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『タコの心身問題』のゴドフリー゠スミスと語る、生き物の意識 #1
人間と動物の境界をゆるめる

- 写真:Daniel Boud
タコなどの頭足類の研究を通じて「心の哲学」に斬新な視点を提供したオーストラリアの哲学者ピーター・ゴドフリー゠スミスと、認知科学や文学などを交えた横断的な視点から「心」について思索を重ねている哲学者の下西風澄。太平洋をまたいだ二人の対談が実現しました。異なる視点が交わるとき、私たちの自己観や世界観はどのように揺らぎ、広がるのでしょうか。第一回はオーストラリアと日本の比較、そして基本概念などから。(全4回)
写真提供:ピーター・ゴドフリー゠スミス
通訳:山田カイル
編集:柴俊一
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Contents
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オーストラリアと日本――西洋哲学から離れた場所で
下西風澄 ゴドフリー゠スミスさん、はじめまして。意識の哲学を研究している下西です。今日は、議論できることをとても楽しみにしていました。ご著書の『タコの心身問題ーー頭足類から考える意識の起源』(みすず書房)[★01]★01は日本ですごく人気があります。僕はもしかしたらこの要因の一つは、自然環境やそこで育まれる感性が関係しているんじゃないかと思っています。

- オーストラリア、ブーデリー国立公園「オクトポリス」のタコ(Octopus tetricus)。
西洋においては、タコのような人間以外の生物に意識があるという考えに抵抗感があるのに対して、日本は自然環境がとても豊かで、動植物も身近な存在なので、ゴドフリー゠スミスさんの考えを違和感なく受け入れられたところがあるんじゃないかと思っています。あなたの哲学が生まれた背景にも、オーストラリアの自然環境の影響があって、それが日本との親和性になってたのかなと思うのですが、どのように考えていますか?
ピーター・ゴドフリー゠スミス はじめまして。お話しするのを楽しみにしていました。
たしかにオーストラリアでは、あたかも心を持っているかのように振る舞う動物たち――特異な心を持つノンヒューマンに囲まれているという感覚があります。陸にも海にも不思議な動物がいて、そうした存在が私たちの経験に強く働きかけてくるというのは確かです。しかし哲学的な観点から見ると、デカルトの影響――人間と人間以外の動物を峻別するデカルト哲学の立場、そして心を身体とは切り離されたものと見なす考え方――は、オーストラリアでも根強くあります。オーストラリアの哲学は西洋の伝統の中にあり、そうした二元論的な発想や厳密な区別の影響は、イギリスやアメリカと同じくらい強く残っています。

- ピーター・ゴドフリー゠スミスさん
下西 人間と人間以外を分けるという考え方は、デカルトだけではなく、ジョルジョ・アガンベンが「人類学機械」と言ったように[★02]★02、西洋形而上学の中で連綿と続く思想的な態度として根強くありますよね。他方、日本だと「八百万の神」(やおよろずの神)がいると言ったり、「草木国土悉皆成仏」(草や土も全て仏様)という仏教の教えがあったりして、歴史や宗教の中に西洋哲学とは違う感覚があります。
もちろんオーストラリアにおいても学問的には西洋哲学の影響が強いと思うんですが、宗教とか文化・歴史という、より広い文脈の中だとどうでしょう。たとえば、ピーター・シンガー[★03]★03のような「動物の権利」を主張する独特な思想を構築した哲学者もオーストラリア出身だと思うんですが。
ゴドフリー゠スミス もしオーストラリアで八百万の神のようなものを求めるなら、おそらくアボリジニの文化的伝統の中にあるかもしれません。身の回りのありふれたものに対してスピリチュアルなまなざしが強く込められています。
けれどもそれは、主流の哲学的伝統とはかなりかけ離れたところにあります。ピーター・シンガーは、非常に重要な思想家ですが、彼はまさにジェレミー・ベンサム[★04]★04のような人々に代表されるイギリス功利主義の伝統から出てきた人物です。
イギリス功利主義は、倫理的に配慮すべき存在の範囲や、他の動物における感覚的経験の存在を認めるという、より広い理解へと進むことができましたが、それは、デカルトやキリスト教などの影響を受けた、きわめて主流の西洋哲学の枠組みの中から到達されたものです。同様に、私はシンガーを、当初は狭い視点から出発しつつも、そこからより広い視野へと到達しようとする功利主義の伝統を受け継いでいる人物だと考えています。
「漸進主義」というラディカルな立場
下西 なるほど。その意味でもゴドフリー゠スミスさんが掲げている「漸進主義(グラデュアリズム)」というのは、やはり意識の哲学においてかなりラディカルな立場だと思います。それは西洋哲学のすごく大きな枠組みを超えるようなもので、自然主義的な立場だけど、還元主義[★05]★05でもないし、超越論哲学[★06]★06でもない。その哲学は、ある形而上学的な存在の区分を固定するというよりも、いろいろな生物の事例とか、実際の意識のありさまを描くことによって、意識の全体を”描写”するスタイルだと思いますし、その哲学のスタイルそのものが独特に思えます。

