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科学史家・隠岐さや香教授が語る、文理融合の現実と理想:分断を抱えながら飼い慣すには

文系vs.理系の本当のはなし #2

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気候変動や戦争など、多くの複雑に絡み合った「やっかいな課題」を前にして、アカデミアの役割を問い直し、新たな知のフレームワークを探っていく、特集「文理のエコロジー」。

文理に限らず、社会におけるさまざまな「わかりあえなさ」の露骨な可視化は、私たちにとって大きなストレスではあるが、チャンスでもある、と隠岐教授。分断を抱えながらも、その対処法を見つけることはできるだろうか。そもそも文理に分かれた歴史や教育のあり方を追いながら、対処法のいとぐちを探る。(全4回)

聞き手:田井中麻都佳・賀内麻由子(DISTANCE.media編集部)
構成:田井中麻都佳
写真:高橋宗正

Contents

    「行ったり来たりすればいい」

    T 前回、現代は「わかりあえなさ」が高い解像度で可視化されていて、そこには試練とチャンスの両方があるとおっしゃっていました。チャンスとして生かすための方法論はあるのでしょうか?

    隠岐 いまの職場(教育学部)に来てから学んだことですが、教育哲学の一部には異なる意見が対立しているような問題に対して、「行ったり来たりすればいい」との考え方があるようです。つまり政治的な対立構造はなくならないとの現実に立った上で、いわゆる「分断」を固定化させない方策を探るのです。

    教育哲学は個々人のあり方を細やかにとらえる分野です。教室の中にいろいろな子どもがいるといった状況をいつも前提におきます。なので、どっちつかずの宙吊りの状態がむしろ多数の人にとってのデフォルトであることを忘れません。確かに、そもそも一人の人間の中にも相反する見方を持つことはあるし、人はいいかげんで揺れ動いたりもする。アイデンテイティというものも固定化されるものではないのだから、行ったり来たりすればいい、と。

    もちろん、これは言うは易しいが行うのは難しいことです。緊張状態が高まるほど、たとえば戦時中などが極端な例ですが、人は一貫した態度、立場やアイデンティティを他者に求めるようになりますから。

    それを踏まえた上で、そのような緊張状態からなるべく距離を取ろう、ある個人が違う立場を行ったり来たりしても心身の危険を感じないでいられる社会をめざそうということなのかと思います。

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    隠岐さや香さん

    人間の生の現実に即して考えれば、確かにアイデンテイティというのはそれほど強固なものではないわけです。皆それぞれ、多様な状況を巧みに飼い慣らしているのが現実であり、関係性についても、体制側とそれに反乱する個人といった固定化はできないし、あまりするべきではない。行ったり来たりするということを前提に人間というものを捉えていくべきではないか、ということになります。もちろん、そのなかでコミュニケーションをしていくことはたやすくはありません。そのしんどさに立脚しながら、なんとか生き残るしたたかな個を育てることが大事な時代なんだと、そういう主張が教育哲学の中でなされているように思います。

    そのようなわけで、「分断」への一つの対処としても、脆弱な立場の人を考慮した上で、いろんな立場の人が行ったり来たりしながら、一緒にいられるような場をつくるのがいい、という提案をよく聞くように思います。

    たとえば、社会的に強い側にあるはずの白人の子どもが、脆弱な立場の人たちに対して、「あいつらは優遇されていて気に入らない」と怒りを抱く場合があります。それこそが分断の火種となるわけですね。そこで、そうした「特権を持つものの怒り」も研究対象にしながら、その感情をどう解きほぐしていくのか、といったことに取り組んでいる研究者もいるのです。そうすることで、うまくすれば強い立場の人が、脆弱な立場の人に歩み寄れるかもしれない。ただ、私自身は、そうした議論に対して、まだ十分に納得しきれていないというか、完全に同化しきれていない感覚も少しあります。

    T 分断したままでいいと?

    隠岐 やはりアクティビズムを支持してきた立場なので、そうした流れ自体に口を塞がれはしないか、薄められはしないかとつい考えてしまうんですね。もちろん、「いろんな立場の人が一緒にいられるような場をつくろう」という取り組み自体は、実際に分断が起きてきた多民族の社会で実践され、さまざまな苦闘を経て生み出されてきた貴重な知見なので、傾聴に値すべき、だと思っています。そのうえで、ある程度は分断する権利もあっていいじゃないか、と言いたくなる感覚が自分の中にあるということです。

    もちろん、そこで分断が行きすぎて、死傷者が出るような事態にならないようにするにはどうすればいいかも同時に考えて行く必要はあります。そのためには人間同士の中にある根源的な「わかりあえなさ」にもっと社会全体が慣れて、分断を抱えながらもそれを飼い慣らせるようになっていく必要がありそうです。

    なぜ、「二つの文化」に分かれたのか

    T 今回のテーマである文理の問題を考えるうえで、大学の成り立ちの歴史から見ていくことも大事だと思うのですが、隠岐さんはご著書の『文系と理系はなぜ分かれたのか』(星海社新書、2018)のなかで、文系理系という区別がどのようにできあがってきたのか、欧米と東アジア、日本を比較しながら論じておられます。そのなかで、「文系と理系を分けるのは日本だけ」と考えるのは早計で、学問の分裂を「二つの文化」と捉える見方は、欧米にも存在してきたとおっしゃっています。ただ、日本の場合、1886年に帝国大学(現・東京大学)が総合大学として初めて工学部を設置したことは、一つの分岐点になったように思うのですが、その点はいかがでしょうか?

