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山本貴光×伊藤亜紗×アダム・タカハシが考える、 新しい文理のデザイン(前篇)
![[鼎談]文理のエコロジーの画像](/images/nttpub/2024/02/20240222000843.webp)
- 写真:高橋宗正
構成:斎藤哲也
グローバリゼーション、デジタル化、環境問題、紛争、分断などが、私たちの前に複雑な課題を突きつけている。これらの問題の多くは、伝統的な学問分野の既存の枠組みでは適切に対処できない。異なる学問分野の統合や再編成を通じて、「文系/理系」という二項対立に象徴される従来の知のパラダイムを変革することが不可欠である。そこで、特集「文理のエコロジー」では、アカデミアの役割を問い直し、新たな知のデザインを探る。
この鼎談では、「他者の言葉を自分の言葉として翻訳して理解する」という営みを起点に、美学者の伊藤亜紗さん、哲学史家のアダム・タカハシさん、DISTANCE.media 編集委員の山本貴光さんに、文系と理系、中世自然哲学、近代科学、サイエンス&アートといった多岐にわたるトピックについて語り合っていただいた。
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Contents
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プログラミングに加え、諸学問の歴史を調べて「学術史」へ(山本)
山本 今日は古くて新しい知のありようをテーマに、これからのアカデミアのあり方、とくに文理のエコロジーをテーマに議論したいと思います。ここで「エコロジー」とは、ある対象がその周囲にある諸事物と取り結ぶ関係全体やその変化を眺めようというものの見方、「生態学」と訳される意味で用いています。その前置きとして、なぜこの三人で話をしようとなったのか、少しだけお話しします。
美学者の伊藤亜紗さんは、ここ東京工業大学で、障害を通して人間の身体のあり方を研究していて、一般の人にも通じる言葉で、当事者の経験や感覚を伝えていらっしゃいます。一方、哲学史研究者のアダム・タカハシさんは、アリストテレスの時代から語り継がれてきた先人たちの言葉を読み解き、現代の私たちに向けて解説してくださっている。そして私自身は伊藤さんと同じ東工大で、理工系の学生たちに哲学を教えています。
あえてこの三人に共通項を見出すなら、いずれも自分とはさまざまに異なる他の誰かの語りや書き記したものを受け取り、吟味し、自らの言葉に置き換えて翻訳し、より多くの人に伝える役割を担っていると言えそうです。その営みは、とりわけ学問の世界で問題となってきたタコツボ化や、よく言われる文系理系問題を解く、一つのヒントになるのではないかと思っています。
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- 山本貴光さん
では、なぜそういうことをするに至ったのか。ともすると現状や結果に目が向いてしまいますが、そもそもなぜどのような経路を辿ってそのようになったのかということは存外重要だと思うのですね。そこで最初にお互い、これまで右往左往してきた来歴を少し語ってみることにしましょう。まず私からお話ししてみます。
私は1990年に、慶應義塾大学に新設された環境情報学部に入学しました。いまでこそ言葉を二つ並べたような学部名は珍しくありませんが、当時はまだ目新しかったと思います。同時に新設された総合政策学部もそうです。私は環境情報学部の1期生で、よくわからない新設学部にどさくさにまぎれて入ったようなものでした(笑)。
当時は珍しい学部名だったこともあり、どういう学部なのかとよく尋ねられました。みなさん、二言目には「自然環境や環境保護について学ぶんですか」と聞いてくるのですが、そうではないんですね。環境情報学部の環境は、自然環境に限ったものではなく、社会環境、情報環境なども含まれます。ただ、大学に入ったあとに、そうしたことをはっきり説明された記憶はありません。私が授業をサボって聞いてないだけかもしれませんが(笑)。
