N3-1

オートエスノグラフィーがひらくゲーム研究の可能性#1

ゲーム体験は研究に値するのか?

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オートエスノグラフィーとは、研究者自身の経験をデータとして用い、文化や社会、実践を分析する質的研究手法で、個人的体験と社会的文脈を往還させ、主観から普遍的示唆を引き出す点に特徴があります。

編集委員のドミニク・チェンさんは、オートエスノグラフィーをもちいて、日々の出来事や感情、考えを書き留めるジャーナリングを実践するうちに、もっとさまざまな場面で活用できるのではないかと考えました。

そんな折に、オートエスノグラフィーを用いたゲーム体験の分析にであいます。執筆者は、フィンランド・アールト大学の博士課程でゲーム研究をするヤーコ・ヴァケヴァさん。大のゲーマーでもあるドミニクさんが、その面白さと可能性に迫りました。

編集:山田兼太郎(DISTANCE.media)

Contents


    まえがき   ドミニク・チェン

    2024年のはじめ、人生を揺るがす大きな出来事があり、その経験と向き合うため、わたしは自らの経験を素材にして、文化や社会の仕組みを読み解く「オートエスノグラフィー」の手法に注目しはじめました。ちょうどDISTANCE.mediaでも「記憶のケア」特集が始まった頃で、2025年4月からの春学期では大学のゼミではオートエスノグラフィーを実践するためにジャーナリングを導入しはじめていました。

    そうしたなか、5月に参加したインタラクションデザインの国際学会CHIにて、テクノロジーやゲームを対象にしたオートエスノグラフィーを用いた研究がないか探してみたところ、群を抜いて面白い論文と出会いました。“From Disorientation to Harmony: Autoethnographic Insights into Transformative Videogame Experiences” (2024)という論文で、日本語に訳すれば、「迷走から調和へ――変容的なビデオゲーム体験に関するオートエスノグラフィー的考察」という感じでしょうか。筆頭著者であるフィンランド・アールト大学のヤーコ・ヴァケヴァさんが複数のゲーム作品をプレイし、その体験を分析して、ゲームを通していかに自己変容が生じるのかというプロセスを、とても丁寧にわかりやすく記述したものです。

    これまで、ゲームにおけるプレイヤーの視点や意識が変化することについての研究は、シリアスゲームなどの特殊な作品を対象にしたものが多かったことに対して、ヤーコさんはエンターテイメント作品を通しても深い変化が訪れることを示そうとしています。そのために依拠するのが、美的経験に関する議論です。中でも、Pelowski & Akibaによる論文 “A model of art perception, evaluation and emotion in transformative aesthetic experience(変容的な美的体験に関する芸術の知覚・評価・感情のモデル)”(2011)が重要な役割を果たしています。そこでは哲学者ジョン・デューイが説いた「葛藤」(conflict)という概念が、変容をもたらす美的経験にとって不可欠であるという考え方に基づいて、芸術作品の難解さや不可解さという、これまで認知心理学では「失敗」とみなされてきた側面を肯定的に捉える議論がなされています。

    そこから、対象とする5つのゲーム作品のうち、ヤーコさんにとって最も変容をもたらしたのが『God of War』[★01]★01や『Bloodborne』[★02]★02といったAAA大作[★03]★03ではなく、『Doki Doki Literature Club!(ドキドキ文芸部!)』[★04]★04や『The Beginner’s Guide』[★05]★05といったインディーズ作品であった理由が詳細に説かれていきます。面白いのは、途中から主語が「we」(共著者一同)から「I」(筆頭著者)に切り替わり、それぞれのゲームプレイを通してヤーコさんがどのように衝撃を受けたのかがエッセイ調のタッチで記述されているところです。

    そして、迷いや不可解さを伴う経験を提供したゲーム作品ほど、個人的な記憶との接続や意味付けが深まったと結論づけています。最後に、興味深い示唆として、ゲームプレイを終えた後に、他プレイヤーのゲーム実況やレビューを見たり、ゲームのサウンドトラックを聴くといった「再関与」(re-engagement)を通して、作品の自分なりの意味付けが行えたということが書かれています。

    紹介はこれぐらいにとどめておきます。オープンアクセスで公開されている原著論文をぜひ読んでみてもらえたらと思います。

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    https://dl.acm.org/doi/10.1145/3613904.3642543

