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#1 アダム・タカハシ『哲学者たちの天球』(前篇)
読書としての哲学史ー〈註解〉から浮かび上がる中世の自然哲学

- 人物写真:佐藤祐介
「博論本」とは、博士論文を書籍化したもののこと。新連載「『博論本』を聴く」では、人文ライターの斎藤哲也さんが、刺激的な博論本の著者インタビューを通じて、その面白さを読み解くとともに、研究の一端を紹介していく企画だ。発行部数も少なく、高価で、専門的な内容ゆえに埋もれがちだが、「未知のテーマや問題を探求した成果をまとめた博論本は、新たな知にアクセスできる格好の媒体」と斎藤さんは言う。
第一回目は、『哲学者たちの天球――スコラ自然哲学の形成と展開』(名古屋大学出版会、2022年)の著者である哲学史家のアダム・タカハシさんにご登場いただいた。古代ギリシアの哲学者アリストテレスによって残された書物が、複数の言語や文化圏、そしてさまざまな解釈者を経て読みつがれることで、どのように西欧の知的風土をかたちづくったのか――。〈読書としての哲学史〉という、新しいジャンルを切り拓いた本作誕生の秘話に迫る。(後篇はこちら)
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Contents
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生きるスコラ学者、中川純男先生との出会い
斎藤哲也 最初に、アダムさんが中世哲学に足を踏み入れるまでの経緯をお聞きしたいと思います。そもそも中世哲学に関心を持ったきっかけは何だったんですか。大学に入る頃から、関心があったんでしょうか。
アダム・タカハシ なによりも前に、本を一冊出しただけの著者にこのようなインタビューの場をもうけていただき非常に恐縮いたします。しかも斎藤さんのような方にお話を聞いていただけるなんてまったく想定していなかったので、とても驚いています。本当にありがとうございます。
それでご質問になりますが、いや、入学当初はそんな関心はまったくありませんでした。慶應義塾大学に入った当初は、フランス文学を専攻しようと考えていたんです。でも、周りにいる仏文学志望の学生たちに、なにか馴染めないものを徐々に感じてしまって(笑)。それで2年の進級時に専攻を選ぶ段になって東洋史(イスラーム社会史)にしたのです。ただ、それも深い動機があったわけでもなく、面白い友人が東洋史に進むというので私も一緒についていったというのが正直なところです。
東洋史では特に長谷部史彦先生のもとで、マムルーク朝やオスマン朝の歴史を学びました。そこで学んだことは非常に貴重で、とても感謝しています。いまも単なる「哲学」ではなく「哲学史」ということにこだわるのは、実際の歴史の動きを軽視したくないという思いが強いからです。ただ、恥ずかしながらアラビア語があまりできなかったんです。アラビア語をもっと自在に扱えていれば、そのままイスラーム社会の研究に進みたかったほどです。
それと並行して、これもまた別の友人がすすめてくれたことで、法学部の政治思想史の堤林剣先生の講義やゼミにも潜るかたちで参加しました。堤林ゼミには、山本浩司さん(西洋経営史。現在、東京大学経済学部)などもいて、毎週のゼミでは3時間くらい議論をしました。その場で学んだことや鍛えられたことは多く、本のあとがきでも記しましたが、堤林先生とゼミで出会った方たちにもとても感謝しています。
そのような状態でしたが、学部の後半から、西洋中世哲学を専門とする中川純男[★01]先生の演習にも参加していたんです。周囲の慶應の教員を見渡しても、中川先生はいちばん謎の人物というんでしょうか、私の勝手な思いこみも入っていますが、〈生きるスコラ学者〉という雰囲気が漂っていました(笑)。先生の説明する中世哲学の内容が現代的な常識からはまったく出てこないものだったので、そこにグッと惹かれてしまったんです。「ここには相当異質な何かがあるぞ」という単なる直感でしたが。
それで、あれこれに関心を持ちつつも、大学院は哲学専攻に進んで中川先生のもとで学びました。だからなぜ中世哲学の道に進もうと思ったのかと言えば「中川純男という人が大学で出会った教員の中で一番異様だったから」が答えになると思います。

