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競技用義足をつうじて、走ることの民主化をめざす #3
「表現とケアとテクノロジー」をめぐる4つの対話 ②
「障害は世界を捉え直す視点」をテーマに、カテゴリーにとらわれないプロジェクトを通して表現の捉え方を再考する活動に取り組む田中みゆきさん。奈良県の市民団体「たんぽぽの家」が主宰するプロジェクト「Art for Well-being」に全体監修として関わっている小林茂さん。
本連載インタビューでは、障害者支援とテクノロジー実装の最前線に立つ実践者たちにたいして、二人が行った4つの対話を掲載していきます。対話をつうじて、「誰のための技術か?」を多様な視点から深掘りしていきます。(本連載イントロはこちらより)
第2の対話では、研究者・エンジニア・起業家の遠藤謙さんにお話を聞きました。後篇では、コミュニティを形成することの重要性と、他分野への広がりについてお話しいただきました。
ライティング:宮本裕人
編集:山田兼太郎
画像提供:株式会社Xiborg
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Contents
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コミュニティが業界を動かす
遠藤 障害者スポーツのなかで言うと、ソウル国立大学の「Dream Together Master(DTM)」[★01]★01というプログラムに注目しているんですけど、スポーツ関連の機関で働いている人がここにスポーツマネジメントを学びに行くんですよ。日本で言うとスポーツ庁とか、パラリンピック/オリンピック・コミッティみたいなところで働いている人たちです。
さらにここのすごいところは、途上国から積極的に生徒を受け入れて、奨学金付きで学ばせるんです。そして、そこを卒業した人がそれぞれの国に戻って障害者スポーツやオリンピックに関わるようになる。そうすると、DTMで学んだ人たちの世界的なネットワークが形成され、コミュニティが生まれるんですよね。たとえばインドの元選手で、そのプログラムを卒業した人をXiborgで雇っているんですけど、この人がすごいネットワークを持っていて、アジアのあらゆるパラリンピック・コミッティとか障害者スポーツ関連の人たちと知り合いなんですよね。
そういったコミュニティがあって、DTMで学んだことをみんなが共有しているので、何かやろうと思ったときに動ける人がいる。プログラムは9年目[インタビューが行われた2023年時点]なんですけど、これがもう10年、20年経って、彼らがトップレベルのプレイヤーになったときに、このコミュニティがスポーツ業界を動かすんじゃないかなと期待してます。
田中 なるほど、韓国は本当にいろいろやってますね。
遠藤 そうなんですよね。日本ができなかったことのひとつですね。
田中 そういう人もちゃんと、Xiborgのネットワークにいるんですね。
遠藤 はい。しかも彼らはその国の機関に直接アプローチしていて、信頼関係がもうすでに構築されているので、話が早い。国の機関は基本お金がないけどやりたいというスタンスなので、お金の問題さえ解決したら物事が動いていく。みんなお金がないんですけど、「お金が回るように仕組み作りから始めましょう」という部分から一緒にやるようなビジネスが始まっています。
小林 「Dream Together Master」のようなものを日本で作ろうと思ったときに、どんなプレイヤーがいたらできると思われますか?
遠藤 アジアでそういうスポーツの業界を盛り上げていくために必要なのは、アントレプレーナーなんじゃないかな。「ただこれをすればうまくいく」っていうカリキュラムがあるわけじゃないので、その国の状況に応じて「こうしたらうまくいくんじゃないか」とみんなで模索しながら考えていけるコミュニティを作らなくてはいけないと思うんですよね。そういう熱意を持って、プランニングやブランディングといったあらゆることに対応しうる人。そういうプレイヤーがパラリンピックやオリンピックにいてくれたらなといつも思います。
スポーツはオリンピックをひとつとっても、特殊なビジネス形態なんですよね。ロス五輪からそのモデルが作られて、今までなんとなくそれをコピペしてやってきたけども、やっぱりそれだとうまく回らないことがわかってきたと思うんですよね。汚職であったり、スポンサーが見つからない問題であったり。オリンピックの招致に関しても、もう場所がないとか、やるだけ経済損失が大きくなってしまうとか、負担が大きすぎるとか。それに替わる新しいことを考えて実行できる人は、本当に限られた人だと思うんです。
パラリンピックはさらに難易度が高いので、「そういったことをみんなで考えていきましょう」というコミュニティを形成できるような場があるといいんじゃないかな。ソウル国立大学はアジアの途上国中心ですけども、そういった盛り上がりをすごい感じたんですよね。
エンジニアが振付をする意味
田中 2023年の「Maker Faire Rome」[★02]★02でお披露目されたダンスのプロジェクト「Body into the fight」 は、どうやって始まったプロジェクトなんですか?
遠藤 2022年の11月から約半年間、パリにいたんですよね。パラリンピックがあるので、ずっといろいろなところを回っていたんですけど、そのなかでフランス人のパフォーマーと出会いました。それから「アテルバレット (Aterballetto)」[★03]★03というイタリアのダンスカンパニーで研究員をしている知り合いがパリに遊びに来たときに、「こういうプロジェクトをやってみようか」と、立ち話から始まったんですね。
7日間のワークショップで作ったので、できることの半分ぐらいしかできなかった。ブレードならではの動きを盛り込もうとしたんですけど、やっぱり7日間だと身につかない。もちろんパフォーマーの運動神経はとてつもなく良かったのですが、ブレードでできる動きとできない動きが彼のなかでもありました。結果的には無難になってしまったと思いつつ、もうちょっとすごいことはできるんじゃないかなと期待値を残して終わったパフォーマンスでした。
「Body into the fight」
田中 そもそもなぜダンスだったんですか?
