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福岡伸一、万博《いのち動的平衡館》で伝えたかったこと #2 対話篇
生命を輝かせるテクノロジーとは
生物学者の福岡伸一さんが担当した、大阪・関西万博のシグネチャーパビリオンの一つ《いのち動的平衡館》をめぐる旅の第二弾。今回は、プロデューサーの福岡さんに加え、建築《エンブリオ》を手がけた建築家の橋本尚樹さん、展示《クラスラ》を手がけたデザインエンジニアの緒方壽人さんを交えてお話いただきます。巨大なマンタを彷彿とさせる不思議なフォルムの建築、蛍のような淡い光の点群で描き出される生命の物語――それぞれの制作プロセスを聞きながら、現代に必要なテクノロジーと万博の意味についてお聞きしました。
取材・文・編集:田井中麻都佳
写真:高橋宗正
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Contents
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世界初となる生命のような建築《エンブリオ》
――第1回は福岡さんに《いのち動的平衡館》のコンセプトについて伺いましたが、ここからは建築《エンブリオ》と展示《クラスラ》を手がけられた、建築家の橋本尚樹さんとTakramの緒方壽人さんにもお話を伺っていきたいと思います。福岡さんの生命観である「動的平衡」「いのち」「利他性」「死」といったものを、どのように建築や展示に落とし込んでいかれたのかお聞かせください。
橋本尚樹 建築《エンブリオ》について言うと、来場された方がパッとご覧になっただけでは、なんだか不思議な形だな、何だろうと思うくらいかもしれません。でも実は、建築的にはかなりチャレンジングな取り組みをしています。というのも、生命原理を表現すべく、「建築もまたうつろいゆく流れである」という考えをもとに、弱い部材が集まり互いに力を及ぼし合いながら形を変えて(動いて)バランスをとるという、かつてない建築の在り方に挑んでいます。その結果、これまで僕らが建築だと思ってきたものとは、少し違った存在に見えるかもしれません。

- 橋本尚樹さん
――曲線を描く、不思議な形ですね。
橋本 あれだけの大規模な柱のない空間を実現するために、非常に華奢な鋼管リングとケーブルでできた骨組みを、一枚の膜で覆う必要がありました。そうしてできた建築は、軽やかで、光の移ろいとともに、まるで生命のように動いているようにも見えます。実はあまりにも繊細な部材だけで構成したので、バランスが取れていれば、構造的に動いてもいいという新しい試みの仕組みに至りました。だからこそ生命的な雰囲気が出せたのかなと思っています。
――建築は動かないものという固定観念がありますが、動いてもいいと。それは新しいですね。
橋本 訪れた人たちから、「これって建築なんだろうか」という感想も聞こえてきたりして、それは狙い通りというか、まさにこれまでの建築への一つのアンチテーゼを示すことができたのではないかと思っています。
振り返ってみれば、福岡先生がかつて訪れて感動されたという70年万博も、《お祭り広場》の大屋根で磯崎新が提案した「スペースフレーム」をはじめ、数々の技術革新が示される場となっていました。そして、その恩恵をいま現代の私たちは受けています。東京ドームのあの屋根の膜構造だって、70年万博のアメリカ館の技術が元になっているんですよ。そういう意味では、今回のわれわれの《エンブリオ》も、そうした技術革新に比肩するものの一つになっていくと大変嬉しいです。
福岡伸一 《エンブリオ》はすべてのワイヤーが引っ張り合ってバランスを取っているので、無駄な線は一本もないんですよ。しかも、まるで巨大なマンタが歌って泳いでいるようなあの曲線は、橋本さんがデザインして描いたわけでもない。つまり、ある種の必然をもって立ち上がった自律的な形なんですね。
