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山本貴光×伊藤亜紗×アダム・タカハシが考える、 新しい文理のデザイン(後篇)
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- 写真:高橋宗正
構成:斎藤哲也
グローバリゼーション、デジタル化、環境問題、紛争、分断などが、私たちの前に複雑な課題を突きつけている。これらの問題の多くは、伝統的な学問分野の既存の枠組みでは適切に対処できない。異なる学問分野の統合や再編成を通じて、「文系/理系」という二項対立に象徴される従来の知のパラダイムを変革することが不可欠である。そこで、特集「文理のエコロジー」では、アカデミアの役割を問い直し、新たな知のデザインを探る。
この鼎談では、「他者の言葉を自分の言葉として翻訳して理解する」という営みを起点に、美学者の伊藤亜紗さん、哲学史家のアダム・タカハシさん、DISTANCE.media 編集委員の山本貴光さんに、文系と理系、中世自然哲学、近代科学、サイエンス&アートといった多岐にわたるトピックについて語り合っていただいた。
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Contents
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註解者の「置き換え」意識の変遷
山本 伊藤さんの『見えないスポーツ図鑑』のチャレンジは、とても面白いですね。元のスポーツを、それとは別の道具や行為で表してみる。そうすると、当然のことながら元のスポーツと、変換したものとは互いに別のなにかだし、あれこれ違いも生じたりする。でも、比べてみると、元のスポーツにあったなにごとかと似た状態を表していると感じられる。AをBという別のかたちに変換してみた結果、表現されたBから翻ってみて、Aに通じる要素が見出される。変換によってBという別物に変えられたにもかかわらず、なおも手本としたAに通じるものが生じている。しかも、変換のプロセスが一方通行ではなく、変換元となった人に聞いてみるという相互作用があるところもいいですね。
タカハシさんの研究でいえば、古代ギリシア語で記されたアリストテレスの著作を後の人たちが読み解き、ラテン語やアラビア語といった別の言語に翻訳するだけでなく、どう読むかという解釈を記述していくわけですよね。自分でも翻訳をしてみると、翻訳元の言語から翻訳先の言語に移す過程で否応なく失われてしまう要素と、それでもなお残せる要素、あるいは新たに加わる要素がある、という次第を痛感します。アリストテレスの註解者たちは、どういうつもりでそうした読み書きを実践していたんでしょうね。
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- 山本貴光さん
タカハシ 中世というか12世紀や13世紀といまとでは、知をどうやって生み出すかというシステムがそもそも違っていました。あくまで単純化して話すと、17世紀以降の近代科学って実験を通して理論やモデルを構築していくわけですが、それは目に見えるものが現実であると単純に考えるような経験主義的な態度ではない。ガリレオ以降の科学者は、ある意味で経験を無視して、理性的に構築したバーチャルな空間を設定してそこから自然法則を導いていきます。
でも、16世紀までは、アリストテレスのテクストを解釈することでこの世界がどうなっているのかを考えようとしていた。もちろん単にテクストを解釈するのが重要だったわけではありません。その先に自然や宇宙を理解するという目的があった。でも実際やっていることの多くはテクストを解釈することだった。
山本 それこそ繊細な話を単純化してしまうけれど、アリストテレスをそのように読むとき、「読んでもわからない」という感覚がベースにあったのでしょうか。たとえば江戸時代のいわゆる国学者の場合、『古事記』はもはや古代の文献で、漢字の適切な読み方も含めて、同時代の文章のようには読めなかった。でもこれを読み解ければ、古代日本の文化や社会がわかるに違いない。それはぜひとも精密読解しようといって取り組んだりしていましたね。たとえば、本居宣長は何十年もそうして読解と註釈を重ねた結果、『古事記伝』を書いたわけです。まさにあれこそ註釈書ですね。
