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科学史家・隠岐さや香教授が語る、文理融合の現実と理想:「なんで理系に進まなかったんだろう」
文系vs.理系の本当のはなし #3
グローバリゼーションや気候変動、社会の分断、戦争など、多くの複雑に絡み合った「やっかいな課題」を前にして、アカデミアの役割を問い直し、新たな知のフレームワークを探っていく、特集「文理のエコロジー」。
『文系と理系はなぜ分かれたのか』などの著書があり、自然科学と社会科学が分岐しはじめた18世紀フランス科学史を専門とする隠岐さや香さん(東京大学教授)に、近年増えている文理融合の取り組みと教育現場の実態について伺ってきた。第3回となる今回は、文理とジェンダーの問題や隠岐さん自身がどのように進路を決めたのかについて話を聞いた。(全4回)
聞き手:田井中麻都佳・賀内麻由子(DISTANCE.media編集部)
構成:田井中麻都佳
写真:高橋宗正
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Contents
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東大の理系学生の9割近くが男性という現実
T 隠岐先生は、『文系と理系はなぜ分かれたのか』(星海社新書、2018)のなかで、「ジェンダーと文系・理系」についても一章分割かれていました。そのなかで、日本では、OECD諸国と比較しても、女性の理系卒業生が最低レベルに少ないと指摘されています。東大も8割が男性だそうですね。とくに工学部は12%、理学部は13%(東京大学の概要 資料編 2023)と、その傾向は理系でとくに強いということですが、まさにこれも、日本の文理問題を象徴する現象と言えそうです。
隠岐 これは文理とジェンダーについてお詳しい横山広美先生(東京大学教授)の受け売りなのですが、一つには、職業のイメージがジェンダー化されていることが進学のビジョンを狭めてしまう、ということはあると思います。理工系の仕事をイメージしたときに、男性しか思い浮かばないとなると、親御さんも本人も、入学したところで本当にやっていけるだろうか? と心配してしまいますよね。

- 隠岐さや香さん
もちろん人によりますが、周りが男子ばかりの学部に行くくらいなら、文転してしまおうという人もいます。女子大の理工系なら行ってもいいけれど、共学で男性が9割以上などというところでは、とてもやっていけない、と感じる人もいる。「なんて軟弱な!」と思う人がいるのかもしれませんが、当人からしたら切実な問題です。「危険な目に遭うかもしれない」「友だちができないかもしれない」といったことは、とくに若い人にとっては重大なことです。
実際に、ある調査結果では、共学に不安を感じて女子大を選んだという人が一定数いることもわかっている。進学できる学力があっても、女性の場合、「東京は心配だから、地元に残りなさい」などと周りから言われるケースも少なくありません。理系に進学する女性を増やすには、やはりこうした状況を変えていなければならないと思うんですね。
T それは容易に想像がつきますね……。
隠岐 実際には他のOECD諸国がそうであるように、日本においても近年、進学における男女の格差は縮まる方向に向かっています。ただ、理工系でその変化は非常に緩やか、つまり理系に進学する女子が少ないままの状況が続いています。
本にも書きましたが、私も以前に授業でこの話を扱ったことがあるのですが、授業後のアンケートで、まったく正反対の二つの意見が見られたのが印象的でした。「それが日本の文化なのだから無理に変えなくてもいい」「男女で適性が違うというだけのことではないか」という意見があるのに対して、「私は文学に興味があったが、親に就職を考えれば法か経済に行けと言われた」という男子学生や、「理系に進んだが、女の子なのに変わっていると言われた」という女子学生の意見も見られました。実際に、そうやって希望する進路を変えるように勧められたり、例外的な存在扱い、あるいは差別をされたりするケースが少なくないわけですね。
なお、分野適性と性差の議論は、現時点では決着はついていません。むしろ、環境や文化によるところが大きいのではないかと思います。少なくも日本では、「男性だから」「女性だから」という思い込みに従って、本人の適性や希望を無視した進路が推奨されているケースが多いと推測できる。それはやはり、とても不幸なことと言わざるをえません。
「本当は理系に行きたいと思っていた」:隠岐先生が文系を選んだ理由
T もうずいぶん昔のことになりますが、私自身、進学に際して、親戚から「女は大学なんか行かなくていい。どうせ就職してもお茶汲みをするだけなのに、勉強しても意味がない」と言われたことがあります。親がそういう考えではなかったのは幸いでしたが。隠岐先生ご自身も、そうした体験をされたことがあるのでしょうか?
