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鍋倉咲希『止まり木としてのゲストハウス』 #1
研究の原点はゲストハウスへの「違和感」
「博論本」とは、博士論文を書籍化したもののこと。連載「『博論本』を聴く」では、人文ライターの斎藤哲也さんが、刺激的な博論本の著者インタビューを通じて、その面白さを読み解きながら、研究の一端を紹介していきます。
今回登場するのは、『止まり木としてのゲストハウス――モビリティと時限的つながりの社会学』(晃洋書房)を著した鍋倉咲希さん。研究のきっかけは、初めて泊まったゲストハウスでいきなり、「咲希さん」とファーストネームで呼ばれたことへの違和感でした。研究を深めるなかで、さまざまな人が訪れては去っていくゲストハウスの「時限的つながり」に、違和感と同時に惹かれてもいったという鍋倉さん。そこに何を見出して博論本へつながっていったのかを伺いました。
写真:高橋宗正
編集:田井中麻都佳
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Contents
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観光は楽しいだけじゃない――観光学の原体験
斎藤哲也 鍋倉さんは立教大学の観光学部に入学され、博士号も観光学で取得されています。博論本の『止まり木としてのゲストハウス』については、のちほどじっくりお聞きしますが、最初に、立教の観光学部を選んだきっかけからお話いただけますか。
鍋倉咲希 大学に入学したのは2012年なんですが、当時は国際系の学部がすごく流行っていた時期でした。明治大学の国際日本学部とか、他にも「国際〇〇学部」みたいな名前の学部がたくさんできていた。「グローバル化」という言葉もよく耳にしていて、私自身も国際系に興味はあったんですが、国際系というだけだと、何か物足りない感じもして。
そんなおり、立教大学の近くに住んでいる親戚から、「立教に観光という学部があるよ」と教えてもらって、面白そうだなと思って受験を決めました。

- 鍋倉咲希さん
もともと国際系に興味があった理由を振り返ると、たとえば『世界ふしぎ発見!』[★01]★01みたいなテレビ番組をよく観ていたり、あとは洋服が好きで、特に世界の少数民族の衣装なんかに惹かれていたんです。当時は全然知識もなかったけど、なんとなく「いろんな国に行ってみたいな」と思っていた。ただ、英語はそこまで得意でもなかったので、「単に国際系に行くよりも、観光学部のほうが面白そう」と思って選びました。
斎藤 「観光」にはどんなイメージを持っていましたか。
鍋倉 その頃の自分が観光にどういうイメージを持っていたか、正直あまり覚えていないんですけど、なんとなく「楽しそうだな」という印象はあったと思います。というのも、私は中高とけっこう厳しい部活で、ソフトテニスをやっていてインターハイにも出たりしていたので、「家族で頻繁に海外旅行に行く」みたいな経験はなかったんです。だから逆に、観光に漠然とした憧れがあったのかもしれません。
でも、実際に入学して1年生のときに「観光史」とか「観光学概論」といった必修の講義を受けて、「観光って楽しいことばかりじゃないんだ」と気づかされました。
たとえば今でいうオーバーツーリズムみたいな問題や、観光による文化の商品化といった側面を学んだときに、「ああ、観光学部に入ってよかったな」と思ったんです。ただ旅行のマネジメントやマーケティングだけでなく、観光が社会にどんな影響を与えるのかまで学べるのが、新鮮で感動的でした。
だから、今自分が講義をするときも、「観光って楽しいことばかりじゃないんですよ」と最初に必ず言うようにしています。あのときの学びが、自分の中では一種の原体験になっている気がしますね。
