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建築史家・倉方俊輔の「大阪・関西万博を歩く」#5

若手建築家による20の施設をめぐる②

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閉幕まで1カ月をきった2025大阪・関西万博。大阪公立大学教授で、建築史家の倉方俊輔さんは、今回の万博を体現するものとして、公募によって選ばれた若手建築家がつくった20の施設に注目します。トイレや休憩所、サテライトスタジオなど、さまざまな用途を持つ建物のなかから、万博がどのように垣間見えるのか、ひもときます。(過去の連載はこちらより)

写真:倉方俊輔
編集:山田兼太郎(DISTANCE.media)

Contents

    カタチではなく、物質を前面にだしたポップアップステージ

    前回から、大阪・関西万博の会場で実現した若手建築家による20の施設に注目している。公募で選ばれた1980年以降生まれの建築家20組が設計している。まず分かるのは、それらが決して一様ではなく、異なる方向で挑戦を行っていることだ。そのうえで共通点も見えてくる。すなわち、機能を満たしつつ新しい可能性を切り拓こうとする建物ーーここではそれを「建築」と呼ぶーーにおいて、過去にはカタチが理念を示し、物質はそれに従属することが多かったのに対し、物質が直接に心身に働きかけることを期待しているという同時代性である。

    今回の連載では、前回の4つの休憩所、ギャラリー、展示施設に続いて、会場内の4つのポップアップステージと2つのサテライトスタジオを分析しよう。

    まず、ポップアップステージである。これは音楽やトークなどのイベント実施を想定してつくられる小規模なステージ広場で、閉じた屋内空間は必要とされない。4組の建築家は、ステージが焦点となり、人が集まりたくなる場を生み出そうとしている。共通するのは、カタチ以上に、物質を効果的に働かせていることだ。それぞれが駆使した物質は、すべて異なっている。

    ⑦桐 圭佑/KIRI ARCHITECTS 〈ポップアップステージ(東内)〉

    〈ポップアップステージ(東内)〉を設計した桐圭佑(KIRI ARCHITECTS)[★01]★01は、「雲」を扱った。ステージと客席の双方を覆うように、半透明の防水メッシュでできたボウル状の屋根を4本の支柱で吊り下げている。ボウルには霧の発生装置が組み込まれ、一定の間隔で水が霧へと変わる。今回の万博は海側から常に風が吹く場所で開催されているために、溜まった霧が風にたなびいて雲状になるのだ。

    設計者は、この場所にある風と水から生まれ、一瞬たりとも同じ形状をとらない雲を、場づくりの中心に据えた。この物質は、仮設性を帯びたカタチと呼応している。防水メッシュを支える引張材[★02]★02や、照明装置を吊るす水平屋根などの部材構成は、露わにされ、設営と解体の容易さを示している。それ以外のカタチはわずかしかない。階段状に掘り込んだ部分が客席となり、それによって地盤面が相対的にステージとして認識されることになる。このようにして生まれた場を、時折あらわれる雲が包み込む。

    現れては消える雲は、このステージでのイベント、ひいては半年の会期を持つ万国博覧会そのもののメタファーだとも言える。それらは人の目を奪い、一瞬の出来事であるからこそ、記憶に刻まれる性格を持つ。建築が恒久的なカタチをめざすのではなく、物質の流れの中に自らを位置づけるからこそ、それは単に地球環境に配慮したというだけでなく、人間に対してもより印象的で効果的に働くのである。

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    ⑧三井嶺建築設計事務所〈ポップアップステージ(西)〉

    〈ポップアップステージ(西)〉は、「木」によって場をつくる試みだ。しかも建材としての木材ではなく、切り倒された瞬間を思わせる松の皮付き丸太を用いて。1本の丸太が2本の細い鉄材で頭上高く掲げられ、その上に水平屋根が乗る。屋根はシーソーのように可動するため、支点である丸太の存在がいっそう際立つ。屋根には生の松葉が葺かれている。

    設計者の三井嶺(三井嶺建築設計事務所)[★03]★03は、建設時にこの丸太を人力で持ち上げるイベントを行った。揃いの半被をまとった参加者が声を合わせて綱を引き、丸太を定位置へと固定する。人の力で丸太を起こし、やがて枯れる松葉で屋根を葺くという構成は、祇園祭の山鉾建てや春日若宮おん祭の仮御殿など伝統的な祝祭から学んだものだという。会期中には、松葉を青々としたものへ葺き替えるワークショップも実施された。

