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建築史家・倉方俊輔の「大阪・関西万博を歩く」#6

若手建築家による20の施設をめぐる③

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いよいよ終幕の2025大阪・関西万博。大阪公立大学教授で、建築史家の倉方俊輔さんは、開幕から何度も足を運んで、つぶさに万博を見て、体感してきました。連載の最終回では、前回につづいて、公募によって選ばれた若手建築家がつくった20の施設について解説したうえで、半年間にわたった万博を振り返ります。(過去の連載はこちらより)

写真:倉方俊輔
編集:山田兼太郎(DISTANCE.media)

Contents

    あらためて「亜日常」の万博とは?

    4月13日に始まった大阪・関西万博は「歩く」万博だ――この言葉から本連載は始まった。特定の目的を持たず会場を歩くことで、日常を外側から見直す機会として今回の万博を位置づけた。かつてのような、半年間だけ現れて消える「非日常」の蜃気楼ではなく、「亜日常」の万博であるからこそ、日常では気づきにくいことに気づかせてくれる。いつもの日常から少し分岐し、参加した一人ひとりが発見を得て、再び日常に戻っていくのだ。

    したがって、建築も非日常的な意匠や技術を誇示して終わるものではない。会期の前後へと連続しつつ、日常にあるものを再考させる役割を担う。《大屋根リング》をはじめとして、今回の万博の建築は、新奇な意匠や技術の提示に終始したり、機能を満たすだけにとどまったりすることはなかった。そうではなく、大阪・関西万博のテーマに深く迫るものとなっている。すなわち、今回の主題は「技術」でも「環境」でもなく「人間」である――この見方を連載初回で示した。最終回では、その視点と建築との関係をさらに深めていく。

    トイレというビルディングタイプが問い直す「日常」

    若手建築家が手がけた20の施設のうち、休憩所やポップアップステージなどを、前々回から見てきた。これらの建築のなかに、今回の万博のテーマが顕著に表れているとは、これまでも述べてきた。その中でも、8つあるトイレは「亜日常」の実験という性格をひときわ帯びている。

    というのも、トイレは他の施設と比べ、より日常に根ざし、一定の型やイメージを備えているからだ。「公衆トイレ」という語が示すように、「公」に直結し、ありふれている一方で、万博が本質的に持つ公共性に近い。誰でも意見を述べられるような身近さゆえに、議論や炎上の的にもなりやすい。トイレは、まさに「日常」を問い直すビルディングタイプなのである。したがって、8つのトイレを検討する前に、論点を3つに整理する。

    第一は「仮設性」である。これは他の施設にも共通する論点で、半年間の会期のために建てられ、解体されることを前提に、材料や構法が決定されるということだ。近年は、連載第4回で述べたように、「循環する『物質の流れ』が、ある時点で組み合わさって現れる状態を建築とみなす考え方」が一般的になっている。期限付きである万博の性格は、こうした考え方の実現を後押しする。従来は一般的でなかった素材を用いたり、言葉では捉えきれない物質そのものに語らせるような試みも現れるだろう。施設の仮設性に向き合うことは、建築をより実験的にするのである。

    第二は「関係性」だ。若手建築家に割り当てられたのは、オールジェンダーの個室が計画されたトイレだった。バリアフリーへの考え方も近年深まっており、トイレは誰もが関わる施設であると同時に、空間をどのように分けるかという問題と密接に結びつく。プライベートなスペースとセミパブリックなスペースをどう配置するか、またそれらと外部との関係をどう調整するかが課題となる。建築は社会に作られるものであると同時に、社会を形成するものでもある。この世代の建築家は、そうした建築の核心に触れる施設であることに十分自覚的だろう。表面的な形態を超え、既存の枠組みを越えて、空間と人間の関係性がどのように設計されているかが論点となる。

    第三は「意味性」である。前述のように、日常に深く根ざすトイレは、「こういうものだ」というイメージをまとっている。今回の万博では、こうしたトイレが多くの人々が行き交う会場に設置されることで、意味性がさらに複雑になる。トイレと認識されることが、利便性や親しみやすさを生むかもしれない。一方で、トイレとは思われないことが、入りやすさやパビリオンのような楽しみを生む可能性もある。トイレという意味性とどのように向き合うか。この論点は他の施設以上に顕著に浮上する。カタチが何かの意味を喚起するだけでなく、物質が直接心身に働きかける意味にも、この世代の建築家は期待を寄せているに違いない。

