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科学史家・隠岐さや香教授が語る、文理融合の現実と理想:「文系不要論」はなぜ唱えられたのか

文系vs.理系の本当のはなし #4

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グローバリゼーションや気候変動、社会の分断、戦争など、多くの複雑に絡み合った「やっかいな課題」を前にして、アカデミアの役割を問い直し、新たな知のフレームワークを探っていく、特集「文理のエコロジー」。

科学史家・隠岐さや香さん(東京大学教授)のインタビュー最終回(全4回)。ジェンダーや学問の分断の起源をたどりながら、文系・理系の垣根や「学問の自由」をめぐる社会のあり方に迫る。誰が、何のために「分けている」のかを見極めることから、文理融合への契機をさぐっていく。

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聞き手:田井中麻都佳・賀内麻由子(DISTANCE.media編集部)
構成:田井中麻都佳
写真:高橋宗正

Contents

    どうして人は「分けたがる」のか?:身分制度から男女の区別へ

    T 前回、隠岐先生は「もし男性として育てられていたらどういう進路を選んでいたのかわからない」とおっしゃっていましたけど、そもそもいつから、ジェンダーによってイメージされる学問が分かれるようになってしまったんでしょうか?

    隠岐 最近、ある学生の卒論を指導していた気づいたことがあるんですよ。その学生がまさに理系とジェンダーの問題に関心を持っていたので、ジャン=ジャック・ルソー(1712-1778)の教育論である『エミール』を読むように勧めたのです。この本には、エミールという生徒が生まれたときから結婚するまで、一人の先生が自然を偉大な師と仰ぎながら人生を導いていくという話が描かれています。そのなかでルソーはいわゆる古典的な性別役割分担、すなわち男性と女性では性として持っている役割が違うこと、男性は能動的で強く、女性は受動的で弱くできているから、女性は男性に服従し、サポートする役割がある、といった内容を述べているんですね。そして、能動的な男性は女性よりも野外で活動する傾向が強いから、従って自然界の現象、すなわち自然科学にも向いている、という発想が出てくるのです。

    なぜ当時、ルソーはそのようなことを言ったのか。背景にはよくわからない部分もあるのですが、ルソーの分け方は結局のところ、当時の社会を反映しているのですね。当時、女性は実際に家から外へ出ておおっぴらに仕事ができない立場で、法的な権利も弱かった。それでルソーは彼の直感と偏見の赴くままに、男女をそのように役割分担する補完的な存在として描いたわけです。

    ただし、これはその学生とともに確認したことですが、ルソーは自然を手本にしてはいるものの、女性の能力が生物学的に劣っているという話はしていません。ただ、男女を描くときは不平等も含めた社会の現状を「自然」であるかのように描く傾向があるのです。いずれにせよ、そうした偏見が継承され、批判されつつも完全には消えないまま現在に至っているのではないかと思います。これはけっこう根が深い問題と言わざるをえません。

    T 日本に限らず、ヨーロッパでもそういう感覚が連綿と続いてきたわけですね。

    隠岐 そうですね。近代に向かうなかで身分制度がなくなってくると、今度は、家の内と外、男と女という分け方がクローズアップされるようになって、ルソーのような言説が生まれてきたと言えます。

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    もっとも、ルソー自体は、性差別的でありながらも、女性たちからは支持されていたところもあるのです。実際、ルソーの観察力は並外れたところがあり、女性たちに特有の処世術をよく捉えていました。ゆえに当時の女性たちは、「よくぞ私たちのことを書いてくれた」と捉えたようです。たとえば、女性というのは立場上はっきりものを言うことのできない場合が当時は多かった。ルソーもそれはよくわかっているので、「女性は嘘をついてもいい」とも言っている。女性の嘘は、男性とは違う種類の嘘だ、と(笑)。

    K ルソーという人自身が、ある種、女性的な側面を持っていたのかもしれませんね。

    隠岐 ええ、彼自身がセンシティブで、社会的には「弱い男性」だったというのはあると思います。

    ちなみに、「天才」という概念も近代が生んだものなんですよ。「モーツァルトは天才である」とよく言われますが、天才の典型像は非常に女性的な男性とされる。軍事など一部の領域を除き、マッチョな天才は例外的です。女性の繊細さを持ちつつも女性ではない、というのが王道なのです。これも、根っこのところでは、文理とジェンダーの話につながっているように感じます。