斎藤 観光学部ってけっこう学際的ですよね。

- 斎藤哲也さん
鍋倉 それこそ、私が1年生のときには「学際領域」という言葉をよく聞いていました。当時流行っていたのかもしれませんが、「いろんな分野を横断的に学べる学部だよ」と、先生たちからもよく言われていました。実際、立教大学の観光学部も、人文系の分野と、工学やマーケティングのような実践的分野が、ちょうど半々くらいのバランスで組み合わさっているんです。
「特別進学生制度」から始まった研究者への道
斎藤 研究者の道に進もうと思ったのはいつごろでしょうか。
鍋倉 私が学部生の頃、「特別進学生制度」という新しい制度が観光学部にちょうど導入されたんです。これは、学部4年間と修士1年間を一体化し、計5年間で修士課程まで修了できるというものです。私はその一期生でした。
この制度を利用する学生には、大きく分けて2つのタイプがいました。ひとつは、就職活動の早期化に対応したケースです。当時は就活の時期がどんどん前倒しになっていて、「4年間きちんと勉強するつもりでも、実質的には3年で終わってしまう」という状況がありました。そうした中で、「もう少し勉強を続けたい」と考える学生がこの制度を活用し、修士として就活をする。もうひとつは、博士課程への進学を見据えたケースです。修士課程を1年で終えることで、学費を1年分節約できるという考え方ですね。
私の場合は、指導教員の方針が非常に明確で、「学部卒で就職するのと、修士卒で就職するのとでは、社会的な立場に大きな差はない。だから、修士に進むなら博士まで行きなさい。博士に進まないのなら、学部卒で就職した方がいい」というスタンスだったんです。
私も修士課程に進む時点で、すでに博士課程への進学も視野に入れていました。そこについては、あまり迷いはありませんでした。
斎藤 その時、卒業論文のようなものも書いたんですか。
鍋倉 はい。特別進学生制度では、3年の秋に審査を受けて、4年次には学部の授業と修士1年目(M1)の科目を並行して履修する形になるんです。なので、M1として授業を受けながら、学部の卒業論文も書くというかたちでした。
卒論は、ある意味では修士論文の中間報告のような位置づけでしたね。ちなみに、修士論文では、マレーシアのペナン島にあるジョージタウン[★02]★02という世界遺産の街を題材にしました。そこにはストリートアートがたくさん描かれていて、もともとは歴史を伝えるプロジェクトとして始まったものだったんです。
ちょうどその頃、日本でも地域芸術祭が注目されはじめていて、東南アジアでもそうした動きが見られました。最初は地域の歴史を反映するようなアートが中心だったのが、次第に観光が絡むようになった。たとえば、お土産屋さんやレンタサイクルのお店が、「これで観光客が来るなら、うちも描こう!」って、独自にストリートアートを描き始めるようになったんです。
そんな具合に、もともとのアートプロジェクトがどんどん拡散されて、無秩序な広がりを見せていく。その様子がとても面白くて、修士論文ではその過程を研究しました。卒論の方はその中間報告的な内容で、レビュー論文のような形でしたね。
「違和感」から始まったゲストハウス研究
斎藤 博士論文で、テーマを大きく変えられたんですね。
鍋倉 私の主指導は社会学の先生、副指導が人類学の先生だったんです。なので、学部・修士の頃はずっと、博士で社会学に進むか人類学に進むかで迷っていました。結局、社会学を選んだのは、特定の地域にどっぷり入り込んで調査をすることに、自分の関心があまり向かなかったんです。そうじゃなくて、トピックとして「ゲストハウスのコミュニケーションに感じた違和感」の方に惹かれていった。それで、D1(博士課程1年)の頃にテーマを切り替えました。
斎藤 本にもありましたけど、ゲストハウスに初めて泊まったのは、学部時代、奈良県立大学の方と一緒だったんですよね?