    隠岐 たしかにその点は、それまで工学を蔑視してきたヨーロッパとは大きく異なるところです。ただ、少し調べてみてわかってきたのは、むしろ日本の文理の問題の根は、一つには官僚制度にあるということ。日本では、明治の早い時期から、殖産興業や土木公共事業に関わる技官、行政において法務に携わる文官の役割分担がかなりはっきり分かれていました。その結果、早くから「二つの文化」的な摩擦が起こってきたのです。

    もう一つは、中等教育です。中等教育というのは、中学・高校の教育のこと。大学に進学する人ために、二つか三つくらいに教育課程をまとめて分けてしまおうという動きがあった。決定的になったのは、1910年代に、中等教育について定めた第二次・高等学校令において、「高等学校高等科ヲ分チテ文科及理科トス」という文言が入ったことです。なお、文科とは、法、経済、文学、理科とは理、工、医を指します。

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    じつはその少し前、1890年頃には、中等教育において文理を分ける必要などないのではないか、という議論がなされていたんですね。同時期に、ドイツなどの教育制度を研究していた人物が、「ドイツには文科学校と理科学校がある」と報告していますので、そうしたことが議論の対象になったのでしょう。ただ、このとき「文科教育」という翻訳があてられたのはドイツ語でいえば「ギムナジウム」という古典教養を学ぶためのエリートのための高校であり、理科は「レアルシューレ」、実科学校といって、卒業後にすぐに実業界で働く人のための高校に相当しました。

    T 職業訓練校のような?

    隠岐 そうですね。同時に理科系の課目も多く教えられていました。つまり19世紀のヨーロッパにおいて工学系の実業教育は、大学に行かない人たちが多く学んでいたのです。だから、19世紀末まで、レアルシューレを修了しても、大学受験の資格はなかった。そこには、差別もあったし、地位向上のための苦闘の歴史もありました。

    一方、日本の場合は、そもそも工学を蔑視する見方はなかったし、エリート層においても古代ギリシア語やラテン語を習得する必要がないとして、最初は文理の区別はいらないと考えていたようです。その話が二転三転して、文科と理科くらいに分けておいたほうが、教えるほうも効率がいいだろうとなった。もっとも、あまり分けすぎると、共通の「教養」を持てなくなるとして、人格教育を行うための教養も重視されるようにもなりました。

    K 文理に分けたのは、教える側の都合もあったわけですね。

    隠岐 カリキュラム上の問題はそれなりにあったわけです。そもそも自然科学などは次々に新しい発見があるので学ぶ事柄がどんどん増えていってしまいますし、プラクティカルな理由があった。もっとも、理工系教育では、科学的思考を教えるのか、それとも科学のさまざまな応用について教えるのか、どちらを重視するのか、という論争もありました。

    たとえば、数学に集合論ってありますよね? それがどれくらい初等・中等教育に必要だと思うかどうかについては異なる意見が存在します。古典教養にしても、いる/いらないというのは、時代によって変化します。19世紀のヨーロッパでは、古典教養を知らないと実務に差し支えるくらい影響があったけれど、時代が下るとそれもだんだん薄れていく。昔のお医者さんは、ラテン語やドイツ語でカルテを書いていました。いまはその必要はないけれど、やはり人文教養というものは必要だろうという議論はずっと続いています。

    「レイト・スペシャリゼーション」という考え方

    T 隠岐先生ご自身は、いまの教育制度について、どのように見ていらっしゃいますか?