授業をサボって何やっていたかというと、コンピュータでプログラミングをしていました。SFC(慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス)には、当時としてはめずらしく、インターネットに常時接続されたUNIXマシンが100台規模で置かれていたんです。「24時間使っていいよ」というので、そこに籠もってプログラムを書いていました。
残りの半分は、各種のアルバイトやゲーム、バイクを乗り回すといったことなのですが、それは置いといて。卒業後も師としてたくさんのことを教えていただいてきた赤木昭夫先生のもとで勉強していました。赤木先生はもともと東京大学で英文学を専攻していた方で、NHKに入社後は科学番組の制作に携わり、私が学んでいた頃には大学で科学史や科学技術論を教えていました。彼のもとで、多様なテーマにわたって研究の基礎のような経験を積んでいったんですね。
大学を出た後は、ゲーム制作やプログラミングを続ける傍ら、とくに目的もないまま手当たり次第にさまざまな分野の本を読み、途中からはものを書くようにもなっていまに至ります。心脳問題のような哲学と科学が交わるテーマ、コンピュータやプログラムや人工知能に関するもの、文学論、科学や工学の古典解説、マルジナリア(本の余白への書き込み)、記憶論、学問の歴史などについて本を書いてきました。ひょんなことから学校の先生になりましたが、そもそも物書きも教員もめざしてなったのではなかったりします。伊藤さんやアダムさんのように、特定分野のディシプリンに基づいたトレーニングをしっかり受けたわけではなく、そういう意味ではとても説明しにくい道をたどってきました。始めから分野そのものがないような活動をしている感じです。悪く言えば、行き当たりばったり(笑)。
ただ、これまで読んだり書いたりしてきたことを振り返ると、さまざまな学問分野についての歴史を調べ、それをまとめるような活動を続けてきたことから、最近は必要があると専門を「学術史」と説明するようにしています。ここで「学術」とは「サイエンス&アート」を訳した表現であることを言い添えましょう。
生き物をすり潰すことに耐えられず、美学へ(伊藤)
山本 伊藤さんは、最初に入った学部は生物学だったんですよね?
伊藤 そうです。私はもともと、生物学者になりたいと思って大学に入ったんです。それで90年代の終りに大学に入ったところ、生物学の世界でも情報化が急速に進んでいて、「情報」と名のついた科目がめちゃくちゃ多くあったことを覚えています。
ただ、私は情報という言葉に、山本さんみたいに飛びつけなくて(笑)。たとえば当時は塩基配列を読むことが重視されていたんですね。いまではDNAだけで生物のすべてが解明できるとは考えられていませんが、当時はそう考えられていて、生物学は思いのほか、デジタル化されていたのです。
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- 伊藤亜紗さん
私はもっと単純に、生き物のように世界を見てみたいというか、「自分が生まれ変わった時の予行演習をしておきたい」みたいな感覚で生物学に興味を持っていたんですね。他の生き物になったら、どんなふうに世界が見えるんだろう。そういう意味では、自然哲学に近い関心を持っていたかもしれません。世界観としての生物学に魅力を感じていたと思いますが、当時の大学にはそういう場が全然なかった。生き物を捕まえたら、DNAの抽出のために、まずはすり潰さなければならないんですが、それに耐えられなくて(笑)。すり潰して遠心分離器にかけたら、それはもう生き物じゃないじゃん、と。それで興味を失っていってしまったんです。
ただそうしたなかで私がよく覚えているのは、生物学基礎を教えていた先生が週末に釣り上げたカツオを、教室の教卓上でさばいた時の授業です。カツオには寄生虫がたくさんいるのですが、さばいた後どうするかというと、カツオから寄生虫を取り出して、醤油と一緒に回すんです。「皆さん召し上がれ」と。非常にやばい授業でした(笑)。でも、先生が寄生虫と私を対等に扱っている感じは、ある種の自然哲学というか、先生の世界観を感じ取ることができました。そのことがとても印象深くて、私はそういうことを感じたかったし、知りたかったのだと思ったんですね。でも生物学のなかではうまく巡り会えなくて、大学3年のときに文転して美学に進みました。
