F7-1-4

建築史家・倉方俊輔の「大阪・関西万博を歩く」#4

若手建築家による20の施設をめぐる①

建築史家・倉方俊輔の「大阪・関西万博を歩く」#4の画像

閉幕まで残すところ一カ月の2025大阪・関西万博。大阪公立大学教授で、建築史家の倉方俊輔さんは、ここまでの連載で、今回の万博を体現するものとして《大屋根リング》について語ってきましたが、もう一つ会場内に点在するトイレや休憩所など、若手建築家がつくった20の施設に注目します。なぜこれらの施設ひとつひとつに、万博が体現されているのか、繙きます。(過去記事はこちらより)

写真:倉方俊輔
編集:山田兼太郎(DISTANCE.media)

Contents

    若手建築家による施設がなぜ可能になったのか?

    4回目を数える本連載の中では、実はまだパビリオンを訪れていない。初回に「大阪・関西万博は『歩く』万博だ」と定義して以降、一般的に「万博の華」とされる各国・各団体の出展館については、具体的に論じていない。このことは、現代においてパビリオンが意義を失ったからではない。ただこれまで、「大屋根リング」について語ったように、競争するかのようにパビリオン同士がしのぎを削るというのでも、統一されたシステムで全体が整理されているというのでもないありようが、今回の万博の特質だと言える。

    したがって今回も、万博の特徴が顕著に見える、パビリオン以外の場所を歩きたい。目を向けるのは、若手建築家による会場内の20の施設である。これは会場デザインプロデューサー・藤本壮介が実現させた、画期的な取り組みだ。

    大阪・関西万博では、休憩所、ギャラリー、展示施設、ポップアップステージ、サテライトスタジオ、トイレの計20施設を、1980年以降生まれの建築家20組が設計した。設計者の選定は、2022年3〜4月の公募に応募した256組を対象に、書類審査とヒアリング審査を経て行われ、藤本壮介に加え、同世代の建築家である平田晃久[★01]★01、吉村靖孝[★02]★02の3名が審査を担当した。

    2022年8月に20組の設計者が発表され、その後、各施設の立地やコンセプトは2024年5月にプレスリリースされた。公表されたイメージをおおむね踏襲するかたちで、2025年4月13日の開幕までに完成を見ている。もっとも、決定から発表までの間には、当初の立地変更や使用者側の要望追加、施工費の調整などにより、設計変更を余儀なくされた事例もあったという。さらに、プレスリリース後から開幕までのあいだには、いくつかの施設コンセプトに批判が寄せられたことも記憶に新しい。加えて、開幕直後は批判的な空気がなお強く、これらの施設が矢面に立つ場面も少なくなかった。

    ただし、こうした紆余曲折や否定的評価は、容易に予見できる性質のものでもあった。それは万国博覧会が、未来に向けた公の事業であるからである。万博は多方面の関係者が関わり、開催の情報は開示されながら、日常のルーティンワークに収まらない取り組みを行う事業である。この点から、若手建築家による20の施設は万博で行うにふさわしい内容であるものの、安定した開催をもっぱら望む立場からすれば、異なる関係者間の折衝の手間を増やし、前例のない要素を増大させるだけになるだろう。事前に情報が示され、誰でも口を出していいという雰囲気になるので、新たな試みが、自分の常識にとらわれた批判のはけ口になることも想像がつく。

    それらを消去すべきリスクとだけ捉えない20の施設は、組織的な決定の中から自然に現れたものでは決してない。2020年に大阪・関西万博の会場デザインプロデューサーに就任した藤本壮介は、それ以前に計画されていた休憩所やトイレなどの中から、新たな試みが可能な対象をピックアップし、公募による設計者の選定という1970年の大阪万博をはじめとする過去の万博でも前例のないプロセスを追加した。これは、藤本という個人がいなければ、なしえなかったと言える。