本居宣長の出発点は言ってしまえば「わからん」だった(笑)。何が書いてあるのかわからないから読み解くという、暗号解読的な仕事だった気がしますが、アリストテレスを読んだ人たちは、その点どうでしょうか。わかっているけどさらに読み込んで註釈を付けるのか、「そもそも何が書いてあるのかわからん」という気持ちで読んでいるのか。読解や注解に向かう動機はどこにあったかといってもよいのですけれど。
タカハシ 本居のやっていることは面白いですね。ただ、少なくとも私が見ている範囲で、アリストテレスの註釈者たちは「そもそも何が書いてあるのかわからん」という意識はあまりなかった気がします。少し違う角度からの応答になるかもしれないですが、現代の人文系の研究者は、一次資料と、その註釈や研究である二次資料とを明確に区別しますよね。でもそういう意識も私が扱っている中世の時代には明確にはありませんでした。近代的な文献学が形成されるのも16世紀以降で、そこで初めて素材となる資料と学者自身の考察との間に距離がもうけられるようになった。
それに対して、13世紀や14世紀までは、このような距離感はまだ生まれていなかったと思います。だから、アリストテレスが書いていることが註釈者のテクストでは渾然一体になっているというか、そもそもどこまでがアリストテレスでどこからが註釈者の立場なのかがわかりにくい場合も多いのです。
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- アダム・タカハシさん
秩序を求める「神学」と「科学」は地続きにある
山本 面白いですね。いまの話に関連して、もう一つタカハシさんにお尋ねします。学問の細分化が進んだ現在、バラバラの学知がどう重なったり重ならなかったり、つながったりつながらなかったりするのかということをこの機会に検討してみたいんですね。歴史的には19世紀あたりからでしょうか、大学制度の近代化に伴って、旧来の医学、法学、神学、哲学を中心とする学部の区分が徐々に崩れ、多様な学問が科目として扱われるようになる。また、工科大や商科大といった応用学を扱う単科大学も現れ始めます。中世ヨーロッパでものを読んでいた人たちの時代にも、学問の区別があったといえばあったものの、現在のような細分化は存在しなかったと思います。
そうした時代において、知の分類や区別はどのように考えられていたのでしょうか。たとえばリベラルアーツ(自由学芸)の歴史を振り返ると、典型的には七つの科目に分けられていたりしましたが、このような区別が実際に当時の人たちの意識にあったのか。中世にものを読んでいた人々の間で、知のカテゴリーや区分けに関する意識はどのようなものだったのでしょうか。
タカハシ それも難しい問題ですね。一般的には、哲学がいまでいう自然科学や社会科学を含んでいたということが前提としてあります。つまり物理学、生物学、化学、政治学、経済学も全部ひっくるめて哲学だった。それらを「自然哲学」とか「道徳哲学」と呼んでいたわけですよね。ただ法学と神学、あと医学は上級学部としてあった。これが16世紀ぐらいまでの知のあり方だったと思うんです。
特に19世紀以降の学問の区分を考えると、じつは神の問題がかかわっていたりもするのです。少なくとも18世紀初頭までは、この世界が神によって統治され、摂理が働いているという信念が重要な役割を果たしていた。たとえばアーレント[★01]が「実存哲学とは何か」(『アーレント政治思想集成 1』みすず書房に所収)という論考で書いていることですが、そのような統治者としての神の死が意味するのは、この世界の秩序や根拠が失われるということです。その結果、私たちの存在の基盤が揺らぎ、近代的な哲学、とくに実存にもとづく哲学が生まれたんだと。
一方で、理系の分野、特に物理学や化学では、再現性の高い現象を相手にしますが、これは私たちの実存とは直接関係ないものですよね。再現性の高い現象を相手にするということは、この世界が一定の秩序に従っているという信念を前提にしている。その点では、科学と神学は地続きというか、科学は神とは言わないまでも、この世界には秩序が存在するしその根拠もあると信じるところから議論を始める。でも、近代の人文学は、世界の根拠がない、現象の再現性が乏しいことを前提に学問自体をはじめている。そういう出発点の違いが、文系と理系の分野のすれ違いとかにも繋がっている気もします。