- 下西風澄さん
ゴドフリー゠スミス 「漸進主義」のような考え方のバリエーションというのは、西洋哲学の歴史の中にも存在していると考えています。先ほどデカルトを、非常に強固な区分を哲学の中に作った人ということで名前を出したのですが、アリストテレスは、「魂」が異なる種類をもち、魂には程度や段階があるという考えに興味を持っていた人物と見なすことができます。植物にも一種の魂があって、さらに動物たちの魂があって、また別の種類の人間の魂があって、というような。三種類の魂の間には明確な区別が存在しますが、アリストテレスの描像は、ある意味で漸進主義的な見方の始まりです。
それから、私の仕事を、「意識の全体を”描写”するスタイル」とおっしゃっていましたが、「描写」ということについて、もう少しどういう意味でおっしゃっているのか伺えますか?
下西 「描写」と言ったのは、あなたは何か意識の本質とか基準みたいなもののリストを作るのではない、別のアプローチをとっているのではないかということです。たとえば、別の著書『メタゾアの心身問題ーー動物の生活と心の誕生』[★07]★07(みすず書房)の中で数学者のグロタンディーク[★08]★08の言葉を引用して紹介されています。
海面はいつの間にか静かに上がる。何ごとも起こらず、穏やかな状態が続いているように思える……しかし、海はやがて頑強な物体のまわりを取り囲み、その物体は徐々に半島から島、さらには孤島となり、そして、あたかも見渡す限り広がる大洋に溶けてしまったかのように水没する。
(訳:塩﨑香織)
このように、意識の本質をいきなり確定させるのではなく、意識の周辺を少しずつ理解して、いろいろな意識の実態を記述していくことで、だんだんと意識に迫っていくアプローチが面白いと思いました。
ゴドフリー゠スミス なるほど。そう感じられたのだとしたら、私が動物の意識について語る際にどのような特性を中心に据えるべきか、私自身が感じている「不確かさ」をあなたが汲み取っているからだと思います。

