つけたり――。

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    池上高志さん

    さらには、実際のリアルな実験も手掛けるようになりました。そのとき取り組んだのが、油滴の研究です。これは、無水オレイン酸が水和反応を起こしてつくり出す油滴の運動を観察するというもの。化学反応によって油滴が自律的に運動を開始して、さらには群れをなして、集団で運動しはじめ、まるで生物のように動いたり、止まったりするんですね。このように、現象をモデルとして理解するのではなく、現象そのものから世界のわかり方を提示するという方法を見出そうとしてきました。

    実験からアートへ:「渋谷慶一郎さんは何かやろうというときに、具体的な提案をしてくれる」

    池上 実はこの少し前からアートも始めました。

    S 最初の作品は、音楽家の渋谷慶一郎さん[★01]★01とでしたね?

    池上 そうです。最初に渋谷さんとつくったのが、「第三項音楽」というものでした。通常、音楽の楽譜はメロディとリズムの二項で示されるわけですが、実際にはヴァイオリンとピアノでは、同じ曲でも印象が大きく変わりますよね? つまりわれわれが音楽から受け取る感覚というのは、作曲家が非明示的に取り入れている第三項、すなわち「音色」に依存する。そこで、メロディとリズムではなく、まず音色からつくる音楽があってもいいんじゃないかということで、複雑系の理論を使いながら、「構造を持った音色」を生成するプログラムを僕がたくさん作り、渋谷さんが作曲したのです。この作品を2005年にNTTインターコミュニケーション・センター(ICC)で発表したのが、渋谷さんとのコラボレーションの始まりでした[★02]★02

    S そういうものだったんですね。当時、聴いたはずですが、よくわかっていなかったなぁ。もしかすると、いま聴いたほうが面白いと感じるかもしれません(笑)

    池上 いやほんと(笑)。当時、第三項音楽のレクチャーを東大でやったことがあって、いまでは考えられないことですですが、講師に彫刻家の名和晃平さんや劇作家、小説家として活躍されている岡田利規さん、パフォーマーの笹本あきさんに来ていただいたり、渋谷さんに紹介していただいて、高橋悠治さんに講演とピアノ演奏をしていただいたり、それは贅沢だったんですよ。

    その後も渋谷さんとはコラボを重ねて、2010年頃には、《MTM》(Mind Time Machine)をつくった。これは、人間の脳内で起こっている時間の生成・編集のプロセスを、映像とサウンドで体験できるインタラクティブなインスタレーションでした。人間の脳の中では時間はリニアに流れているわけではなく、行ったり来たりしながら、主観的な時間――すなわち意識を生成・編集しているということを、表現できないかと考えました。ちなみに、この作品はアーティストの故・三上晴子さんの作品、《欲望のコード》の関連展示として発表したものです。

    T 渋谷さんと出会う前まで、アートをやろうと思ったことはなかったのですか?

    池上 なかったですね。でもなぜか、渋谷さんとだったらやってもいいな、と思ったのです。渋谷さんというのは面白い人で、何かやろうというときに、必ず具体的な提案をしてくれるんですよ。同じく、カールステン・ニコライ[★03]★03も具体的に提案してくれる人でした。カールステンは、僕の進化に関する論文を読んで、わざわざ大学まで会いに来てくれたのです。そのときに、彼がつくったノイズミュージックのCDをかけてくれたんだけど、プチプチって聞こえるだけだから、「これ、壊れてる?」って言ったんですよ。壊れてなかったんだけど(笑)。それがきっかけで、親交を深めるようになりました。

    カールステン・ニコライ:「僕が彼とやろうとしたのは、中谷ダイヤグラムの再現だった」

    S カールステンも科学に興味のある人ですよね。

    池上 そうなんです。2002年にワタリウム(東京・青山)で開催されたカールステン・ニコライ展では、先ほどの僕の論文(橋本敬との共著「テープとマシン」)にからめて、《autopilot》(オートパイロット)という作品が展示されました。これは数々の「自律的な運動」をテーマに、クラゲ/クラウドチェンバー(霧箱)/録音し続けるテープレコーダなどを配置した作品です。このカタログに、僕の「テープとマシン」の図や、僕自身が書いた「不思議なダイアグラム(熱からカオス、カオスから計算へ)」といったイラストも使ってもらいました。

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    カールステン・ニコライ展カタログ『autopilot』にのせたイラスト(熱/カオス/計算)

    T 絵を描くのもお好きなんですね?

    池上 好きなのでよく描いていましたね。うちの親父も絵が好きだったし、子どものときから絵に接する機会が多かったのです。ジャクソン・ポロックとか、抽象画が好きでした。もちろん音楽も。まあ、世代的にクラフトワークとかYMOとかを聴いていたわけですが。

    ちなみに、カールステンは最初、世界で初めて人工雪をつくることに成功した中谷宇吉郎[★04]★04のことを知らなかったのですが、僕があのとき彼とやろうとしたのは、中谷ダイヤグラムの再現だったんですね。中谷ダイアグラムというのは、温度と湿度の条件の違いから雪のパターンの違いが生まれる相図[★05]★05のことです。中谷さんはそのあと、純粋な単結晶の氷を採取しようとアラスカやグリーンランドなどの極地を訪れていました。実践派の人であり、寺田寅彦の弟子であり、それを継承したのがまさに複雑系だった気がします。

    S 日本における複雑系の始まりという意味では、寺田寅彦もひび割れの話を書いたりしていますね。

    池上 そう、東大の物理の講演室には、寺田寅彦のひび割れの写真が貼ってあるんですよ。複雑系のパターン形成の研究の系譜が日本の物理研究に受け継がれてきたことは忘れてはならないと思います。

    T こうしたアート活動と先生のご研究はどのようにつながっているのでしょうか?

