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福岡伸一、万博《いのち動的平衡館》で伝えたかったこと #3 建築篇

建築は生命を宿せないのか

福岡伸一、万博《いのち動的平衡館》で伝えたかったこと #3 建築篇の画像
写真:小川真輝

生物学者の福岡伸一さんが担当した、大阪・関西万博のシグネチャーパビリオンの一つ《いのち動的平衡館》をめぐる旅の第三弾。今回は、パビリオン建築《エンブリオ》について建築家の橋本尚樹さんに解説していただきます。福岡さんの「動的平衡」を体現した建築は、結果として生き物っぽく見えるけれど、実は生命的なのはその建築のプロセスのほうだと橋本さんは語ります。1本の針金からはじまったアイデアから、どのようにして自律的に建ち続ける建築へと結実していったのか、その試行錯誤の軌跡をたどります。

編集:田井中麻都佳

#1 思想篇を読む、#2 対話篇を読む、#4 展示篇を読む)

Contents

    「動的平衡と、建築」:法隆寺やメタボリズム建築の先へ

    《いのち動的平衡館》は、万博の中心施設である8つのシグネチャーパビリオンのひとつ。独立して間もない私に設計の依頼があったのが2020年の年末のこと。会場となる夢洲はまだ更地で砂嵐が吹き荒れていた頃だった。いろいろな縁が重なり大役を任せていただくことになった。そこから開幕までのおよそ4年半。ここで改めて振り返ってみることにしたい。

    † † †

    「メタボリズム建築は結局、新陳代謝しなかった。一方、法隆寺は新陳代謝しているといえるかもしれない」

    福岡伸一先生(以下先生)はこう言って、「動的平衡」の概念に通ずるメタボリズム建築[★01]★01の話を持ち出した。建築家・黒川紀章の《中銀カプセルタワービル》[★02]★02を例に、概念としてのメタボリズムはついにうまく機能しなかったとおっしゃった。それに対して、最古の木造建築は朽ちた部分を少しずつ取り替えながら永い時間に耐えてきた。これは、変わらないために変わりつづけるという意味で、動的平衡の概念に通ずる、と。先生とはよくこのような話をした。

    計画がスタートした当初から、具体的に建築を決定づけるようなリクエストはなく、概念の共有作業のようなやりとりが続けられた。先生の想いを一言で言えば、「動的平衡を建築でいかに表現するか」ということ。理解はできていても、苦戦した。

    メタボリズムや法隆寺は、建築が担う大きな時間軸で考えたときに動的平衡の考えに通じているが、万博の会期は半年。ましてやすでに最古の木造建築で成し得ていることを再現しても仕方ない。理屈や理解でなく、最終的に出来上がったその場所に漂っている気配のようなもので動的平衡を表現したい。無数の模型をつくり提案をしては、案を捨てるという暗中模索の期間が1年ほど続いた。

    「建築も動いている?」:動きながら建ち上がるイメージ

    一本の針金が、そんな苦悩の一年にいとも簡単に終止符を打ってくれた。

    針金を輪にして指を動かしていたところ、不思議なくびれが机からふわりと浮き上がってきた、これだと思った(図1)。

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    図1 針金の輪をからくびれが浮き上る

    その時の記憶をつなぎ止めるために咄嗟に模型を残した(図2)。柔らかい針金を輪にしたものを土台に数点固定し、波打ちれた針金をティッシュペーパーの面で優しく固定したものだ。

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    図2 アイデアをつなぎ止めた一番はじめの模型

    針金を押し込む指に伝わるささやかな抵抗と、悩ましげに立ち上がる括れ、それを拘束するケーブルと面。それが屋根となって生まれる空間は、拮抗した力のバランスがそのまま空間の輪郭となって現れた、不思議で魅力的な場所になる、と。

    その時の想定では、針金の輪は、実際には曲げ加工した直径400mm程度の鋼管で、鋼管だけでは自立しない(それくらい柔らかく弱い)。模型のティッシュペーパーの面の下では、実際にはケーブルが鋼管同士を引き合わせてつないでいて、その張力ではじめて括れが宙に固定される(張力を入れながら鋼管が想定位置まで動く)。そして、模型で指に伝わった針金の反力を受け止めるような基礎が、実際には地上の鋼管が滑らないように地面の中に埋まっている。

    と、メモに残っている。構造の専門家にお見せしたら恥ずかしいデタラメな内容に違いないが、このメモがなければ最後まで行き着けなかったはずである。

    このように一本の針金の模型は、動きながら建ち上がるイメージと共にあった。

    振り返れば、私は普段から建築を構成する要素を動的なものとして捉えていた。たとえばこの敷地では、不安定な軟弱地盤は水面のように揺らぎ、そこに軽いアメンボのような建築が、いかに強風をいなして、地震を待つか考えていた。また、鉄の柔らかさ、しなやかさ、軽さ。コンクリートの脆さ、重さ。そしてそれらが組み上げられる過程で要素同士に流れていく力と、変形。これらの要素の組み合わせが建築だとするならば、どれも動的な要素の集まりである。一見静的に見える建築という総体は、実は動的なものなのである。

