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eスポーツを科学する #1:盲目のプロゲーマーが勝てる理由
「もとーる」とは、岡山弁で「からだの動きがなめらか」なこと。もとーる・ラボでは、知覚・身体科学研究者の柏野牧夫ラボ長が、「うまくいく」からだを探っていく。
今回のテーマはeスポーツ。2025年1月に放送されたNHKスペシャル「ゲーム×人類」で、スウェーデン人の盲目のゲーマー、スヴェン・デ・ベーヘさんが格闘ゲーム「ストリートファイター」の世界大会で勝利する場面が放送され、大きな反響を呼んだ。その対戦映像を解析し解説を務めたのが柏野牧夫さんだ。実は柏野さんの研究室では、野球やスノーボード、カーレースといったリアルスポーツだけでなく、eスポーツの研究も行ってきた。はたして、盲目のゲーマー、スヴェンさんはなぜ勝てたのか、番組の内容をさらに深掘りする。
取材・文:田井中麻都佳
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ゲームを「聞く」ことで勝利をつかみ取る
――番組では、格闘ゲーム「ストリートファイター6」(カプコン)の世界大会でスヴェンさんが勝利する場面や、実際の試合の画面が放送されましたが、ちょっと信じられないというか、びっくりしました。柏野さんは、番組で「納得」とおっしゃっていましたね。改めて、なぜ納得されたのか、お聞きしたいのですが。
柏野 その理由の一つは、音に対する単純反応と光に対する単純反応では、音のほうが脳の処理速度が速い、ということがあります。これまでの研究の知見を総合すると、視覚の場合は、光を見てから反応するまで大体0.2秒くらいかかるのですが、聴覚の場合は、音を聞いてから反応するまで0.15秒くらい。つまり、音に反応する方が0.05秒ほど速いのです。これは、単純に光が見えたら、あるいは音が聞こえたら、手元のボタンを押してください、といった行動実験の結果から導き出された知見です。現実の世界では、そのほかにさまざまな要素が加わってくるため、音を聞いたからといって必ずしも0.15秒で反応できるわけではありませんが、視覚に頼るよりも、音に頼る方が、総じて身体の反応速度が速いことから、そういうこともあるうるだろうと、「納得」と言ったわけです。

- 柏野牧夫さん(NTTコミュニケーション科学基礎研究所 NTTフェロー)
というのも、「ストリートファイター」では、それぞれの技ごとに、掛け声や効果音がすべて一意に決まっているため、音だけでどの技が繰り出されたのかを知ることができるんですね。つまり、音の違いを聞き分けることで、状況が理解でき、次に取るべきアクションが決定できる。もっとも、手がかりとなる音とアバターの動きがまったく同じタイミングで起これば、音に頼るほうが有利になるということであって、だからスヴェンさんが勝てたのだ、と断言することはできませんが。
――あくまでも視覚の手がかりと聴覚の手がかりが同時であればという条件下でなら、音を利用するほうが有利になるだろう、ということですね。
柏野 現に、スヴェンさんは他の上級者と互角に戦っていて、最高レベルのマスターランクに到達しています。多くの方は、目が見えなければ格闘ゲーム(以下、格ゲー)ではきわめて不利だろうと思われるかもしれませんが、実はそうとは限らない。条件さえ満たされれば、盲目の方が勝ったとしても少しも不思議ではない、ということなのです。
技の掛け声から、反撃の「隙」があるかを判断
――スヴェンさんがどのように音を聞き分け、どう戦っているのか、具体的に教えていただけますか?
柏野 詳細については、われわれの研究室でeスポーツの研究を行っている南 宇人さんから解説してもらいましょう。
南 よろしくお願いします。まず、最初にストリートファイターがどんなゲームかというと、二人のキャラクターが向き合って対戦するというもので、画面上部にそれぞれの残り体力を示す「体力ゲージ」が示されていて、攻撃して相手の体力ゲージをゼロにした方が勝つ、という内容です。相手の攻撃をうまく防御して無効化することができれば、それだけ体力ゲージを減らさないですみます。なお、各ラウンドには100秒の制限時間が設けられていて、時間切れの場合は、キャラクターの体力ゲージの残量の差で勝敗を決定します。
それから、このゲームで特徴的なのは、それぞれのキャラクターの各種の攻撃技に応じて、攻撃後に短い隙(硬直する時間)が生じるということ。たとえば、KENというキャラクターの「疾風迅雷脚」という技であれば、60フレーム分攻撃した後、32フレーム分の隙が生じます。1秒間60フレームなので、32フレームであれば0.5秒くらい。つまり、相手に攻撃を仕掛けられたら、まずは防いで凌ぎ、攻撃の後のこのわずかな隙を突いて、うまく反撃を仕掛けることができれば、相手にダメージを与えることができる、というわけです。
ただしこの隙は技ごとに違っていて、大技を当てるほど相手に大きなダメージを与えられる一方で、隙も大きくなります。大技を繰り出すというのは、ハイリスク・ハイリターンなわけですね。したがって、適切なタイミングで攻撃・防御を繰り出すことがきわめて重要になります。わずかな隙しかないのに、大ぶりな攻撃をしてしまうと、自分の隙も大きくなって、逆にやられてしまうというわけです。

