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eスポーツを科学する #3:チームワークの良し悪しまで脳からわかる?
「もとーる」とは、岡山弁で「からだの動きがなめらか」なこと。もとーる・ラボでは、知覚・身体科学研究者の柏野牧夫ラボ長が、「うまくいく」からだを探っていく。
そもそもリアルスポーツの研究をしてきた柏野さんたちが、なぜeスポーツの研究をするようになったのか。eスポーツ編の最終回となる今回は、そのモチベーションとともに、いま取り組んでいる「チームワークと脳活動」の研究について伺った。チームワークが発揮されるとき、プレイヤー同士の脳活動にシンクロが見られるという驚き。「実戦実験」というリアルなシチュエーションを対象とする研究だからこそ見えてきた、人間の脳の不思議に迫る。
取材・文:田井中麻都佳
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なぜ、eスポーツの研究を始めたのか
――柏野さんたちの研究室ではこれまでリアルスポーツと脳に関する研究をされてこられたわけですが、今回、なぜeスポーツの研究をされようと思ったのですか?
柏野 われわれは2015年にスポーツ・ブレイン・サイエンス(SBS)というプロジェクトを立ち上げ、その後、柏野多様脳特別研究室を経て現在に至るまで、一貫して、野球やスノーボードなど、インタラクティブに瞬間的な反応が求められるスポーツを対象に、潜在脳機能、つまり「自覚できない脳の働き」について研究してきました。
そのなかで標榜してきたのが、「実戦実験[★01]★01」であり、「Cognitive neuroscience in the wild:実環境認知神経科学」です。つまり、実環境のなかで実際に脳で何が起こっているのかを、できる限り観測による邪魔をしないで計測しようとしてきました。たとえるなら、野生動物に気づかれないように観察して生態を調べる、といった研究に近いと言えるかもしれません。というのも、以前、この連載でお話ししたように、これまで、認知神経科学の実験では、スポーツの実戦といったリアルなシチュエーションでの本当の脳の状態を捉えられていないことが、大きな課題となってきたからです。
もちろん、これまで認知神経科学で行ってきたように、統制された環境下で、身体の動きと脳活動を調べるといった基礎的な研究はきわめて重要です。しかし、それをいくら積み重ねたところで、実戦での本当の脳活動を知ることにはつながらない。それが近年、計測器の進化やAI的な手法の活用により、ようやく実環境に近い状態での観察ができるようになってきました。そこでわれわれは、これまでほとんど手つかずだった自然実験に挑戦し始めたのです。

- 柏野牧夫さん(NTTコミュニケーション科学基礎研究所 NTTフェロー)
ところが、たとえば野球を対象になるべく実戦に即した状況を実験室につくって測ろうにも、バットを振れば激しく頭部が動きますし、いくらEEG(脳波計測)が実環境での計測に向いているとはいえ限界があります。全身運動によるノイズが多数入ってきてしまうので、それが本当に脳活動によるものなのか、それともノイズなのか、判別できなくなってしまうんですね。
そこでこれまでは、眼球の動きや心拍、呼吸といった生体情報から間接的に脳活動を見る取り組みをしてきました。もちろん、それにより明らかにできた部分はあるのですが、一方で、それでは直接脳を観察しているとは言えない、というジレンマを抱えていました。直接脳を観察して定量化する際に運動のノイズをどう取り除くのか、ということがつねにネックになっていたのです。
そこで目をつけたのがeスポーツです。eスポーツであれば、運動がほとんど指先だけで完結しますし、頭部を大きく動かすといったことがほとんどないため、脳波を計測しやすい。しかも、身長や筋肉量などの身体的差異に影響されにくい仮想空間で行われるため、メンタル的な側面を計測するのにも最適だと考えました。
――eスポーツのなかで格闘ゲーム(以下、格ゲー)を選ばれたのはなぜですか?
南 前回、説明したように、ストリートファイターでは各ラウンドごとに8秒間、何もせずに待機する時間があって、45秒〜1分くらい戦ったのちに、また8秒間のラウンドインターバルがあります。その間、じっとしている状態で計測できることから、統制の取れた環境下で実験しやすいというところに目をつけました。しかも、この8秒の間に、皆さん、戦略判断や感情制御など、次の試合に向けた準備をしていることから、プレイヤーのメンタルを見るのに適しているだろうと考えたのです。
柏野 格ゲーの場合、瞬時の判断が求められるなど、われわれが研究対象としているリアルスポーツとの接点も多い。問題の複雑さという点では、リアルスポーツと遜色ないと言えます。それでいて、実験がしやすい。短時間で決着がつくため、本来の試合形式を崩さず、ほぼ実戦に近いかたちで観察できます。これをテニスで計測しようとしたら、実験用に相当アレンジしなければ計測はできないでしょう。そうなるとプレイヤーが普段やっていることとはかけ離れてしまい、実戦実験とは言えなくなってしまいますからね。
リアルとバーチャルでは、何が同じで何が違うのか
――実戦実験がしやすいことからeスポーツを研究対象として選ばれたということですが、リアルスポーツとはやはり違う側面もかなりありますよね?
