N3-2
オートエスノグラフィーがひらくゲーム研究の可能性#2
ゲームの質的研究を通してわかったこと
オートエスノグラフィーを用いたゲーム体験の分析をする、フィンランド・アールト大学のヤーコ・ヴァケヴァさんへのインタビュー。(#1はこちらから)
#2では、ゲーム分析やヒューマン・コンピュータ・インタラクション(HCI)研究において、オートエスノグラフィーをはじめとする質的分析がもつ可能性について伺いました。
編集:山田兼太郎(DISTANCE.media)
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Contents
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オートエスノグラフィーとの出会い
ドミニク オートエスノグラフィーという手法にどうやって出会ったのか、そしてなぜそれをゲーム研究に組み合わせようと考えたのかを教えてもらえますか。
ヤーコ 修士論文をメクラー教授と進めていたときに、私たちは「美的な体験」について関心を持っていました。映画といった、私たちの心を揺さぶり、深く残るような体験をどう研究するかということです。ゲームでもそのような強く主観的な体験がありうるのではないかと考えました。ただ、それをどうやって調査・研究するかが課題でした。そこでメクラー教授が提案してくれたのが「オートエスノグラフィー」という手法でした。当時の私は大学院生で、まだその手法について知識がなかったのですが、とても興味を惹かれました。
ドミニク 戸惑いはなかったですか?
ヤーコ 最初は、ゲームをプレイして、「オートエスノグラフィー」を用いて、自分自身の体験をデータとして記録するというアイデアは、ちょっとラジカルに思えました。まるで子どものころの夢が実現するような感覚もありましたね。でも、文献をしっかり読み込んでいく中で、この方法が実は非常に適切で有効なやり方だとわかってきました。
たとえば、私たちは多くの研究で、人々の体験を「自己申告」に頼っていますよね。ゲーム研究でも、被験者に「過去のプレイ体験」を思い出してもらって、インタビューやアンケートで語ってもらうというのが一般的です。ですが、オートエスノグラフィーでは、体験している本人の視点から、もっと即時的で繊細な気づきや感情を捉えることができます。個人的な要素がどのように体験を形づくっているかを明確にするには、まさに適した方法だと思いました。
ドミニク あの論文がオートエスノグラフィーの初挑戦だったんですね! 私はてっきり学部時代から試されていたのだと思っていましたが、素晴らしい完成度ですね。
ヤーコ 本当に初めての試みでした。文献をたくさん読み、試行錯誤しながら実践してみました。また、「経験美学(empirical aesthetics)」[★01]★01の理論も参考にしました。これは心理学や神経科学の分野で、人がアートをどう経験するかを研究する領域です。その理論を、ゲームのようなインタラクティブなメディアに応用してみたいと考えたのです。
ドミニク 最初に論文を読んだとき、「これは小説や映画、絵画にも応用できる」と感じました。単なるゲームの分析ではなく、オートエスノグラフィーをテクノロジーに適用した新鮮なアプローチですよね。特にHCIの領域では、とてもユニークだと思います。
ヤーコ まさにそうです。ユーザー体験研究では、これまでずっと「過去の記憶」に基づくデータ収集に頼ってきました。でもオートエスノグラフィーなら、体験が起こっているまさに“その時”の生の感情や思考を捉えられます。私たちの論文では、経験美学とゲームのインタラクティビティを結びつけて、「自己関連性」や「感情的な投資」、「自己省察」を促す仕組みについて議論しました。そうした体験が、深く、変容的な美的経験につながる可能性があると考えています。