美学って感覚や芸術といった言葉にしにくいものを、言葉を使って分析する学問だとされています。いわば「劣った認識」を分析する。たとえば「これはペットボトルだ」というのは明晰判明な認識ですけど、美学は、はっきりとはわからないような認識を扱います。だから劣った認識といわれるんですね。でもそういう劣った認識が、人間が生きていることに関係しているところが面白い。ぼんやりとしていて曖昧ながら、人間の感情や感性に基づいているから、案外と変えられない性質を持っています。
「障害者を差別してはいけない」ということは、ほとんどの人が頭では理解していますし、たとえばアメリカでは障害者差別を禁じる法律(障害を持つアメリカ人法)が制定されてから、すでに30年以上が経過しています。でも実際に差別はなくなってないんですね。障害者だけでなく、黒人もいまだに銃で撃たれたりする。これは、障害者や黒人を見た時に私たちがぼんやり持っている嫌悪感や恐怖感が、根深く変わっていないということを意味しています。
もちろん法律や言語で説明できることは大事ですが、それよりもっと深いところに人間の曖昧な、ぼんやりした直感みたいなものがある。それが案外変わらないので、感情に流されたり、ダメだとわかってもやってしまったりする。そういう直感は変わりづらいのですが、かといってまったく変わらないわけではありません。そこに丁寧にアプローチして、少しずつ人々の「感じ方」を広げたり再編集したりしていくことが、社会における美学者の役割だと思っています。
とくに関心を向けているのは体の感覚です。自分自身の体もそうだし、まわりの人の体にも関心がある。それで、たとえば障害を持つ当事者の方に、体の感覚や日常生活での工夫など、ライフヒストリーを聞くようになりました。体には経験が蓄積されているからです。
振り返ると、そういう個々の特別性、つまり「n=1」(サンプルが1つ)という状態であっても、それをサイエンスの俎上に載せられないかと、いつも考えてきたように思います。科学はどうしても普遍性や再現性を追求するし、それは大事だけれど、そこでごまかされていることがたくさんある気がするんです。
学生時代に哲学書を読んでいると、そこに自分が含まれていないという感じをよく持ったんですね。普遍的なことを議論しているようで、東洋人であり女性である自分が入ってない。だから全然リアリティがないんですよ。「これが本当に人間一般の話なの?」みたいな(笑)。
だからいったん個別の経験まで定位して、でもそれだけだと文学で終わってしまうから、個別の経験に根ざしながら、それをどうしたらサイエンスにできるかということを考えている感じです。
スコラ哲学者を「参与観察」する(タカハシ)
山本 アダムさんはいかがですか。
タカハシ ありがとうございます。私の学問的来歴については、同じく DISTANCE.media さんの『「博論本」を聞く』というインタビューでお話ししましたので、ここではかいつまんでお伝えできればと思います。
学部のときはイスラーム社会史を専攻していたのですが、大学院から専門的に哲学に進みました。一昔前までの哲学専攻では、人間の認識や言語の問題が中心的なテーマでした。ただ、私自身は人が世界をどのように認識しているのか、言語的に捉えるのかといった問題よりも、世界自体が何なのかの方に関心を持っていたんです。ですから、研究対象も自然観や宇宙観の変化の方に向かって、結果的に中世の自然哲学が専門になりました。
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- アダム・タカハシさん
それで、『哲学者たちの天球』(名古屋大学出版会、2022年)のもとになった研究では、アリストテレスという古代ギリシアの哲学者のテクストが、ギリシアからアラビア世界へ、そしてラテン語圏へというかたちで文化圏をまたぎながら、どのように理解されたのかという主題に取り組みました。アリストテレスとその註釈者たち、そしてその後のスコラ学者たちのテクストのあいだの違いを詳細に分析したのです。
とくに西欧では、およそ16世紀まで自然や宇宙について何かを考えるというのは、アリストテレスの著作を読み解くことと多くの部分で重なっていたんです。いま文章の註釈や解釈というと人文学的な作業でしかないですが、近世まではそれが自然科学的な領域でも行われていた。ですから、中世の自然観や宇宙観を考察する研究でも、アリストテレスのテクストと解釈者たちの註釈を比べる作業が求められることになります。