柏野 確かに、eスポーツは画面に向かってプレイするわけですから、一見して、リアルな格闘技とはまったく違うように見えますよね。しかし、相手が何か技を仕掛けてきて、それを捉えて素早く適切に反撃し、次々にシチュエーションが変わっていくという流れはリアルな格闘技とほぼ同じです。そして、反撃するのか/しないのか、その判断を瞬時に下してリアクションする必要がある。つまり認知的な側面においてはリアル格闘技とほとんど変わらないのです。
一方、リアルとの大きな違いは、全身の動作が伴わないということと、痛い目に遭わないこと。バーチャルの世界では、殴られて体力ゲージが下がっていったとしても、リアルに身体的に弱っていくことはありません。リアルの格闘技と格ゲーでは、認知的な課題は非常に近いけれど、身体性ではかなり違う。リアルなら本当に死んでしまうこともあるけれど、格ゲーで怪我をしたり死んだりすることはありません。身体的な危機がまったく違うわけですから、メンタル的な側面や、たとえば「闘争・逃走反応」といった生理的覚醒も違ってくるように思えます。
ところがeスポーツのプレイヤーを試合中に計測してみると、身体的な危機はないにもかかわらず、人によっては心拍数が180近く上がったり、大汗をかいたりして、試合後には疲れ切っていたりもする。心拍180といえば、全速力で走ったときと同じくらいの心拍数ですからね。バーチャルといえども、極限まで集中力を高め、感覚を研ぎ澄ませていくという点では、リアルスポーツとあまり変わらないのかもしれない。そもそも、eスポーツを職業としている人であれば、本当に死ぬことはなくても、負ければ職を失うことだって起こりうるし、死活問題です。
南 私たちの共同研究者でゲーマーの渡辺謙さんを見ていると、自分より格下の相手だと汗もかかずにサクッと勝ってしまうのに、強い相手との試合後だと、汗だくになって本当にクタクタに疲れ果てているんですよ。プレッシャーのかかり方や対戦相手によって、生理的な反応や消耗度がまったくちがうというのはいったいどういうことなのか、非常に興味深い点です。
柏野 リアルとバーチャルは、どこまでが同じで、どこが違うのか。これは、まさに今日的な問題ですね。いまわれわれが実社会で体験しているように、リアルとオンラインに本質的にどんな差があるのかを知るうえでも、リアルスポーツとeスポーツの比較は、一つの重要な手掛かりを与えてくれるだろうと思っています。
チームワークの良し悪しを測りたい
――そのほかにも、eスポーツに関する研究をされているのでしょうか。
南 はい。eスポーツにMOBA(Multiplayer online battle arena)というジャンルがあるのですが、そのなかの「リーグ・オブ・レジェンド」(LoL)というタイトルで実験をしています。これは、プレイヤーが5対5の2チームに分かれ、味方同士が協力しながら敵チームの本拠地である「ネクサス(nexus)」という建造物を破壊するゲームです。集団戦なのでチームワークが問われるゲームになります。その際の脳波や心拍といった生体情報を計測することで、チームワークの良し悪しの傾向を探っているのです。
――チームにおいても勝てる脳波などの共通のパターンがあるのですか?
南 実はチームワークが発揮できているときに脳波がシンクロするという先行研究があって、それを定量的に調べたいと考えています。実際に、LoLの上級者たちのチームプレイを見ていると、言葉を介さなくても、場面に応じて、お互いにそれぞれ取るべき役割がわかっていて、自律的に動いているように見える。その暗黙のチームワークがどのようにして成立しているのかを、脳波などの生体情報から解き明かせないかと探っています。

- 南 宇人さん(NTTコミュニケーション科学基礎研究所 研究主任)
柏野 世間一般では、チームワークが良いというと、お互いが空気を読み合って、和気藹々と仲良く活動しているイメージがあるかもしれませんが、スポーツの場合は、そうした雰囲気があったとしても勝てるわけではありませんからね。
南 実際、eスポーツのトッププロチームを見ていると、一人の司令塔がいて、他の4人に指示を出すといったピラミット構造型のチームが多い。とくにLoLの場合、時間的に厳しい制約があって、瞬時に判断しなければならないため、皆で議論をしている余裕はないんですね。だからこそ、司令塔にしたがって効率よく、かつメンバーが皆、自律的に動く必要があります。逆にチームが負けたときには、リーダーの責任が問われます。格ゲーの場合は、それぞれ個人戦なので求道者的なプレイヤーが多いのですが、LoLのプレイヤー同士だと、殺気立ったり、喧嘩になったりすることもしょっちゅうなんですよ(笑)。
柏野 オリンピックの日本代表などもそうですが、各チームからもっとも強い選手をかき集めたからといって、必ずしも勝てるとは限りませんよね。なぜ、あの選手を代表に呼ばないんだ、などと監督が批判されることもよくありますが、それは強い選手だけを集めてもチームとしては機能しないことや、選手同士の相性がパフォーマンスに影響するということ、さらにはチームとして暗黙のモデルを共有していることの重要性を、監督自身が経験的によく知っているからでしょう。
脳波のシンクロは何を意味するのか
南 実はこのLoLの実験はすでに始めているのですが、まさに強いチームとは何かと考えさせられるような出来事がありました。というのも、あるときプロを含む上級者を5人集めてチームとして闘っていただいたのですが、みなさん、非常に強いメンバーなので、10試合中ほとんど勝ってしまうんじゃないかと、ご自分たちも、そして計測する僕らも予測していたのですが、ふたを開けてみたら、ほとんど勝てなかったのです。
――えっ、そうなんですか!