    それでは、具体的に見ていこう。

    ⑬ GROUP〈トイレ1〉――「夢洲の庭」

    〈トイレ1〉の形態は、仮設性を強く体現している。使用されているのは、工事の仮囲いにも用いられる亜鉛メッキ仕上げの安全鋼板で、周囲からは鋼板が無造作に立ち並んでいるように見える。平面形状は多角形で、ところどころに個室の入口が設けられている。全体は男性用、女性用、オールジェンダー、バリアフリーの計13の個室で構成されている。

    通常の個室と異なるのは、入口と出口が分離されている点である。入ってきたのとは異なる内側のドアを開けると、爽快な中庭が目の前に広がる。入口のランプ表示が切り替わり、次の利用者に空室になったことを知らせる。中庭には、開けた空の下に手洗い台がゆったりと配置され、内側の一段高い場所には砂利が敷かれ、草木が芽吹いている。無機的な素材と緑、人の往来が、銀色の鋼板に鈍く反射する。

    設計を手掛けた井上岳[★01]★01+棗田久美子[★02]★02+齋藤直紀[★03]★03+中井由梨[★04]★04+赤塚健[★05]★05(GROUP)は、1970年代に埋め立てが始まり、バブル崩壊後に開発が停滞したことで絶滅危惧種を含む生態系が育まれ、万博やIRで再び更地化が進むという夢洲の歴史を踏まえて、「夢洲につくられていた生態系を手掛かりに、万博期間中、人が立ち入れない庭を再構成」したと述べる。「あえて人が立ち入らず、非人間が占める場所をつくることで、かつての自然、失われた生態系、これから現れるかもしれない未来の環境——それらが交差する、もう1つの夢洲の風景」を息づかせたと説明し、これを「夢洲の庭」と呼ぶ。

    ここでは、人々の関係性の更新が、トイレの意味性の更新と結びついている。従来の区分を改め、すべて個室化すると、トイレはこのように、利用者だけが向き合える空間を共有できるのだ。しかし、それだけでは「未来の実験場としての万博」という枠組みに回収されかねない。そこで、仮設性がアイロニカルに導入される。

    鋼板が解体・再組立の容易さを担保するだけでなく、「工事の仮囲い」のイメージを喚起させているのは明らかだ。外壁はきらびやかなパビリオン群を映し出しながら、突貫の建設と、やがて訪れる解体という時間の前後を想起させる。その内側には、利用者の心を和ませる美しさが備わっているが、設計者があえて「人が立ち入れない庭」と呼ぶのは、仮囲いという通常は人間のための世界を築く物質の内側に、人間以外のための生態系があるという逆転劇を強調するためだろう。

    このトイレもまた、前回分析した2つのサテライトスタジオと同様、仮設性を介して遠い出来事——かつての自然、失われた生態系、これから現れるかもしれない未来の環境——と接続しようとする。そこで期待されているのは、目に見えるカタチや機能的な素材以上に、物質そのものが語る力なのである。

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    ⑭ Studio mikke+Studio on_site+Yurica Design and Architecture〈トイレ2〉――「地球の形跡」

    〈トイレ2〉は、半年間という仮設性を活かして「残念石」とよばれる巨石を万博会場に持ち込み、新たな意味を付与したものである。設計は、小林広美(studio m!kke)[★06]★06+大野宏(Studio on_site)[★07]★07+竹村優里佳(Yurica Design and Architecture)[★08]★08によってなされた。

    5つの巨石がトイレの個室群を囲むように配置され、そのうち4つが大屋根を支え、おおらかな滞留空間を形成する。これらの石は、1975年の護岸改修工事の際に土中から発見されたもので、1620年頃に大坂城の石垣用として切り出されながら使用されずに残った、通称「残念石」である。現在は京都府木津川市教育委員会が管理しており、地元の理解を得て貸し出され、会期終了後に現地へ返還される。

    「文化財的な遺産をトイレに使う」と聞けば、脊髄反射的な反発が起こるものかもしれない。しかし、現実の物質は、既存の意味に縛られず、悠然と立っている。旧来の万博のイメージを裏切る、時間をまとった素材感は、その大きさも相まって人目を引く。万博で誰もが利用する施設である以上、目立つこともトイレの必要条件かもしれない。そして、その先には何があるのか。