とはいえ、長い期間にわたって「自分はいったい何をしているんだろう?」と自問自答する機会も多かったんです(笑)。というのも、私は思想内容よりもテクスト間の文言の違いだけを主に考えていたからです。最終的には、世界観の相違として話が整理できたので何とかなりましたが、場合によっては単にテクストの異同だけ執拗に列挙する人になっていた可能性もありました……。
ただ、最近、山本さんの著作『文学のエコロジー』(講談社、2023年)や、また山本さんと橋本麻里さんが共同で編集された『世界を変えた書物』(小学館、2022年)を読んで、自分が何をしたかったのかを前より理解できるようになった気もします。というより、並走している方がいるんだと、とても勇気づけられました。つまり、私自身の関心が、スコラ学の作品がどのような条件のもとで生まれ、その作品群がどのように変化していったのか、その成立や変換の過程そのものにあったのだろうと感じたのです。スコラ学が成立し展開するための条件を探るというか。山本さんの著作にならえば、「スコラ哲学のエコロジー」を考えていたとも言えます。
テクストの成立や変換過程を注視すると同時に、前掲のインタビューでもお話ししましたが、中世の哲学者たちを「参与観察」するような気持ちもありました。彼らがどのように知的な作業をしているのかを傍で観察していたつもりでした。もちろん実際に会ったわけではないので「参与観察」というのは比喩以上の意味はないですが……。これは伊藤さんの問題意識にもかかわりますが、中世のテクストの註釈というのは単に論理的あるいは概念的な点で決まっていたわけではありません。多くの要因というかレイヤーで決定されていた。そういった「劣った認識」の層をもし論理学的に分析するだけだと、実際の状況に全然接近できないわけです。
それでいうと、最近『現代思想』に「神の存在は証明できるのか?――野生と野蛮の実在論」(青土社、2024年1月号 特集=ビッグ・クエスチョン)という小論を寄稿しました。そこでも神について考える主体や身体性の問題を考えました。重要なのは、古代末期のアウグスティヌスというキリスト教の神学者がもたらしたものです。彼は神の「享受」(frui)という態度を強調しました。享受とは、何かに対して愛をもって固執することです。アウグスティヌスの影響で、神の存在へと固執する、言い換えれば、神を「欲求する主体」としての人間という考えが、西欧では長らく支配的になったんです。
要するに、『哲学者たちの天球』は、中世の自然哲学者たちの当事者研究でもあり、「神の存在証明」の原稿は、神を欲求する主体の当事者研究になってしまったというわけです。私が観察している当事者たちの経験をどう説明すれば良いのかという問いが共通していることになります。自分としては単に中世哲学史研究をしているつもりだったんですが、当事者の語りとそれを客観的に語ることの関係も関心の対象になってしまった。
少し脈絡がないと思われるかもしれないですが、レヴィ=ストロース[★01]が直面していた問題も似ていた気もするんです。レヴィ=ストロースの前には、一方に民族誌があり、他方に統計的な社会学もあるなかで、当事者の語りや神話を構造的に翻訳しようとした面もあります。そう考えると、現在も、生活史のような質的研究が活発になされている一方で、統計的なアプローチも重視されていますから、レヴィ=ストロースが直面していた状況と重なる部分が少なからずあると感じています。
★01 クロード・レヴィ=ストロース(1908−2009)
フランスの文化人類学者、思想家。ブラジルのサンパウロ大学社会学教授に就任したのち、アマゾン川流域でフィールドワークに取り組み、人類学における「構造主義」を提唱。
個別からビジョンへ――知を二段階の構造で捉える
山本 ありがとうございます。お二人の話を聞いて、うかがってみたいことがあります。伊藤さんもアダムさんも、複数の学問分野を行き来しながら、それらを結びつけるような研究に取り組まれています。先ほどタカハシさんが、享受を「愛をもって固執する」と説明してくださったのが印象的でした。つまり、人がある対象や分野に長く関わり続け、それを受け入れたり、つきあい続ける場合、そこには「愛をもって固執する」という姿勢が働いている。また、この表現に乗って言えば、テーマや対象を変える際には、そうした固執を手放すわけですね。