南 やはり個々の能力がいくら高くても、チームとしての連携ができないまま「フォーカス」を合わせられなければ勝つことはできないということなんですね。
柏野 これも示唆に富むエピソードですよね。ちなみに、パリオリンピックで銅メダルを獲ったバトミントン混合ダブルスの「ワタガシ」ペア(渡辺勇大と東野有紗。すでに解散)は、非常に相性が良いことで知られていましたが、中学時代に最初にペアを組んだきっかけは、強い者同士がペアを組んでいって最後に余った者同士だったそうです。ところが、最初に組んだときから、互いに言葉を交わさなくても、相手がやろうとしていることが理解できて、まったく違和感がなかったのだという。相性が何で決まるのかわかりませんが、2人以上でやるスポーツの場合、単純に能力の足し算ではないんですね。
南 面白い実験結果も出始めています。初対面の方たちでチームを組んでプレイしていただいているのですが、1〜2試合目まではぎこちなかったのが、5試合目くらいからチーム全体が打ち解けてきて、最後に劇的な逆転勝利をした試合があったんですね。その際の脳波を計測したところ、中盤からプレイヤー同士の脳波のシンクロが起こりはじめ、特定の脳領域で似た脳波のパターンが見られるようになったのです。こちらはまだ予備実験の段階なので、詳しいことはこれから調べていくところですが、ひょっとしたら、そうした脳波のパターンの同期とチームワークの関連を定量的に導き出せるかもしれません。
柏野 そもそも、違う人同士の脳波のパターンが同期するというのは、考えてみたらとても不思議なことですよね。一人の人の脳の中であれば、あっちの部位とこっちの部位がつながって同期することでなんらかの機能を生み出すことになるわけですから、現象として理解できます。ところが、別々の脳となると話は別です。振り子を同じ壁にぶら下げれば同期するように、同期するためには壁などの場、つまりメディアが必要だからです。では、チームのプレイヤー同士の脳波が同期するというのはどういうことなのか。別々の脳を同期させる「場」とはなんのか、非常に興味深い問いです。
――プレイヤーは同じ場所でプレイしているのですか?
柏野 同じ場所にはいますが、脳同士が直接つながっているわけではないですからね。同じ画面を見て、同じような動きをしていたり、お互いに掛け声をかけたり、コミュニケーションをとっているからなのか、まさにこれから詳しく調べていく必要があります。

- LoLの実験風景
南 まだ予備解析の段階ですが、映像からの刺激で同じの脳の領域が活性化しているとか、そういった単純な理由でシンクロが起きているわけではなさそうです。お互いが自発的に動いた結果として、シンクロが起こっているのではないかという仮説を立てて検証しているところです。
柏野 実は格ゲーの場合でも、プレイヤー同士の生体情報の同期が見られることがあるんですよ。つまり敵同士であっても、同じ状況を共有しているとき、上級者同士だと心拍数の変化がシンクロすることがあるのです。[★02]★02
――そうなんですか?
