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健康診断の「数値」を見る前に知っておきたいこと #1
そもそも「基準範囲」とは?
健康診断の結果を見て、「この数値はどう見ればいいのだろう」と感じたことはないでしょうか。検査値の横に記されている「基準範囲」が何を意味しているのかも、意外とわかりにくいものです。
一方で私たちはいま、血糖値や睡眠、ストレス、歩数など、さまざまな生体データを日常的に測り始めています。ウェアラブルデバイスによるセンシングやAIを用いたリスク予測などによって、"健康診断"は年に一度の出来事というより、日々の変化から予測・管理するものへ変わりつつあります。
本連載では、医療・健康分野の第一線で活躍する研究者へのインタビューを通して、血液や睡眠、腸内環境など、各分野の検査を手がかりに、健康を"測る"という営みそのものを問い直しながら、一人ひとりを健康へ導く、未来の健康診断の姿を探っていきます。
第一回は、その導入として、健康診断の歴史に詳しい科学史家・古俣めぐみさんにお話を伺います。そもそも人類はいつから健康を数値で測るようになったのか。その数値はどのように決められてきたのか、健康診断の検査値とは何かをひもときます。
〇本記事はDISTANCE.mediaとヘルスケアCh.の共同編集でお届けします。
写真:高橋宗正 構成:田井中麻都佳
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Contents
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健康はいつから「測る」ものになったのか
健康診断で毎年データが蓄積されているにもかかわらず、多くの方は「基準値内か否か」という見方にとどまってしまうのではないでしょうか。近年は、数年分の検査データを生成AIに読み込ませて経年的な変化の傾向を把握するなど、健康管理に活用する人も出てきています。そもそも検査値はどのように決められたのか、歴史を振り返りながら、健康を数値で測ることの意味について探ります。
――古俣先生は、近代以降の健診の検査値をテーマに研究されていますが、なぜ、このような研究をされるようになったのでしょうか?
古俣 私の専門は、19世紀以降の医学史と生命倫理です。実は、私は子どものときに母親を病気で亡くしていまして、将来は医者か医療従事者になろうと思っていました。ただ、自分の性格を考えると、医者になっている自分の姿を想像できなかったことに加え、文系科目にも興味を持っていて、進路に悩みました。そんな折、教養課程の科学史の授業で脳死臓器移植の話を聞いたことが、研究の道に進むきっかけになりました。

- 古俣めぐみさん
医療の現場では、脳死の判定や移植対象の選定など、何かしら「分ける」という営みが行われています。つまり、医療的な介入をするのか/しないのか、誰にどんな治療をするのか、対象を分けていく。そこにどのような基準や制度があるのか、興味を持ちました。その一つが、健康診断の検査値だったのです。
――確かに、健康診断の結果次第では、検査や治療を促されたり、保健指導の対象になったりしますね。そもそも、人類はいつから健康を数値で測るようになったのでしょうか?
古俣 人類の長い歴史から見れば、健康を数値で測るというのは比較的新しい取り組みと言えます。私自身が調べているのは主に西洋の医学史ですが、たとえば、尿を採取して色や匂い、泡立ちを観察したり、実際に舐めてみて甘かったら糖尿病を疑ったりといった簡単な検査は、古代ギリシア時代から行われていたようです。
時代が下って16〜17世紀以降になると身長や体重、体温、脈拍などが測られるようになり、さらに18〜19世紀には血圧測定なども登場しました。ただ、こうした測定の結果を解釈し、それを臨床判断として使うための基準を設けるようになったのは、20世紀以降のことです。
- 古俣めぐみこまた・めぐみ
- 広島大学大学院人文社会科学研究科研究員。東京大学大学院総合文化研究科単位取得退学。専門は医学史、生命倫理。主な論文に、「「正常値normal value」から「基準値reference value」への転換の狙いは何であったのか——検査値の判断基準をめぐる歴史的分析」(『科学史・科学哲学』第25号)、「人間ドックにおける判断基準の独自性と判定区分の必要性——数値による健康状態の線引きについての分析」(『科学史・科学哲学』第26号)などがある