山本 これもまた、とても重要なご指摘です。言われてみれば、ルネサンスの頃に、人間らしさへの注目から「人文主義」が起こったものの、その背後にはまだ神がいた。17世紀から18世紀はじめにかけて活動したニュートンの『プリンキピア』や『光学』にしても、いまでこそ自然科学の権化のように見られがちですが、読めばわかるようにこの宇宙の創造主としての神の存在が前提となっていましたね。その神がいなくなった後でも、世界の秩序を探究する諸学は、この世界で繰り返し生じると見なせる現象を扱う限り、あまり困らない。他方で、神という究極原因のような存在がなくなってしまうと、人間の生や歴史のように一度しか生じないことを材料にものを考える諸学では、また別の原理を編み出さねばならないというわけですね。
★01 ハンナ・アーレント (1906−1975)
ドイツ系ユダヤ人の思想家。ドイツのケーニヒスベルク出身で、ナチスによる迫害から逃れるために、1933 年にフランスに亡命したが、フランスがドイツに降伏すると、さらにアメリカへ亡命。戦後はアメリカの大学で教鞭をとった。主な著書に、全体主義について分析した『全体主義の起源』(1951年)、『人間の条件』(1958年)がある。
「山」はかつて醜いものだった
山本 そこで伊藤さんに伺いたいのですが、いまのタカハシさんのお話を踏まえると、近代に始まった美学、感性についての学は、神様がいないところで、人間が何を美と感じるとか、人間の感性を何が支えているのかという問題から出発していたと見てよいですか。
伊藤 カントの場合は「普遍妥当性を要求したくなる」っていう逃げ方をしていますよね(笑)。普遍的だとは言わないけども、「これいいよね!」って人に言いたくなるんだって。
美学って、ある意味表面を扱う学問だと思うんですよ。パッと見たときに、それがどういうふうに感性的に意識されるか。たとえば階級社会が徐々に緩和されるなかで、血筋ではなく、人の振る舞いから「この人は立派だ」と感じ取る。実際、18世紀の外交官は、どういうふうに振る舞うと立派に見えるかといった類の本をよく読んでいたといいます(笑)。このことからもわかるように、18世紀に美学が生まれたときから、美の感性は時代によって変化するものとして扱われていたと思います。
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- 伊藤亜紗さん
たとえば、ヨーロッパでは山が神学的には醜いものと見なされていた時代がありました。世界中のゴミを集めたのがアルプス山脈なんだ、みたいなことを言った詩人もいました。ところが19世紀になると、グランドツアーでイギリスの若い人たちが大陸にやってくるわけですよ。そうすると、イギリスには高い山がないので「アルプスすげぇ!」ってなるんです(笑)。大陸の人も「え、そうなの?」と認識を改めて、それまで醜くて神の失敗作と思われていた山が見直され、「崇高」という感性が19世紀に流行るんですね。
そうやって時代的に変化することを前提として美は語られてきました。だから人間の感性には可塑性があるんですね。たとえば「キモかわいい」のように、対極的な要素さえ結び付けられる。同時に美には普遍性を要求するベクトルもあるから、変化と普遍両方のドライブが働いているんですね。
タカハシ 伊藤さんの『記憶する体』では、特定の日付をもった出来事の記憶が、日付のないローカル・ルールに変化していくプロセスに注目していますよね。そこが非常に面白いと思っていました。
神がいない状況でも、身体における再現性や、自我を超えた対象への固執はある。これは、究極的に何かに支えられているわけではないけれど、自我に収まりきらないものがわれわれから生じることを示しています。カントはその点を『判断力批判』で「美学」として語っていますね。私たちの行動や各さまざまなルールにしても、結局は人間によって生み出されたものです。でも、過去に自分が書いたものを見返すと、「こんなの書いたっけ?」と思うこともある。そのくらい、自分は自分をコントロールできていないんですよね。つまり、自分の意識のあずかり知らぬところで思考の癖のようなものができていく。
そういう意味では、哲学とか神学と呼ばれるものも、ローカル・ルールというか思考の癖の集積と見ることもできる気がします。たとえば最初は「私に救いはあるのか、救う神はどこにいるのか」という感情が出発点だったとして、そこから「神は存在する」という話になり、さらに「神は無限だ」と言った形而上学的な話にどんどん膨れ上がってくる。身体的に生まれた問いが脱身体的な概念になっていく過程とも言えるかもしれません。そういった思想のローカル・ルールが溜まりに溜まったところで、「いったん全部再点検しましょう」と考えたのが哲学者のカントだった。