    まず、石が単なる素材としてではなく、ただそこに存在するように感じられる背景には、石ファーストの設計思想がある。屋根を支える束は石を傷つけないよう配慮され、その表面の微妙な凹凸に正確に追従するよう製作されている。石の形状を3Dスキャンし、そのデータに基づいてカッターをコンピュータ制御することで、部材が石の輪郭に精密になじむように仕上げられた。トイレ部分との取り合いも同様に、レーザーカッターを用いて金属板を石の形状に合わせている。残念石が加工されることなく機能し、物質性が際立つのは、こうした技術の進歩を活用した成果である。

    こうして初めて、残念石は多くの人の目に触れる機会を得た。地域文化を広く伝え、それが発見された木津川市を訪れる人も増えるだろう。ここでもまた、地理的・歴史的に遠い出来事とつながり、会場内に閉じない広がりをもたらすという現象が見られる。

    さらに、石が物質として直接心身に働きかけることが大事な点である。万博会場に運ばれた石は、もし石垣に組み込まれていたならば、単なる素材の一つに過ぎなかっただろう。しかし、使用されなかった石を立ち上げ、巧みなバランスで建築の主役に据えたことで、残念石は既存の意味を超えた存在感を放つことになった。

    自然から切り出された石は、人間の手の内に収まらない表情を持ち、雨が降ればしっとりとした風合いに変化する。大自然の中で形成された雄大さは、人間の行為を自然なものとして感じさせ、人の関係性とトイレの意味性を更新する。人間が意味を左右できる素材である以前に、長い時間をかけて固まった自然物としての姿に、誰もが身近に出会うことができる。まったく残念ではないのである。

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    ⑮小俣裕亮建築設計事務所/new building office 〈トイレ3〉――「Responsive structure」

    〈トイレ3〉において設計者の小俣裕亮(小俣裕亮建築設計事務所/new building office)[★09]★09は、空気膜構造を今日的に前進させ、場の関係性を組み替えた。空気膜構造とは、薄く気密性の高い膜素材を用い、内部の空気圧を高めることで、柱や骨組みなしに広い空間を支える構造である。1970年の大阪万博では〈アメリカ館〉や〈富士グループパビリオン〉で採用され、後に〈東京ドーム〉などの恒久的な建築にも応用された。

    空気膜構造は、伸びやかな感覚を与える。空間が構造体に邪魔されず、自然の光が膜を通して降り注ぐためだ。しかし、その成立には空気を送り込み続ける必要があり、環境面や経済面から見ると、必ずしも現代的とは言えない。さらに、人が内外を行き来するルートが通常の構造より限定されるという難点もある。内部にいる人に外部のような心地よさを感じさせる一方、周辺環境と隔絶されがちなのである。

    これに対し、〈トイレ3〉では、人が行き来する部分を木造架構に委ね、空気膜構造を環境に応答させることで、従来の構造以上に内部と外部を接続させた。具体的には、木造の架構の上に空気膜構造の屋根を載せ、軽やかな立体トラスで周囲を固定している。この屋根は、強風時には膨らむことで風に対抗し、風が弱い時には送風コストを抑えるため膨らまずに風に揺れる。また気温が高い時は膜屋根の内圧とつり合うように上に水をためて屋根自体を冷却し、膜下の空間の暑さを軽減する。エネルギー消費を抑えつつ環境に適応する装置として機能するのだ。

    利用者には、この屋根が光る天井として映る。膜を透過した光は均等に拡散し、自然な明るさを提供する。部材の組み合わせではないため一見して大きさが把握しづらく、柔らかなカーブが空間を包み込む。1970年の大阪万博で人々を魅了した空気膜構造の伸びやかさが、ここで現代的に展開されている。

    トイレの平面構成は、男性用と女性用のエリアに分かれ、バリアフリーおよびオールジェンダーの個室が加えられている。これらの間には広々としたロビーや通路が設けられ、開放感が生み出されている。木造架構による大きな開口部と光る天井が外部のような内部空間を生み出し、トイレの意味性を刷新する。平面構成と空気膜構造の屋根が相まって、異なるエリアを橋渡しし、人、光、風を透過させるのだ。

