S4-2-JP
『タコの心身問題』のゴドフリー゠スミスと語る、生き物の意識 #2
分かれる自己、つながる自己──タコ、デネット、意識の進化

- オーストラリア、ブーデリー国立公園「オクトポリス」で争う2匹のタコ(Octopus tetricus)
タコなどの頭足類の研究を通じて「心の哲学」に斬新な視点を提供したオーストラリアの哲学者ピーター・ゴドフリー゠スミスと、認知科学や文学などを交えた横断的な視点から「心」について思索を重ねている哲学者の下西風澄によるオンライン対談。第二回は「主観性」と「自己」との関係、タコの自己意識、ダニエル・デネットの意識の理論についてなど。(全4回)
写真提供:ピーター・ゴドフリー゠スミス
通訳:山田カイル
編集:柴俊一
-
Contents
-
「主観性」と「自己」はどのように関わっているのか?
下西 もし「主観性」の起源が生命の起源と同等で、かつ情報の統合性や視点を提供するものだとしたら、この概念は、「自己」という概念とどう関係しているのでしょうか? 同じものなのか、それとも違うものですか?
ゴドフリー゠スミス 非常に密接に関係していると思います。ただ、実のところ、この二つがどう関係しているのかを、これまで自分で明確に問うたことはなかったですね。どちらの概念にも、より初歩的なかたちとより洗練されたかたちがあると思います。
「自己」について語る人たちは、ナラティブの重要性、つまり「物語的自己」や「自己理解」といったものの重要性についてよく述べています。そして、それは自己というものを考えるうえでの重要な特徴だと私も思います。
しかし、うーん……正直なところ、これは今まさに話しながら考えているところで、きちんと練り上げた見解があるわけではないんです。でも、ひとつの見方として、「主観性」というものにも、より単純なかたちとより複雑なかたちがある、と言えると思います。

- ゴドフリー゠スミスさん
下西 単純な主観性と、複雑な主観性ですか?
ゴドフリー゠スミス 「主観性」は、生命が代謝を行う段階からすでに現れているけれども、動物が登場し、そして行為の進化が起こることで、それがより焦点化されていきます。そして人間に限らず、複雑な行動をもち、感覚が統合され、情報や制御の流れが中心化されたような動物にまで進化すると、そこで「完全な主観性(full subjectivity)」が成立します。
しかし、そこからさらに、「自己」という別のかたちが生まれてくる可能性もありますね。たとえば、「物語的な自己理解」のようなものですね。それは、おそらく主観性の延長線上にあるものだとは思うんですが、単なる主観性のさらなる発展というよりは、ある意味でそれを超えたものなのかもしれません……話しながら考えているので、まだ明確な見解を持っているわけではないんですが。
下西 なるほど。僕は現象学、とくにフッサールを研究してきたので、主観性といえば「一人称性」と強く結びついています。今、世界が私の視点から開かれているということそのものが主観性において最初の重要なポイントである。そういう感覚があったので、「主観性」が生物の起源や「自己」との関係からどう捉えられるかというのは興味深い議論だと思います。
タコには自分の体を所有しているという感覚はあるのか?
下西 「自己」についてもう少し議論してみたいと思います。最近の現象学では、「sense of agency(行為主体性)」と「sense of ownership(自己所有者性)」という考え方があります。あなたの本の中でも「sense of agency」の進化はよく論じられていると思うんですけど、自己という感覚を所有している経験「sense of ownership」のほうはどのように捉えられるでしょうか。
たとえば、本のなかでは、タコは腕にも神経をいっぱい持っていて、腕にもある種の「自己」みたいなものがあると書かれていますね。そこでは「一つの体に二つの心を持つ」と表現されていたと思うんですけど、そのときタコは「sense of ownership」を、つまり自己所有の感覚を持つのでしょうか? また自己所有の感覚を持つとしたら、それはどのようなものだと思いますか?
ゴドフリー゠スミス タコについては、どう考えるのが一番いいのか、本当のところは誰にもわかっていません。体全体に神経が広がっていて、その半分以上が中央の脳の外にあります。これは非常に重要な事実です。ある状況では、それぞれの腕がある程度の自律性を持っていて、自分で判断して動いているように見えます。けれども別の状況では、タコ全体がきちんとまとまり、非常に一貫性のある、統一された動きを見せることもあります。