私は、思考のローカル・ルールが生まれる瞬間にもっと目を向けるべきだと思っています。註釈の過程を注視するのも、まさにそれが生まれてくる場面を目撃できるからかもしれません。哲学史を学ぶ場合も、その過程や経路が大事な気もしますが、教科書だとたいていできあがった説だけを覚えさせられるような格好になってしまう。
山本 ほんとそうですね。なぜある哲学者がなにかを問題だと思い、そこからどのような思考の七転八倒や試行錯誤を経て、あるローカル・ルールを手にしたのか。そのことをよく見るためには、タカハシさんのご著書のように註釈を詳しく検討することや、場合によってはどんな環境でものを考えていたのか、どんな道具を使い、毎日なにを目や耳にして暮らしていたのかといったモノや身体に関わることも手がかりになりそうです。そこを見ずに結論部分だけを見ると「哲学はつまらない」という話になっちゃいますよね。
ヒントとなる三つのアプローチ
――つくりながら考える/人文的に書く/概念を数値化する
山本 最後に、これまで何度となく議論されてきた問題について改めてお尋ねします。
いま現在、学問は数えきれないほど多岐にわたる分野に細分化されています。日本だけでも大変な数の学会があって、専門分野ごとに深い議論や研究が進められています。
それ自体はもちろん悪いことではありません。他方で、昨今社会での実用が進んでいる人工知能や、地球温暖化問題、原子力発電所の事故のような対象については、一つの学術分野、ディシプリンでは全体を捉えきれない。そこで、複数の分野で協力してなんとかしましょうという取り組みはこれまで盛んに言われてきました。「学際」や「文理融合」といったお題目はあちこちで目に入るようになっていますよね。伊藤さんや私が所属している東京工業大学でも「コンバージェンス・サイエンス」と銘打って、異なる学問分野を収斂させた統合知をめざしましょうという議論をしているところです。でも、これは私の視野が狭いだけかもしれないけれど、実際にうまくいっているケースはあまり見かけないように感じられます。というのも、そうした試みがうまくいっていれば、こうしたかけ声は不要になって、わざわざ「融合」や「収斂」を謳うこともなくなるはずです。なぜ複数の学問の協力が難しいのか、どうすればもう少しマシな協力になるのか。この点について、それぞれの視点からなにか手がかりを提供できればと思うのです。
一つの手がかりとして、最近翻訳された『宇宙の途上で出会う――量子物理学からみる物質と意味のもつれ』(人文書院、2023年)という本に触れておきたいと思います。著者のカレン・バラッドさんは素粒子物理を専門とする人ですが、彼女はこの本で哲学の刷新を試みているんですね。一方では、ニールス・ボーア[★02]の量子力学とその根底にある哲学を中心に置き、素粒子間のもつれあったあり方を捉えるための認識論や存在論を再検討にかける。他方でそれと同時に、人間と動物や機械との関係を再考したダナ・ハラウェイやジュディス・バトラーによるジェンダーやセクシュアリティに関する批判理論をベースに、人間の社会や政治の次元もを探究していく。つまり自然科学と社会科学の交わるところで、従来のものの見方の不十分な点を更新しようという目論見で書かれた本なのです。
その際、従来のものの見方のように個別のものが先にあって、それらが関係を結ぶのではなく、もつれあった関係があってそのなかから個みたいなものが浮かび上がってくる。そういう認識論と存在論でものを見られないか、という議論を展開しています。そこで、物質のふるまいや人間社会を同時に俎上に載せようとする彼女の課題からして当然のことながら、既存の複数の学問分野をどう関わらせるかという話もしているんですね。
これはあくまで同書での彼女の見立てということですが、一つには「マルチディシプリン」、つまり複数の学問を一緒においてみるというやり方がある。ほかに学際的といわれる「インターディシプリン」や、超領域的を意味する「トランスディシプリン」という関係を挙げています。