    生命は変わらないために変わり続けている、と先生は動的平衡を説明するが、この建築は、建ち続けるために動き続けている。力のバランスを極限まで精査して、無駄のない構造を突き詰めたことで、弱い材の集合である全体でバランスをとりながら(動きながら)力を伝える構造となった。

    この“建ち続けるために動き続ける”という建築の新しい在り様が、先生の「動的平衡を建築としていかに表現するか」という問いへの私の応えだった。

    「不自由なかたち」:アイルランドの斜張橋をヒントに

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    図3 解析したモデルの外形の履歴を重ねた図。赤の線が初期のバリエーション出しの時期、緑の線は意匠検討・構造解析を繰り返した時期、青の線は最終調整の時期、そして黒の線が最終形状。

    図3の線の束は、実際に解析を行った、成立しなかったかたちの履歴だ。針金の模型の原理をもとに、長手方向に40m、短手方向に25mの大屋根を架けると決まってから、構造的に成立する形態に至るまで無数のスタディを繰り返すことになった。《いのち動的平衡館》は、設計者のかたちありきで決まった自由な形態ではなく、構造的に成立するために、他の形態では成り立たなかった“不自由なかたち”といえる。

    もちろん、もっと楽に成立させるために、括れ部分を船のマストのように高々と垂直に立ち上げたり、鋼管の径を太くしたりすることもできただろう。しかしそうした選択肢は除き、針金の模型が表現するふわりとわずかに地面から浮き上がるような形態を実現するためのスタディを重ねた。鋼管が波打つ回数、位置と高さ、括れの形状など、繊細な曲線を何度も変更して、解析を繰り返した。

    まず問題になったのが、ふわりと持ち上げたい括れ部分が、ケーブルを引くことで想定以上に垂れ下がってしまうことだった。そこで構造家の富岡良太さんが示してくれたアイデアが、アイルランド・ダブリンの斜張橋、サミュエル・ベケット橋[★03]★03の例だった。この原理を応用して括れを引き上げるケーブル(図の赤線)を追加すれば、垂れ下がる力と引き上げる力がバランスして、垂直方向に支える柱がなくとも括れを宙に浮かすことができる、と。

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    図4 左がアイルランドダブリンの斜張橋サミュエルベケット橋。右は富岡さんの構造コンセプト図。赤色が括れを引き上げるケーブル。

    このアイデアを元に、引き上げるケーブルの配置をさまざまな形態のモデルに当てはめて試していった(図5)。まずは左端のモデルのように針金の模型に近い形態から始めたが、まったく上手くいかなかった。その後、いったん原理を把握するために、外形を左右対称系の形に整えて問題を簡単にすることにした。そこで効果的な引き上げケーブルの配置などの原理を掴んだ後、再度、非対称系の形に戻してスタディを進めた。外形形状、括れ形状など当初のイメージを損なわないように微妙に変数を調整し、力学的に成立するバランスを探していった。

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    図5 ケーブル配置のスタディの過程(時系列で左から右へ)。左端が当初のモデル、右端が最終形状のモデル。赤色のケーブルが引き上げケーブルを示す。

    そして、最終的に出来上がったのが下の構成である(図6)。上から屋根膜、ケーブル、屋根リング、内部空間、そして最後に地中に埋まった基礎リングとなっている。

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    図6 全体の構成。上から屋根膜、ケーブル、屋根リング、内部空間、基礎リング(地中)。

    地上には踊ったような形状の屋根リングがあり、地中にはその影を投影したような基礎リングが隠れている。この基礎リングがあることで全体の力の系が閉じ、先にも述べたように、軟弱地盤の上でも、安定した軽い建築を成立させている。

    「途中のない建築」:生命の生成過程には部分も途中もない

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    図7 完成形の屋根フレーム模型(写真: 西川公朗)

    一本の針金から始まった設計は、鹿島建設、太陽工業、日鉄エンジニアリング、という優秀なチームに支えられて、なんとかまとめ上げることができた。

    そして、いよいよ現場である。直径400mmの屋根リング鋼管を曲げる工程に始まり、一枚の大きな屋根膜を被せる仕上げ工程まで、およそ1年。なかでも工程の山場はケーブルの緊張工事だった。