    ここで再発見された空気膜構造は、建築の一部をなす素材であることを超え、固有の性質を持つ物質のような存在である。形状を変化させて環境を調整し、建築全体を統合する。シンプルな素材の組み合わせで仮設性に応えつつ、どこか生き物のような空気膜構造の魅力を継承し、さまざまな関係性に呼応するものへと進化させている。

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    ⑯ 浜田晶則建築設計事務所/AHA〈トイレ4〉――「土の峡谷」

    〈トイレ4〉は、新しい物質性を前面に押し出している。設計者の浜田晶則(浜田晶則建築設計事務所/AHA)[★10]★10は、建設用3Dプリンターという先端技術と、伝統構法である土壁から着想を得た素材を融合させ、大地から立ち上がるような有機的な存在をめざした。

    素材には、土、粘土、硬化剤、藁、顔料、海藻糊の混合物が用いられた。これらは強度やプリントのしやすさだけでなく、国内で入手可能であること、会期後の解体時に自然に還せることを条件に選ばれている。

    トイレの平面は、男性用と女性用のエリアに、バリアフリーおよびオールジェンダーの個室を加えた構成だが、3つの手洗い台が花のように上方に広がる柱の周囲に配置され、一体感を生み出している。さらに、トイレ周辺に設けられた腰掛けられるベンチや植物を植えたプランターも、統合された環境として感じられる。それぞれに個別のばらつきを持ちながら、連続するように成形されているためである。

    3Dプリントされた層状の形態は、日本全国で採取した石を3Dスキャンしてサンプリングしたデータを複数融合して生成された。トイレは木造架構に、工場でプリントした外装パネルを取り付けて構成され、全56枚のパネルの表面形状はすべて異なる。周辺のベンチは境界なくプランターへと移行するが、いずれも自立するための構造的合理性を考慮して形態が決定された。土から生成された物質と、自然界の有機的な曲線から着想を得た形態が結びつき、植物に馴染みながら、人間のさまざまな行動を受け入れる場が成立している。

    こうした環境の中に身を置くと、トイレの意味性も変容するだろう。通り抜けたり、佇んだりする行為とトイレを使うことがひとつながりになる。原始を思わせる形態で人を引き付けながら、人間の関係性を変えるものとなっている。

    仮設性をめぐる実験であることも重要だ。ベンチ・プランターは、万博会場で3Dプリントされたものと、工場で生成された小さなブロックを積み上げたものとがあり、現地で生成され、やがて自然に還る構築方法の拡張を試みている。現代のテクノロジーを駆使することで、建築は場に固有の形態を取りながら、人間の心身により寄り添うものとなる。単なる技術や形態の提示にとどまらず、新たな物質性の可能性を切り開いているのである。

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    ⑰ 米澤隆建築設計事務所〈トイレ5〉――「積み木のような建築」

    〈トイレ5〉は、いかにも万博らしい楽しげな雰囲気をまとっている。米澤隆(米澤隆建築設計事務所)[★11]★11が設計を手がけ、色とりどりなブロックを積んだようで、目を引く。

    形態は基本的に3層で構成されている。一番下には人が使用する個室機能が配置され、2層目は光や空気を通す機能を持ち、1層目と一体化した縦長の三角柱も見られる。3層目に載った大きな三角柱は、庇として覆われた感覚を生み出す。

    トイレはすべて個室で構成され、男性用、女性用、オールジェンダー、バリアフリーのエリアに分かれている。庇がその区別を穏やかに示しているが、それでも空間全体は流動的である。色の塗り分けも男は青、女は赤といった既存のイメージを踏襲してはいない。

    若手建築家による8つのトイレの中でも際立つ特徴は、手洗い場が外部に設けられている点である。1層目のボックスの外側に蛇口や石鹸ポンプが取り付けられ、地表面に排水口を設けることで実用上の問題はない。むしろ、気軽に立ち寄って手を洗ったり、タオルを湿らせたり、子どもが手を洗う様子を記念写真に収めたりできる。この工夫もまた、敷地内のどこにでもいられるような雰囲気を高めている。