    丸太を立てるのではなく、高く水平に掲げることは、日本の建築の伝統の中にある要素ではないものの、これによって最も表現されているのは、つくられたカタチでも、自然素材を用いていることでもなく、人がなす建設という行為である。それは物質の流れを人為的に転換する営みであり、木の皮を残し、切断面を露わにし、色が時間とともに変化していくからこそ、転換された瞬間の祝祭性が強調される。

    1本の丸太は、万博が期限付きの催しであることと向き合い、万博そのものとステージでのイベントの祝祭性を高めようとしている。それを持ち上げる2本の鉄材は、断面が変化する繊細なデザインで、丸太の存在を強調している。言葉に収まらない物質そのものに物言わせようという理念が、ここでは明確だ。 

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    ⑨萬代基介建築設計事務所〈ポップアップステージ(東外)〉

    〈ポップアップステージ(東外)〉は、「鉄骨」と「膜」によるテント状の構成が、会期後の移設可能性を示唆している。実際、20個の円形リングによって構成される幾何学の形状は、解体しやすいように設計され、基礎も鉄骨で移設先でも利用できるようになっている。構造的にも、移築後に恒久的に使用できる強度で計画された。

    他の3つのポップアップステージと共通する点としては、物質そのものが率直に表されていること、半年間の会期と向き合っていることが挙げられる。異なるのは、同じカタチでの移築が想定されている点である。ただし、なぜこのカタチになっているのかは、万博会場における敷地や用途からも、移設後の汎用性だけからも説明できない。移築後の敷地や用途によって存在意義が見出されるだろう性格を有している。

    3つの開口部がそれだ。最も大きいアーチ状の開口部は、万博会場においてはステージと観客のゾーンとを分けながらつなげる、プロセニアムアーチの役割を果たしている。より小さいアーチ状の開口部はステージに出入りする際に有用だろう。上部には円形の開口部が設けられており、万博会場においては内側に植えられた樹木が外部に立つ樹木と出会う場所になっている。構築物の内外が入れ替わるような不思議な感覚だ。そこを透過した円形の光が内壁をつたう時、ドームの頂部に円形の開口部が穿たれた古代ローマの名作パンテオンを思い出すかもしれない。

    3つの開口部は万博会場において、透過性のある膜に木々の影が映る仕組みとともに、ステージに場の揺らぎをもたらし、イベントを開放的なものにしている。ただし、これがなぜあるのかが説明しきれない感じも受ける。現時点における敷地や用途と完全には結びつけられていないカタチも、構造物がふわりと舞い降りたような仮設的な印象を高めている。

    実際、設計者である萬代基介(萬代基介建築設計事務所)[★04]★04は、この開口部にスロープが通過したり、水が流れたりする画を描いている。万博閉幕後に移築された時、3つの開口部には別の意味が与えられるだろう。このポップアップステージのカタチは、続く時間のために設計されてもいる。単に移築も可能であるいうことではなく、構造的に移設を重視した構成に決定され、意匠的にも次の使い方を触発するのだ。これまでの万博でも見られたパビリオンなどの移築とは違って、ある意味、閉幕後の時間を主役にした計画であるとも言える。そうした性格が万博のポップアップステージにふさわしい、地に足がついた軽快さをもたらしている。

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    ⑩佐々木慧/axonometric 〈ポップアップステージ(北)〉

    〈ポップアップステージ(北)〉は、「丸太」から「建材」へと変化する物質を扱うことで、半年間だけの場を賑やかにしている。ステージ前の広場をゆるやかに囲み、観客のゾーンを生み出しているのは、宙に浮いた多数の木々である。丸太の端部をワイヤーでつなぐことで、立体的に安定したテンセグリティ構造[★05]★05を形づくっている。森から切り出した丸太は1本1本の形状が異なり、また乾燥して次第に収縮するといった性質を持つ。そうした変化に追従できる構造が採用されている。

    設計者である佐々木慧(axonometric)[★06]★06は、会期終了後の建物の再利用を考えるのではなく、万博の会期を、森で伐採された丸太が市場に流通する建材へと変わる期間と位置づけた。ここで自然乾燥された木々は会期終了後に分解され、製材されて、次の建物の素材となる。丸太の端部だけをつなぐ仕組みも、部材の欠損をできるだけ避けるという目的から編み出されたものだ。

    まさに連載の前回で記したような「循環する『物質の流れ』がある時点で組み合わさって現れている状態を建築とみなす考え方」に基づいている。重要なのは、そうした考え方によって、あらかじめ期限が定められた万博ならではの楽しみが生まれている点である。