- オーストラリア、キャベッジツリー湾保護区のジャイアント・カトルフィッシュ(コウイカ)
タコを観察していると、時には腕を自由に動かしていて、あまり中央からの制御が効いていないように見えることがあります。もしかしたら制御は存在しているのかもしれませんが、そうは見えないんです。ところが突然、体の形を変えて、ジェット噴射を使って移動し始めたりします。そうなると、一つのまとまったミサイルのような存在になって、完全に統合された状態で中央から制御されているように見えます。つまり、非常に不思議なんです。タコにおいて、中央制御がどの程度あるのかを理解するのはとても難しい。
あくまで仮説ですが、おそらくタコには「より統一された存在のあり方」と「より分散した存在のあり方」とのあいだを行き来するような動きがあるのではないか、と私は推測しています。タコは、自分自身をある程度バラバラにさせたりもするし、また必要に応じて自身を一体化する、そんなふうに振る舞っているのではないかと。
下西 なるほど。自己に複数のレイヤーがあって、それをさらにメタ的に動かしているような自己があるという発想ですね。かつてフランシスコ・ヴァレラは「有機体はヴァーチャルな複数の自己の網の目〔a mesh of virtual selves〕」と言っていたことがありますが、それにも近いような考え方で面白いです。
ダニエル・デネットの意識の理論
下西 その意味で言うと、人間の意識は逆に、メタレイヤーのほうが常に強く働いているような気がします。たとえば、ダニエル・デネット[★01]★01のような哲学者は、あなたと同じ漸進主義の立場を取りながらも、人間をすごく特別な地位に置くような議論を組み立てていると思います。
これに対して、あなたは同じ漸進主義でも、より多元主義的、ユクスキュル[★02]★02的な、それぞれの生物の環世界、生物種ごとのそれぞれの主観性、それぞれの自己みたいなのがあるという立場のように思えます。
デネットの意識の理論についてはどう考えていますか?