    空間的には、個室の中以外には内部らしい内部は存在しない。従来の施設にあったジェンダーなどの区別も、内外の関係性も更新されているのは明らかだ。

    作者はこれを「1970年の大阪万博でも提唱されていた建築思想『メタボリズム』を現代的にアップデート」したものと説明する。具体的には、一度建てたら動かないのではなく、組み換え可能であることを指す。当初は工場で製造したユニットを現場に搬入する予定だったが、現実的な点から現地での組み立てとなった。それでも、会期終了後はユニットごと他所に移設し、異なる組み合わせで再利用することが予定されている。半年間の会期であることを見据え、物質を無駄にしない工業化された手法が選択されたと言える。

    ただし、このトイレの開かれた感覚は、真面目一辺倒の工業化からも、メタボリズム思想の正確な適用からも生まれないだろう。特徴的なのは、既存の意味性を積極的に活用している点だ。それは本作が開幕前から話題となり、次第に批判者よりも賛同者の声が大きくなるという社会現象を引き起こしたことと無縁ではない。この連載の初回で、万博を「先端性と通俗性を併せ持ってきた独特のイベント」と定義した。本作は万博の「通俗性」と共鳴している。

    これは否定的な意味ではない。〈トイレ5〉は、根拠に縛られずに色を塗り、積み木を思わせる形状をやや不安定に重ね、パビリオンを彷彿とさせることで、楽しげな雰囲気を生み出している。閉鎖的な施設とは対照的に、関係性においても意味性においても、訪れる者に開かれた存在なのである。「2億円トイレ」としての議論は設計者の意図を超えたものかもしれないが、大衆に働きかける作風に根ざしている。それが仮設性を活かし、会場内に閉じない広がりをもたらしている。

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    ⑱ KUMA & ELSA 〈トイレ6〉――「One Water」

    〈トイレ6〉は、トイレとは思えない形態を通じて、既存の施設の意味性と関係性を変革している。

    最大の特徴は、用を足した人が可視化されることではないだろうか。遠くからも、パビリオンを思わせる大きさに感じられる。それはカタチに明快な一体感があるからだ。木でできた外壁は地面から切り立ち、次第に上昇して、角になって終わる。近づくと、内側が階段状になっているのが分かる。

    利用者は側部から内部へ入る。総数の半分以上がオールジェンダーの個室で、それらが三角形の断面形状がそのまま現れた内部空間に並んでいる。内壁にも外壁と同じスギ材が用いられ、柱が丸太状であることも自然な印象を与える。傾斜した天井は、暖かい空気が上昇し、南西からの海風が新しい空気を運ぶという自然の仕組みによる換気を促す。このように内部に身を置けば、外から見る以上に仮設的な印象を受ける。そこには、一つの空間を共有する利用者たちが、流れるものによって浄化されるような雰囲気が漂う。

    利用を終えた者は皆、平面中央に連なる手洗い台で水を流し、出口へと向かう。遠くからも中央部に見えた開口部がそれである。設計者の隈翔平[★12]★12+エルサ・エスコベド[★13]★13(KUMA & ELSA)は、これを「水のパビリオン」として、次のように説明する。「出口へと続く道は、雨水が貯まる水庭へとつながる。ここで集められた雨水は、機械室の貯留池に取り込まれ、トイレの排水や屋根の散水に再利用される。屋根に敷かれた砂利は水を吸収し、その蒸発時に建物の熱を逃がしてくれる」。

    循環する物質の流れは、当然ながら、建物そのものでも考慮されている。内外を仕上げる木材は、再利用を容易にするために穴を開けず、木製ブロックで固定された。基礎には覆工板と山留材が使用されているが、これらはレンタル品で、会期終了後に返却される。

    そのうえで、流れを共有することは、さらに象徴的な意味を帯びている。階段上の空間は利用者だけのものである。ぼんやりしたり、風を感じたり、水の流れに思いを馳せたりできる。それは万博会場での主目的を一時中断した時間であり、人は社会的な分類から解放される。いわば、用を足している時間が引き伸ばされている。

    異なるのは、外から見られている点である。設計者が「私たちに肉薄する資源とジェンダーの事柄が、人間の生理現象を中心に交錯している」と記し、「『ひとつの水の中に生きる魚たち』のように、私たちも同じ水を分かち合って生きている」と書いているのを見ると、用を足した人が人流を眺め、水を流した者として眺められている光景は偶発的に生まれたとは思えない。