    ゲーム研究とは別に、オートエスノグラフィーの観点からこの論文に感じた面白さは、ゲームというフィクション作品の経験を通して自己変容を促す「エピファニー(ひらめき、啓示)」が生じるということでした。つまり、それ以前とはある対象についての感じ方や考え方ががらりと変わってしまうような体験を指しています。オートエスノグラフィー研究で良く出会うエピファニーの種類としては、トラウマやスティグマ、差別や病気、もしくは大事な人の喪失といったネガティブな経験が多いのですが、娯楽的なゲーム作品においてもエピファニーが生じうるということは、オートエスノグラフィー研究の裾野を広げてくれる視点を与えてもらったように感じたのです。

    こうした経緯から、ヤーコさんにインタビューを申し込んだところ、快諾していただき、今回のオンラインインタビューが実現しました。お楽しみください。


    フィンランド・アールト大学におけるゲーム研究

    ドミニク 今日は時間を取っていただいてありがとうございます。私は日本の大学で「デザインを通したリサーチ(research through design)」というスタイルの研究を学部から博士課程まで一貫して教えています。そうしたなかで、最近、オートエスノグラフィー的な研究手法(一人称研究)にも関心を持つようになり、自分自身でも実践していますし、学部論文などで学生にもその方法を教えています。

    また、私は子どものころから40年以上ずっとテレビゲームをやってきまして、ずっとゲームに魅了されてきました。

    この2つの関心――オートエスノグラフィーとゲーム――があなたの論文「From Disorientation to Harmony」で融合していたので、読んだときは本当にうれしかったです。まるで啓示を受けたかのような気持ちでした。ヒューマン・コンピュータ・インタラクション(HCI)の国際会議であなたの発表を聞いた後すぐに、私はその論文を学生たちに紹介しました。みんな刺激を受けたと言っていました。あるゲーマーの学生は、卒業論文であなたの論文を基に、自身のゲーム体験についてのオートエスノグラフィー的研究を進めたいと言っています。今回、お話を聞くことができて、とても嬉しく思います。素晴らしい論文を書いてくださって、ありがとうございます。

    ヤーコ ありがとうございます。そう言っていただけてとてもうれしいです。私の論文が誰かに響いたというのは書いた甲斐がありました。

    ドミニク 今日は、ヤーコさんのゲーム体験に関する研究について質問させていただきたいと思います。まずは、DISTANCEの読者のために、自己紹介していただけないでしょうか?

    ヤーコ もちろんです。私は現在、フィンランドのヘルシンキに住んでいて、アールト大学[★06]★06のコンピュータサイエンス学科で博士研究員をしています。博士課程では「自己変容をもたらすゲーム体験」に焦点を当てています。私はヤンネ・リンドクヴィスト教授が率いる研究室に所属していて、HCI、セキュリティ、プライバシー、ゲームなど、さまざまなテーマに取り組んでいます。

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    アールト大学のヤーコさんの研究者ページより

     

    ドミニク 博士論文はもう完成しているのですか?

    ヤーコ いえ、まだです。今は博士課程の3年目にいます。今日の話題のオートエスノグラフィーの論文は、博士過程の最初の発表論文になります。2本目の論文は、CHI 2025カンファレンス[★07]★07に採択されたばかりで、現在3本目の筆頭著者論文に取り組んでいるところです。博士号の取得はおそらくあと1年ほどで完了する見込みです。

    ドミニク 実はアールト大学のウェブサイトで、オートエスノグラフィーの論文のテーマに共鳴する長めの論文を拝見しました。

    ヤーコ はい、それはわたしの修士論文です。2本目の論文はその修士論文を拡張したもので、同じデータを使っています。修士論文自体は約120ページもありましたが、カンファレンス用に20ページ程度に収める必要があったので、エッセンスを凝縮し抽象化しました。

    ドミニク 修士論文の頃からリンドクヴィスト教授の研究室にいたのですか? あるいはそれ以前から?

    ヤーコ ゲーム研究の道に入ったのは学士課程の頃です。学士論文のテーマを探しているときに、アールト大学で感情とゲームに関する研究をしているエリサ・メクラー教授の研究グループを見つけました。私は映画も大好きだったので、「映画やゲームがどのように感情を引き起こすか」というテーマで学士論文を書きました。その研究がきっかけでゲーム研究の世界に魅了され、メクラー教授の指導のもと修士論文を執筆しました。その後、彼女はコペンハーゲンの別の大学に移りましたが、私はアールト大学に残り、ヤンネ・リンドクヴィスト教授のもとで博士課程に進みました。

    ドミニク アールト大学では正式にゲーム研究に取り組んでいる人は多いのでしょうか?