- 南 宇人さん(NTTコミュニケーション科学基礎研究所 研究主任)
――「ストリートファイター」は、大昔、ゲームセンターで触ったことがあるのですが、すっかり忘れてしまいました(笑)。だいたい、一つの対戦でどれくらいの時間、戦うのでしょうか?
南 最も短い試合形式ですと、1試合2ラウンド先取制で、各ラウンド平均は45秒くらい。つまり、だいたい2〜3分で勝負がつきます。
――なるほど。番組では、スヴェンさんが戦っている画面も出てきましたが、動きが速く、音だけで技を聞き分けているというのは、にわかには信じられませんでした。
南 僕も最初見たときは驚きました。通常、多くのプレイヤーは視覚情報を頼りにゲームをしていると思います。相手が下段の足技を繰り出せば、それに応じて、しゃがみながらガードの姿勢を取る、といった感じです。ただその際に、先ほど柏野さんが言ったように、技ごとに独自の掛け声があり、炎や光などの効果エフェクトに応じてそれぞれ効果音がついているんですね。スヴェンさんが戦っている様子を分析した結果、彼の場合は、主に攻撃の際の各キャラクターの掛け声を手掛かりに戦っているようでした。
実際の試合映像を見ていただくとわかるのですが、たとえばこれは、スヴェンさんが操るエドモンド本田という力士のキャラクターが、対戦相手のKENというキャラクターの攻撃を受けている場面になります。ここではKENの跳び蹴りのような攻撃を、エドモンド本田がガードしてかわしたけれど、反撃はしませんでしたね。この場合は、スヴェンさんは、相手のキャラクターの「セィヤッ!」という掛け声から隙の時間が少ないと判断して、ガードに徹したというわけです。

- スヴェンさんが操るエドモンド本田が、対戦相手のKENの攻撃を受けている場面。防御を維持。
(注:著作権保護のため、ゲーム画面をモザイク加工しています。以下、同)
次の場面では、今度はKENの空中回し蹴りのような技の後に、スヴェンさん操るエドモンド本田の反撃が成功しています。こちらの掛け声は「サァッ!」というもので、さきほどとは違っています。これを聞いて、スヴェンさんはこれが隙の大きい技で、相手の硬直フレームも長いため、そうであれば最速のジャブのような牽制技を繰り出せるくらいの猶予があるだろうと判断して、反撃に出たのだろうと。これを格ゲーでは「確定反撃」というのですが、スヴェンさんは見事に確定反撃を成功させた、というわけです。

- KENの小技の攻撃の後に、エドモンド本田の確定反撃が成功。
さらに、次の場面では、KENが「昇竜烈破(ショウリュウレッパ)」という掛け声とともに大技を繰り出した直後、スヴェンさん操るエドモンド本田が、ドドドドッと張り手のような大技で反撃しています。この場合は、相手に1秒近い隙ができたからこそ、大技で確定反撃したというわけです。