ありうる誤解を避けるためにもう一言添えれば、カレン・バラッドさんは、不適切なアナロジーとして量子力学の概念を社会科学に当てはめようとしているわけではないと強調しています。そうではなくて、どこまで本当にできているかは別として、彼女自身の言い方を借りれば、複数の分野を対話させ続けると言うのですね。これは「融合」、融け合うのとは違って、互いが区別されていながら、影響を与え合う関係というのが適当かと思います。まさにもつれ合いを生み出すということを言っているわけです。
これはたまさか最近目にした例でしたが、お二人はいかがでしょうか。複数の学問領域を一緒にして何かに取り組んでいくことを考える上で、手がかりになりそうなことや、こういうやり方はうまくいかないというご体験でも、思い浮かんだことをお聞かせいただければ幸いです。
伊藤 私自身がこれまで試したことを三つお話します。一つ目は先ほど紹介した『見えないスポーツ図鑑』で、これは構成論的アプローチ、つまり実際に何かをつくりながら考えるようなやり方をしているんです。これは通常、哲学では行われないことですが、工学の方法論を借りて、そこから概念的なものを練っていったんですね。
二つ目は『体はゆく――できるを科学する〈テクノロジー×身体〉』(文藝春秋、2022年)で試したことです。私自身、かなり長い間、共同研究で理系の研究者と伴走していたこともあって、理系の論文には記述されないさまざまな事柄があることに気づいたんですね。たとえば、なぜそれが問いだと思ったのかとか。この本では、そういう論文には現れない考えを言語化しようと試みました。
もう少し具体的に言うと、できなかったことができるようになるプロセスを扱っています。工学の研究者は「できるようになる」って大好きなんですね。人文系からすると、能力主義的じゃないかとツッコミたくなるんですが、ツッコミを入れる前に彼らの研究を深く見ていくと、「できる」のなかに、さきほど話題になったような身体の外部性のような問題や、自我でコントロールできない領域との関わりが含まれていることがわかってきました。たとえば自分のなかにある「外部」とどう関わるかという問題に、VRなどを使って取り組んでいるんですね。
それを見ていると、人文系の人が言ってることとそんなに変わんないじゃんとも思うわけですよ。「できる」とは、単に能力が向上するという意味ではなく、じつは「できない」ことが含まれている。一度意識的なコントロールを手放さないと、新しい動きにいけないということを扱っているわけですから。
じゃあどうやって意識を手放すかという理系的なアプローチを、人文的に書いていけばもう少しつながるんじゃないかということを試したのが『体はゆく』です。
もう一つ、いまやろうとしているのが、評価基準やパラメータの開発です。人文系の研究者は概念の精緻化に注力していますが、それが数値にならないので、理系の研究との接点を見つけるのが難しい。それで、どのようにして概念を数値化できるかということを考えているんです。
そもそもの前提として、評価しやすいものが数値として測られるけれど、その数値は必ずしも本質を表してないわけですよね。たとえば数学のテストで70点というのも一つの能力の評価の仕方ですが、人文的に見たら「能力ってそんな単純だっけ?」とも思うわけです。
障害を持つ人々と関わると、他者の体を借りて本を読むなど、能力ってネットワーク的であることに気づかされます。それこそAIが普及しているいまのような状況では、健常者だって自分以外のものを利用しながら「自分の能力だ」と主張する場面があります。このような、私たちの能力がネットワークによって構築されているという人文学的な知見を数値化してみたくて、パラメータや評価基準をつくろうともがいているところです。それができれば、異なるタイプの能力が測定できるようになりますからね。
三つのトライアルを具体的に話しましたけど、どれも試行錯誤の途上で、ぜんぜん正解は見えていませんけど。
山本 ありがとうございます。異分野の方法を借りる、異分野の方法を検討する、そして共通のモノサシを探る、というわけですね。いずれも実際に試しておられることだけに、実践的で試行錯誤を含むところがとてもいいなと思います。
★02 ニールス・ボーア(1885ー1962)
デンマークの物理学者。量子論の育ての親として、前期量子論の展開を指導。量子力学の確立に貢献した。
「全員が伊藤さんのように柔らかい手つきで探っていけばいいと思う」(タカハシ)
山本 伊藤さんの三つ目の話から連想したことを付け加えると、ここ数年気になって勉強していることの一つに、数学の圏論(カテゴリー・セオリー)があります。圏論は、20世紀半ばに始まった比較的新しい分野で、もとは数学の位相幾何学と代数学という異なる分野の関係を調べるために考案された枠組みでした。この、見たところ異なる対象のあいだに同一性や関係を見出すというのがポイントです。