    設計でケーブルごとに設定された張力が、実際のケーブルに正確に導入できるかどうか。ケーブルは網目状につながれ、一つ引けば、周囲にも影響を及ぼす。またケーブルを引くことで周囲の屋根リングもわずかに変形するという、全体が連動して変化するような状況で一本一本に正しい張力をいれるという難工程。設計チーム、施工チームで協力し、施工時の変形を予想する解析を行い、引き込みの順序など綿密な計画が立てられた。

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    図8
    ①(左上)まず基礎リングを設置。写真中央右に立つ束で、屋根リングと接続する。
    ②(上中央)工場で曲げられ、継がれた屋根リングの鋼管を現場に吊り込む。
    ③(右上)吊り込まれた鋼管を仮設ピースでつなぎ、位置調整を行った後、現場溶接で一本につなげていく。
    ④(左下)屋根リングがつながった時の様子。
    ⑤(右下)屋根リングにケーブルをかける。
    (写真: ②③西川公朗)(写真:④⑤西尾圭悟)

    それでも順調にはいかなかった。手順通り進めたところ入るはずのケーブルに張力が入らない。全体にばらつきがあり、このまま進めたところすべてが揃うような気配はなかった。ただ、開幕を控えた待ったなしの状況であり、急遽計画を変更し、いったんすべてのケーブルを取り付けてから、最後に調整する方法に切り替えざるを得なかった。

    その後しばらくして、予期せぬことが起こることになる。

    残りのケーブルの一本を引き込んだ瞬間に、現場に「おお!」と歓声が上がった。いままで思うような張力が入らず、ばらばらだったバランスがたちまちのうちに整ったのだ。誰も予想していない瞬間だった。

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    図9
    左:張力導入直後のケーブルの状況。(写真:西川公朗)
    右:ケーブル緊張完了。(写真:西尾圭悟)

    一瞬のうちに状況がここまで改善するようなことは、建築の現場では非常に珍しい。私を含めて、少なくともそこに立ち会ったものたちは驚きを隠せなかった。

    後日、この話を先生としていたところ、「生命の生成過程には部分もなければ途中もない、この建築のプロセスは非常に生命的だ」とおっしゃって喜んでくださった。同時に私は、建築を動的にとらえるという思想が、実際の建築として無事に産み落とされたことに安堵した。

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    図10
    ①(左上)工場で一枚に整形した屋根膜をかける。
    ②(右上)作業は人力で高所作業車を使い丁寧に広げていく。
    ③(左下)膜は屋根リングに人の手でローブで固定していく。
    ④(右下)屋根膜が張り上がった室内 
    (写真: ①②③西尾圭悟)(写真:④西川公朗)

    気づけばもう、万博の会期は残すところ半分となった。動き続けるこの建築は誰かのこころを少しでも動かすことはできただろうか。

    2025年の夢洲にむけて、見たことのない建築をつくろうと、共に力を尽くしてくれた仲間に心から感謝したい。

    (#4 展示篇へつづく)

    福岡伸一、万博《いのち動的平衡館》で伝えたかったこと #3 建築篇の画像
    写真:高橋宗正

    福岡伸一、万博《いのち動的平衡館》で伝えたかったこと

    #1 思想篇 岡本太郎のアンチテーゼを引きうける
    #2 対話篇 生命を輝かせるテクノロジーとは
    #3 建築篇 建築は生命を宿せないのか
    #4 展示篇 デザインエンジニアリングの3つの振り子―展示制作の舞台裏

    ★01 注 1960年頃に、黒川紀章や菊竹清訓、槇文彦ら若手建築家らが開始した建築運動のこと。新陳代謝(メタボリズム)の名の通り、社会の変化や人口動態を反映し、有機的に成長する都市や建築の姿を提案した。 ★02 1972年に黒川紀章が設計した、取り外し可能なカプセル型住居。メタボリズム建築の象徴として注目されたが、カプセルの交換は行われることなく、2022年に老朽化のため解体された。ただし、解体にともない一部のカプセルが回収され、展示や保存、再利用されている。 ★03 アイルランドの国の象徴であるアイリッシュハープの形を模した優美な橋。橋の名は、アイルランド出身の劇作家・小説家であるサミュエル・ベケットにちなむ。設計は、独創的なデザインで知られるスペイン出身の建築家・土木技師のサンディアゴ・カラトラバ。

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    橋本尚樹はしもと・なおき
    建築家。1985年愛知県生まれ。京都大学工学部建築学科卒業後、東京大学大学院在学中にAteliers Jean Nouvel に勤務。帰国後、内藤廣建築設計事務所を経て、2018年より橋本尚樹建築設計事務所主宰 (NHA| Naoki Hashimoto Architects)。主な作品に「玉造幼稚園」(千葉県)、「丹波山村庁舎」(山梨県)。主な受賞に、山梨県建築文化賞(2023)、日本建築学会作品選集新人賞(2023)。

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