- KENの大技「昇竜烈破」の後に、エドモンド本田が大技で確定反撃に成功。
このように、スヴェンさんは、掛け声を聞いて、反撃するのか/しないのか、反撃するとしたら隙が大きいのか/小さいのかを瞬時に判断し、適切な攻撃でカウンターを狙いにいっている。こうやって音でいま何が起こっているのか、非常に高い解像度で状況を認識できるからこそ、スヴェンさんは上級者たちと互角に戦えるということなのだろうと思います。
サウンドアクセシビリティはいらない?
柏野 「ストリートファイター」に関して言えば、動きに制約があるということも、スヴェンさんの勝利を支える一つのポイントになります。というのも、この格ゲーの場合は、二次元、つまり水平線上で戦っていて、跳んだりしゃがんだり上下に動いたり、ジャンプして相手と位置関係が変わるといった場面はあるにせよ、基本的には対戦相手との距離が近いか/遠いかしかなく、視覚が使えなくても戦いやすいということがあるのだろうと思います。たとえば、三次元方向で自由にアバターが動き回るといったように、動きの自由度が高いゲームの場合は、さすがに視覚情報が使えないと相当に不利になってしまうでしょう。その点、「ストリートファイター」なら、起こりがちなことにフォーカスして予測的に動くことができる。そういう意味でも、このゲームは多くの人が楽しめる、とてもよくつくり込まれたゲームと言えます。
南 「ストリートファイター」は、1987年から提供されているゲームで、映像こそ格段に進化したものの、基本的なゲームのつくりはあまり変わっていないですからね。現在、30代後半のスヴェンさんは病気の影響で6歳のときに視力を失ったとお聞きしましたが、見えているときからこのゲームをやっていて、基本的なイメージを持っていたというのも、その後の上達につながったのだろうと思います。
――番組内では対戦相手との距離を音の高低で認識できるといった、サウンドアクセシビリティ機能の搭載について検討されていましたね。スヴェンさんもそうした機能を使われているのでしょうか?
南 ストリートファイター6から、障害のある方もゲームを楽しめるようにと、そうした機能が搭載されているのですが、実はスヴェンさん自身は、あえて設定画面でその機能をOFFにしていて、使っていないそうです。幼少の頃から何十年も練習されてきたからこそ、いまさらやり方を変えたくない、変える必要がない、ということだろうと思います。
柏野 むしろ不要な背景音をOFFにできる機能を使っているようです。周りの雑踏などの背景音は、技の掛け声の聞き取りを妨げますからね。サウンドアクセシビリティがあるからスヴェンさんが勝てた、というわけではないのです。
南 実際にゲーム映像を聞いてみると、背景に流れているBGMのドラムの音と人の掛け声が似ている瞬間があって、聞き取りづらいと感じました。だから、背景音をOFFにした方が、掛け声の違いに意識を向けやすいんだろうな、と。
柏野 これは非常に示唆に富む話で、障害を一括りに捉えてはいけない、ということだと思うんですね。その方がいつ失明したのか、見えている期間にどれくらい練習したのかなど、条件によってその人に必要な機能は変わってきます。もちろん、サウンドアクセシビリティが非常に役立つ人もいるし、スヴェンさんもそれは認めているけれど、自分には必要ない、とおっしゃっていました。これは、アクセシビリティサービスを考えるうえで、とても重要なポイントでしょう。
見えていても、聞こえていても、認識しているとは限らない
――ここまでお話を伺ってきて、そうであれば、視覚障害のない人も、音を頼りにプレイすると強くなったりするのかなと思ったのですが、どうなんでしょう?
南 実は僕らの共同研究者で、ゲーマーの渡辺謙さんという方に聴覚だけを頼りにプレイしてもらったのですが、うまくいきませんでした。慣れていないからだろうと思いますが、音だけを頼りにすると適切なタイミングで反撃できなかったんですね。ただ、僕もちょっと驚いたのですが、ストリートファイターのテクニック解説の動画などを見ると、限定的な状況下ではあるものの、対戦相手の特徴的な掛け声に応じて確定反撃をしましょうといったテクニックを紹介しているものもあるので、勝つためには聴覚情報も重要な手掛かりにはなるとは思います。