隠岐 うちは少し特殊事情がありまして、母子家庭で経済的には厳しかったのですが、母親が高学歴だったのです。ゆえに親から反対されるようなことはなく、応援してくれていました。むしろ、「親に負けたくない、経済的にも負担をかけたくないから、国立大で授業料免除の可能性のある東大に行くしかない」という、変なプレッシャーを感じていました。修学支援制度のなかった時代ですから。
ただ、研究者になることには反対されましたね。母親も研究者なので、自分も研究者の道に進もうと思ったのですが、「それはやめたほうがいいんじゃない?」、と。母は女性の研究者に仕事がないことを経験的によく知っていた世代です。既婚者の男性に優先的に仕事が割り当てられる、という話をしていたのを覚えています。
話を戻すと、私が大学を出る頃はちょうど就職氷河期で、2〜3社受けてみたものの、全部落ちてしまった。それで大学院に行くことにしたのです。
T 東大卒は引く手あまたのイメージですが、そうではなかったのですね?
隠岐 当時は、男子学生でも苦戦していましたが、女子学生はもっとそうだったと思います。スタート時点から差がありましたから。当時はオンラインのシステムがまだないので就活はすべてハガキ投稿でエントリーしていたのですが、そのために求人会社から前もってエントリー用ハガキの束が送られてきます。しかし、男子学生と比べると、女子学生の場合、その送られてくるエントリー用のハガキの量がうんと少ないのですね。
T 確かに、そういう時代でしたね……。隠岐先生のご専門の科学史というのは、まさに文理に跨るような学問ですが、進路についてはどのように決められたのですか?
隠岐 最初は歴史に興味を持っていたのです。一方で、天文学や物理学にも関心があったので大学受験に際しては、文系・理系、どちらに進むかかなり悩みました。というのも、高校2年の文理分けの際には、理系クラスを選んでいたのです。
先ほどもお話ししたように、うちは母子家庭で経済的には裕福ではなかったので、私立高校に特待生として通っていたんですね。つまり、成績が良いことを条件に、授業料が免除されていた。だから、毎回の試験もお金を免除されている以上、いい成績を残して、存在意義を示す必要がありました。
ところがどういうわけか、物理や数学では、テストの時にパニックになってしまうことがありました。試験中に急に動悸がして、問題が頭に入ってこない、ということがあったのです。一方、国語ではそういうことは絶対に起きないし、安心して問題を解いて、全国模試でもトップクラスの成績を取ることができました。そんなことから、教師の勧めもあって、文系に進んだというわけです。
T パニックが起こらなければ、理系に進んでいたかもしれませんね。
隠岐 ただ、うちの親は両方とも文系でしたし、女性が理系に進むというロールモデルが見当たらなかったということも影響したかもしれません。自分でも「無理かも」という気がして、やれる気がしなかった。いまとなっては、その選択が間違っていたとも思っていないのですが、もし男性として育てられていたらどういう進路を選んでいたのか、ちょっとわからないな、とは思います。
一方で、当時は文系の学問についての知識はなかったし、その面白さも知りませんでした。ちょうど1986年にハレー彗星が来たこともあって、天文学に憧れがあったし、それで理系に行きたいと思っていたんじゃないかと。
K 文系と理系のあいだで本当にかなり悩まれたのですね。
隠岐 そうですね。じつは後年、私が通っていた高校の校長をしていた田村哲夫先生と対談する機会があって、そのときに田村先生が、「私は、チャールズ・P・スノーの『二つの文化と科学革命』の話や、ダンテの『神曲』の話もしましたよ」とおっしゃっていました。当時、校長講話というのがあって、そのときに生徒相手に人文教養の話をいろいろしてくださっていたのですね。ところが、当時の自分はまったく頭に入っていなくて……(笑)。だから、人文系とは出会い損ねたままだったのです。