橋本 そうですね。私は細胞だとか何か生命を真似て形をつくったわけではなくて、生命のなりたちに倣ったつくり方を考えていった結果、あの形になっていきました。この万博という舞台で大切なのは、形というよりも、手法だと思いました。だから次に私たちの手法を参考にしてつくる人が出てくれば、当然、また違う形になっていく。
ただ、つくり方がデザインを決めているので、けっこう不自由な形ともいえます(笑)。正直なところ、実際にできるまでは本当に立ち上がるのかも不安でしたが、バランスした瞬間、現場にいた人たちから歓声が上がりました。それくらい難しい試みだったということだと思います。
福岡 そう、立ち上がるためにはあの形しか解がないんですね。誰かデザイナーが絵を描いて、それを形にするというのとは真逆で、自律した空間を作り出すための構造を考えていった結果が、あの生命を彷彿とさせる不思議な形の建築へと結実したということなのです。
高精細映像のアンチテーゼとしての展示《クラスラ》
――次に緒方さんが手がけられた展示《クラスラ》についてお聞きできればと思います。見る者の想像力に委ねる、余白のある展示になっていますね。
緒方壽人 いまは4Kや8Kの高精細映像や、カラフルでビビッドなLEDによるプロジェクションマッピングなどが主流ですよね。実際に今回の万博でもそうした展示をしているパビリオンが多くあるはずです。でも、ここでもわれわれは、そうした現代の映像技術に対するアンチテーゼを示したつもりです。だからあえて、淡い光の粒が集まり、その相互作用によって生命の営みが描き出されるという、墨絵的なモノトーンの世界を描いたのです。それにより、見る人の想像力を掻き立てることを意図しています。

- 緒方壽人さん
福岡 実際に完成してみて驚いたのは、あの光の点群は止まっていると何の画像だかまったくわからないのですが、動くとたちまち細胞分裂や鳥の羽ばたき、イルカのジャンプ、馬の駆け足だと理解できるんですね。そもそも生物は動きによって他者を認識しているということがよくわかります。私自身、水族館などでじっとして動かないトカゲを、水槽越しに指先をピッと動かすだけで振り向かせるという特技を持っているのですけど(笑)、まさにその生物の視覚効果を実現できたと思っています。
――展示の仕方もユニークですね。観客が光のインスタレーションを焚き火のように囲んで、光の点群の立体的な動きや音、振動を五感で体感するというもので、いままでに体験したことのない不思議な時間でした。
緒方 立体映像のボリュメトリックLED[★01]★01の手法自体は、世の中に存在しますし、万博の他のパビリオンでも見られるのですが、カラフルでスペクタクルなものが多いのです。一方、動的平衡の生命観を表現するには、蛍の光や焚き火から立ち上がる火の粉のような、もっと繊細で儚い光の階調を表現したいと考えてLED基盤から独自に設計開発しました。結果的に、消費電力も非常に少ないんですよ。もう一つ特徴的なのは、そのボリュメトリックLEDが自立しているということ。通常、天井から吊るすタイプが一般的ですが、先ほどお話があったように、この建築では天井から展示物を吊り下げることはできなかったんですね。かといって、せっかく特徴的な曲面で構成された屋根を持つこの建築の中に、新たに箱を入れるのはもったいないですよね。そこで、自立する立体LEDを提案することにしました。

- 写真:Junpei Kato
――さまざまに制約があるなかでつくられていったわけですね。
緒方 最初はLEDの棒を真っ直ぐ自立させていたのですが、福岡先生から、ジグザグにできませんかという無茶ぶりもあったりして(笑)。
福岡 そうなんですよ(笑)。だって、最初の提案が四角いジャングルジムみたいなもので直線的だったので、それではあまり生命的ではないと思ったんですね。
緒方 そのことは本当は自分たちでもわかっていたのですが、デザイナーとしての自分が福岡先生の提案に同意しつつも、エンジニアとしての自分が「それは技術的に難しいよなぁ」と思ったりして、せめぎ合っていました(笑)。結果的に、なんとか実現して、いまの複雑な形に落ち着いたのです。
――最初、福岡先生からアンチテーゼを示す、というコンセプトを聞きになったときはどう思われましたか?