    循環する「物質の流れ」として建築を表現する

    つくって終わりではないという考え方は、今回の万博の基底に据えられている。無論、世の多くの出来事と同様に、それが盛んに語られることと、社会で完全に実行されていることとは同義ではない。それでも、こうしたことが提唱されるようになった現状は、過去から見れば十分な前進であり、さらに推し進めた先にどのような未来が現れるのかにワクワクすることは、健全な人間の好奇心の発露であるだろう。

    もちろん、建築の立場からすれば、「建設して終わり」などという考え方が主流になったことは、過去に一度もない。従来の万博のパビリオンにしても、終点ではなく出発点を志向していた。物体としては半年で姿を消す運命にあるからこそ、実用性に対する新たな考え方や、新技術をプレゼンテーションすることによって、未来の始まりにしようというのだ。物は消えても、思想は残る。これまでの建築の立場からすれば、期限付きである万国博覧会に参加する意義は「物質でつくられるカタチを通して、理念を提示する」ことにあった。

    しかし、大阪・関西万博で語られているのは、これとは違った姿勢である。カタチが示す理念が物質と分かちがたく結びついていたり、物質そのものが理念の提示であったりする。「物質」という言葉が堅いとしたら、ひとまず「素材」と読み替えて構わない。実際、今回の万博のパビリオンでは、リサイクル素材の採用や、会期終了後の再利用が示されているものが少なくない。そうなると、その素材が形態ありきで選択されたのではなく、逆に素材を生かしたカタチになったということもありえる。

    また、会期終了後にパビリオンを別の場所に移設することは19世紀から行われてきたが、素材の再利用となると、会期終了後のカタチは異なるものになる。カタチが同一ではなく、異なるものでありうるのだとすれば、その理念は素材と分かちがたく結びついていると言える。あるいは、従来は建築の素材としては考えられていなかったものでつくられていたり、それが建築の完成前や解体後も含めた長い目で捉えた時に有効な選択であったりすると、その素材を使用すること自体が新しい考え方を示すことになる。

    先ほど、素材ではなくて「物質」という言葉を使ったのは、このような建築を中心にするのではない考え方にふさわしいからだ。すなわち、建設された時を原点として、そこにつくられていく物質を「素材」、それ以後に改修や解体などによって出ていく物質を「廃棄物」とみなすのではなく、循環する「物質の流れ」がある時点で組み合わさって現れている状態を建築とみなす考え方である。

    線のように続く「物質の流れ」の中で建築を捉えるという考え方は、特に40代以下の建築家にとっては、押さえておくべき思考の一つとなっている。万博の施設は最初から会期の半年間という期限が定められているので、その実践が行いやすい。どのような側面を重視するかによって回答はさまざまとなる。加えて、休憩所やトイレはパビリオンと異なり、各館のコンセプトやコンテンツに強く左右されにくいため、より建築家の思考を率直に表明できる場所となる。そのようなわけで、若手建築家による20施設は、大阪・関西万博を歩く際の目的の一つとなる。小さいけれど、それぞれに輝きを放つ20の星。それらを具体的に見ていこう。

    4者4様の〈休憩所〉

    まずは4つの休憩所から。いずれも休憩スペースやトイレ、案内所等の機能が求められた。

    ① 大西麻貴+百田有希/o+h〈休憩所1〉

    〈休憩所1〉は、風にそよぐ布のようなかたちが人を誘う。設計は大西麻貴+百田有希(o+h)[★03]★03。《山形市南部児童遊戯施設 シェルターインクルーシブプレイス コパル》[★04]★04(2022年)で日本建築学会賞(作品)を受賞したユニットだけに、公募時40歳以下の建築家のなかでも一際はっきりとした作風を備える。ここでは建築が衣服の延長であるかのように扱われている。そんな効果を可能にしているのが再利用された素材で、屋根には、倉庫にデッドストックとして眠っていた色や風合いの異なる約40種類の生地が縫い付けられた。素材のグラデーションが親しみと安心を呼び、柔らかな光の下に大人も子どもも一息つける空間が広がる。