    隠されるものというトイレの意味性が、既存の社会の分断を生み、物質の循環を共有しないことにもつながっているのではないか。そんな秘めたメッセージは、建物単体ではなく、そこに人間が加わることによって視覚化されている。技術や環境だけでなく、ましてカタチに終始するのでもなく、人間という存在を問うことが主題となった、今回の万博らしい建築である。

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    ⑲ PONDEDGE+farm+VOID〈トイレ7〉――「島の蜃気楼」

    〈トイレ7〉は、新しい物質性を採用し、トイレの内と外の区別や関係性を柔らかく変えている。

    透明と不透明の間で輝くのは、3Dプリントされたポリカーボネートパネルである。このパネルは、ふにゃふにゃと変化する形状で、規則性が読み取れない。周辺を歩くと、光が反射する面が刻々と変わり、一瞬たりとも同じ姿ではない。通常の構造のように構成部材も、ドアや窓も露わになっていないので、実際の大きさが把握しにくい。このようにして、建物の実体というより、現象のような存在が出現している。

    トイレの平面構成としては、男性用と女性用のエリアに分かれ、さらにバリアフリーとオールジェンダーの個室が設けられている。それでも、同一の場を共有しているように感じられるのは、男女それぞれのエリアで入口と出口を分け、巻き込むような平面計画を採用しているからである。出入り口は広くないので、連続したポリカーボネートパネルの一体感が際立つ。屋根を見せないつくりが、この物質に場を調整させるという考え方をより明確にしている。

    ポリカーボネートパネルは内部でも、ベールのように揺らめく光を届ける。外周から明るく照らされるだけでなく、平面中央の中庭からも光が入る。男女の手洗い台はこの中庭に面しており、足元には中庭の土がのぞくため、外部で手を洗っているような開放感がある。

    設計者である鈴木淳平(PONDEDGE)[★14]★14+村部塁(farm)[★15]★15+溝端友輔(NOD)[★16]★16は、これを「島の蜃気楼」と名づけている。期限付きの万博だからこそ、日常のように固定的な形態ではなく、刹那的な現象のような存在を立ち上げたいという意図がうかがえる。

    3Dプリンターで成形された部材は、コンピュータ上で設計されたものが正確に再現されたと想像しがちだが、実際には製造時のマシンのわずかな揺れにより形態が変化するという。3Dプリント技術はまだ発展途上にあるのだ。この施設では、そうした歪みを許容する構法が採用されている。

    このように、〈トイレ7〉は万博にふさわしい実験性を備えている。素材は仮設性を満たし、会期終了後に再利用可能である。特徴的なのは、存在と物質性が不可分である点だ。揺らぎのある現象は、ポリカーボネートパネルの性質を引き出し、製造過程で不可避な歪みを内包している。新たな物質そのものが、直接人間の心身に働きかけている。

    この働きかけは、立地にも適っている。シグネチャーパビリオンが立ち並び、ウォータープラザに面した、万博会場で特に人通りの多い場所に位置する〈トイレ7〉は、そのカタチでパビリオンと競うことなく、トイレの意味性を巧みに消去しつつ、内外にふさわしい関係性を生み出している。夜になれば、内側からの光で揺らめき、幻想的な表情を見せる。半年間の存在であっても、敷地の特性を意識した設計は、これまで見てきた若手建築家の施設にも共通する配慮である。

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    ⑳ 斎藤信吾建築設計事務所+Ateliers Mumu Tashiro〈トイレ8〉――「万博トイレのあたらしい『かた』」

    〈トイレ8〉がどこか集落を思わせるのは、現代の文化的な関係性の反映をめざしたからかもしれない。設計者の斎藤信吾[★17]★17+根本友樹[★18]★18(斎藤信吾建築設計事務所)+田代夢々(Ateliers Mumu Tashiro)[★19]★19は、単なるカタチではなく「現代の万国博覧会におけるトイレの新しい『かた(典型)』を提案したい」とし、「いまこの時代を鑑みた新しい『かた』としてのトイレをつくる必要があると考えた」と述べる。