- ヤーコさん
オートエスノグラフィー論文への反響
ドミニク 論文に対する反響はどうでしたか?HCIの研究者や、他の方法論を用いてゲームを研究している学者たちは、どんな反応を示しましたか?
ヤーコ 論文が公開されてからまだ1年も経っていませんが、すでに多くのポジティブな反応をもらいました。HCIの学界では、こうした一人称的な研究手法はまだ珍しく、だからこそ注目も集めています。ある研究者は私の論文を「目から鱗だった」と言ってくれました。また、HCIのある教授は、「この論文を読んで初めて質的研究とは何かがわかった気がする」と話してくれました。もちろん、中には「自己を研究するなんて、サンプル数1じゃないか」と懐疑的な反応もありましたが、それは従来の量的研究の枠組みに慣れた人たちにありがちな反応です。実際に論文を読んでもらうと、そうした見方が変わることも多かったようです。
学界以外の反応では、「ゲームってそんなに意味のある体験だったのか」と驚く人が多くて、自分のゲームの思い出を語り始めたり、「自分もインタビューしてもらいたい」と冗談交じりに言ってくる人もいました。ゲームというメディアが、どれだけ多くの人にとって意味深いものかをあらためて実感しました。
ドミニク ゲーマーの友人たちの反応はどうでしたか? 実際に論文を読んでくれた人はいますか?
ヤーコ 友人たちに話すと、「読んでみたい」と言ってくれるのですが、実際に読んだ人はあまり多くないかもしれません(笑)。研究論文をプライベートで読むもの好きはそんなにいないですよね。でも、中には「すごく面白かった」と言ってくれる知人もいて、それはやっぱり嬉しいです。
ドミニク より広い読者層に届けるには、本を書く必要があるかもしれませんね。
ヤーコ 確かにそうですね!
ドミニク この論文をきっかけにしたゲームデザイナーとの対話の機会はありましたか?
ヤーコ はい、デザイン思考の研究者の中には、オートエスノグラフィーの手法について詳しく知りたがる人もいました。つまり、デザイナー自身の暗黙知(tacit knowledge)にアクセスするための一人称的アプローチに興味を持っているようです。たとえば私は、ミステリーゲームにおけるプレイヤー体験とそのデザインについて、一人称研究を用いたプロジェクトの共著者を務めたことがあります。その研究では、第一著者のエンミ・カーナがゲームデザインのバックグラウンドを持っていたので、それを活かしてデザインドリブンの研究アプローチを試みました。
ドミニク 論文では『The Beginner’s Guide』に触れながら、自分でもゲームを作ってみたいという願望について語っていましたよね。私は「research through design」という考え方で、さまざまな道具や仕組みを作るプロセスを通じて技術への理解を深めるスタイルをとっています。ヤーコさんは、博士課程終了後に、ゲームデザイナーとコラボするような展開は考えていますか? たとえば、ゲームの制作過程にオートエスノグラフィーを導入するというようなことは考えられますか。
ヤーコ はい、可能性はあると思っています。私は「意味のある体験とテクノロジーの関係」に広く関心がありますし、ゲームはその舞台としてとても魅力的だと思っています。自分でゲームを開発したことはないのですが、文章を書いたり、写真やビジュアルアートに取り組んだりと、創造的な活動は好きです。将来的には、今まで積み重ねてきた知識を生かして、より意味のあるテクノロジー体験の設計に関われたらいいなと思っています。それがゲームであれ、他の何かであれ。

- ドミニクさん
一人称研究と三人称研究のあいだで
ドミニク RPGゲームの『ダークソウル』[★02]★02とうつ病との関係についての別の論文 “‘Don’t You Dare Go Hollow’: How Dark Souls Helps Players Cope with Depression, a Thematic Analysis of Reddit Discussions” (2025) (「“絶対に虚ろになるな”:『ダークソウル』はいかにしてプレイヤーの抑うつへの対処を助けるのか——Reddit議論のテーマ分析」) [★03]★03もざっと読んだのですが、あれはオートエスノグラフィーではなく、世界最大級のテーマ別掲示板である「Reddit」(レディット)[★04]★04の投稿を使ってテーマ分析を行っていますよね。
つまり、アカデミアでは定型的な三人称視点で書いたわけです。でも、分析の対象となったのは、プレイヤーたちの一人称的な語りとも言えるわけですよね。手法としてはもちろんオートエスノグラフィーとは違うけど、接点もあるように思いました。
ヤーコ その通りです。この研究では、『ダークソウル』を通じてうつ病の克服に役立ったと語るプレイヤーたちの経験を、Redditの投稿から分析しました。明確に「研究者」と「被験者」が分かれているので、三人称視点による方法と言えます。ただ、おっしゃる通りで、これらの語りは、研究者がインタビューやアンケートで引き出したものとは違い、自発的に公の場に投稿された一人称的な語りです。オンライン研究の利点のひとつは、こうした「自然発生的な語り」にアクセスできることです。アンケートや面接では得られないような、生の経験や信念がそこにはあります。
オートエスノグラフィーの研究と比較すると、どちらも「やや型破りな質的手法」を使って、プレイヤー中心の豊かな知見を引き出そうとしている点では共通しています。また、両方の研究に共通しているのは、「ユーダイモニア(eudaimonia)[★05]★05なゲーム体験」――つまり、自己省察や感情的なチャレンジ、意味のある経験を通じて幸福や成長につながるような体験――を探っていることです。
『ダークソウル』の研究では、解釈的アプローチを含むテーマ分析を行い、研究者の主観を「排除すべきバイアス」ではなく「知識構築のリソース」として扱いました。たとえば、データ収集と分析の前に、私は実際に『ダークソウル』を全編プレイして、そのReddit文化にも深く入り込むことで、投稿された語りの背景にある意味をより正確に理解できるよう努めました。
ドミニク そもそも、なぜ『ダークソウル』とうつ病の関係に注目したのですか? Redditに浸っているうちに自然と気づいたのか、それとも別のきっかけが?
ヤーコ オンライン上の議論で「『ダークソウル』は精神的な癒しになる」という話題をよく目にしていたんです。たとえば、YouTubeのエッセイ動画やフォーラムの投稿などで、「このゲームが自分のうつ病とどう向き合う助けになったか」を語っている人がとても多くて。それで「これはちゃんと研究すべきテーマだ」と感じました。過去の研究でも、「ユーダイモニア」的なゲーム体験、つまり、プレイヤーの人生にとっての深い意味や省察を生むゲーム体験については論じられてきましたが、“高難度なゲームプレイ” がそうした体験にどう関わるのかについては、あまり研究されていませんでした。
『ダークソウル』は極端に難しいゲームとして有名ですし、そこに研究のギャップがあると感じました。また、Redditは非常に多くのプレイヤーが活発に議論している場所だったので、データソースとしても非常に適していました。
ドミニク Redditでそのような議論が存在するとは知りませんでした。私も『ダークソウル』をプレイしたことはありますが、あの世界観は陰鬱で圧倒的で、かなり怖かったです。同じ開発元の『エルデンリング』[★06]★06も試してみましたが、怖すぎて途中でやめてしまいました(笑)。
ヤーコ 確かに、『ダークソウル』シリーズはとても暗くて難しく、雰囲気も重苦しいですよね。でも、だからこそ逆に、うつ状態にある人たちにとって共鳴する部分があるのかもしれません。私もその対比に強く惹かれました。つまり、「なぜこんなにも陰鬱で厳しいゲームが、精神的に助けになったと感じる人が多いのか?」という疑問です。
「Dark Souls and depression」といったワードで検索してみると、数多くのコミュニティ投稿が見つかるのに、学術研究はほとんど存在しなかった。それなら自分がやってみようと思いました。