伊藤さんは「まず生き物に興味があって生物学に行ってみた」とおっしゃいました。そのとき、生物学以外の選択肢が何か視野に入っていて、でも生物学をとりあえず選んでみたのか。それとも「猫まっしぐら」みたいに「生物学だ!」と思って進んだのか。美学への文転も、別の分野が視野に入っていての美学だったのか、いきなり美学だったのか。ある分野を選び取っていくとき、どんなことを考えたり感じたりしたのかという点はいかがでしょう。
伊藤 私の場合は、「比較検討した上でこれ」というような器用さはなくて、「猫まっしぐら」ですかねぇ。たとえば高校の授業で、受精卵の卵割のプロセスを聞いて、「めっちゃすごい!」みたいな。それだけだったと思うんですよね(笑)。
山本 もし大学での生物学が、ゲノム解析とかバイオインフォマティクスのような情報化一辺倒ではなく、ナマモノとしての生物を扱うような場だったら、ひょっとしたら伊藤さんはいまも生物学をやっていたかもしれない。
伊藤 どうでしょうかねぇ。私の場合、個別的な事象を扱っていても、その背後にある大きなビジョンみたいなものを見るという知の構造自体に関心があったんだと思うんです。生物学に感じたのもそれでした。卵割のしくみにふれると、そこに神の意志を感じたってよいほど精巧にできている。つまり卵割を通して自然の崇高さに触れるという二段階の構造に、高校生の私は魅了されたと思うんですよね。
でも大学に入ってみると、そういう背後の大きなビジョンを見るような先生には出会えなかった。手前しかないっていうんですかね(笑)。目の前の論文を書くことだけで動いていることに幻滅したっていうのが本当のところです。自分が研究者になってみれば、論文に一生懸命になるのは当たり前なんですが。
もしかしたら情報的に生物を見ていたとしても、その背後にもう一段奥行きが見えたらよかったのかもしれないけれども、そういうことを話せる先生に出会えなかったんですね。
山本 これは生物学に限りませんが、大学や学会などの制度のなかで研究活動をする場合、業績としての論文を生産する、しかも競合がいるなかでいち早く、という短期的な目標がある。これに向けて限られた時間やリソースをできるだけ論文に注ぐという方針の人が現れても無理はありません。他方で、いまのような制度化が進む以前から営まれてきた古来の学問においては、伊藤さんの言葉を借りれば「背後の大きなビジョン」や、すぐには論文にならないものの、こういうことがわかったらさぞかし愉快だろうなといった思いに動かされてきた人もたくさんいたわけですね。お話を聴きながら、そんなことを思い浮かべました。いまおっしゃった「二段階の構造」という言葉は、今日のテーマになりそう。
これも伊藤さんの話から連想したのですが、近年、私が読んで非常に印象深かった2冊の本があります。一つは免疫学者の矢倉英隆さんが書いた『免疫から哲学としての科学へ』(みすず書房 、2023年)です。この本の冒頭がとても印象的なんですね。矢倉さんは30年以上免疫学を研究してきましたが、その間に「免疫とは何か」という根本的な疑問に対する自己の理解が不完全であることを自覚したといいます。それを彼は「不全感」と呼んでいます。
それだけなら、科学者が晩年に何か心にポッカリと穴が空いているように感じたという話ですが、矢倉さんが面白いのは、その後フランスに渡って哲学の研究に没頭するところです。大学院に進んで8年間哲学を学んだ後に帰ってきて、「いまの科学に足りないのは哲学である」というので、自ら哲学を行うほうへ向かう。
しかも矢倉さんの議論はさらに積極的です。彼はオーギュスト・コント[★02]の「三段階説」を発展させて、第四段階としての「再形而上化」の必要性を主張するんですね。コントの見立てでは、人類は神様だのみで世界を説明する「神学段階」から始まり、次に神様抜きで原理的に説明する「形而上学段階」を経て「実証段階」に至ります。実証段階では、現在の自然科学のように、観察や実験に基づくエビデンスに重きを置きます。裏腹に言えば「形而上学段階」では、そうした実証がないというわけです。
コントは「実証科学が最高」というところで終わり、現代の学問にも自然科学をお手本にしているものは少なくありません。でも矢倉さんは第三段階で留まるのはもったいなくて、第四段階として、自然科学をふまえた再形而上学化ということを言うんですね。つまり、細分化されたバラバラの科学的知見をもとに、個別の知を統合して全体像を描き出し、それに通底する原理を再び探究する。この段階では、事の次第からしても自然科学と同様の厳密なエビデンスを提示することは難しいけれど、個々の事実をつなぎ合わせて大きな画を浮かび上がらせることが必要で、そういう仕事をしないと、個別のエビデンスの位置も定まらないわけです。