鍋倉 はい。合同ゼミのような形で行われた奈良市の観光の将来を考えるプロジェクトで、奈良県立大学で「小規模宿泊施設支援団体」を運営していた学生と一緒に調査・報告をすることになり、奈良市のゲストハウスに泊まったのが最初でした。ただそのときは、「へえ、こういう場所もあるんだなあ」くらいの感覚で。観光学部の学生として、普通に楽しんでいました。
でも、本の序章にも書いたように、その後大学院の授業で、東京の今はもうなくなってしまったゲストハウスに泊まったときに、すごくびっくりした出来事があって。いきなり「咲希さん」って、初対面なのに下の名前で呼ばれたんです。「えっ?」と、すごく戸惑いました。
斎藤 序章に書かれているエピソードですね。
「出会ってほんの数分しか経っていないのに、なぜ彼らは私のファーストネームを呼び、これほど親しげにふるまうのだろうか?」 これが、筆者がゲストハウスに抱いた最初の疑問である。
(3頁)
この違和感が研究の原点なんですね。
鍋倉 あるゲストハウスでは、毎日夕方に宿泊者とスタッフが共有スペースに集合して自己紹介が行われていたんですね。そのときに、「なんて呼ばれたいですか?」と聞かれて、「えー……じゃあ、咲希さんで」と答えると、柱にかかっている宿泊者表の「鍋倉」を「咲希さん」と書き換えるんです。あるいは「鍋ちゃん」というときもありました。
観光学の研究界隈には、ゲストハウスが好きな人や、実際にバックパッカーをやっている人がたくさんいるんですけど、私は実はあんまり得意じゃなくて。むしろ、ちょっと苦手なんです(笑)。
ただ、ちょっとしんどそうだなと思う一方、どこかで惹かれている部分もあるからこそ、実際に泊まってみたり、研究対象にしたりしているんだと思います。だから、「違和感」と「惹かれる」が同居している、複雑な感じです。
斎藤 それが4年目?
鍋倉 はい、2015年ですね。学部4年生で、M1の授業を受けていた頃のことです。
斎藤 そのとき、ゲストハウスに対する違和感はすでに感じていたんですね。
鍋倉 そうですね。ただ当時は、ゲストハウスのホスト側、つまりオーナーや経営者の視点から研究する方向性は自分でも想像できたんですけど、観光客側、つまりゲストの視点から研究するというのは、当時はなかなかイメージが湧きませんでした。
面白いテーマだとは思ったんですが、「修士ではちょっと無理かも」と思って、一度はお蔵入りしたんです。それで、指導教員から「ペナン島はどう?」と勧められて、実際に現地に調査に行って、ストリートアートというテーマを見つけて取り組みました。
奈良の飲み会で方向転換
斎藤 博士論文でゲストハウスをテーマにしようと決めたのは、いつ頃だったんですか。
鍋倉 覚えているのは、奈良での飲み会ですね(笑)。2018年2月、学会が奈良で開催されて、そのあとの飲み会でのことでした。D1の頃だったと思います。
当時、ペナンの研究は修士論文としては面白かったと思うけど、博士論文となると、章を複数立てていかなきゃいけない。はたしてペナンだけで書ききれるかな……、と悩んでいたんです。そういう悩みと「実はゲストハウスもちょっと気になってて」と他大学の先生に話したら、その先生が「ゲストハウスのほうが面白いんじゃない?」って言ってくださって。
その言葉に背中を押されて、「じゃあもう変えちゃおう」と決心しました。それで、2018年の夏に初めてカンボジアの宿に行き、本格的に調査を始めました。
斎藤 実際に東南アジアのゲストハウスに行かれてみて、どうでしたか。
鍋倉 そのカンボジアの宿は、「半年ぐらいならここにいられそう」と思えたんです。他にも、タイ、ベトナム、ラオスなどの宿にも行ってみたんですが、ここで長く過ごすのは難しいかもしれない」と感じたところもありました。自分がゲストハウスをやや苦手としていることもあって、オーナーやスタッフ、宿の雰囲気との相性ってすごく大事だと感じます。
社会学や人類学のフィールドワークでは、「自分がその場所に1年や2年いられるかどうか」がとても重要です。そういう意味で、いろんな宿を回って、自分に合いそうな場所かどうか確かめていきました。
カンボジアのシェムリアップは、他の都市に比べて田舎ですし、街全体もそんなに大きくない。だから「暮らせそう」という感触がありました。
斎藤 あまり都市じゃないほうがいいと?