    まず、丸太をこのように目にすることは普段あまりない。森の中にある木々と日常の中にある建材とをつなげて考えることができる。そんな教育的な効果が生まれるのも、丸太という物質そのものが屋外で突きつけられているからだ。

    それにカタチが目を引くこともある。1本1本が独立し、空気にさらされるテンセグリティ構造は、丸太を建材へと変化させる上で採用されたものだ。それを全体として見た時に、まるで組体操をしているかのようなおかしさを感じさせないだろうか。丸太が浮遊する光景などは初めてである。このカタチもまた、万博そのものとステージでのイベントの祝祭性に合っている。

    さらに、そうしたカタチによる全体構成が、適切に囲われた場をつくり出している。山形のテンセグリティ構造のユニットは、それぞれ独立しており、それらがやわらかに配置されて、人が滞留するゾーンになっている。一定の太さを持ちながらも、間隔のあいた丸太の群が、遠くからも視認性が高く、同時に透過性のある場を生み出しているのだ。

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    閉じつつ開かれたサテライトスタジオ

    続いて、サテライトスタジオを見てみよう。これらは若手建築家による20の施設の中でも、閉鎖性が高い部類に属する。その目的が放送局の番組中継・収録用スタジオであるためだ。したがって、この2つに関しては、サテライトスタジオとしての機能性を確保しながら、来場者にその存在をいかに開いていくかが、建築家の取り組みどころとなる。結果として2つとも、遠く離れた出来事を伝え、知るといったサテライトスタジオの目的に共鳴した作品となっているのも興味深い。

    ⑪野中あつみ+三谷裕樹/ナノメートルアーキテクチャー 〈サテライトスタジオ(東)〉

    〈サテライトスタジオ(東)〉には一見、とりとめもないほどにバラバラな木材が集まっていて、目を引く。設計者の野中あつみ+三谷裕樹(ナノメートルアーキテクチャー一級建築士事務所)[★07]★07が当初から考えたのは、さまざまな人間の都合で不要となった木材を「困った木」と呼び、それを集積して建築をつくろうということだった。

    最終的に15の提供者から木材が集まり、それらが組み合わさって、円形の屋根を支える柱となっている。たとえば、スタジオと軒下との中間に位置するのは「建物が避け切れなくなった木」で、愛知県名古屋市にある日本三大神宮の一つである熱田神宮に生えていたマツの一部。木造建物の横で大切にされていたが、生長しすぎて台風や大風により建物自体を損壊させてしまう恐れが高くなり、剪定へと至ったものである。

    スタジオの前の柱上部にある光沢のある木材は「磨かれちゃった木」で、奈良県吉野で生産された磨き丸太のうち、磨いた後に最終的な検品で製品にはならなかったものが使われ、意匠的にも面白い。その他、軒下部分で井桁状に組まれている新しそうな木材は「大屋根リングの一部だった木」。貫接合とするためにくり抜かれた部分が再利用され、大屋根リングの建設過程がうかがえる。各所に二次元コードを掲示し、来場者が読み取ることで、それぞれの材がどこからやってきて、そこにどのような背景があるのかを理解できる仕組みもつくった。

    全体のカタチとしては、3つのテレビ局の放送用スタジオを中心からおおよそ90度の角度ずつに設けて、円形の屋根で覆った。残る90度の扇形部分が円形屋根の軒下として開放され、ここに来場者が留まることができる。外壁は苫編みという技法で編んだ稲わらで覆った。1年で更新されるような材料なので、半年間の万博にこそ適している。設計者は、求められたサテライトスタジオの機能を提供しながら、来場者が宿れる軒下空間をつくり、会場であまり見かけない自然素材をまとわせることで、来場者にとっても意味ある存在に仕立てのである。

    そのうえで、サテライトスタジオの建設を、木を巡る現象を露わにする機会として使っていることが特徴的だ。「困った木」という命名について、設計者は「困っているのは人でなく木」だと定義している。しかし、実際のところは人が悪いというのでもなく、仕方のない出来事も含まれる。重要なのは、「困った木」といった着目によって、木の利用が多岐にわたっており、文化や自然のさまざまな側面に関わっているという現実が照らし出されることだろう。