もう1冊は、化学者の落合洋文さんが書いた『哲学は化学を挑発する』(化学同人、 2023年)という本です。これも伊藤さんの話と同様、化学の日常が決められた操作と実験の繰り返しになっていることを指摘しています。化学者はルーティンワークを通じて業績を生み出していますが、その過程でそもそも「物質とは何か」とか「化学とは何か」といった根本的な問いに立ち返ることは少ない。落合さんは、このような状況に対して哲学の必要性を説いています。当該分野の「常識」に則って行われる日常の仕事が、そのままでは意味をなさないような状況に直面したとき、ようやく人は「これは何だろう?」と考え始める。そこから翻って、それまで自明視していたものの正体を探るという哲学的な思考の働きが動き出すんだと。では、化学に哲学を適用したらどうなるか。この本では、化学で基礎的と思われている原子や分子とはいったい何なのか、と問い直すことから始まっています。
こうした見方は、物理学を典型として専門分野としての自然科学が成立する19世紀から20世紀にかけて、たとえばアンリ・ベルクソンのような哲学者も指摘していたことではあります。他方でその後もさらに学問の細分化が進み、そうした状況で研究に取り組んできた科学者からいまこのような議論が提示されていることをとても興味深く思います。科学と哲学の交差点に位置するこの2冊の本は、今日の議論を考えるうでも非常に示唆に富んでいるように感じます。同時に、伊藤さんが話された「知を二段階で捉える」という考え方とも重なっているなと思ったんですね。
★02 オーギュスト・コント(1798−1857)
フランスの社会学者、哲学者、数学者。『実証哲学講義』(1830〜1942)を記して、実証主義哲学を確立した。「社会学」の祖とされる。
「置き換え」をするとなぜわかるのか
タカハシ 山本さんのおっしゃりたいこと、とくに問題意識はわかる気もするのですが、ただ紹介されたお二人の科学者の方たちの話には少し違和感もおぼえます。というのも、個別の科学内部で十分な答えが見出せないときに、一定のキャリア以上の科学者が「哲学」に向かうというのは、それなりの頻度で見られる反応な気もするからです。困った時だけ求められる「哲学」っておかしいというか、そもそもその場合の「哲学」って何なのかと……。
むしろ、さきほどの伊藤さんのお話を、ここまで何度か触れてきましたが、置き換えや変換のプロセスとして少し考えてみたいです。伊藤さんは『記憶する体』(春秋社、2019年)で、障害を持つ人々の経験を言語的に置き換える試みをされている。また、山本さんも『文学のエコロジー』で文学をコンピューター上のシミュレーションとして置き換えている。さらに言えば、物理学者や化学者もモデルをつくって現象を把握していくのではないでしょうか。
伊藤さんが「二段階」とおっしゃったのも、目の前で変化する感覚的な対象と、それをモデル化する構造の話として考えることができる気がします。自然科学がより上位や奥にある哲学を要求するとかそういう話ではないというか。感覚的な対象をモデル化することは、別に法則や概念で一律的に捉えるということでもないですよね。実際、伊藤さんも山本さんも個別の現象から法則を導き出しているわけではない。そう捉えると、伊藤さんがカント的な美学の話と、生物学の話をシームレスに語られるのはとてもわかるんです。
何かを別のものに置き換えたりモデル化することが、どうしてわれわれの「わかる」につながるのか。もしくはそれで「わかる」と言われている内実はなんなのかが不思議だなと感じています。明確な答えをもっていないので、投げっぱなしの問いになってしまうんですが……。