    色彩は白に統一され、そのため一層、さまざまな棟が群を形成していると感じられる。平面構成は、男性用ゾーンと女性用ゾーンに分かれ、周辺部に3か所のオールジェンダーゾーンが配置されている。ただし、複数の小便器を収めた棟や、女性用個室2つで構成される棟が存在するため、棟の形態だけで用途を判別することはできない。また、各ゾーンはゆるやかな囲みで形成され、境界が明確でない。手洗い台は各棟または個室内に収められ、群としての計画が際立つ。

    設計の過程では、日本博覧会協会と「ユニバーサルデザイン・ワークショップ」を開催し、視覚、聴覚、車椅子利用などの身体的な障がいを持つ当事者と原寸大のモックアップを用いて使い勝手を検証し、その知見を設計に反映した。また、さまざまな国籍や宗教に配慮したゾーニングを行ったことも、設計者によって説明されている。

    特に目立つのは2つの棟である。どちらも仮設性を考慮したつくりだが、他の12棟が木造であるのに対し、これら2棟は鉄骨造で、9mと11.5mの高さになっている。女性用と男性用で、それぞれ1つの大便器を収めている。見上げると、最上部に開口部があり、壁面を光が滑る。中東の〈風の塔〉のように、ヴァナキュラーな集落にでもありそうな印象を与える。

    高さや構造の異なる棟が混在し、内部の分割方法も一様でないことは、それぞれの個性を備えた多様な要素が、それでも――それゆえに――集まっているという世界観の表明だろう。背の高い2棟は、群としての風景に説得力を与えている。しかし、これも周囲の棟がなければ、か細いだけに違いない。君臨しているわけでもないのである。

    〈トイレ8〉も、万博会場で特に人通りの多い場所に位置している。ある種の象徴的な形態が考慮されたことは間違いないだろう。360度見られる立地において、群としての印象は見る位置によって変化する。分棟形式により、トイレのようでトイレでない意味性が生まれ、利用者の関係性を変えている。そして、古今東西の文化がそうであるように、人々の関係性に絶対的なものはないが、場づくりを通じて建築にできることがあるという希望を発している。

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    「亜日常」の終わり、未来の始まり

    さて、半年にわたって続いてきた大阪・関西万博もまもなく終了する。半年間の「いのち」であったその開催にどんな意味があっただろうか。

    蓋を開けてみれば、この「期限つきである」という命題に多くのパビリオンが向き合い、日頃なかなか目にできない解答を提示した。これほど多数の専門家が限られた時間的制約のもとで、同時に応答をする機会が、日常の中で果たして起こりうるだろうか。建築に関して言えば、設計者が参照できたのは過去の万博の蓄積であり、実際に格闘していたのは関係者の要望や開幕の期日、予算といった現実の制約である。個別のパビリオンや施設同士が理念をすり合わせ、設計を相互調整する余裕はなかったに違いない。

    それにもかかわらず、実際に目の前に現れた建築は、決して過去の焼き直しではなかった。現実に対して萎縮したものでも、ズレた未来の祭りでもなかった。関係者が各々に命題を注視し続けた成果として、日常では現れにくい可能性が同時に示された。そこにこそ大阪・関西万博の意義があった。

    半年のあいだ可視化されたのは、「現実化した多様性」だったとも言える。多様性という言葉を口にするのは容易だが、それを視覚化し、体験へと翻訳して、人間という物わかりの良くない存在にやわらかく浸透させる機会は、このような催しをおいて多くはない。先端性と同時に、多くの人が訪れる通俗性が、万国博覧会の要である。社会は「先端」や「真実」だけでできてはいない。単一の目的やイデオロギーに収斂しない万国博覧会は、境界や序列を解除する働きをもつ。

    そんな万博が建築にもたらした効果をめぐっては本来、8つのシグネチャーパビリオンや国内外のパビリオンも取り上げるべきだったかもしれない。人間という主題への応答、共創する現代の建築家像、時間や物質との関連について、さらに言葉を足すことはできただろう。

    そうであっても今回の連載では、藤本壮介による《大屋根リング》と、若手建築家による20の施設にしぼった。これらの建築は、大阪・関西万博を代表する試みであり、深く語るにふさわしい。いずれも、線のように続く物質の循環を意識しながら、多彩な解答を提示していた。こうした提案は、日常的な社会の中ではなかなか起こり得ない。