緒方 アンチテーゼと聞くと、テーゼ(正)を否定(アンチ)するようなイメージがありますが、改めて調べてみると単に否定するだけの話ではないんですよね。テーゼ(正)とそれに対するアンチテーゼ(反)をより包括的に統合していくことをアウフヘーベン(止揚)といい、そうして生み出されたものが「ジンテーゼ」(合)であるという。よく考えてみたら、私が卒業した東京大学の産業機械工学科の英語名が「エンジニアリング・シンセシス」だったんですよ。「シンセシス」って、ドイツ語で言うところのジンテーゼなんですね。そこで初めて、「そうか、二項対立を超えて異なる要素が統合されて、何か新しいビジョンが生まれるということを自分も学んできていたんだな」と腹落ちしたのです。
実際にこうして万博が始まってみると、《いのち動的平衡館》に限らず、さまざまなところでテーゼやアンチテーゼが示され、それらが統合されて、新たなビジョンであるジンテーゼが生み出されているんだなと感じています。そして改めて、とてつもなく壮大なプロジェクトに関わっていたんだということを実感しているところです。それぞれ、向かう先のベクトルは違っているけれど、多様性に富んださまざまなメッセージが示されていること自体が、万博の醍醐味なんでしょうね。
テクノロジーはどうあるべきなのか
――建物においても、展示においても、技術的な面でもさまざまにご苦労があったようですね。
福岡 まさに、鋼管リングやワイヤー、ネジの一本一本、さらには展示のLEDの光の一粒一粒、それが載っている基盤や配線まで、すべての細部にいろいろな人の創意工夫と努力が詰まっています。それはこのパビリオンに限った話ではなく、すべてのパビリオンで同じような創意工夫や努力があって、それらが結集した場こそが万博であり、人財育成や教育の場になっている。まさに壮大な実験場としての万博の意義というのも、非常に大きなものがあると思っています。
そもそも私がこの夢洲に初めて視察に訪れたのは2022年7月のことですが、そのときは水たまりとぺんぺん草しか生えていないような荒涼たる空き地だったんですよ。いまこうして綺麗な敷石で覆われ、多くの方の創意工夫が詰まったパビリオンが建ち並び、多くの人が訪れる場となったのは非常に感慨深い。しかしこれも恒久的な施設ではなく、半年後には取り壊され、リサイクルされて消えていく。まさに、万博というのは蜃気楼のようなものなんですね。しかしそれもまた、粒子が集まって形を成し、やがて壊されて環境へ還っていくと考えれば、一つの動的平衡の姿と言える。万博は恒久的でないからこそ、メッセージやビジョンが際立つということがあるのではないでしょうか。
――そのように万博はメッセージやビジョンを示す場であると福岡さんは考えておられるわけですが、一方で、やはりさまざまな新たなテクノロジーが示される場にもなっていますね。現代のテクノロジーの方向性についてはどのように考えていらっしゃいますか?
福岡 テクノロジーというのは、基本的には機械的なアルゴリズムをベースとしていて、他方、生命は動的平衡に基づくものなので、両者は本来、相容れないものなんですね。だから私はつねづね、テクノロジーが生命の内部に侵入してくることには細心の注意が必要だと主張してきました。当然、情報発信のための通信であるとか、移動の手段であるとか、人間の営みを補助したり、支援したりするものとしてテクノロジーは必要不可欠です。しかし、生命の営みの内部にテクノロジーが入ってくることには注意を払わなければなりません。
もちろん、どこからが生命の内部か、というのは議論が分かれるところでしょう。私自身は、人間の免疫システムに関わる領域に入ってくるテクノロジーは危険だと考えています。つまり遺伝子操作や再生医療といった領域ですね。
――AIについてはどのように考えていらっしゃいますか?
福岡 人間の表現方法の拡張として使う分にはいいと思うのですが、確かに人間の意識に影響を与えるという意味では注意が必要です。人間の思考をそのまま移し替えたり、誰かの思考パターンを再現したりすると、問題を引き起こす可能性がある。たとえば、亡くなってしまった祖父母や両親がAIで再現されれば嬉しいと感じる人はいるかもしれませんが、ヒトラーの意識がAIで再現されたとしたらどうでしょうか? そうした独裁者や狂信的な教祖が、死してなお人々を扇動し多大な影響力を持ち続けるとしたら、そんな未来はディストピアでしかない。そう考えるとやはり、死というのは、ある意味で救済としての役割も持っていると感じます。万物は流れていくからこそ、人々は安心して暮らしていける。だから、AIが意識の不老不死化をめざすことには警戒しなければならないと思っています。
そもそもAIには動的平衡の原理はありませんから、さまざまな情報がどんどん溜め込まれてストックされていく。そうなれば当然、そのシステムの中にエントロピーが増大していくことになります。つまり、ありとあらゆるノイズが溜まってカオスな状態になってしまうわけですね。そうやってときに、陰謀論を唱えたり、嘘をついたりといった問題を引き起こす。そう考えると、AI自身の中に、自らを壊し、捨てるという生命的な仕組みが備わらない限り、袋小路に陥ってしまって、現在のAIブームは意外にも短命で終わってしまうのかもしれません。

- 落合陽一さんのシグネチャーパビリオン《null2》。《いのち動的平衡館》とは対照的な生命観を提示している。
理想のチームワークを発揮できた理由
――今日、こうして《いのち動的平衡館》を手がけられたチームのお話をお伺いして、とてもいい雰囲気でコミュニケーションが取られていたんだろうな、と感じました。緒方さん、橋本さんは、福岡さんとのコラボレーションについてどう感じていらっしゃいますか?
