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福岡伸一、万博《いのち動的平衡館》で伝えたかったこと #4 展示篇
デザインエンジニアリングの3つの振り子―展示制作の舞台裏
生物学者の福岡伸一さんが担当した、大阪・関西万博のシグネチャーパビリオンの一つ《いのち動的平衡館》をめぐる旅の最終回。パビリオンの展示《クラスラ》についてTakramのデザインエンジニアである緒方壽人さんに解説していただきます。パビリオンのなかにあるのは、32万個もの小さく儚い光の粒が明滅する立体的なシアターシステム。絶えずうつろいゆく光の粒子が描く生命の物語はどのようにして生まれたのか。振り子のように行ったり来たりしながら開発に挑んだ、その舞台裏を語っていただきました。
写真:加藤純平
編集:田井中麻都佳
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Contents
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「抽象」と「具体」の振り子
Takramは、デザイン、テクノロジー、ビジネスの3つのコア領域を横断的に思考し、実践するデザインイノベーションファームである。企業のサービスやプロダクトデザイン、開発、ブランドデザイン、空間インスタレーションなど、多岐にわたるプロジェクトに取り組んでいるが、異なる要素や領域の間を「振り子」のように行き来しながらクリエイティブプロセスを進めることが一つの特徴である。今回の「いのち動的平衡館」の展示制作プロセスも、まさに振り子を振るように進んでいった。
「動的平衡」という抽象的なコンセプトを、いかに具体的な展示として表現するか。「生命とは、自らを壊しながらつくり続ける流れの中の一時的な存在である」という動的平衡の概念を具体的に表現する方法もいろいろ考えられたが、なかでもプロデューサーである福岡伸一氏のウェブサイトに掲載されているアニメーションムービーから大きなインスピレーションを得た。それは、流れてきた無数の粒子が、一瞬歩く人の形をなして、ふたたび粒子に戻り消えていくというもので、動的平衡のコンセプトを端的に表現していると感じた。
これを展示空間のなかで、来場者が壁のスクリーンを一方向で見るようなショーではなく、焚き火を囲むように、その場にいる人々が場と時間を共有できる形で立体的に見せる展示を提案した。
ピクセルを空間に解き放つ:繊細で複雑な表現を求めて
高解像度ディスプレイ技術は4K、8Kと主にピクセル密度を高める方向で進化しているが、ピクセルの密度を高めるのではなく、ピクセル自体が立体的に空間内に散らばり、それぞれが制御されるような技術があれば、さらに多彩な表現が可能になるのではないか、と考えた。世の中にはこのような立体的なLEDディスプレイ技術や製品もすでに存在し、それらを利用することも検討したが、明るく鮮やかなものが多く、また規則的なグリッド構造をもつものがほとんどであった。しかし、今回のテーマには、できるだけ繊細で儚い弱い光の階調表現や、自然の森や林のように複雑に重なり合うランダムな構造がふさわしいと考え、あえて独自にLED基板や装置自体から開発することを選択した。
最終的に《クラスラ》[★01]★01と名付けられたこのLED立体シアターシステムは、内部に柱のない展示空間の中心に、直径約10m、高さ2.5mの、32万6,889個のLED、3万6,232本の基板、647台の自立するポットが円形のステージ上に配置された構造となっている。

- パビリオンの全体像
プロトタイピングとコラボレーション:考えながらつくり、つくりながら考える
抽象と具体を行き来するためには、考えながらつくり、つくりながら考えるプロトタイピングが重要である。ただ、これだけの規模の展示制作となると自分たちだけでなく開発パートナーとのコラボレーションも欠かせない。
今回、幸運にもプロジェクトの初期段階で、繊細な立体構造の手のひらサイズのLEDキューブを試作していた基板開発製作会社と出会うことができ、「これが使えるかもしれない」とひらめいた。すぐに連絡を取り、その小さな試作品とともにコンペで展示コンセプトの提案をすることができ、量産設計や品質管理まで協力いただいた。

- LED基板の量産。基板回路設計から量産まで、さまざまな国内メーカーの協力により製作された。
Takramのメンバー自身も、ただ設計仕様を伝えて発注して待つのではなく、同時に自分たちでも試作基板の設計や実装を行い、7〜8種類のプロトタイプをつくりその価値を確かめながら並走して開発を進めた。

- 基板の幅や厚み、コネクタの仕様などが異なる複数のプロトタイプを製作
儚く弱い光を繊細に浮かび上がらせる:蛍の光や火の粉のように
今回、特に大事にしたのは、繊細で弱く儚い小さな光の粒子をどこまで表現できるかという点である。光が強いと、暗い空間で肉眼で見たときに一点一点がボヤけてしまい小さな粒子の表現には適さない。これはCGでは確認することが難しく、手のひらサイズの試作に始まり、テーブルに載るサイズ、オフィスにおける1.5mほどの試作、倉庫を借りて本番仕様でのテスト、と段階的にプロトタイピングを繰り返すなかで、蛍の光や焚き火から舞い上がる火の粉のような弱い光のなかで豊かな階調表現を実現できるようになっていった。