イメージをお伝えするなら、圏論では、しばしば点と矢印を使った図を使います。点とそれらを結ぶ矢印のひとかたまりを「圏(カテゴリー)」と見立てる。複数の圏を並べて、圏同士のあいだに矢印を引くこともできる。なんなら矢印と矢印のあいだに矢印を引いてみることもできる。そんなふうに、複数の要素の関係、複数の要素のまとまりである圏同士の関係、さらには関係の関係みたいなものを、抽象的なモデルとして扱うのが圏論です。こう言うと、中途半端にややこしいかもしれませんが、先ほど述べたように、異なる対象のあいだに同じといえるものを見出すための数学的な道具立てなんですね。
実際、20世紀を通じて論理学や計算機科学、あるいは数学以外の物理学や認知科学、言語学や哲学など、さまざまな分野に応用できることが発見されて現在に至ります。こうした圏論の発想は、もちろんどんな道具にも言えるように限界をわきまえた上でということに注意が必要ではありますが、伊藤さんのお話にあった人の能力や考えを従来とは異なる方法仕方で数理的に捉えるための、さらには異なる学問同士の関係を考える上で有効な道具になるかもしれないと思ったのでした。
タカハシさんはいかがですか。
タカハシ ちょっとちゃぶ台返しみたいになって申し訳ないのですが、文理融合やグランドセオリーに対する要望を誰がもっているのか、またそのような統合された知を本当に求めているのかという点を考える必要はあると思うんです。何が基礎であるかを勝手に定義し、それに基づいて議論を進めると、当事者のニーズに応えていない場合、その議論は単なる大風呂敷な話としてしか響かない可能性もありますよ。文理融合の必要性が何度も唱えられているにもかかわらず、進展が見られないのは、各専門家にとってその必要性が自明でないからかもしれません。
正直なことを言えば、全員が伊藤さんのように柔らかい手つきで探っていけばいいと思うんですよ。それ以上の答えは持ち合わせていないので、いまは自分のできるところでやっていくしかないも感じています。それでいうと、私の場合は一つのテーマとして「哲学者ニュートン」というのを今後考えていきたいなと、わりと本気で感じています。他のところでも何度も言っていますが、ニュートンの主著『プリンキピア』というのは、タイトルを正確に訳すと『自然哲学の数学的諸原理』で、要は彼自身が「哲学者」だった。彼がどのように物事を考えていたのかを理解するには、現代の物理学や数学だけではわからない部分もある。そこを考えていくと、近代科学が生まれる前後の話がもう少し自分でもわかってくるんじゃないかと。
山本 「哲学者ニュートン」、ぜひそういうふうにイメージを変えていきたいですよね。ガリレオ・ガリレイやケプラーにしても、いまではすっかり「科学者」という分類になっていますが、彼ら自身は科学者を自認してないんですね。これはよく指摘されるように「サイエンティスト(科学者)」という英単語が造られたのが19世紀前半になってのことだったという言葉の歴史からしても、彼らが科学者と名乗ることはありえないんだけど、ガリレオ・ガリレイやケプラーは、「あなたの職業は何ですか」と聞かれたら、「宮廷おつきの数学者兼占い師です」ぐらいのことを言って、内心では「哲学者」だと思っていたわけですね。ニュートンも同様だと思います。タカハシさんが、先におっしゃったように、物理学や化学などが自立した分野になる以前は、自然哲学の一部だったわけでした。
もちろん17世紀の知のあり方をそのまま現代に適用する必要はないけれど、彼らのあり方は一つの参考にはできますよね。現代では、一人の人がすべては究められないという言い訳で専門は、その言葉のとおり「専ら関心を向ける部門」という話になりがちですが、一人が二つ三つのディシプリンに関心を持ち、それらを内包する状態はあってもいいのではないか、という気はしているんですよね。
前半の冒頭でなぜお二人に来歴を伺ったかというと、お二人の関心の動き方や振れ幅がとても面白く魅力的だと感じたからでした。「こっちじゃないな」と思ったら別の方向にぐんぐん進むようなことも含めて。もっとも、私自身がなにかの専門家というよりは、関心をもったテーマに出会うと、直前にやっていたことと関係がなくても無節操に取り組んでしまう質だから親近感を覚えるのかもしれません。