    K なぜ人は分けたがるんでしょうね。身分制がなくなったら、男女の区別がクローズアップされるとか、天才と凡人とか。

    もう民主主義が終わっているのかな?:「学問の自由」とアジアの文系不要論

    T そうなってくるとやはり、分けたがったり、融合させたがったりしてきたのは誰なのか、ということにも目を向ける必要がありそうですね。

    隠岐 そういう意味では、国の方針というのが大きく影響することは間違いないと思います。最近では、2020年に起きた、内閣総理大臣による日本学術会議会員候補の任命拒否問題というのは、文理問題を象徴する一つの出来事でした。

    このとき私は、思わずTwitter(現X)で、「理由を示さずに政治判断でアカデミーへの学者の任命を拒否って、ブルボン王朝じゃないんだから」とつぶやいたんですね(2020年10月1日の投稿)。投稿した時は半ば諦めというか、「もう民主主義が終わっているのかな」くらいの気持ちでした。そうしたら意外にも大きな反響がありました。そして私より年長世代の研究者が「学問の自由が危ない」という発信を始めて、反対運動の気運が高まっていったのです。私はといえば、じつは「学問の自由」といキーワードには即座に反応ができませんでした。恥ずかしながら、その意味をきちんと理解できていなかったからです。

    「学問の自由」と言ったときに、二つの構成要素があります。一つは、学問をする「個人の自由」。つまり、個人が研究したり、その内容を発表したりする自由です。そしてもう一つが「組織の自治」になります。後者は第二次世界大戦後、とくにドイツにおける学問の自由の法律解釈のなかで定着していった考え方です。その背景には、大学のような組織の自治がきちんと守られなかったことがナチスの台頭につながったという反省があったと言われていますが、正確には1920年〜1930年代にはすでに組織の自治の議論が出てきていたようです。

    さて、そんなわけで、学術会議会員の任命拒否問題が起きたとき、最初は18世紀のようなことが起こった、つまり前近代的なことが起きた、と私自身は感じたわけです。実際に、私が研究している18世紀フランスの数学者であり、社会選択理論の先駆者の一人とされるコンドルセ(1743-1794)という人は、アカデミーのメンバーは自分たちで選ぶべきだと述べています。彼自身が科学アカデミーの会員であり、会員たちが選挙で会員を選ぶプロセスをよく知っていました。だから今回の事件は、組織の自治を脅かす重大な行いであり、「もう日本の民主主義は終わったな」と思ったわけです。

    ところが実際には終わっていなかった。むしろ、こうした国の姿勢にダメ出しをする人たちがたくさんいることに気づきました。とくに司法に携わる人たちが積極的に動いて、学問の自由を謳う憲法23条の解釈に照らして、内閣総理大臣(当時)の判断はおかしい、と主張したのです。現在は、学術会議に任命されなかった6名と支援する法曹関係者らが、任命拒否の理由開示を求めて、国に対して裁判を起こしています。

    じつはこうした問題は、トルコやロシアでも起きていて、日本だけの現象ではありません。そうしたことから私自身は、この問題を起点にして、「近代学問の自由への挑戦」をテーマに、研究の傍ら活動するようになりました。国内では弁護士会や市民団体の方々とお話をする機会がありました。国外ではInternational Science Council(国際学術会議)にある「科学の自由と責任委員会」委員の一人として活動しています。

    学術会議の問題は紆余曲折を辿り、まだ解決していません。政府はまず、2023年の春に国の組織にとどめ置きつつも、その会員選考に政府が直接「助言」できる仕組みをつくろうとしました。しかしこれは会員選考という組織の自治への介入ですので、学術会議や海外のアカデミー等から懸念の声が高まり、政府は法案提出を断念しました。

    その後、政府は学術会議を法人化する方向に舵を切りましたが、その方針に対しても懸念の声があがり、対立は続いています(追記:2025年3月7日に法案が閣議決定され、2025年4月1日現在、複数の反対声明が上がるなか、国会審議の行方が注目されている)。過去になされた国立大学の「法人化」があまりよい成果を上げなかったことも影を落としています。要するに、引き続き学問の自治は危ぶまれているわけです。

    任命拒否をされた学者がすべて人文社会学系だったこともあり、この件をその前から話題に登ってきた「文系不要論」とつなげて捉える人も私の周囲には少なくありませんでした。

    なお、ここで「文系不要論」というのは、直接には2015年夏、文部科学省が国立大学の文系学部の廃止・縮小という方針を示したという報道がなされ、騒動になったことを指しています。この件はとくに文系の若手研究者に衝撃を与えました。学生の頃にこの議論に接し、「自分たちの実存に関わる問題として受け止めた」と言っている若手研究者を複数知っています。

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    文理融合の鍵となるもの:「個」に向かう知の可能性と危うさ