- 会場近くの倉庫を借りての本番仕様でのテスト
また、水墨画のようにミニマルでモノクロな世界を描くためにあえて白色LEDのみを使用し、粗くまばらな光の粒子の密度についても検証を重ね、表現したいことが表現できる絶妙なバランスを探った。結果的に、同規模の映像装置としては非常に低消費電力にもなっている。
ランダムさと実現可能性のバランス:複雑な構造を647台のポットで実現
LED基板が複雑に重なり合う林のような構造を実現する647台の自立するポットは、実は2種類のポットで構成されている。これも当初はアルゴリズムで完全にランダムな構造をシミュレーションすることから始め、試作を繰り返しながら組み立てや施工が可能な構造を検討した。

- 検討途中のCGによる構造やレイアウトのシミュレーション
中盤には構造設計のスペシャリストにも協力いただきながら、ランダムさと実現可能性のバランスを追求した。基板間のジョイント部分も、視覚的なノイズを減らしながら、自立構造と電力供給、信号伝達を兼ねるコネクタを複数種類試しながら細部まで詰めていった。

- 複雑に重なり合う林のような構造を実現する647台の自立するポットは、実は2種類のポットで構成されている。
「理解」と「驚き」の振り子
装置の開発と並行してコンテンツ制作も進められた。「動的平衡」の概念とともに、もう一つ、今回の展示の主題は「一つひとつは有限な存在であるいのちが、途切れることなく受け継がれてきた」という38億年の生命史を描くことであった。そのなかで大事にしたのは、来場者が概念や知識として「理解」できるだけでなく、見たことのない「驚き」に満ちた体験をどう生み出すかという点である。
CGを得意とするTakramのビジュアルデザイナー・モーションデザイナーを中心に、教科書や博物館の展示ではなく、万博という場ならではの表現や体験を意識しながら制作を進めた。
全貌が見えないなかでの挑戦:本番と同じ環境でテストを重ねる
コンテンツ制作も非常に困難を極めた。空間内にまばらに配置された無数のLEDで立体的にアニメーションを動かすのは、普段扱う高精細なCG表現とはまったく別物で、しかも本番環境が完成して全体を実際に確認できるのは本番間近である。それまでは、Takramオフィスに設置した部分的な試作や、CG制作ツールやゲームエンジンなどいろいろな環境で動作する3Dシミュレーターを独自につくり、演出のプロトタイプを重ねた。

- 約250体の動物1体ずつに、アニメーションと粒子表現のエフェクトを適用
それでもシミュレーター上ではうまく表現できていると思っても実物を見るとうまく伝わらないということも多々あり、万博会場へ装置を搬入する前から会場近くに倉庫を借り、本番と同じ環境でのテストを重ねて表現を磨いていった。
見えると見えないのバランス:わかりやすい表現とのはざまで
描き出す生き物を選定したり、アニメーションの動きを検討するなかでも通常の映像表現とは異なる工夫が必要であった。来場者も初めて体験する映像装置で、「今のは何だったのだろう?」と、一度気になってしまうと認知負荷が高まり、その後の内容が頭に入らなくなってしまう。そのためストーリーを伝えるパートでは形や動きが比較的想像しやすい生き物を選び、しかもそれが一度だけでなく何度か目の前に現れるよう工夫した。
一方で多様な生き物が現れては消えるクライマックスでは、見えるか見えないかギリギリのバランスを狙うことで、走馬灯のように見る人の想像の余地をつくった。
コンセプトをサウンドで表現する:「音」から「音楽」へ
全体のサウンドデザインもTakramのサウンドデザイナーが担当し、BGMではなく、コンセプトをサウンドでも表現することをめざして制作した。生や死というテーマに対して感傷的になりすぎず、無の世界から原初の細胞が生まれ、多様な生命へと進化していく生命の物語に合わせて、音楽未満の「音」から徐々に「音」が重なり、組織化、複雑化し、壮大な「音楽」となっていく構成になっている。
また生命の一回性を表現するためにストリングスを生収録したり、再現不可能な一回性を生み出す独自制作した楽器の音も使った。さらに、立体的な映像装置に合わせて、22チャンネルの立体的な音響システムを外部の音響エンジニアとともに構築した。