そんなお気楽なと言われるかもしれませんが、何かもし複数の学問を協働させる必要がある場合には、そういう姿勢があればいい気がするんです。逆に言えば、それが足りていないのかなということを、東工大で3年ばかりいろいろな専門の人たちと話すなかで感じています。
私の職業の話を重ねると、ゲームクリエイターのなかでもゲームのアイデアを考えて設計するプランナー(企画者)は、他のさまざまな専門家とコミュニケーションを取りながら、自分が脳裡に思い描いているゲームを実現する役割を担うのですね。だからプログラマー、グラフィッカー、サウンドクリエイター、営業や広報の担当者など、異なる専門領域の人々の言語をわかっていないと仕事にならないという面があります。
マルチディシプリンと呼ぶと大袈裟かもしれませんが、せめて異なる分野の人々とどのようにインターフェイスをつくるかという問題はもっと考えていいだろうし、伊藤さんがお話ししてくださった三つの試み、タカハシさんが文化と言語をまたいで取り組んでおられる思考の生まれる場面を読解するプロジェクトは、まさにそういう実例だと思いました。
タカハシ 文理の融合とかそういうのが問題となる時、概念や法則的なところで共通の枠組みを求めようとすると、あまりうまくいかない気もします。今日は、伊藤さんが美学というのは「劣った認識」を扱うのだとおっしゃっていましたし、山本さんのお話もそうですが、モデルとかシミュレーション、もしくは変換のプロセスといった、概念的に捉えられる前のところで何が起きているのかをベースに考えると広がりがあるのではないかという気がしました。
カントも美学の根拠を「反省的判断力」ということで表現します。「反省」というのは、同一人物でも過去を振り返った時に、もはやその時の人物とは違うことを考えているということではないでしょうか。でも、もはや別人になっている主体内で恒常的に続いている部分もある。つまり、同一人物でもすでに思考のシミュレーションは始まっているということです。そのことはどの現象を考える時にもわりと基本となる部分な気がします。お二人とお話しして、今日はそのようなことを考えることができました。
伊藤 学問の融合が起こるためには、異なる分野の人を集めることも大事ですが、一人の人間の中にある多面的な関心を育てることも重要ですよね。お二人はその多面性を歴史を手がかりに展開されていて、目がくらむようなスケールのお仕事をされていらっしゃることに改めて圧倒されました。ありがとうございました。

- アダム・タカハシ
- 1979年、宮城県生まれ。哲学史家。2007年、慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了。2012年オランダ・ラドバウド大学大学院博士課程満期退学(同大学より2017年博士号取得)。東洋大学助教等を経て、現在複数の大学で哲学・哲学史を講じている。著書に、『哲学者たちの天球ーースコラ自然哲学の形成と展開』(名古屋大学出版会、2022年)、共著に、『世界哲学史5──中世III バロックの哲学』(ちくま新書、2020年)などがある。

- 伊藤亜紗(いとう・あさ)
- 1979年生まれ。美学者。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。現在、東京工業大学科学技術創成研究院未来の人類研究センター センター長。同リベラルアーツ研究教育院教授。専門は美学、現代アート。著書に『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(光文社新書、2015年)、『どもる身体』(医学書院、2018年)、『手の倫理』(講談社、2020年)、『記憶する体』(春秋社、2019年)などがある。

- 山本貴光(やまもと・たかみつ)
- 1971年生まれ。文筆家、ゲーム作家。東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。DISTANCE.media編集委員。コーエー(現コーエーテクモゲームス)にてゲーム制作に携わり、在職中から執筆活動を開始。1997年より吉川浩満氏と「哲学の劇場」を主宰。著書に『記憶のデザイン』(筑摩書房、2020年)、『心脳問題』(吉川浩満と共著、朝日出版社、2004年)など多数。
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