    この休憩所は、物質と分かちがたく結びついたカタチを通じて、遠目からも休憩できる場所だと感じさせ、集まってきた人々を明るく包み込む。《大屋根リング》が海に向かってせり出す手前という、ともすれば殺風景になりがちな立地に、暖かさが視覚化された光景を出現させているのだ。建築として環境と対峙したりする以上に、衣服のように人間と環境の間に存在し、それを架け渡すことを通じて愛着を生み出していると思わせる。

    建築史家・倉方俊輔の「大阪・関西万博を歩く」#4の画像

    ② 工藤浩平建築設計事務所〈休憩所2〉

    〈休憩所2〉は、天然石を積極的に用いた試みで、工藤浩平(工藤浩平建築設計事務所)[★05]★05によって設計された。瀬戸内海産の約750個の石をケーブルで吊り上げて日除けのパーゴラを構成し、周囲の案内所や休憩所、各種のトイレを緩やかにつなぐ外部空間をつくる。重量があり、しかも必ずしも均質でない天然石が頭上に掲げられるというと、ぎょっとするかもしれないが、事前の構造計算や強度実験、原寸大のモックアップ作成などを通して、地震や強風時にも割れたり、落ちたりしないことが検証され、安全性は確保されている。

    この建築の要点も、単なるカタチにとどまらず、物質そのものを突きつける姿勢にある。設計者は「仮設建築物を万博会期の半年間という短い時間の単位で考えるのではなく、人類や地球といった、なにかもっと原始的で壮大なスケールの時間感覚でつくれないか」と考え、「何万年という月日を経て地球が創り出してきた『大地の資源』」である石を「会期中は空へと持ち上げ」、「会期後は大阪湾の窪地の改善や海の生き物の居場所となるよう、石を海へと還元」することを構想したという。物質が連続し、姿を変貌させていく旅路のほんのひと時、ここで休憩している状態を出現させることで、普段は意識しない長大な時間軸に思いを馳せさせる狙いなのである。

    たとえ、この試みが技術面・経済面などの制約があった中で、石の表情が人知を超えた物質というよりも、整理された素材としての性格を強める結果となり、「石なんか吊るして、危ないじゃないか」といった素朴な批判を跳ね返しきれなかったとしても、長い時間の一断面を物質そのもので表そうとした姿勢は尊い。

    建築史家・倉方俊輔の「大阪・関西万博を歩く」#4の画像

    ③ 山田紗子建築設計事務所〈休憩所3〉

    〈休憩所3〉は、人工物と自然物の垣根を超えて、外観が見られるということを意識した、開放的な場になっている。設計者の山田紗子(山田紗子建築設計事務所)[★06]★06に求められたのは、「静けさの森」に隣接する敷地にトイレ、案内所、休憩所の他、応急手当所や警察官詰所、情報通信機器の機械室を設けることだった。出来上がったのは、どこまでが敷地であるかが分からない広がりの中に、色鮮やかに塗り分けられた率直な工業素材がさまざまなカタチをとって、木々とハーモニーを奏でるような状態である。

    一般の来場者が入れない警察官詰所や機械室はピロティで空中に浮かされ、目を引きながら、その下を通行できることによって場づくりに貢献している。女子トイレも通常であれば、警察官詰所や機械室の次に隠されがちな存在だが、ここではむしろ通行量の多い場所に面して個室が並び、手洗い場所もその横の外部に別個に設置されている。

    そんな状況が自然に感じられるのは、見られるものとして、形も色も飾り気なく、しかも丁寧にデザインされているからだろう。同じ性格を、アスファルトに描かれたサインや植栽も備えているのが分かる。すなわち、人々が行き交う万博という状況に楽しげな雰囲気で応え、「静けさの森」につながる立地に対して開放性で応答しながら、一つの理念に収まるのではない、物質が人間に働きかける場が形成されている。