- 波多野敦子さんのストリングスアレンジメントによる、ストリングスクインテットでの収録の様子

- ピタゴラスのモノコードを独自に発展させた、Takramのサウンドデザイナー小山の自作楽器。原始的な構造ゆえの自然な揺らぎや弦同士が共鳴を起こすことによる複雑な響きが、再現不可能な生命の一回性に通じる。

- 立体的に配置された音響空間を再現するため、音楽制作専用の3Dシミュレーターを作成。
インタラクティブな演出:自分も生物の一部だと感じられるように
パビリオンに入ると最初に来場者自身が光の粒子のシルエットとして浮かび上がり、手を振ると粒子も手を振りかえすインタラクティブな演出がある。自分を形づくっていた粒子が散っていき物語が始まり、原初の細胞から海の生き物、陸の生き物、動物だけでなく、きのこ、植物など38億年の生命史をたどり、最後には自分、すなわち人間も多様な生物の一部であると感じられる演出である。この部分も複数のセンサーを統合し来場者の姿を光の粒子として表現するシステムを独自開発した。
触覚体験アクセシビリティゾーン:それぞれの障害に合わせて
さらに、視覚・聴覚に障害のある方にも体験いただけるように、触覚体験ゾーンを設けている。床や手に握ったボールが振動し、視覚と聴覚それぞれで、手の触覚に伝わる振動が切り替えられる仕組みになっており、バリアフリー音声ガイドと字幕アプリも合わせて、当事者や専門家の協力を得ながら独自に製作している。
実は最初、「音楽が聞こえないなら、音楽を振動で補う」というように、感覚を補完すればいいと考えていたのだが、実際に当事者に体験していただくと、なかなかうまく伝わらなかった経緯がある。そこで、「足りない部分を補う」という発想から、「感じている情報を豊かに伝える」ことが重要だと考えるようになった。そして、音が聞こえない場合には光の情報と振動を同期させて実在感を高め、光が見えない場合には音声ガイドと振動を連動させて、頭の中に映像が浮かぶように体験設計をした。つまり、障害に応じて振動のつくり方を変えたのである。最終的に、それぞれの当事者から、「すごくよくなった」と言っていただくことができた。
「細部」と「全体」の振り子
これらのさまざまな細部のディテールにこだわりながら、複雑な展示全体を統合するシステム構築やプロジェクトマネジメントも重要な要素である。世の中にまだ存在しないものを0からつくるプロセスであり、多くのステークホルダーとの信頼関係がなければ、プランを前に進めることは難しくなる。そのため、初期段階からさまざまなプロトタイプをつくり、プロジェクトチーム全体で体験を共有しながら進めることを心がけた。

- 倉庫でクラスラを確認する福岡伸一プロデューサー
ちなみに、Takramではプロジェクトマネジメントだけを担当するメンバーはおらず、今回もエンジニアリング担当がマネジメントも兼任することで、細部の視点と全体を俯瞰する視点を行き来してプロジェクトを進めているというのも、よく驚かれる点である。
振り返ると、このプロジェクトはTakramのデザインエンジニアリングのアプローチを象徴するものであった。抽象的なコンセプトを、独自のハードウェア開発、繊細な光のコンテンツ表現、そして複雑なシステム統合を領域横断しながら、綿密なプロトタイピングとたくさんの方々とのコラボレーションを通じて実現した。
《いのち動的平衡館》に限らず、それぞれのパビリオンの建築や展示のなかにもそれぞれたくさんの試行錯誤やコラボレーションがあったことだろう。そんなことを想像しながら万博を訪れてみるのもよいのではないだろうか。
※本稿は以下のイベントの内容をベースに作成しました。
Takram Night #10 Takramのデザインエンジニアリング:大阪・関西万博「いのち動的平衡館」展示制作の裏側
福岡伸一、万博《いのち動的平衡館》で伝えたかったこと
#1 思想篇 岡本太郎のアンチテーゼを引きうける
#2 対話篇 生命を輝かせるテクノロジーとは
#3 建築篇 建築は生命を宿せないのか
#4 展示篇 デザインエンジニアリングの3つの振り子―展示制作の舞台裏
★01 その名は、細胞の骨組みを構成するタンパク質、クラスリンにちなむ。

- 緒方壽人おがた・ひさと
- ソフトウェア、ハードウェアを問わず、デザイン、エンジニアリング、アート、サイエンスまで幅広く領域横断的な活動を行うデザインエンジニア。東京大学工学部卒業後、国際情報科学芸術アカデミー(IAMAS)、LEADING EDGE DESIGNを経て、ディレクターとしてTakramに参加。主なプロジェクトとして、「HAKUTO」月面探査ローバーの意匠コンセプト立案とスタイリング、NHK Eテレ「ミミクリーズ」のアートディレクションなどがある。2021年、文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品など受賞多数。2015年よりグッドデザイン賞審査員を務める。