    池上 無意識下ではつながっていますが、きれいなパターンをアートとして出そうとは思ったことがない。というかそれはしちゃいけないと思っています。むしろAI研究で議論され続けてきたのは、物理学では扱いにくい別の問題、すなわち身体性の問題ですよね。身体が持つ認知・意識から生命の本質を明らかにしようとしてきたわけで、それはまさしくアートにつながっています。岡田利規さんも、彼の演劇ユニット「チェルフィッチュ」で実践されてきたように、固有のノイジーな身体性がリアルな台詞を生み出すと言っていますよね。

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    だから2024年の10月に、神奈川芸術劇場(KAAT)で、振付師でダンサーの山田うんさんと上演した《まだここ通ってない》という作品も、AIやドローンにダンサーの身体が加わることで、人工生命の新たな可能性を探ろうとした作品でした。チューリングの記憶装置をつくったり、高橋悠治さんにAIによる音楽と共演していただいたり。めざしたのは、タルコフスキーの『鏡』のような世界だったのです。作品では、仮想的なススキを登場させたのですが、このススキは、実は三上晴子さんが以前話していたアイデアでもあったんですよ。《MTM》の代わりにほんとうは人工のススキの原が出現してたかもしれない。

    いずれにせよ、こうした活動は、すべてが実験的な取り組みで、僕自身、どう解釈したらいいのかわからないところもあるけれど、ダンスの表現など未知なことに触れることで触発されるものがある。そのように、生命の本質を考えるうえで、アートは大きな示唆を与えてくれるものだと思っています。

    (#4へつづく)


    【ALIFE学会2025】
    10月6(月)〜10日(金):会場 京都産業会館ホール
    https://2025.alife.org


    人工生命研究者・池上高志が考えてきたこと

    #1 「生命とは何か」を突きつめたい
    #2 ロスアラモスでALIFE研究を深める
    #3 「生命と何か」に研究とアートで迫る
    #4 ALIFE研究のいま

    ★01 渋谷慶一郎(1973−)は日本の作曲家・音楽家。2002年に音楽レーベルATAKを設立、国内外の先鋭的な電子音楽作品をリリースしている。代表作に『ATAK010 filmachine phonics』『ATAK015 for maria』など。2012年には、初音ミク主演による世界初の映像とコンピュータ音響による人間不在のボーカロイド・オペラ『THE END』を発表。2018年にはAIを搭載したヒューマノイド・アンドロイドが人間のオーケストラを指揮しながら自ら歌う、アンドロイド・オペラ『Scary Beauty』を発表。2025年11月にはサントリーホールにて、アンドロイド・オペラ『MIRROR』を上演予定。池上高志さんとは15年におよぶノイズや立体音響の協働、研究を行っている。 ★02 ATAK@ICC コンサート 《第三項音楽〜Non-Fourier Formula and the beyond〜》、ICCホームページhttps://www.ntticc.or.jp/ja/exhibitions/2005/concert-the-third-term-music-non-fourier-concepts-and-the-beyond/ ★03 カールステン・ニコライ(1965−)は、東ドイツ生まれのサウンド&ビジュアルアーティスト。ビジュアルアートと電子サウンドといった異なる領域の表現をハイブリッドツールとして用いる作品で知られる。その表現は、物理現象、生命現象、カオス現象などにもおよぶ。ミュージシャンとしては、「Noto」および「Alva noto」という別名で、数々のアーティストとコラボレーションを行う。 ★04 中谷宇吉郎(1900–1962)は、日本の物理学者・随筆家。東京帝国大学を卒業後、理化学研究所で寺田寅彦に師事。その後、イギリスに留学。1936年に、雪の結晶の人工生成に世界で初めて成功した。「雪は天から送られた手紙である」という名言で知られるように、自然科学の探究を詩情豊かに語り、科学随筆の名手としても知られる。北海道大学教授として雪氷学を発展させ、日本の雪害研究や気象学の基盤を築いた。娘の中谷芙二子(1933–)は霧のアーティストとして国際的に活躍している。 ★05 相図(phase diagram)とは物質や系の相と熱力学的な状態量の関係を表した図のこと。

    池上高志いけがみ・たかし
    1961年生まれ。複雑系・人工生命研究。東京大学大学院総合文化研究科広域科学システム系教授。理学博士(物理学)。アンドロイドAlterを用いたアート活動にも取り組む。著書に『動きが生命をつくる』(青土社)、『作って動かすALife』(共著、オライリー・ジャパン)など。

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