- 実験風景
柏野 これも面白いポイントで、われわれはさまざまな情報に取り巻かれて暮らしていますが、それらをすべて認知しているわけではない、ということですね。感覚器に入ってくる情報というのは、ごく一部しか使えていないし、そのことを誰も普段は意識していないけれど、使えるか使えないかは人によってものすごく差がある。
たとえば、突然、誰かに目を塞がれれば「見えない!」とわかるけれど、普通に見えていたとしても、周りの細部にまで注意が向いて認識しているかといえば、そうではないでしょう。「猫を描いてください」と言われて、そのまま写し取ったかのように描ける人もいますが、つたない単純な絵しか描けない人もいます。後者の人はもちろん、絵を描く技術がないということもあるかもしれませんが、そもそも猫の詳細を再生できるような粒度では物事を見ていないということかと。それは視力の良し悪しの問題ではありませんよね。
音も同じで、音楽を聞いても、その細かいディテールまで意識的であれ無意識的であれ聞き取れている人ばかりではない。つまり、聞こえていれば、見えていれば、その情報はなんでも全部使えるわけではありません。ですから、これまで散々このゲームをやってきた人だったとしても、音によって自分のアクションを変えるという練習を一切してこなければ、急にその機能を使いこなせないのは当然だと思います。
余談ですが、以前、われわれの実験棟に、「代走のスペシャリスト」と評された、盗塁の名手だった鈴木尚広さん(現・読売ジャイアンツ 二軍外野守備兼走塁コーチ)が来られたことがありました。そこで鈴木さんに、「なぜ、投手が牽制球を投げてくるか/来ないかわかるんですか?」とお聞きしてみたのです。すると、「ぼーっと投手を含めたそのあたり全体の景色を見ていると、行けそうだなとわかるんです」とおっしゃっていて驚いたことがあります。ただ、具体的にピッチャーの癖などを細かく意識することはないのだという。
実はその場には、別の若手の元選手もいたのですが、「自分は一生懸命ピッチャーの癖を見破ろうとしていたけれど、まったくわからなかった」と言っていました。つまり、鈴木さんの場合は、ぼーっと景色を見ているといっても、無意識下では行けるか/行けないか、というクリティカルな情報はちゃんと捉えていて、自分のアクションの判断に活用できている、ということかと。結局、見えていると言っても、何を見るのかというフレームワークができていない状態では、その情報は使えないということですね。
同様に、スヴェンさんも音しか使えないという状況下で、音を頼りに防御するか/攻撃するかを瞬時に判断し、次のアクションができるように鍛えてこられたわけで、そこに特化して技術を磨いてこられた結果が強さにつながっているのだと思います。逆にさまざまな情報が使える人からすれば、使いやすい情報を使うでしょうし、スヴェンさんの技術を簡単に真似することはできませんよね。だから、側から見れば目が見えないことが不利に思えても、それが不利になるか有利になるかは、ある意味、その人次第だということでしょう。
前回、このもとーる・ラボの連載で取り上げた、義足のジャンパーのマルクス・レーム選手だって、与えられた条件を最大限に活かしながら、義足を使って跳べるように努力を重ね、鍛え、脳が変わって、驚異的なパフォーマンスを生み出してきたわけで、それはスヴェンさんの場合も同じだと思います。
スヴェンさんの強さの秘密は音を頼りにしているというだけではない
――人によって使える情報が違うとしても、何か共通する上達のポイントのようなものはあるのでしょうか?
南 eスポーツの上級者にヒアリングしたところ、みなさん、上達のポイントとして、使える情報が多いことよりも、時事刻々と場面が切り替わっていくなかで、注意を向けるべきポイントをどこに置くのか、その注意の切り替えをいかにスムーズに自然にできるかが重要だとおっしゃっていました。
スヴェンさんも同じで、対戦映像を解析したところ、試合のなかでさまざまに伏線を散りばめていって、それをちゃんと回収していくといった高度な戦い方をされていることがわかりました。ここでは2ラウンド先取制の試合を10試合、同じ相手と対戦しているのですが、自らが1〜2試合目で取った行動を撒き餌にして、7〜8試合目に、同じパターンだと見せかけておいて、相手が出た反撃を逆手に取って勝ちをとりに行く、といったことをしていたのです。そういった戦略的で高度な戦い方ができるからこそ、スヴェンさんは強いのだということがよくわかりました。
柏野 結局、スポーツ全般そうですが、誰もが、この状況下で何をしたらいいのかという唯一の解は見えない状況で戦っているわけですよね。唯一の解を導き出すことは不可能だからこそ、何かを仕掛けて相手の出方を見て、違ったら修正して、といった長いコンテクストのなかで駆け引きをしながら戦っていく。上級者というのは、まさにそうした戦略的な戦い方に長けているのでしょう。
それは音楽だってそうで、素人は目の前の一音一音を演奏することに精一杯だけれど、プロになれば、フレーズや曲全体の流れを考えながら、音の強弱をつけたり、ニュアンスを変えたりして、表現力豊かに奏でることができますよね。まさに、自在に音を操り、曲全体を組み立てることができる。だから、人の心を動かすようないい演奏ができるのだろうと思います。同様のことはスポーツ選手にも言えることで、単純に反応速度が速いとか、球が速いとか、脚が速いとか、そういう能力とは別に、試合全体の流れのなかで戦略的に戦えるということがトップアスリートに求められる非常に重要な要素だと思います。
だから、スヴェンさんについても、目が見えないことで聴力が鍛えられて、それで勝てたと思うのは早計であって、使える情報を最大限に活用しながら自らのアクションにつなげ、試合全体をコントロールする力を備えているからこそ強い、ということなのではないでしょうか。
(#2につづく)
もとーる・ラボ eスポーツを科学する
#1 盲目のゲーマーが勝てる理由
#2 試合前の脳活動から勝敗がわかってしまう?
#3 チームワークの良し悪しまで脳からわかる?

- 柏野牧夫かしの・まきお
- 知覚・身体科学研究者。NTTフェロー。1964年生まれ。1989年東京大学大学院修士課程修了。博士(心理学)。著書に『音のイリュージョン~知覚を生み出す脳の戦略~』(岩波書店、2010)、『空耳の科学−だまされる耳 聞き分ける脳』(ヤマハミュージックメディア、2012) 他。趣味は野球と歌謡曲(どちらも鑑賞と実践)。

- 南宇人みなみ・そらと
- スポーツ脳科学・視知覚研究者。NTT研究主任。1991年生まれ。2019年大阪大学大学院博士課程修了。博士(生命機能)。アスリートが本番に臨む際の脳状態を脳波から可視化・解析する研究に従事。趣味はランニングとゲーム。