山本 ありがとうございます。おっしゃる通りで、困ったときだけ頼るのではなく、むしろ探究の出発点に哲学することがあってよいと思います。諸学が哲学から独立してゆく過程で、別の学問のように扱われたために、いま述べたような事態も生じているのでしょう。それは措くとして、タカハシさんが指摘してくださった点はたいへん重要だと思います。なぜ私たちはある対象をそのままではなく、何かに変換したり置き換えたりすると「わかる」のか。タカハシさんが『哲学者たちの天球』でその込み入った状態を浮かび上がらせ解きほぐしてくださった、註解者たちによるアリストテレス読解の様子も、それぞれがアリストテレスや先哲のテクストを受け取って、なんらかの変換を加えることで「わかる」に至ろうとする営みでした。また、タカハシさんによる複数の言語にわたっての比較と整理という変換によって、それを読む私たちは自力ではそのようなことができない場合でも、「わかる」ことができる。あるいは伊藤さんのご研究でいうと、素朴に言って、障害者の方がどんな体験をしているかということを、事実としてそのようには自分は体験できない。じかには体験できないけどわかりたいとなったときに、それはやはり自分にわかるかたちに変換しないといけないわけですよね。
じゃあ自分がわかるかたちとはどういうかたちなのか。結局はわかろうとする人の側がわかる形式というのがあると思います。たとえば哲学なら対象に即した概念をつくることかもしれないし、数理的に言えば、動いて時間的に変化をすることも含みこんだモデルをつくることかもしれない。また、より視覚的な方法として動画を作成することもあるかもしれません。あるいは母語だけで考えるとわからないことを異言語を通じて見てみるとか(先ほどタカハシさんが触れてくださったレヴィ=ストロースが直面した課題にもつながりそうです)。そのわかる形式はさまざまにあるでしょうね。
伊藤 たしかに不思議ですよね。置き換えることによって、民主化されますよね。その人の中だけに閉じていた認識や感覚がこちらにくるということは、差異が消されてしまっているとも言えます。同時に共有可能なものになったという意味では、民主化されることと「わかる」ことはつながっている感じがします。
それに関連して言うと、私は「見えないスポーツ図鑑」というプロジェクトに数年前まで取り組んでいて、その成果を書籍(伊藤亜紗、渡邊淳司、林阿希子著『見えないスポーツ図鑑』晶文社、2020年)にまとめたんですね。スポーツ選手が体感する感覚は、何十年もの修練を積まなければたどり着けないと思われているけれど、それはちょっとヤだなというか、そんな努力したくないなって思ったんです。
山本 (笑)
伊藤 たとえばフェンシングを実際には行わなくても、フェンシングをしているような感覚を味わいたい。外側から観戦すると、「選手が長いものをツンツン突っついてる」としか見えませんよね。でも選手は、まったく異なる体験をしています。「長いものをツンツン」なんて思ってない(笑)。そこを努力せずに知りたかったんです。
タカハシ 経験を翻訳しようとしたわけですね。
伊藤 そうです。じゃあどうやったかというと、100円ショップなどで手に入る物で代替体験をつくり出す試みをしました。フェンシングの場合は、アルファベットの形をしたパーツを知恵の輪のように組み合わせ、一方の人がそれを離そうとし、もう一方が離すまいとする。そうやって一見、フェンシングとは全然違うけれども、選手から「これ、フェンシング感あるね」と言ってくれるものに置き換える作業をしていったんです。だから、明らかに違っているんですよね。違っているんだけど、同時に合ってもいるみたいな作業になるんです。
障害を持っている人の話を聞くときも同じですけど、そうやって置き換えることを許してくれることがまず絶対必要だし、置き換えたものを選手が認証してたんですよね。「これはフェンシング感がある」って。それがものすごくうれしくて。私の場合、自分が置き換えることができただけだと、まだ「わかった感」にならなくて、当事者も認めてくれたときに、わかったという感じになるんです。
私たちはこのプロジェクトをバーチャルリアリティの研究として取り組んでいました。だからバーチャルリアリティ学会に論文も出しています。「バーチャル」は「仮想」という意味じゃないんですよね。物事をかたちづくっている本質的な部分を、別のかたちでつくり出すことがバーチャルリアリティです。本質もさまざまに定義できると思いますけど、少なくとも自分たちが捉えた本質を別のものに置き換えようとする。でも同時に何かが違っている(笑)。ただ、アダムさんが註解の差異を見出していくことと近いのかもしれませんが、翻訳や置き換えがただの間違いでは終わらずに、縦横に展開していくことも含んでいるところが面白いですよね。
(後篇につづく)
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