- 写真:yokohamamarino
キーワードは「主観性」
ゴドフリー゠スミス 事前にいただいたメールに、意識を持つ動物とそうでない動物を分けるために必要な要件について、やや明確な見解を提示しようとしている人物として、ギンズバーグ&ヤブロンカ[★09]★09、ファインバーグ&マラット[★10]★10の名前が挙がっていました。私は『メタゾア』で、そのような要件についてはすごく慎重に書いたんですね。というのも、私たちはまだ本当のところを十分に理解しているとは言えないと思うからです。今後数十年のうちに、よりはっきりしてくるとは思いますが、知識が極めて不完全な領域で、あまりにも断定的になるのは賢明ではないと考えています。
ただ、私が確信を持っていることもあります。それは、「主観性(subjectivity)」という概念は、生物的なものと精神的なもののあいだを橋渡しする概念である、ということです。そして主観性が進化論的な観点から説明できる、理解できるという事実は、精神的なものと物理的なもののあいだをつなぐうえで非常に重要だと考えています。
ですから、私たちは「主観性」という概念とその進化を手がかりにして、ノンヒューマンの心を理解していくことになるだろうと確信しています。ただし、その次のレベルの細かい意識の話になると、ギンズバーグ&ヤブロンカやファインバーグ&マラットのような人々のほうが、私よりもやや自信を持って語っている部分があります。私は、そういった問題についてはもう少し慎重でいたいと考えています。
下西 なるほど。だからこそあなたは意識を語るときに、単純な「主観性」という明確なクライテリア(基準)を有する言葉ではなく、「主観性の焦点化(focusing of subjectivity)」という言い方をされているということですね。これも面白いアイディアだと思いました。この概念は、いろいろな感覚経験がだんだんと集中していって、主観性の母体になるようなものだと思うんですけど、主観性そのものが絶対的で固定的なのではなく、主観性とそうでないものがグラデュアルに繋がっているという不思議な概念ですね。これについて、もう少し聞かせてもらっていいですか?
ゴドフリー゠スミス 広い意味での主観性というものは、細胞を持った生命のごく初期の段階にすでに存在し始めると、私は思っています。生きたシステムとその環境とのあいだに境界を隔てる必要性、そしてその境界を越えたやり取りや相互作用の必要性が、ある種の主観性を生み出すのだと思うのです。ですから、主観性の起源というのは、生命の起源とほぼ同時に現れてきたのだと私は考えています。
しかし、私たち人間や、他の複雑な動物たちが持つ主観性は、それとは異なるものです。私たちは情報を統合しますし、世界に対して明確な視点を持っています。ある程度、制御の中心のようなものから行動している――それこそが、私が「主観性の焦点化」と呼んでいるものです。つまり進化のある段階で、生命を通底しているきわめて原初的な主観性が、洗練され、発展していくということです。
そして、生命の歴史の中でカンブリア紀[★11]★11という時代――私はその時期こそ「主観性の焦点化」が本格的に始まった時だと思っています。
(2025年7月8日、東京-シドニーONLINE)
(#2へつづく)
『タコの心身問題』のゴドフリー゠スミスと語る、生き物の意識
#1 人間と動物の境界をゆるめる
#2 分かれる自己、つながる自己──タコ、デネット、意識の進化
#3 言葉を操るだけで心は生まれるのか──LLM、そして動物との対話
#4 心はどこまで広がるのか──自己性、環境、そして地球システム
★01 原題Other Minds: The Octopus, the Sea, and the Deep Origins of Consciousness (2016)。頭足類の知性を手がかりに意識の起源を探る試み。科学と哲学を横断するユニークな研究として注目を集め、欧米を中心にベストセラーとなった。著者自身も練達のダイバーであり、その観察経験が本書を独自のものにしている。 ★02 イタリアの思想家ジョルジョ・アガンベン(1942–)が著書『開かれ』で論じた概念。古来、人間は「理性的動物」「言語を持つ動物」などと呼ばれてきたが、そこには常に「人間/動物」の境界を設ける思考が働いている。アガンベンはこれを機械と呼び、その作動が人間概念を産出する一方で、排除や分断を伴うことを批判的に示した。 ★03 ピーター・シンガー(1946–)はオーストラリアの哲学者。『動物の解放』(1975)によって動物解放運動に大きな影響を与えた。彼は功利主義の立場から、人間と同様に苦痛や快楽を感じる能力を持つ存在の利益は平等に配慮されるべきだと主張する。そのため「人間だから」という理由で動物の苦しみを無視することを「種差別」と呼び、畜産や動物実験を倫理的に批判する。 ★04 ジェレミー・ベンサム(1748–1832)はイギリスの哲学者・法学者で、近代功利主義の創始者とされる。功利主義とは、人間の行為や制度を「最大多数の最大幸福」にどれほど寄与するかによって評価する立場である。ベンサムは快楽と苦痛を数量化しうると考え、立法や道徳を功利に基づいて合理的に設計すべきだと説いた。 ★05 還元主義(reductionism)は、複雑な現象をより基本的な要素や法則に分解し、それによって説明しようとする立場である。意識の哲学においては、心の働きを脳の物理的・化学的プロセスへ還元して理解しようとする試みを指すことが多い。ゴドフリー゠スミスが距離を置くのは、このような単純化によって意識の全体的な多様性や連続性が捉え損なわれるからである。 ★06 超越論哲学(transcendental philosophy)は、カントに代表されるように、人間の経験や認識を可能にしている先験的条件を探る思考様式を指す。意識の哲学においては、主観的経験を成立させる構造や条件を分析する営みと重なる。ゴドフリー゠スミスが言う「漸進主義」とは、経験の条件を抽象的に規定するのではなく、実際の生物や事例を描写する仕方で意識を論じようとする姿勢を示している。 ★07 『メタゾアの心身問題――動物の生活と心の誕生』(Metazoa: Animal Life and the Birth of the Mind, 2020)はゴドフリー゠スミスによる 『タコの心身問題』に続く著作で、多細胞動物(メタゾア)の進化をたどりつつ、意識や心がどのように自然の中で生まれたのかを、哲学と生物学の両面から描き出している。 ★08 アレクサンドル・グロタンディーク(1928–2014)は20世紀を代表する数学者の一人で、代数幾何学に革命的な成果を残した。一方で反核運動や環境問題に深く関わり、科学と社会の関係を問い続けた思想家・活動家でもあった。晩年には膨大な自伝的著作を執筆し、数学的探究と人類の未来への省察を結びつけた。 ★09 シモーナ・ギンズバーグとエヴァ・ヤブロンカは、イスラエルの理論生物学者。共著The Evolution of the Sensitive Soul(2019、邦訳『動物意識の誕生』勁草書房)において、意識の進化を「無制限連合学習(Unlimited Associative Learning, UAL)」という学習能力の出現に基づいて説明した。UALは多様な刺激や行動を柔軟に結びつけ、経験を統合して新たな行動を生み出す能力を指す。彼女らは、この能力を備える動物だけが「意識」を持つとし、特に脊椎動物などをその範疇に含める。意識の境界を明確に引こうとする点で、彼女たちの理論は議論を呼んでいる。 ★10 米国の神経科医トッド・E・ファインバーグと生物学者ジョン・M・マラットは、共著The Ancient Origins of Consciousness(2016、邦訳『意識の進化的起源』勁草書房)において、意識の起源を神経系の進化史に位置づける理論を提示した。彼らによれば意識とは「感覚世界の統合的な表象(感覚意識)」であり、単なる反応や処理ではなく、多様な感覚を一つの場に統合することによって成立する。こうした仕組みは脊椎動物や節足動物の共通祖先の段階で出現したと考えられるとし、意識を持つ動物の範囲を比較的広く設定している点に特徴がある。★11 カンブリア紀(Cambrian period、約5億4200万年前~4億8830万年前)は、生命史において「カンブリア爆発」と呼ばれる急激な多様化が起きた時代。硬い外骨格を持つ三葉虫等の節足動物が繁栄し、脚やひれなどの運動器官、眼などの感覚器官が発達し、複雑な神経系を持つ動物群が出現した。これにより生存競争が高度化し、環境に応じた行動選択や知覚の精緻化が必要となったのではないかと言われる。