南 そう、上級者同士で、勝敗につながる試合だとシンクロが見られることがあります。
柏野 これが、中級者同士、あるいは上級者と中級者の組み合わせだとほとんど見られない。さらに、上級者でもコンピュータ相手だとか、単なるスパーリングみたいな状況だと、心拍数が上がるといったことはありません。このシンクロは、勝負における「ここぞ」という場面でしか見られない現象です。まさにこれからその謎を解明しようとしています。
「真剣勝負」でしか見えてこない結果がある
――今後、脳波など、身体の状態を見ていくことで、スポーツに限らず、いろいろな人間活動をより良い方向に導いていくことができるかもしれませんね。
柏野 そうですね。すでに、過去のデータをもとにAIでさまざまな予測や提案が行われていますが、その精度には限界があります。というのも、現状のAIには圧倒的に身体の情報が足りていないからです。それが今後、われわれが行なったように脳波を含めた生体情報を取り込むことができれば、その精度をかなり上げることができるようになることは間違いないでしょう。
一方でそうした取り組みは、プライバシーの侵害などの問題とも表裏一体ですし、コストもかかるわけですから、どこまでやるのか、やっていいのか、という問題はまた別に考えなければなりません。
いずれにせよ、そうした問題も含めて、リアルなシチュエーションを扱っている研究だからこそ見えてくる課題や、常識を打ち破るような結果が出てきているわけで、それはわれわれの持ち味として、今後もチャレンジしていきたいと思っています。
南 そもそも僕らがこうした研究をやり始めた数年前には、eスポーツの研究なんてほとんどなかったですからね。ましてや、その脳活動を計測しようなんていう研究はありませんでした。最初は、ニューロサイエンス系のジャーナルに出してもいいんだろうかと、迷ったほどです(笑)。
でも、eスポーツだからこそ面白い成果が得られたのだと思っています。競技なので、実験参加者のモチベーションが非常に高いですからね。従来のように薄暗い実験室で、一人で黙々と単純なタスクをやらされる、といった実験とはまったく違って、どうしても相手に勝ちたいと本気で臨むからこそ見えてくる脳活動がある。だいたい、従来の実験だったら、心拍数が180なんてとても上がりません。本人の中では、それくらい大きなメンタルの変化が起きているわけで、それは、絶対にアイツに勝ちたいというモチベーションがあればこそでしょう。
柏野 実験で、ゲームに勝った人に1000円あげますよなどと言っても、心拍数が180まで上がるようなことはけっしてないですからね。心拍数100の世界とは、脳や身体で起きていることは明らかに違うのです。
南 本当にそうですよね。われわれの実験で、あれだけ明確にメンタルの状態をあぶり出せたのは、まさに真剣勝負だから。それこそが「実戦実験」ならではの醍醐味だし、この手法をこれからも突き詰めていきたいと思っています。
――SNSなどで大きな反響があったのも、励みになりますね。
南 とくにeスポーツ界隈の方たちに好意的に受け止められたのは嬉しかったですね。「ここまでわかる時代が来たのか!」といった感想をたくさんいただきました。一方で、勝負事でここまでわかってしまってもいいのか、という懐疑的な反響もありました。でも、だからこそ、勝負事の本質にどこまで科学的に迫れるか、チャレンジしてみたいのです。
柏野 まさにトップアスリートになればなるほど、その日のメンタルの調子でメダルの色が変わってしまうこともあるわけで、そういうギリギリの世界で戦っている人からすると、今回のわれわれの研究成果は、実感に即している面があるのだろうと思っています。今後はさらに実戦実験をきわめることで、プレイヤーのパフォーマンス向上に役立てていきたいですね
もとーる・ラボ eスポーツを科学する
#1 盲目のゲーマーが勝てる理由
#2 試合前の脳活動から勝敗がわかってしまう?
#3 チームワークの良し悪しまで脳からわかる?
★01 実戦実験に似た概念として、2021年にノーベル経済学賞を受賞したデービッド・カード氏らが提唱した「自然実験」がある。これは、実際に起きた経済現象を解析して因果を推論するものなので、一切「実験」はしていない。柏野さんたちは、生態学的妥当性を尊重して、なるべく実際の試合に近い状況で実験を重ねてきた。ただし、現時点ではすべてが実現できているわけではないという。
なお、プロ野球の試合で計測されたデータを用いる、自然実験も手がけている。 ★02 Watanabe, K., Saijo, N., Minami, S., Kashino, M.: The effects of competitive and interactive play on physiological state in professional esports players. Heliyon 7 (4): e06844, 2021. doi.org/10.1016/j.heliyon.2021.e06844.

- 柏野牧夫かしの・まきお
- 知覚・身体科学研究者。NTTフェロー。1964年生まれ。1989年東京大学大学院修士課程修了。博士(心理学)。著書に『音のイリュージョン~知覚を生み出す脳の戦略~』(岩波書店、2010)、『空耳の科学−だまされる耳 聞き分ける脳』(ヤマハミュージックメディア、2012) 他。趣味は野球と歌謡曲(どちらも鑑賞と実践)。

- 南宇人みなみ・そらと
- スポーツ脳科学・視知覚研究者。NTT研究主任。1991年生まれ。2019年大阪大学大学院博士課程修了。博士(生命機能)。アスリートが本番に臨む際の脳状態を脳波から可視化・解析する研究に従事。趣味はランニングとゲーム。