- アダム・タカハシさん
斎藤 中世哲学ですから、ラテン語が必須ですよね。
タカハシ 中川先生がラテン語講読のような授業を学部でもしていたんです。キケロのような古典的なラテン語を読むとなると、何カ月間か文法をみっちり勉強する必要がある気がしますが、スコラ学のラテン語は構文があまり複雑ではないんです。だから中川先生の演習も、少し基本的な文法を教えると、すぐにトマス・アクィナス[★02]を実際読んでいくみたいな感じでした。これは私自身も講義などで実践していることです。
★01 中川純男(1948ー2010)
1993年から慶應義塾大学文学部教授。専門は、西洋古代・中世哲学。著書に『存在と知 アウグスティヌス研究』(創文社、2000年)。訳書に『初期ストア派断片集 1』(京都大学学術出版会、2000年)、『初期ストア派断片集 4・5 クリュシッポス』(共訳、同前、2005年・2006年)、『アウグスティヌス著作集 20/1 詩編注解 5』(共訳、教文館、2011年)など。
★02 トマス・アクィナス(1225頃ー1274)
中世イタリアの神学者・哲学者。スコラ哲学を代表する思想家として知られる。著書に『神学大全』『対異教徒大全』『命題集註解』など。このほかアリストテレスや聖書についての註解も多い。
中世自然哲学というエアポケット
斎藤 広大な中世哲学のなかで、研究テーマはどのように決めたんですか。

- 斎藤哲也さん
タカハシ 私は、「世界が私にどのように現れるか」を考える認識論や、そのことをどう語るかという言語的な議論にはあまり興味がなくて、「世界が実際にどうなっているのか」ということに興味があったんです。いまもそうです。気質的には、自然科学者寄りと言えるのかもしれません。ただ、2000年代初頭の大学で哲学というと、専門的には「現象学」と「分析哲学」と表現したりしますが、アプローチの方法は違うとしても、どちらも人間の認識や言語を主な考察対象とする分野が中心でした。そのことは斎藤さんもよくご存知だと思います。中世哲学にかんしても、日本の場合は形而上学や論理学の研究が主でした。そういうなかで自分の自然科学的な関心を、中世哲学のなかでどのように位置づけていくか迷っていた時期もあったんです。学部の終わりから大学院に入ったころでしょうか。
その頃に、ルネサンス期のインテレクチュアル・ヒストリーを研究しているヒロ・ヒライ[★03]博士とインターネット上で知り合い、自然科学的なものに関心のあった中世の哲学者として、アルベルトゥス・マグヌス[★04]という中世の知識人を研究してはどうかと助言をいただいたのです。それからはアルベルトゥス研究に没頭し、修士論文も彼の自然哲学をテーマにして書きました。
斎藤 アルベルトゥス・マグヌスは『哲学者たちの天球』に出てくる主人公の一人ですね。12~13世紀のキリスト教神学者で、トマス・アクィナスの先生として知られています。
タカハシ アルベルトゥスは神学者でありながら、他方でアリストテレスの著作をもとに自然現象一般や動物のことを広く考察した人でもありました。中世哲学というと、現在でもキリスト教の神学的問題か、もしくは「存在」とは何かといった形而上学的なテーマに実際の関心は向かいがちです。ただヨーロッパでは1980年代後半くらいから、アリストテレスに由来する自然哲学の伝統を再考する動きも起こりつつあったんです。
現代の哲学は専門化が進んでしまっていますが、18世紀ぐらいまでの哲学は、物理学、化学、生物学などの自然科学、そして政治学や経済学などの社会科学の領域も含むような包括的な学問体系でした。
たとえばニュートンの主著『プリンキピア』[★05]の完全なタイトルは『自然哲学の数学的諸原理』です。また、近代経済学の祖といわれるアダム・スミスも、大学では「道徳哲学」を教えていたと言われます。現代ではニュートンは物理学者、スミスは経済学者に分類されますが、二人とも当時としては、古代以来の「哲学」の伝統のうえで思想を形成していたんです。
斎藤 その万学の祖がアリストテレスになりますか。