- ピーター・ゴドフリー゠スミスPeter Godfrey-Smith
- 1965年、シドニー生まれ。シドニー大学教授。専門は哲学(生物哲学、プラグマティズム/ジョン・デューイ)。練達のスキューバ・ダイバーでもある。著書に、Other Minds: The Octopus, the Sea, and the Deep Origins of Consciousness(Farrar, Straus, and Giroux, 2016./『タコの心身問題――頭足類から考える意識の起源』夏目大訳、みすず書房、2018)、Metazoa: Animal Life and the Birth of the Mind(William Collins, 2020,/『メタゾアの心身問題――動物の生活と心の誕生』塩﨑香織訳、みすず書房、2023)、Living on Earth: Forests, Corals, Consciousness, and the Making of the World(William Collins, 2024/邦訳みすず書房近刊)ほか。
写真:Daniel Boud

- 下西風澄しもにし・かぜと
- 1986年生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得退学。哲学と文学を中心に執筆活動を行う。著書に『生成と消滅の精神史──終わらない心を生きる』(文藝春秋)。執筆に「生まれ消える心──傷・データ・過去」(『新潮』)、「演技する精神へ──個・ネット・場」(『文學界』)、「ぼくは言語」(『群像』)、「青空を見つめて死なない」(『ユリイカ』)など。詩に「風さえ私をよけるのに」(『GATEWAY』)、「ぼくたちは死んでいく。」(朝日新聞)ほか。
写真:新津保建秀