    建築史家・倉方俊輔の「大阪・関西万博を歩く」#4の画像

    ④ Schenk Hattori + Niimori Jamison〈休憩所4〉

    〈休憩所4〉は、この場所でつくることに対する、物質とカタチとが一体となった回答である。設計者の服部大祐(Schenk Hattori)[★07]★07と新森雄大(Niimori Jamison)[★08]★08が「問題」としたのは「万博の開催地である夢洲は、埋立地であるがゆえに地盤が弱く、建築行為の前提として、建設予定の建物と同重量の土を廃棄することが必要条件となっていた」ことだった。この前提条件を見据えて、土という物質が廃棄物とみなされない建築を考えた。それが敷地を山と谷ができるように掘り込み、できた土の形を型枠に鉄筋を沿わせて鉄筋メッシュを成形、それを吊り上げて90度回転させ、凹凸を持った地形とパーゴラの間に人の居場所ができる休憩所だった。

    パーゴラに藤が伸びて日陰ができ、地面の凹凸にさりげなく載るベンチが置かれている。巨大な遊具のようでもあり、明るい洞窟のようでもあり、グリッド線が投影された数学的規則の中に迷い込んだようでもある。かつて体験したことがない空間が、無心でいることで気分転換が可能な、休憩所という機能を満たしている。

    これが成立しているのは、敷地全体に引いたグリッドの交点に山と谷が交互に現れるように設計し、その通りに土を掘削したためである。計画的に設計し、工事を行うという従来からの建築家の仕事が、これまでは素材とみなされていなかった物質に向けられた時に、つくることの可能性はさらに開かれている。「問題」とは困りごとではなく、新たな可能性を拓く投げかけであることが分かる。

    建築史家・倉方俊輔の「大阪・関西万博を歩く」#4の画像

    会場の西端にある〈ギャラリー〉と〈展示施設〉

    続いて、ギャラリーと展示施設はどんなものだろうか。この2つは西ゲートのさらに西側にある「フューチャーライフゾーン」と呼ばれる場所に位置している。大屋根リングからは少し行きづらく、あてずっぽうに歩いていてもなかなか出会えないのだが、その分、パビリオンの一つと言えるほどの存在感があり、このゾーンの雰囲気を左右している。

    ➄ teco〈ギャラリー〉

    〈ギャラリー〉は、各種展示会や催事の開催を想定した施設である。設計者の金野千恵(teco)[★09]★09は、公募で選定された後、〈休憩所1〉を設計したo+hと同じ2023年度の日本建築学会賞(作品)を《春日台センターセンター》[★10]★10(2022年)で受賞している。

    おおらかな大屋根が、2つの屋内空間をゆるやかに架け渡している。建物にぴったり接続するのでも、別の部分として建つのでもない、付かず離れずのあり方になっている。屋根は大きいながらも、どこか素朴な印象を受ける。それは鉄骨の吊り構造によってアジアの民家を思わせる形をしていたり、ブロック状の小さな素材が取り付いていたり、それによって自然を映す細やかな影ができたりするからだろう。

    ブロック状に見えるのは、食品の副産物を成形したベジタブルコンクリートである。屋内の家具にも同素材が用いられ、外壁には多様な木材が取り合わされる。用途に応じて可変であるべき2つの屋内空間は特定の性格を持たせず、カタチと物質によって、にぎわいをつなぐことが意図されている。

    建築史家・倉方俊輔の「大阪・関西万博を歩く」#4の画像

    ⑥ KOMPAS〈展示施設〉

    〈展示施設〉は「フューチャーライフビレッジ」と呼ばれ、その名にふさわしく、未来と村落が交差するような場所だ。小室舞(KOMPAS)[★11]★11の設計により、さまざまな展示や集会が行える空間が、トイレと共に設えられた。

    特徴的なのは蛇籠壁(ルビ・じゃかごへき)である。鉄筋トラスと溶接メッシュを組み合わせた構造により安定性を確保し、従来の蛇籠の用途を超えて、通風、採光、植生の成長を促す「環境壁」へと拡張している。また、充填材)[★12]★12の再利用と再梱包を前提とすることで移設が可能となる。充填材には、焼却された産業廃棄物から生成した「ガラス化スラグ石」や、リサイクルガラス由来の「合成軽石」など実験的素材が用いられ、埋立地であるという敷地の性格を映し出している。