緒方 福岡先生が伝えたいメッセージがクリアで、最初からまったくブレることがなかったので進めやすかったですね。しかも、各テーマプロデューサー8名によるシグネチャー館が8館あるなかで、福岡先生が唱えられてきた「動的平衡」という考え方は、自分が本にも書いた「コンヴィヴィアル・テクノロジー」[★02]★02という考え方と通底するところがありました。コンヴィヴィアルとは端的に言えば「ともに生きる」という意味です。行き過ぎたテクノロジーは人間を依存させたり思考停止させたり、独占や格差を生んでしまいます。コンヴィヴィアル・テクノロジーとは、そうではなく行き過ぎない「ちょうどいい道具」であるべきという考えです。そうした人間とテクノロジーとのバランスは、福岡先生の「動的平衡」に通じるところがあると感じました。そうしたこともあって、先生からのお題に素直に打ち返すことができました。
橋本 僕は、最初お話をいただいたとき、まだ実績もたいしてないこんな私たちに任せてもらって、本当にいいんでしょうかという感じで、身に余る光栄だと感じました。でもよく考えてみたら、70年万博でも、若い建築家たちが活躍していたんですね。たとえば黒川紀章も、当時はまだ30代でしたが、東芝IHI館やタカラビューティリオン、空中テーマ館など、複数のパビリオンを手がけ、その斬新な取り組みがその後の建築界に大きな影響を与えてきました。同様に、今回の《エンブリオ》もそのような存在になればいいなと思っています。実際にすでに僕らの建築をもとにした論文が書かれるなど、反響を呼んでいるのはとても嬉しいことです。
それから実際に建築をつくっていくプロセスに関して言うと、試行錯誤の中で僕の提案に対して、毎回、福岡先生から「これってこんなふうにも見えるよね?」「こんなふうにしてもいいかもね?」という新しい発見やアイデアを伝えてくださったのは、とても励みになりました。最終案に辿り着くには時間がかかりましたが、だから最後までちゃんと上を向くことができたのだと思います。
緒方 そう、福岡先生から無茶振りは来るももの、本当に無理なときは「それは無理です」と言える関係性を築けたのはとてもありがたかったですね。
福岡 そう動的平衡の動きを表現するために、立体LED装置自体を動かすことはできないかと言ったんですよね。でも、その装置をつくるのに手一杯になってほかは何もできなくなってしまいますよ、と言われて断念したのです(笑)。
緒方 いちおう検討はしたんですけどね(笑)。
福岡 真面目な話をすると、そもそも私は最初、建築家とプロデューサー、デザイナーとプロデューサーの関係性というものを、あまりよく理解していなかったのです。一般的に、クライアントというのは自分のやりたいことのメッセージをきちんと言語化できていないことがほとんどなので、なんとなく曖昧な雰囲気を受け止めたつくり手がキャッチコピーや造形をつくって、「こんな感じでどうでしょう?」とつくっていくことになるわけですね。でも私の「動的平衡」は、キャッチコピーにする必要はないのです。実際、さまざまな方たちが現れて、動的平衡を噛み砕いたキャッチコピーを用意してくださり、最初、混乱してしまった。そこでそこまでのやり取りをいったん御破算にして、コンペによってつくり手を選び直したという経緯がありました。
そのなかで、お二人は、私のメッセージを直に受け止めて、それを理解してストレートに打ち返してくれた。だからこそ非常にいいチームになったし、限られた時間のなかでブレることなく、メッセージを形にすることができたのです。
いずれにせよ、これから《いのち動的平衡館》を訪れる皆さんには、この場所でいのちの本質をより深く理解していただきたい。そしてパビリオンの外に出て、大阪の青空を見上げて、いのちの大切さに思いを馳せながら、朗らかな気持ちになって帰っていただきたいと思っています。
――本日はお忙しいところ、長時間にわたりお話をしていただきまして、ありがとうございました。
[取材後記]