タカハシ まさにそうなんです。アリストテレスは、近代以前の理論的な学問の基礎を、ほぼ一人で築きあげたといっても過言ではないと思います。あらためて考えても驚異的な仕事です。実際に彼の著作の半分以上は、自然現象や生物を論じた自然科学的な作品によって占められています。ただ、私が勉強をはじめた頃は、そういったアリストテレスの自然哲学関連の書物がどのように読まれていたのかという研究を国内でやっている人はほとんどいませんでしたし、海外でも中世にかんしては手薄でした。
斎藤 そこに踏み込んでいったわけですね。
タカハシ そういうことになります。補足しておくと、科学史という学問分野もありますが、中世科学史の研究の場合、どうしても17世紀以降の自然科学の問題意識からさかのぼって考察する傾向が強かったんです。要は、近代的な力学やコペルニクス以降の天文学の「源流」として中世を考えていくという姿勢です。だから哲学から見ても、科学史から見ても、アリストテレス主義の自然哲学という領域は見逃されがちでした。ごく簡単に言えば、哲学を語る人は自然科学的主題に興味を持っていなかったし、科学史の人はアリストテレス的な学問を科学とは思っていなかったわけです(笑)。
★03 ヒロ・ヒライ(1967ー)
ルネサンス思想史家。Early Science and Medicine誌編集補佐。学術ウェブサイトbibliotheca hermetica(略称BH)を主宰。リール第三大学にて博士号(哲学・科学史)取得。著作にMedical Humanism and Natural Philosophy (Brill, 2011)。編著に『知のミクロコスモス』(小澤実氏と共編、中央公論新社、2014年)ほか。
★04 アルベルトゥス・マグヌス(1200頃ー1280)
13世紀のパリやケルンで活躍したキリスト教神学者。トマス・アクィナスの師として知られる。キリスト教にかかわる作品を数多く残したほか、ラテン語文化圏ではじめてアリストテレス著作集全体に対する詳細な注釈をほどこした。
★05 『プリンキピア』
ニュートン(1642ー1727)による『Philosophiae Naturalis Principia Mathematica(自然哲学の数学的諸原理)』の略称。全3巻。1687年刊。万有引力の法則をはじめとして、ニュートン力学の体系を確立し、近代科学の基礎となった。
アヴェロエス研究へのシフト
斎藤 慶應大学で修士を取った後、2008年からオランダにあるラドバウド大学の博士課程に進まれたんですよね。
タカハシ 慶應の修士課程時代は、主に中川先生の演習に参加していましたが、実際の研究という点ではヒライ博士の指導が最重要でした。史料の翻訳、文献の読み方や勘所、そして論文の書き方なども文字通り手取り足取り教えていただきました。本当に幸運なことでどれだけ感謝してもし過ぎることはありません。大学では中川先生の授業以外にはほとんど出ないし、関心のもち方や研究手法的にも日本の中世哲学研究のスタイルとはだいぶ異なっていました。それで博士課程はどうするかとなって、ヒライ博士から、自然哲学史研究の国際的な拠点があるオランダの大学で博士課程のポジションにちょうど空きがあると教えていただいたのです。
オランダの大学の博士課程は給料をもらいながら在籍するため、枠は限られていて、空きがないと博士課程に進めない状況でした。私が博士課程はどうしようかといろいろ悩んでいた時に、たまたまそのポジションの募集があった。その点は本当にラッキーでした。
斎藤 ラドバウド大学在籍中、研究はどのように進展していったんですか。
タカハシ 修士論文はアルベルトゥスで書いたんですが、アルベルトゥスの思想は彼のテクストだけを読んでいてもわからないことに気づいたんです。アリステレス解釈の伝統からすると、アルベルトゥスは帰結の一つでしかなく、アリストテレスとアルベルトゥスのあいだにはいくつかの重要なステップが存在しました。そのなかでとりわけ大きな存在が、『哲学者たちの天球』のもう一人の主人公イブン・ルシュド[★06]、ラテン語名でアヴェロエスと呼ばれるイスラームの知識人です。