    建築史家・倉方俊輔の「大阪・関西万博を歩く」#4の画像

    (つづく)


    建築史家・倉方俊輔の「大阪・関西万博を歩く」

    #1 「亜日常」の博覧会
    #2 《大屋根リング》は建築なのか?
    #3 万博そのものを体現する《大屋根リング》
    #4 若手建築家による20の施設をめぐる①
    #5 若手建築家による20の施設をめぐる②
    #6 若手建築家による20の施設をめぐる③

    ★01 1971年大阪府生まれ。建築家。京都大学教授。伊東豊雄建築設計事務所勤務を経て、2005年に平田晃久建築設計事務所を設立。主な作品に《太田市美術館・図書館》《Tree-ness House》(2017)、《八代市民俗伝統芸能伝承館》(2021)、《ハラカド》《小千谷市ひと・まち・文化共創拠点ホントカ。》(2024)など。https://www.hao.nu/ ★02 1972年愛知県生まれ。建築家。早稲田大学教授。1999-2001年文化庁派遣芸術家在外研修員としてオランダのMVRDVに在籍を経て、吉村靖孝建築設計事務所を設立。主な作品に《Nowhere but Sajima》(2008年)、《中川政七商店新社屋》(2010年)、《Window House》(2014年)、《フクマスベース》(2016年)など。https://www.yasutakayoshimura.com/ ★03 大西麻貴は1983年愛知県生まれ。百田有希は1982 年兵庫県生まれ。2008年より、o+hを共同主宰。https://www.onishihyakuda.com/ ★04 「シェルターインクルーシブプレイス コパル」、o+hホームページhttps://www.onishihyakuda.com/works/shelter-inclusive-place-copal★05 1984年秋田県生まれ。SANAA(妹島和世+西沢立衛)を経て、2017年に工藤浩平建築設計事務所を設立。 https://www.koheikudo.com/https://www.koheikudo.com/★06 1984年東京都生まれ。藤本壮介建築設計事務所で勤務後、大学院を経て、2013年に山田紗子建築設計事務所を設立。https://suzukoyamada.com/ ★07 1985年横浜生まれ。スティーブン・シェンクと、2014年Schenk Hattoriを共同設立。2025年よりMIDW共同主宰。https://www.schenkhattori.com/ ★08 1986年徳島県生まれ。オーストラリア出身のジェームス・ジャミソンと、2018年にNiimori Jamisonを共同設立。https://www.niimorijamison.com/about ★09 1981年神奈川県生まれ。2015年に一級建築士事務所teco開設(2019年まで共同主宰)。https://teco.studio/about-copy ★10 「春日台センターセンター」、tecoホームページ https://teco.studio/kasugadaicentercenter ★11 1983年兵庫県生まれ。Herzog & de Meuronバーゼルおよび香港勤務を経て、2018年香港と東京にKOMPAS設立。https://kompas-arch.com/about ★12 断熱材、モルタル、シール、パテなど、穴や隙間に詰め込んで埋める材料のこと。

    建築史家・倉方俊輔の「大阪・関西万博を歩く」#2の写真
    倉方俊輔くらかた・しゅんすけ
    1971年東京都生まれ。大阪公立大学大学院工学研究科教授。日本近現代の建築史の研究と並行して、建築の価値を社会に広く伝える活動を行っている。著書に『東京モダン建築さんぽ』『京都 近現代建築ものがたり』『伊東忠太著作集』『吉阪隆正とル・コルビュジエ』など多数。建築公開イベント「東京建築祭」の実行委員長、「イケフェス大阪」「京都モダン建築祭」の実行委員を務める。日本建築学会賞(業績)、日本建築学会教育賞(教育貢献)ほか受賞。

    Recommend おすすめ記事