鍋倉 ペナンの調査で感じたのですが、都市って「全体を把握する」のが難しいんです。その点、シェムリアップは観光の町で、市内もコンパクトなので、街の全体像がつかみやすかった。今思えば、それも選んだ理由のひとつだったと思います。
分野横断的な調査方法
斎藤 博論本の第1章では、現地調査の方法について次のように書かれています。
第一に、自らも観光者としてほかの観光者とともに旅をする方法であり、第二にひとつの宿に長期間滞在して観光者の遊動を観察し、人びとがいかにその場に居合わせるのかを観察するという方法である。
(46頁)
こうした調査方法は、調査の初期段階から固まっていたんでしょうか? それとも、現地で暮らしながら試行錯誤していく感じでしょうか。
鍋倉 試行錯誤の要素ももちろんあったんですけど、博士課程に入った段階で、ゲストハウスに半年から1年くらい住み込みで働きながら調査する、という構想はぼんやりとありました。これは、やっぱり人類学的な教育の中で自然と出てきた発想でした。
それに加えて、「オーナーにインタビューしたら面白そうだな」とか、「観光客についていってみたら何か発見があるかも」といったように、現場での気づきや流れの中で方法が少しずつ広がっていきました。
斎藤 人類学的なフィールドワークだと、「参与観察[★03]★03」が基本になりますよね。一方で、社会学的なインタビューも調査に組み込んでいます。
鍋倉 その土地に住みながら、現地の人々と一緒に暮らして観察するというのが人類学の基本的な姿勢なので、私も「じゃあゲストハウスに暮らせばいいんだな」って、ごく自然に思っていました。
社会学のことをきちんと勉強し始めたのは、実は修士・博士課程に入ってからなんです。立教大学の観光学部では社会学や人類学の先生方も基本的にフィールドワーカーが多かったので、調査方法について「いろんな選択肢がある」とはあまり考えていませんでした。今になってようやく、「ああ、こういう方法もあるんだ」と学び直しているところです。
斎藤 社会学と人類学、両方の教員がいらっしゃる環境だったからこそ、両方の方法論に触れられたという面もあるんじゃないですか。
鍋倉 はい、本当にそう思います。ただ、最近の社会学では、方法論に対してかなり厳密さが求められるようになっていて、特に、計量的なアプローチが強くなっている印象がありますね。
社会学では、客観性や再現性など、科学的な手続きを重視する流れが強くなっているので、博士論文でも、自分の研究がどれだけ科学的であるか、ということを、かなりしっかり説明する必要がある。だから、方法論だけで何ページも費やして書くことも珍しくなくて、「方法をどう説明するか」がとても重視されている、というのが私の実感です。
一方で、人類学の博論本を見ると、研究方法に関する記述が1ページくらいしかないこともあって、そういう違いには戸惑いもありました。
誰と居合わせるかで変わるコミュニケーション
斎藤 調査中は、現地に馴染んでいる感覚が強いのか、それとも常に俯瞰している感覚があるのか、そのあたりはどうでしょう。
鍋倉 基本的には、良くも悪くもすごく馴染んでいきましたね。最初はやっぱり「他者」としてそこに入っていくので、違和感はありますけど、暮らし始めるとだんだんその他者性が薄れて、自分もその場所の一部になっていく感覚がありました。
でも、たまに「あ、私は研究者だった」と思い出す瞬間があるんです。たとえば、ある日突然、ゲストハウスのみんなでかりゆし58の曲を大合唱し始めたことがあって。
そのとき、「あ、これが私がここにいる理由だ」と急に思い出しました。「この状況はやっぱりちょっと変だぞ」と。私はどうしても一緒に歌えなかったんですよね。そこでビデオカメラを回して、物理的にも心理的にも少し距離をとって、自分の心を守るような感覚でした。
斎藤 研究者によっては、一緒に歌ってたかもしれないですね。
鍋倉 フィールドワークは基本的にはその場所にどっぷり入って、住み込んで、その生活の習慣や考え方を教えてもらうスタイルなので、一緒に歌うことができる人は多いと思います。だから少し距離を取りながら見るというのが、研究方法として「正しいかどうか」は、いろんな考えがあると思います。「一緒に歌わなければダメだ」というような研究者もいるでしょうし。でも、私にはやっぱり歌えませんでした。