12世紀末から17世紀くらいまで、アヴェロエスがアラビア語で書いたアリストテレスの著作の「註解書」、ごく簡単に言えば解説書ですね、その註解書がラテン語に翻訳されてヨーロッパで広く読まれていました。13世紀以降の中世ヨーロッパでは、「哲学者」といえばアリストテレスのことを、そして「註解者」といえばアヴェロエスのことを意味しました。そのくらい、アリストテレスのテクストの解説役としてアヴェロエスは飛び抜けた存在だったんです。
斎藤 アダムさんが修論で扱ったアルベルトゥスも、アヴェロエスを通じてアリストテレスを読んでいたわけですね。
タカハシ そうです。誇張気味にいえば、アルベルトゥスは〈アヴェロエスの読者〉でしかありませんでした。だから、アヴェロエスがアリストテレスをどう解釈したのかがわからないと、アルベルトゥスの議論のどこがどうなっているのかもよくわからないのです。
そういう経緯で、私の研究も徐々にアヴェロエスのほうにシフトしていきました。そして驚くべきことに、私が手掛けたときには、アヴェロエスの自然哲学分野の研究ってほぼ手つかずという状況だったのです。
★06 イブン・ルシュド:アヴェロエス(1126ー1198)
コルドバ生まれ。イスラーム教の王朝であるムワッヒド朝下のスペインで活躍した哲学者、法学者、医学者。アリストテレスの著作に関する註解をはじめ、著作の多くが13世紀にラテン語訳され、西欧中世思想に絶大な影響を与えた。
なぜアヴェロエスは「天体の魂」にこだわったのか
斎藤 博士論文をまとめていく過程で、発想のブレークスルーみたいなものはあったんですか。
タカハシ じつはかなり暗中模索の時期が続きました。アヴェロエスを読んでいると、アリストテレスの註解とともに、たとえば「天体が魂を持っている」という話があちこちに、しかも理論的に重要なところで出てくるんです。たしかにアリストテレスは、天体が「生きている」と述べていました。でも、天体の魂が具体的にどういうものかなんて一切説明してないのです。
天体に魂があるというと、いまなら古代以来の「アニミズム」と一括りにされそうですが、そうとらえるだけだと、なぜ中世の知識人がくり返し、その論点を重視したのかがわかりません。きっとそこには何か理由があるはずという直感はあったんですが、それが何なのかがわからない時期がけっこう続きました。
最終的にたどり着いた答えは、天体こそが世界の秩序を配慮し、かつ維持しているという思想があって、だからこそ天体は魂をもつ知的なエージェントでなければならないと考えられたという説明です。だって、考える能力がなければ、この世界の出来事をうまく差配なんてできませんからね。これだけ聞くとSFのちょっとした小話のように思われるかもしれませんが(笑)。
そもそもの話になりますが、アリストテレスの著作には唯一の創造神なんて出てこないわけです。彼が考える「神」は「不動の動者」とも呼ばれますが、それは天球を動かす存在でしかない。その神が天球を動かすといっても自分が動くわけではなく、動かされる側の天球が……
斎藤 アリストテレスの神は、能動性はゼロで、天球が勝手に神に恋い焦がれて動き出す感じですよね。
タカハシ そうなんです。アリストテレスの神は世界のことなんて知ったことかという感じですから、創造も救済も行うキリスト教の神とはまったく違う。神学者たちも、そこを批判しました。神がアリストテレスの考えるようなものなら、世界の秩序を維持できない、この世に摂理はなくなってしまうと。
じゃあ、アヴェロエスのようなアリストテレス主義者はどう応じたのか。そこで天体の魂という話が効いてくるわけです。つまり、天体の魂がもうひとつの神的な主体としてあって、それが自然世界を現実的に統括していると考えたという話になります。
研究に行き詰まってもうダメだと思っていたときに、そういう絵柄が見えてきたんです! いったんこの絵柄が浮かび上がると、議論のパーツがぴったりと組み合わさっていきました。それでようやく博士論文にこぎ着けました。もしこの絵柄が見えていなかったら、本当にヤバかったと思います。「天体は生きている」とか「天体の魂」とかをぶつくさ言いつづけている謎のアジア人ということで終わっていたと思います(笑)。
(後篇につづく)
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