    それは万国博覧会が「点」であることの価値である。すなわち、綿々とした時の流れからすれば、一瞬の出来事でしかない。しかし、始まりがあり、終りが決まっているから、まとめられることがある。あれもこれもとできないことが、形態の分かりやすさや、表明される理念の強さを後押しする。有限であるからこそ、未来を想像し、先取りしようと望む。事物の連関に絡め取られず、「亜日常」の時空をつくろうとする行為だけが、人間に残された特権なのかもしれない。

    やはり、いのちはタフだ。今回、建築家に、公にさらされる機会を与えたのは万博である。多様性という綺麗事に収まらない経験を得て、対話の機会と技術を獲得した。

    さまざまに期限つきであることと向き合い、成果を得た建築と社会との接点は、静かに日常へと還元されていくだろう。亜日常は終わり、私たちは未来を始められる。(了)


    建築史家・倉方俊輔の「大阪・関西万博を歩く」

    #1 「亜日常」の博覧会
    #2 《大屋根リング》は建築なのか?
    #3 万博そのものを体現する《大屋根リング》
    #4 若手建築家による20の施設をめぐる①
    #5 若手建築家による20の施設をめぐる②
    #6 若手建築家による20の施設をめぐる③

    ★01 1989年山梨県生まれ。石上純也建築設計事務所勤務を経て、2021年よりGROUP共同主宰。 ★02 1988年広島県生まれ。オンデザインパートナーズ勤務、BORD共同主主宰を経て。2021年よりGROUP共同主宰。 ★03 1991年群馬県生まれ。東京大学特任助教。2021年よりGROUP共同主宰。 ★04 1998年大阪府生まれ。石上純也建築設計事務所勤務を経て、2021年よりGROUPメンバー。 ★05 1989年千葉県生まれ。BORD共同主宰を経て、2021年よりGROUP共同主宰。 ★06 1992年滋賀県生まれ。建築設計事務所勤務を経て、2021年studio m!kke設立。 ★07 1992年滋賀県生まれ。2019年特定非営利活動法人Studio on_site設立。 ★08 1991年奈良県生まれ。2022年Yurica Design and Architecture設立。 ★09 1982年宮城県生まれ。磯崎新アトリエ勤務を経て、2016年小俣裕亮建築設計事務所/new building officeを設立。 ★10 1984年富山県生まれ。studio_01共同設立を経て、2014年AHA 浜田晶則建築設計事務所設立。teamLab Architectsパートナー。 ★11 1982年京都府生まれ。2005年米澤隆建築設計事務所設立。大同大学准教授。 ★12 1983年福岡県生まれ。マウントフジアーキテクツスタジオ勤務を経て、2018年よりKUMA & ELSA共同主宰(フランス、日本)。 ★13 1990年スペイン・ビルバオ生まれ。イギリスのWhat if: projects勤務を経て、2018年よりKUMA & ELSA共同主宰(フランス、日本)。 ★14 1986年愛知県生まれ。HIGASHIYAMA STUDIO設立を経て、2024年PONDEDGE設立。 ★15 1989年東京都生まれ。t e c o勤務を経て、2021年farm設立。 ★16 1993年和歌山県生まれ。商業施設の設計会社を経て、2019年株式会社NODを設立。VOID株式会社執行役員。 ★17 1987年東京都生まれ。あかるい建築計画共同代表を経て、2022年斎藤信吾建築設計事務所設立。 ★18 1987年埼玉県生まれ。あかるい建築計画共同代表を経て、2021年よりStudio Nasca勤務、2023年より斎藤信吾建築設計事務所室長を兼務。 ★19 1995年東京都生まれ。レミングハウスを経て、2022年Ateliers Mumu Tashiro設立。

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    倉方俊輔くらかた・しゅんすけ
    1971年東京都生まれ。大阪公立大学大学院工学研究科教授。日本近現代の建築史の研究と並行して、建築の価値を社会に広く伝える活動を行っている。著書に『東京モダン建築さんぽ』『京都 近現代建築ものがたり』『伊東忠太著作集』『吉阪隆正とル・コルビュジエ』など多数。建築公開イベント「東京建築祭」の実行委員長、「イケフェス大阪」「京都モダン建築祭」の実行委員を務める。日本建築学会賞(業績)、日本建築学会教育賞(教育貢献)ほか受賞。

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