    T 国の会議の資料などでも、最近、「地政学リスク」という言葉をよく見かけるようになりました。その背景には、国際紛争やエネルギー問題などがあるわけですが、日本のように資源に乏しい国には切実な問題であり、実学に直接的には関係のなさそうな学問を軽視する風潮に結びついているように感じます。

    隠岐 そうですね。日本も含む東アジアでは、学問、とくに科学を経済や軍事、国威発揚に結びつけようとする「科学ナショナリズム」の発想が強いと思います。そうした傾向は「役に立たない」分野を槍玉にあげる言論ともつながっています。「文系叩き」はそのひとつの現れでしょう。いまや、そのこと自体が研究の対象になってもいます。

    ただ、それはいまに始まったことではないんですね。これは日本政治史研究者の方に教えていただいたことでもあるのですが、思想・政治などの学問に対する警戒というのは明治時代からありました。

    たとえば、明治期の官僚・政治家で、帝国憲法や教育勅語を起草した井上(1944-1895)は、『教育議』(1879)のなかで、「工芸・技術・百科ノ学ヲ広メ…(中略)…浮薄激昂ノ習ヲ暗消セシメテ、実用ノ材ヲ成シ、以テ公益ヲ資クルニ取ルベシ」と述べています。つまり、「工芸技術百科の学(科学)」を推進し、思想などの学問はなるべく消して、「実用の材」となる人材を育成することが、国家富強の礎となると考えていたのです。

    こうした言説の背景には、自由民権運動の勃興期にあって、政治情勢が不安定ななかで近代化に向かうにあたり、政府がある種の学問分野の人を警戒してきたことがある。さらに、とくに20世紀後半に東アジアにおいて、理工系が国力の地位向上に結び付けられてきたという現実もある。そのような歴史を経るなかで、独特な文理の学問観が定着していったのではないかと思います。

    T ただ一方で、ビジネスの現場では、理系偏重から、いまふたたび哲学や教養を求める声が高まっていると感じています。たとえばイノベーションを起こすにも、社会課題を解決するにも、たんに技術力があるだけではダメで、ビジョンを描く力、多様な文化を理解する力、それを説明できる高い言語能力などが求められている、といったように。「技術には哲学が必要だ」と説く経営者もいます。

    隠岐 サイエンスのほうにも、手詰まり感があるのは確かですよね。ある種の新しいフロンティアを求めるということは必ずあって、それこそいまや社会課題やウェルビーイングといったことに関心が向かうなかで、従来のやり方では太刀打ちできなくってきている。

    また、従来だと自然科学では普遍的で再現可能な定理や法則の発見をめざすとされていましたが、最近はやや手詰まり感があり、新しい定理がなかなか発見できないという話を聞きました。そうしたなかで、「普遍」ばかり追いかけるのではなく、個別的で一般化されづらいけど大事な対象を扱うことが注目されてきてもいる。

    たとえば、地球環境という宇宙からすれば個別的で特殊な対象をきちんと捉える研究をするためには、森林や海洋だけ見ていてもだめで、環境に影響を与える人間の社会・経済活動も把握しないといけません。すると、文系と理系の研究者が協働する場面が増えてきたりもする。

    ただ、細かく把握できる、個別性が把握できるということは、把握して制御することにもつながります。そこは諸刃の剣なのです。つまり、個別的な知というものは、政治利用される可能性がある、ということです。かつて文化人類学の知見が戦争に利用されたことはご存じかと思います。戦時中、アメリカでは文化人類学者たちを戦時情報局に登用して、日本人の国民性や戦意を研究し、それが軍事戦略に活用された、というのは有名な話ですよね。

    個別性の研究こそ、文理融合がうまくいくための一つの条件のようにも思いますが、だからこそ、こういう研究のある種の独立性、外部からあまり干渉を受けすぎないようにする環境がとても大切だと思っています。

    科学史家・隠岐さや香教授が語る、文理融合の現実と理想:「文系不要論」はなぜ唱えられたのかの画像

    科学史家・隠岐さや香教授が語る、文理融合の現実と理想

    #1 分断の可視化はチャンスでもある
    #2 分断を抱えながら飼い慣らすには
    #3 「なんで理系に進まなかったんだろう」
    #4 「文系不要論」はなぜ唱えられたのか

    隠岐さや香おき・さやか
    科学史家。東京大学大学院総合文化研究科博士課程満期退学。博士(学術)。現在、東京大学大学院教育学研究科教授。専攻は18世紀フランス科学史、科学技術論。著書に『科学アカデミーと「有用な科学」――フォントネルの夢からコンドルセのユートピアへ』(名古屋大学出版会、2011、第33回サントリー学芸賞受賞)、『文系と理系はなぜ分かれたのか』(星海社、2018)などがある。

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