    ヤーコ はい、アールト大学のコンピュータサイエンス学科やアート&メディア学科などには、ゲーム研究に取り組む人々が点在しています。リンドクヴィスト研究室では、ゲームを専門にしているメンバーも何人かいますし、それ以外のHCI分野を扱う人もいます。他にも、ゲームに関心を持つ研究グループがいくつかあります。私の2本目の論文ではペルトゥ・ハマライネン教授のゲーム研究グループと協働しました。彼らはAIのゲーム応用などを研究しています。

    ドミニク ゲーム研究専用の学科は存在しないのですね?

    ヤーコ ゲーム研究そのものを専門とする学科はありません。ただし、ゲームデザインと開発に関する修士課程のプログラムがあります。これは理工学部と芸術学部の学際的な共同プログラムで、研究者としてその学生たちと関わることもよくあります。

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    ドミニクさんとヤーコさん

    ゲーマーからゲーム研究へ

    ドミニク 次に、ヤーコさんの個人的な背景、特に子ども時代におけるゲームとの出会いについて教えてくれますか。論文では、『The Last of Us』[★08]★08や『Diablo II』[★09]★09などの有名タイトルについて触れていますが、子どもの頃からずっとゲーマーだったのですか?

    ヤーコ ええ、ゲームは私の人生においてかなり重要な存在だったと思います。特に若い頃はそうでした。最も初期の思い出は、PlayStation 1で『スパイロ』[★10]★10や『クラッシュ・バンディクー』[★11]★11を遊んだことや、近所の男の子たちと『Halo』[★12]★12を一緒にプレイしたことです。『Elder Scrolls』[★13]★13シリーズや『Call of Duty』[★14]★14、『ポケモン』など、思い出深い意味のある体験がたくさんあります。

    でも年を重ねるにつれて、プレイする時間がどんどん減っていきました。とはいえ、ゲーム研究者になったことで、ゲームに対する情熱が再燃したという感じですね。最近は「インディー」や「アヴァンギャルド」なタイトルに惹かれることが多くなりました。つまり、特定の体験や感情を伝えようとしたり、ストーリーを通じて他のメディアでは不可能な何かを試みているようなゲームです。そういったゲームには、深い感情や意味をもたらす可能性があると思っています。

    ドミニク 本当に興味深いですね。『God of War』や『The Last of Us』のようなAAAタイトルは、プレイ時間が50時間にも及ぶことがあり、プレイしながらその体験を反省し、それを論文として書くのはなかなか難しいものです。その一方で、ヤーコさんの論文で分析していた『Doki Doki Literature Club』や『The Beginner's Guide』のようなインディーゲームは、短時間で終わるけれど非常に豊かな内容を持っています。今はインディーゲームにとって面白い時代ですね。

    ヤーコ 本当にそうです。だからこそ、最近はAAAゲームをあまりプレイしなくなったのかもしれません。何十時間も費やす時間がなかなか取れないですから。インディーやアヴァンギャルドなゲームは短いですが、プレイヤーがそのゲームを評価するのは、感情的なインパクトや、新しさ、体験の質だったりします。たとえば、美しく心を揺さぶるようなドラマ映画を観た時、誰も「映画自体は良かったけど2時間しかなかったからダメ」とは言いませんよね。

    ドミニク 私の学生たちが、論文に共感していたのはまさにその点でした。というのも、彼らは「ゲームは創造的な活動ではない」と見なされがちであることに、フラストレーションを感じていたのです。論文を読んで、彼らは「自分が週に20時間もゲームをしているのは、創造的な営みかもしれない」と気づいて、自信を持てるようになりました。価値観がひっくり返る経験だったと思います。

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    ヤーコさんの論文より

    ヤーコ それを聞けて本当にうれしいです。まさに私の博士論文の大きなテーマと重なっています。つまり、ビデオゲームというメディアの捉え方が変化しつつあるということです。かつては、ゲームは単なる娯楽や快楽の手段として捉えられていましたが、近年では、より深く、感情的に複雑で、個人的に意味のある体験をもたらすものとして、徐々に認識されるようになってきています。これは、伝統的なアートが私たちに感情や内省を引き起こす力を持つことと同様に、ゲームにもそうした可能性があるということを示しています。

    ドミニク 学部時代には、映画とゲームを比較するような研究もされていたとのことですが、どんな映画に注目していましたか?