- Reddit上で、「Dark Souls and depression」で検索した場合の結果
ドミニク ラボでの被験者調査ではなく、Redditのような「野生のデータ」(英語圏ではdata in the wildやferal dataと呼ぶ)を使ったことは重要な選択ですね。よりオーガニックで現実味のある素材で、たとえ三人称記述の手法を採ったとしても、無数の一人称的語りを集めたようなものですね。まるでミニオートエスノグラフィーの集積みたいです。
ヤーコ それは面白い表現ですね。ただし、オートエスノグラフィーとは明確に区別したいとも思っています。あくまでオートエスノグラフィーは独自の枠組みと方法論を持った質的研究の形式なので、混同しない方がよいと思っています。
それでも、おっしゃる通り、デジタル空間で自然発生的に生まれるプレイヤーの語りには、非常に大きな価値があります。研究者が質問を投げかけた結果として得る語りではなく、自ら書かれたものだからこそ、より率直で本音に近い報告が含まれていることも多いのです。
ドミニク 最初の論文では、あなた自身が「オートエスノグラファー」でした。2本目の論文では、ある種「デジタルエスノグラファー」として振る舞っているとも言えそうですね。
ヤーコ はい、まさにその通りだと思います。私は人間の体験に魅了されていて、その中には文化的・主観的な要素が不可分に含まれていると考えています。これまでの研究では主に質的手法を用いてきましたが、将来的には量的手法にもチャレンジしたいと思っています。方法論に自分を縛りたくはないんです。
オートエスノグラフィーがひらくゲーム研究の可能性
#1 ゲーム体験は研究に値するのか?
#2 ゲームの質的研究を通してわかったこと
#3 より善く生きるためのゲーム体験をさがして
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★01 美や芸術体験を主観的印象にとどめず、心理学や神経科学などの実証的手法で分析する研究分野。鑑賞時の感情、知覚、意味生成のプロセスを科学的に解明することをめざす。 ★02 崩壊した世界を舞台に、死と再生を繰り返しながら進むアクションRPG。断片的な物語と厳しい試練が、深い没入感を生む。公式ホームページ https://www.darksouls.jp/concept.html ★03 https://dl.acm.org/doi/10.1145/3706598.3714075★04 Redditは、アメリカ発のソーシャルニュースサイトで、ユーザーが投稿したコンテンツに対してコメントや投票ができるコミュニティ型プラットフォーム。投稿は「subreddit(サブレディット)」と呼ばれるテーマ別の掲示板に分類され、多種多様な話題が扱われ、人気のある投稿は上位に表示される仕組みで、情報交換や議論が活発に行われています。 ★05 アリストテレス哲学における「善く生きること」を意味する概念。快楽的幸福ではなく、徳の実践や自己実現を通じて人生全体が充実している状態を指す。 ★06 広大なオープンワールドで探索と戦闘を重ねるアクションRPG。断片的な物語と高い自由度が、プレイヤー固有の冒険を生み出す。公式ホームページ https://www.eldenring.jp/index.html

- ヤーコ・ヴァケヴァJaakko Väkevä
- フィンランド・アールト大学博士課程所属。ビデオゲームがプレイヤーにもたらす美的な体験を研究。ゲームをすることで、そのプレイヤーにとって意味深く、内省を促し、時に人生観を変えるような感情体験がいかに喚起されるかを、オートエスノグラフィーなどの手法をもちいて分析している。

- ドミニク・チェン
- 情報学研究者。1981年生まれ。博士(学際情報学)。早稲田大学文学学術院教授(表象・メディア論系コース)。NTT ICC(Inter Communication Center) 研究員、株式会社ディヴィデュアル共同創業者を経て現職。Ferment Media Researchを主宰し、人と技術と自然存在の関係性を研究している。著書に『未来をつくる言葉』(新潮社)、『電脳のレリギオ』(NTT出版)など多数。DISTANCE.media編集委員。