    隠岐 現状、文理が分かれすぎている点については、これから変化が出てきてもおかしくないと思っています。日本語の「文」「理」という表現自体はもともと「letters」と「science」という19世紀に使われていた言葉の翻訳に端を発しているわけですが、文理の二分法が特に安定して根づいているのは日本を中心とする東アジアであり、他の国の中等教育ではより緩やかな分類になってきています。また、各国で入試改革への議論が盛んです。良くも悪くも選択制になってきていて、文理というよりも、将来進みたい道に合わせていくつかのモジュールを組み合わせていくというようなカリキュラムが実施されはじめています。ただし、その仕組みが複雑なので、子どもたちからは必ずしも好評ではありません。

    たとえばこれまで、フランスのバカロレア試験(中等教育修了認定資格と大学入学資格を兼ねる試験)は、文・理・社会経済の三つに分かれていましたが、今後は10くらいあるコースから選択するようになるようです。だから、そうしたカリキュラムで学ぶ子供たちは、文理を青と赤のように二つに分けたイメージで捉えることをせず、分野間を行ったり来たりするようになるんじゃないか、という期待はあります。

    K 「行ったり来たり」というのは一つの重要なキーワードですね。

    隠岐 ええ、まさにそういう感じになるんじゃないかと。おそらくこのことは日本も意識していて、変化の兆しはあります。私が大反対した国立大学法人法の一部改正の法律案においてすら、その付帯決議の中に、「高等学校段階において文系・理系の選択が迫られる状況を改善し、文理融合に向けた総合的な教育課程の編成の支援に努めること」という一文が加えられています。実際に、文理融合を謳う科などが増えているのは事実です。

    東京大学でも、2027年秋に5年間一貫の新しい教育課程「カレッジ・オブ・デザイン」が創設されます。まさに文理の壁を取り払って、学部を超えた新学部をつくるのだという。これに関しては賛否両論ありますし、私自身の意見はここでは保留しますが、この新課程の肝は、「レイト・スペシャリゼーション」、つまり遅めの専門化ということをめざすというものです。この取り組み自体は、中等教育と合わせて改革していければ、効果的なのではないでしょうか。

    T もともと東大の場合、2年間の教養課程を経て、3年目で専門を決めていましたよね?

    隠岐 その仕組みは残っているのですが、そうはいっても受験のときにすでに文系・理系が分かれてしまっていますからね。駒場での教養課程も、ある意味、本郷までの準備期間と言われたりして、実際のところ、さまざまな分野の人が混じって交流するような教育にはなっていなかったのです。

    ただ、難しい面もある。たとえば、文理融合コースを終えて実社会に出た場合、どんな分野であっても、知りたい分野の専門論文を読むくらいのことはできるようになるかもしれないし、リーダーシップを備えた人材の育成には役立つかもしれない。たとえば、国連で難民支援に関わる仕事に就くといった場合であれば、非常に有用だろうと想像できます。ただ、大学全体がそうなるべきかどうか。もっと若いうちから専門に特化して深く研究した方がいい、という意見ももちろんある。つまり、皆が皆、レイト・スペシャリゼーションを選択すべきかどうか――。

    科学史家・隠岐さや香教授が語る、文理融合の現実と理想:分断を抱えつつ、それを飼い慣すにはの画像

    T よく、必要なのはT型人材だ、などと言われたりしますよね。つまり、一つの専門性を深く身につけたうえで、他の分野もそれなりに広く理解している人材が求められている、と。じつはこの特集の最初の伊藤亜紗さん、アダム・タカハシさん、山本貴光さんの鼎談記事では、2〜3でいいから、複数のディシプリンに目を向けられるといいんじゃないか、という議論がありました。広く浅くで、上澄みだけを学んでも、実社会ではあまり活躍できないかもしれません。

    隠岐 上澄みだけ、ということにはならないとは思うんですけどね。というのも、いまはITが発達したおかげで、私でも違う分野の論文を読むことができるし、自力で複数のことを学ぶことができますから。昔のように紙の本しかない時代は、そもそも専門論文にたどり着けなかったけれど、いまは多様な知にアクセスしやすくなりました。

    一方で、教育のなかで文理融合教育をどんどん進めていけばいいかと言うと、全員が全員、そうならなくてもいい、と私は思っています。実際、四年制で文理融合教育を実施している大学の話などを聞くと、その学部を卒業した学生の場合、そのまま大学院に進学するのは難しいし、結局、別の道をめざすことになりがちです。もっとも、アメリカの教養カレッジなどの例を見ると、うまく大学院に接続しているケースもあるので一概には言えませんが。いずれにしても従来のような専門に特化した教育は残るのではないかと思っています。

    (#3につづく)


    科学史家・隠岐さや香教授が語る、文理融合の現実と理想

    #1 分断の可視化はチャンスでもある
    #2 分断を抱えながら飼い慣らすには
    #3 「なんで理系に進まなかったんだろう」
    #4 「文系不要論」はなぜ唱えられたのか

    隠岐さや香おき・さやか
    科学史家。東京大学大学院総合文化研究科博士課程満期退学。博士(学術)。現在、東京大学大学院教育学研究科教授。専攻は18世紀フランス科学史、科学技術論。著書に『科学アカデミーと「有用な科学」――フォントネルの夢からコンドルセのユートピアへ』(名古屋大学出版会、2011、第33回サントリー学芸賞受賞)、『文系と理系はなぜ分かれたのか』(星海社、2018)などがある。

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