そんなわけで、点数の良さだけで文系に進んでしまったけど、なんで理系に進まなかったんだろうという気持ちがくすぶったままだったんでしょうね。もっと数学やほかの理系の教科も学びたかったのに、「学ぶ機会を奪われた」というのが正直な気持ちでした。なぜ、こんなふうに文理に分けて、学ぶ機会を奪われなければならないのか。分けないでいてくれたら好きに学べたのに、と。こんなふうに、制度の中に分断が仕組まれていることがとても残念だな、と思っていたので、後々、なぜこうなったのか、という由来に興味が向いていったのかもしれません。
自身の経験が、文理の研究へとつながった
T もしかすると隠岐先生のように、数学もできるけど、文学も歴史も好きという人はいるはずで、やはり「行ったり来たり」できると良いのかもしれませんね。
隠岐 そうですね。実際に、少し前に東工大(当時)の学生で、物理を勉強していたけれど、大学院からは哲学を勉強する、という人に出会いましたよ。回り道に思えるかもしれないけれど、そういう道もアリだよな、と思っていたところです。
T 逆に理転する人は少ないですよね。
隠岐 しにくいですね。システム上もしづらい。たぶん若いうちだったら追いつけると思うのですが、東大の場合も理転の枠というのは非常に少ないのです。
K 文理に分かれているのは、学ぶ人の側の問題というよりも、受験を含めて教育する側のさまざまなプラクティカルな理由から分かれてしまっているということなんでしょうね。
隠岐 ええ、その傾向が日本は特に強くなってしまった。他の国の事情を見てみると、受験のときの分け方などは、もう少し緩やか、それこそ行ったり来たりしている印象があります。アメリカでも、学部のときは社会科学を学んでいたけど、大学院から数学科に行くという人もいます。また、日本では一般的ではありませんが、海外では、複数の異なる専攻分野を同時に学ぶことのできるダブルメジャーの制度もありますからね。
T 隠岐先生ご自身は、その後、大学に入られてからは、どのようにして科学史の道に進まれることになったのでしょうか?
隠岐 東大の場合、前期教養学部の2年の夏までの成績をもとに、3年から進学する学部や学科を決めることができる「進振り」という制度があって、そのときに「文系と理系の真ん中をやりたい」と思ったんですね。じつはそれまで科学史の授業を取ったこともなく、単に文理の両方に興味があったから、という素朴な動機で選んでしまいました。
先ほども言ったように、まさに、自身の経験から、「文系と理系はなぜ分かれたのか?」という研究をしてみたいと思っていました。ただ、それを卒論でやりたいと当時の指導教官に言ったら、「それは無理」と却下されてしまった。
T テーマが大きすぎるということでしょうか?
隠岐 そうですね。「扱いきれないし、うまく形にならないでしょう」と言われて、その研究は卒論では諦めましたが、結局、現在まで関心が継続していて本も出した、という状況です。そういう意味では、初志貫徹と言えます。
(#4へつづく)
科学史家・隠岐さや香教授が語る、文理融合の現実と理想
#1 分断の可視化はチャンスでもある
#2 分断を抱えながら飼い慣らすには
#3 「なんで理系に進まなかったんだろう」
#4 「文系不要論」はなぜ唱えられたのか

- 隠岐さや香おき・さやか
- 科学史家。東京大学大学院総合文化研究科博士課程満期退学。博士(学術)。現在、東京大学大学院教育学研究科教授。専攻は18世紀フランス科学史、科学技術論。著書に『科学アカデミーと「有用な科学」――フォントネルの夢からコンドルセのユートピアへ』(名古屋大学出版会、2011、第33回サントリー学芸賞受賞)、『文系と理系はなぜ分かれたのか』(星海社、2018)などがある。