    ヤーコ 学士論文は文献レビューが中心で、映画やゲームが人の感情をどう喚起するか、そしてそれら2つのメディアをどう比較するかに焦点を当てていました。私は昔から多様な映画に惹かれてきましたが、当時は商業的な映画よりも、作り手の独自のビジョンやメッセージが表現されたアート系の映画に関心がありました。そういった感情的・美的体験が、ゲームのようなインタラクティブなメディアでもどのように表現できるのかを考えていました。

    ドミニク なるほど。

    ヤーコ 最近、フェデリコ・フェリーニの『8½』(1963年)[★15]★15を観直したんですが、それは本当に深く、個人的に強く感銘を受けた体験でした。映画というメディアが、鑑賞後もずっと心に残り続けるということを再認識しました。そしてそれが、オートエスノグラフィー的研究に取り組むきっかけにもなったのです。

    (#2へつづく)


    オートエスノグラフィーがひらくゲーム研究の可能性

    #1 ゲーム体験は研究に値するのか?
    #2 ゲームの質的研究を通してわかったこと
    #3 より善く生きるためのゲーム体験をさがして

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    ★01 神々の世界を舞台に、父と子の関係や喪失を描くアクションゲーム。重厚な物語と迫力ある戦闘が特徴。 公式サイトhttps://www.playstation.com/ja-jp/god-of-war/ ★02 悪夢的な都市を探索し、死と狂気に挑む高難度アクションRPG。攻防一体の戦闘と濃密な世界観が魅力。 公式サイトhttps://www.playstation.com/ja-jp/games/bloodborne/ ★03 莫大な開発費とマーケティング費を投じて作られる、大ヒットが期待される超大型ゲーム作品のこと。 ★04 恋愛ゲームの形式を装いながら、プレイヤーの心理を揺さぶる実験的作品。予想を裏切る展開が特徴。 公式サイト https://ddlc.moe/ ★05 ゲーム制作をめぐる語りを通して、創作と解釈の関係を問う体験型作品。プレイヤーの立場そのものを揺さぶる。 公式サイトhttps://thebeginnersgui.de/★06 フィンランドの総合大学で、デザイン、工学、ビジネスを横断的に統合する教育研究で知られる。芸術と技術の融合を通じ、社会課題に応答する創造的実践とイノベーションを推進している。 ★07 ヒューマン・コンピュータ・インタラクション(HCI)の国際トップ会議で、2025年は横浜で開催された。 ★08 崩壊後の世界を旅する二人の絆を描くアクションアドベンチャー。喪失と選択の重さが心に残る。公式サイト https://www.playstation.com/ja-jp/the-last-of-us/ ★09 敵を倒して装備を集めながらキャラクターを育てていくアクションRPG。繰り返しの戦闘と成長の手応えが大きな魅力。公式サイト https://diablo2.blizzard.com/ja-jp/ ★10 紫のドラゴンが主人公のアクションゲーム。明るい世界を飛び回り、探索と爽快な操作感が楽しめる。公式サイト https://www.spyrothedragon.com/ ★11 個性的な主人公が罠や敵の配置を見極めながら進むアクションゲーム。失敗と再挑戦を重ねる中で操作に習熟し、達成感を味わえる構成とコミカルな演出が魅力。公式サイト https://www.playstation.com/ja-jp/games/crash-bandicoot-n-sane-trilogy/ ★12 近未来SF世界を舞台にしたシューティング。壮大な物語と協力・対戦プレイの完成度で知られる。公式サイト https://www.xbox.com/ja-JP/games/halo ★13 広大なファンタジー世界を自由に冒険するRPG。選択と探索の自由度が高く、没入感が強い。公式サイト https://elderscrolls.bethesda.net/ja ★14 現代戦を中心に描くシューティング。スピード感ある銃撃戦とオンライン対戦が人気。公式サイト https://www.callofduty.com/ja★15 創作に行き詰まった映画監督の内面世界を描く作品。現実と記憶、幻想が交錯する構成で、映画表現そのものを問い直した名作。

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    ヤーコ・ヴァケヴァJaakko Väkevä
    フィンランド・アールト大学博士課程所属。ビデオゲームがプレイヤーにもたらす美的な体験を研究。ゲームをすることで、そのプレイヤーにとって意味深く、内省を促し、時に人生観を変えるような感情体験がいかに喚起されるかを、オートエスノグラフィーなどの手法をもちいて分析している。
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    ドミニク・チェン
    情報学研究者。1981年生まれ。博士(学際情報学)。早稲田大学文学学術院教授(表象・メディア論系コース)。NTT ICC(Inter Communication Center) 研究員、株式会社ディヴィデュアル共同創業者を経て現職。Ferment Media Researchを主宰し、人と技術と自然存在の関係性を研究している。著書に『未来をつくる言葉』(新潮社)、『電脳のレリギオ』(NTT出版)など多数。DISTANCE.media編集委員。

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