    すでに見てきた若手20組のいくつかの作品と同様に、ここでも木材は、機能が確定された建材としてではなく、物質として捉えられている。それは樹木と人間とが出会って生まれた物質なので、背後にあるさまざまな現象に私たちを近づけてくれるのも道理である。物質を通して、遠く離れた出来事を伝える点において、このサテライトスタジオは開かれており、内部で放送局が行っている機能と共鳴している。

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    ⑫佐藤研吾建築設計事務所〈サテライトスタジオ(西)〉

    〈サテライトスタジオ(西)〉は、どこかロマンティックな雰囲気が漂う。独立性を保って建てられた3つのテレビ局の放送用スタジオは素朴な小屋のようだし、円環がそれらを貫いている光景も絵本の世界を思わせる。

    設計者である佐藤研吾(佐藤研吾建築設計事務所)[★08]★08は、この建築について、各部材はすべて移動・再構成が可能な設計とし、基礎には丸太を用いた。これらの部材は福島の山から伐り出されて加工され、大阪まで設計者と施工者が一団となって運搬された。会期後はまた福島に持ち帰られ、別のカタチで再び立ち上がる予定だという。

    3つのスタジオの前面にある余ったスペースには、切り出された丸太がランダムに配され、来場者が思い思いに休憩していたりする。上部の円環がゆるやかに場を囲い込んでいる。3つのスタジオは、これらの丸太がまるで漂泊したかのように揃えられた上に建てられている。そこから下見板張りの壁に架け渡された木材や、微妙な勾配が付けられた屋根なども、整えられた建材からではなく、一つ一つが異なる物質によって築かれた印象を高めている。

    たとえ、部材が福島からやってきて、福島に再び帰っていくというストーリーを知らなくとも、パビリオンのカタチは、遠く離れた出来事につながっているという感覚を与えるだろう。それらを束の間に、しかし堅牢につなぎ留めているのが円環の存在である。会期終了後にこれらは解きほぐされ、場所とカタチを変えながら、再び結び合わされていく。

    このサテライトスタジオも「循環する『物質の流れ』がある時点で組み合わさって現れている状態を建築とみなす考え方」に基づきながら、状況の中で人間に可能なことが何かという問いを、来場者と共有しようとしているかのようだ。

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    (つづく)


    建築史家・倉方俊輔の「大阪・関西万博を歩く」

    #1 「亜日常」の博覧会
    #2 《大屋根リング》は建築なのか?
    #3 万博そのものを体現する《大屋根リング》
    #4 若手建築家による20の施設をめぐる①
    #5 若手建築家による20の施設をめぐる②
    #6 若手建築家による20の施設をめぐる③

    ★01 1985年北海道生まれ。藤本壮介建築設計事務所を経て、2017年 KIRI ARCHITECTS 設立。 ★02 部材が引っ張られる力(引張力)のみを受ける構造部材のこと。 ★03 1983年愛知県生まれ。坂茂建築設計を経て、2015年三井嶺建築設計事務所設立。 ★04 1980年神奈川県生まれ。石上純也建築設計事務所勤務を経て、2012年萬代基介建築設計事務所設立。 ★05 テンション(張力)とインテグリティー(統合)をあわせた造語で、圧縮材(棒など)が互いに直接接触することなく、張力材(糸やワイヤーなど)によって空中に浮いたように支えられ、全体として安定性を保つ構造システムのこと。 ★06 1987年長崎県生まれ。藤本壮介建築設計事務所を経て、2021 年axonometric 設立。 ★07 野中: 1984年愛知県生まれ。吉村靖孝建築設計事務所を経て、16年ナノメートルアーキテクチャー設立。三谷: 85年大阪府生まれ。SUPPOSE DESIGN OFFICEを経て、17年ナノメートルアーキテクチャー参画。 ★08 1989年神奈川県生まれ。スタジオGAYAやインドでの活動などを経て、2020年一般社団法人コロガロウ/佐藤研吾建築設計事務所設立。

    建築史家・倉方俊輔の「大阪・関西万博を歩く」#2の写真
    倉方俊輔くらかた・しゅんすけ
    1971年東京都生まれ。大阪公立大学大学院工学研究科教授。日本近現代の建築史の研究と並行して、建築の価値を社会に広く伝える活動を行っている。著書に『東京モダン建築さんぽ』『京都 近現代建築ものがたり』『伊東忠太著作集』『吉阪隆正とル・コルビュジエ』など多数。建築公開イベント「東京建築祭」の実行委員長、「イケフェス大阪」「京都モダン建築祭」の実行委員を務める。日本建築学会賞(業績)、日本建築学会教育賞(教育貢献)ほか受賞。

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