斎藤 本のキーワードである「時限的つながり」とも関連しますが、ゲストハウスでの出会いや交流について、関係がとぎれることに注目しています。
鍋倉 最初にカンボジアの宿に行った2018年のときに強く感じたのが、まるでスクールカースト[★04]★04が毎日ひっくり返っていくような感覚でした。イメージとしては、階層構造を表すピラミッドの三角形がごろごろ転がっているような感じです。
あまり学術的な表現ではないんですけど、宿に着いた初日に、パッと見て“陽キャ”っぽい男性2人と女性1人が場を支配していて、にぎやかで盛り上がっていたんですね。で、ちょっと地味そうに見える人や年齢層が高めの人は、静かにその隅にいるように見えた。でも、そうやって場を制圧していたように見えた若い男性2人が、翌日にはもうチェックアウトしていなくなってしまうと、残された女性の1人は、その次の夜にはとても静かに過ごしているんです。
学校の教室だったらその3人が毎日いるので、自然とその人たちのテンションに引っ張られて、クラスの空気が固定されていきますよね。でも、ゲストハウスはそうじゃない。人の出入りによって空気も関係性もどんどん変わっていく。
もしかしたら、前日の彼女は彼らに合わせて“盛り上げ役”を演じていただけかもしれないし、素のままでああだったのかもしれない。そこは本当にわからない。
斎藤 「誰と同じタイミングでそこに居合わせるか」で、全然関係性が変わってくるわけですね。
鍋倉 そうなんです。人の性格や内面というより、「誰と共にいるか」という関係論的な視点がすごく大事なんだなって思いました。コミュニケーションって、固定された個人の性格で決まるんじゃなくて、関係性の中で揺れ動くものだと。
斎藤 「人間関係のしんどさ」からも自由になれる構造になっているわけですね。ゲストが入れ替わるからこそ、関係もリセットされていくというか。
鍋倉 まさに。「この人ちょっと苦手だな」と思っても、数日すればいなくなる。これはすごく大きいです(笑)。
(#2へつづく)
斎藤哲也がの博論本を聴く:鍋倉咲希『止まり木としてのゲストハウス』
#1 研究の原点はゲストハウスへの「違和感」
#2 ゲストハウスで生まれる「時限的つながり」
★01 正式名称は『日立 世界ふしぎ発見!』。1986年からTBS系列で放送されている「歴史と遊ぶ」をテーマに世界各地の遺跡や自然、都市などを巡るクイズ番組。 ★02 マレーシアのペナン州の州都。ユニークな町並みが評価され、2008年にマラッカとともにユネスコの世界文化遺産に登録された。 ★03 調査者が研究したい集団やコミュニティの中に自ら飛び込み、長期間にわたってメンバーの一員として一緒に生活したり活動したりしながら、その人々や文化を内側から観察・記録する調査手法。 ★04 学校の教室内に存在する、生徒たちの間で自然に形成される非公式なヒエラルキー。

- 鍋倉咲希なべくら・さき
- 1993年、神奈川県生まれ。立教大学観光学部卒業、同大学院観光学研究科博士課程後期課程修了。博士(観光学)。現在、和歌山大学観光学部講師、立教大学観光学部兼任講師。博論をまとめた『止まり木としてのゲストハウス――モビリティと時限的つながりの社会学』(晃洋書房、2024年)のほか、共著として『社会学で読み解く文化遺産』(新曜社、2020年)、『〈みる/みられる〉のメディア論』(ナカニシヤ出版、2021年)、『観光人類学のフィールドワーク』(ミネルヴァ書房、2021年)、『観光が世界をつくる』(明石書房、2023年)、『モビリティーズ研究のはじめかた』(明石書店、2025年)
などがある。

- 斎藤哲也さいとう・てつや
- 1971年生まれ。人文ライターとして人文思想系、社会科学系の編集・取材・構成を数多く手がける。編著・著書に『哲学史入門Ⅰ~Ⅳ』(NHK出版、2024〜2025年)、『試験に出る哲学――「センター試験」で西洋思想に入門する』(NHK出版、2018年)、『読解 評論文キーワード 改訂版』(筑摩書房、2020年)など。編集・構成に『哲学用語図鑑』(田中正人著、プレジデント社、2015年)、『ものがわかるということ』(養老孟司著、祥伝社、2023年)ほか多数。