- 下西風澄さん
ゴドフリー゠スミス デネットも、かなり多元主義的な見方を持っていると思いますよ。私の立場も、おそらく彼の立場にかなり近いと思います。というのも、私は彼のことをとても尊敬していて、大きな影響を受けていますから。
『心の種類(Kinds of Minds)』という本があります[★03]★03。短い本なんですが、彼の著作の中でもとても良いものの一つです。この本でも、彼は漸進主義を強調しています。デネットは、音楽用語――たとえば quaver、semiquaver、demisemiquaver――といった言葉をよく使っていました。ご存じですか? quaver は8分音符、semiquaver はその半分の16分音符、demisemiquaverはさらにその半分の32分音符です。[★04]★04
下西 面白い表現ですね。ウィットに富んだデネットらしい概念です。
ゴドフリー゠スミス デネットはよく、「この動物は hemi-demi-semi-consciousness(64分音符の意識)を持っている」「そして別の動物はdemi-semi-consciousness(32分音符の意識)しかない」、などと言っていました。つまり彼は、意識の度合いや広がりにおける、非常に微妙な違いを語っていたわけです。彼はこの比喩をとても気に入っていて、「hemi-hemi-demi-semi-reasons(512音符の合理性[非常に小さく細かい一瞬の合理性])」とか「hemi-demi-semi-minds(64分音符の心)」といった表現をしょっちゅう使っていました。こうした音楽用語を使って、心のあり方の中にある、非常に細かなグラデーションについて語っていたんです。
下西 「hemi-demi-semi-minds(64分音符の心)」は面白いですね。ただ、デネットの場合は、生物はダーウィン型からスキナー型、ポパー型、グレゴリー型へと進化して、それに伴ってシミュレーション能力や言語使用、知識体系、世界観の形成など、より高等な能力が発達していくという、ある種の階層構造があると考えていたところもあります[★05]★05。その点については、どう思いますか?
ゴドフリー゠スミス たしかに、デネットはときどき……階段とかはしごのような段階的なものに聞こえるような話し方をすることはありましたね。彼は「心の塔(tower)」、つまりさまざまな種類の心が積み重なった塔のようなものについて語ることもありました。
数年前、私は彼がまだ存命中に「塔と木」という論文を、彼のための論集に書いたのですが[★06]★06、そこでは「進化は塔ではなく、木であるべきだ」という主張をしました。つまり、デネットのアイデアのいくつかは、塔のような構造ではなく、木のような分岐構造として捉えたほうが、より良い形で表現できると思います。ですので、彼の考え方には階層的すぎるところがあったという点には私も同意します。
ただ、意識には複雑性の違いがあるというのもまた事実だと思います。単純な構造からはじまった生物は、進化の過程で神経系を獲得して複雑な行動と知覚ができるようになり、さらに言語を獲得するようになると、それによって世界と関わる方法が本質的に変わってくるのです。その変化は、ある程度は複雑性や洗練度といった観点から順序づけることができると思います。
(2025年7月8日、東京-シドニーONLINE)
(#3へつづく)
『タコの心身問題』のゴドフリー゠スミスと語る、生き物の意識
#1 人間と動物の境界をゆるめる
#2 分かれる自己、つながる自己──タコ、デネット、意識の進化
#3 言葉を操るだけで心は生まれるのか──LLM、そして動物との対話
#4 心はどこまで広がるのか──自己性、環境、そして地球システム
★01 ダニエル・デネット(Daniel Dennett,1942–2024)はアメリカの哲学者。心の哲学や意識研究に大きな影響を与えた。著書Consciousness Explained(1991、邦訳『解明される意識』青土社)で、多重草稿モデルなどを提唱し、意識を脳内の分散的・進化的プロセスとして理解する立場を示した。心身二元論を否定し、自由意志や自己も自然現象として説明可能とする機能主義的・自然主義的立場を採る。 ★02 ユクスキュル(Jakob von Uexküll, 1864–1944)はドイツの生物学者。生物がそれぞれ固有の知覚と行動の枠組みに基づいて世界を構成するという「環世界(Umwelt)」の概念を提唱した。環世界は、外界の客観的な総体ではなく、種ごとに異なる主観的な世界である。彼の思想は、現象学や哲学、人類学に影響を与え、動物行動学や生態学の基盤ともなった。 ★03 Daniel C. Dennett, Kinds Of Minds: Toward An Understanding Of Consciousness, Basic Books, 1996(土屋俊訳『心はどこにあるのか』ちくま学芸文庫、2016) ★04 この音楽用語の比喩は『心はどこにあるのか』第1章末にあるが、邦訳では音楽用語のニュアンスは落とされている。 ★05 デネットは、Consciousness Explained(1991、邦訳『解明される意識』青土社)において、生物の心的進化を「ダーウィン型」(盲目的適応)から「スキナー型」(学習による行動変化)、「ポパー型」(試行錯誤を頭の中で行う)、「グレゴリー型」(道具や言語による知識体系の形成)へと段階づけた。これにより生物はシミュレーション能力を高め、言語や世界観を持つ人間的知性へと発展すると論じた。 ★06 Peter Godfrey-Smith. “Towers and Trees in Cognitive Evolution.” in The Philosophy of Daniel Dennett, Bryce Huebner (ed.), Oxford University Press, 2018. https://academic.oup.com/book/25912/chapter-abstract/193644342?redirectedFrom゠fulltext

- ピーター・ゴドフリー゠スミスPeter Godfrey-Smith
- 1965年、シドニー生まれ。シドニー大学教授。専門は哲学(生物哲学、プラグマティズム/ジョン・デューイ)。練達のスキューバ・ダイバーでもある。著書に、Other Minds: The Octopus, the Sea, and the Deep Origins of Consciousness(Farrar, Straus, and Giroux, 2016./『タコの心身問題――頭足類から考える意識の起源』夏目大訳、みすず書房、2018)、Metazoa: Animal Life and the Birth of the Mind(William Collins, 2020,/『メタゾアの心身問題――動物の生活と心の誕生』塩﨑香織訳、みすず書房、2023)、Living on Earth: Forests, Corals, Consciousness, and the Making of the World(William Collins, 2024/邦訳みすず書房近刊)ほか。
写真:Daniel Boud

- 下西風澄しもにし・かぜと
- 1986年生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得退学。哲学と文学を中心に執筆活動を行う。著書に『生成と消滅の精神史──終わらない心を生きる』(文藝春秋)。執筆に「生まれ消える心──傷・データ・過去」(『新潮』)、「演技する精神へ──個・ネット・場」(『文學界』)、「ぼくは言語」(『群像』)、「青空を見つめて死なない」(『ユリイカ』)など。詩に「風さえ私をよけるのに」(『GATEWAY』)、「ぼくたちは死んでいく。」(朝日新聞)ほか。
写真:新津保建秀