万博が開幕して10日ほどたった4月下旬に、万博会場を訪れた。予想通りかなりの混雑で、目当てのパビリオンすべてを回ることはできなかったが、それでもこの場所が次世代に向けたメッセージを伝える壮大な実験場であることは理解できた。そして、まさにそれぞれに違った生命観/死生観を目の当たりにすることになった。
特に福岡伸一さんの《いのち動的平衡館》と対照的だったのが、向いに建つ落合陽一さんによるシグネチャーパビリオン《null2(ヌルヌル)》だ。鏡によって無限に反射する空間の中で、私たちはデジタルな分身を持つという体験。指数関数的にテクノロジーが進化していくなかで、落合さんは、「いま人間がしている仕事はすべてデジタルネイチャー(計算機自然)に取って代わられ、人間は文明の変化に必要のない存在となり、ヌル(値がない。新しい価値が生まれる可能性の場)の森へ還っていく」と語る。「それはいいとか悪いとかじゃなくて、人間はいまを生きる存在となるのです」と預言者めいたことを言う。そうなのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。《いのち動的平衡館》で感じた安心感が揺さぶられた瞬間だった。ぜひ、多くの方に万博を訪れて、それぞれの生命観/死生観を体感してもらいたい。
福岡伸一、万博《いのち動的平衡館》で伝えたかったこと
#1 思想篇 岡本太郎のアンチテーゼを引きうける
#2 対話篇 生命を輝かせるテクノロジーとは
#3 建築篇 建築は生命を宿せないのか
#4 展示篇 デザインエンジニアリングの3つの振り子―展示制作の舞台裏
★01 時間と空間を丸ごと3D化する技術で、平面ではなく体積(volume)の情報を取り入れることで、視線や視点の向きを自由に動かしながら視聴することが可能になる。★02 『コンヴィヴィアル・テクノロジー 人間とテクノロジーが共に生きる社会へ』ビー・エヌ・エヌ、2021年。緒方壽人さんが、思想家/文明批評家のイヴァン・イリイチが説いた「コンヴィヴィアリティ」を足がかりに、現代に求められるテクノロジーのあり方を探求した一冊。テクノロジー自体が自律性を持ち始めたAI時代に、人間とテクノロジーがともに生きるための方法論を探っている。

- 福岡伸一ふくおか・しんいち
- 生物学者・作家。1959年東京生まれ。京都大学卒および同大大学院博士課程修了。ハーバード大学研修員、京都大学助教授などを経て、現在、青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授。サントリー学芸賞を受賞した『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)や『動的平衡』(木楽舎)シリーズなど、多数の書籍を通じて、生命の本質を動的平衡論から問い直している。

- 緒方壽人おがた・ひさと
- ソフトウェア、ハードウェアを問わず、デザイン、エンジニアリング、アート、サイエンスまで幅広く領域横断的な活動を行うデザインエンジニア。東京大学工学部卒業後、国際情報科学芸術アカデミー(IAMAS)、LEADING EDGE DESIGNを経て、ディレクターとしてTakramに参加。主なプロジェクトとして、「HAKUTO」月面探査ローバーの意匠コンセプト立案とスタイリング、NHK Eテレ「ミミクリーズ」のアートディレクションなどがある。2021年、文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品など受賞多数。2015年よりグッドデザイン賞審査員を務める。

- 橋本尚樹はしもと・なおき
- 建築家。1985年愛知県生まれ。京都大学工学部建築学科卒業後、東京大学大学院在学中にAteliers Jean Nouvel に勤務。帰国後、内藤廣建築設計事務所を経て、2018年より橋本尚樹建築設計事務所主宰 (NHA| Naoki Hashimoto Architects)。主な作品に「玉造幼稚園」(千葉県)、「丹波山村庁舎」(山梨県)。主な受賞に、山梨県建築文化賞(2023)、日本建築学会作品選集新人賞(2023)。