遠藤 やっぱり走るのと同じですよ。誰もがトップアスリートにならないのと同じように、誰もが踊るわけじゃないですよね。イタリアも文化やアートに巨額のバジェットを持っていて、国立ダンス財団がレッジョ・エミリアにある。日本ではレッジョ・エミリアは幼児教育でブランディングされて有名ですけど、幼少期からダンスとか身体を使った表現がすごい盛んで。そうした文化的背景をもつ彼らにとっては義足を使って走るんじゃなくて、義足を使ったダンスをしようとなるんですね。それで「スポーツ用義足を使って何かできたらいいね」という好奇心からプロジェクトが始まることになりました。
僕も走る以外の用途って何かないかなとは思っていたんです。ブレードってサッカーとかバスケットには向いてない。けれど、たとえばフィギュアスケートで板バネを使ったら、もっと違うジャンプができるんじゃないかなと。スポーツのなかでもタイムを競うだけじゃなくて、表現の領域で義足を使うことで、人間の動きとはまた違う動きができる。そこで、違和感を超越した魅力的な動きを模索できるんじゃないかとずっと思っていました。ブレードで走れば速いから、認められたわけじゃないですか。だから表現でも、もしかしたら「これすごいね」と思えるような動きがあるんじゃないかと思って。
世界中でこういった試みをしている人はいるんですけど、健常者の動きを妥協して義足でやるというケースで終わってしまう。でも、そことは違うアプローチができるんじゃないかと話したことがきっかけです。
田中 車椅子ダンスも同じですよね。結局やっぱり健常者がモデルになってしまって、本当に車椅子ダンサーとして確立されている人は世界でもごくわずかですよね。
遠藤 いろんな人が模索して、いろんなことを試しているフェーズだと思います。
小林 茂 動画には、「Scientific Consulting」としてクレジットされてますけど、それはブレードならではの動きを振付にいれるように、遠藤さんから積極的に提案されたからということなんですかね?
遠藤 向こうのダンスの文化では、コレオグラファー(振付師)がトップなんですよね。コレオグラファーが音楽や演出のすべての決定権を持っていて、ワークショップで全部決めていくんですよ。そのワークショップに僕は参加をして、「こういう義足の動きはできないの?」「これは義足ならではの動きだから取り入れたらおもしろいんじゃないか」という提案をしました。そうして7日間ずっと一緒にいたら、結果的にコレオグラファーのアドバイザーみたいになっていた。だから文化的に、コレオグラファーの一部として認識してもらえたんじゃないかなと思います。
小林 ダンスに限らず、エンジニアが関わるときは実装するところだけをやるみたいになりがちですけど、まさに振付を考えるときに「義足ならではの表現としてこういうものが可能なんじゃないか」と提案できるのは、遠藤さんにしかできないことですよね。そういう知見があったからこそ、最後の実装だけでなく、表現の根幹のところに関わることができたというのはすごくおもしろいと思いました。
遠藤 やっていることは大したことなくて、本当の義足のおもしろさって、体を動かさないで、ただ上にジャンプする動きができることなんです。人間って股関節や膝関節を能動的に動かして上に飛ぶじゃないですか。でもたとえば、トランポリンに乗っている人って、1回飛び上がったら体は動かさずにそのまま飛び上がれる。その不思議な感覚をブレードを履けば表現できるんですよ。
田中 それはバネを利用してということですか?
遠藤 そう、まさにバネなんです。だから人間が能動的に関節を動かさなければたどり着けない高さに、ふわっと行ける不思議な感覚は、たぶん板バネの表現力のなかで魅力的なもののひとつだと思う。それをダンスのなかに取り入れたいと言ったんですけど、パフォーマーの彼がそこまでできなかったから、今回の演目に1つも入っていないですね。
この垂直にジャンプをする「バウンディング」という動きは陸上競技の練習でよくやる行為なんですけど、ふわっ、ふわっ、という感じで。なので、板バネを履いたダンサーは世の中に何人かいるんですけど、急に履いてもそれはできないから、結局「動きはこんなもんだね」で終わってしまっているのは、すごくもったいない。だからこの分野は、もっとおもしろくなる余地はあると思うんですけどね。
バウンディングをする選手たち
田中 車椅子ダンスのカンパニーにエンジニアが関わるという事例はまだまだ少ないです。関われるようなエンジニアと出会ってないということが大きいと思うんですけど。だから車椅子は前提条件として、それを扱う当事者の体を元にしたダンスになっている。エンジニアが振付に入るとどうなるかというのはあまりない例だと思うので、今後の発展がおもしろそうです。
小林 こうして詳しくお話を伺うまで、遠藤さんが取り組んでいるアスリート向けの競技用義足はかなり先鋭化した領域だと思っていました。ビジネスの観点からもこの領域が重要であるのは間違いありません。他方で、パラリンピックなどに取り組む障害のある人に「超人」としてスポットライトを当てて表象するようなやり方を招いてしまうという難しさもあると感じていました。
しかしながら、何かスポーツを始めようと思った瞬間にいきなりトップアスリートの世界と接続されてしまうなどのお話を伺うにつれ、日常生活と地続きなものであると思えてきました。ダンスへの応用など、同じ義足がアスリート向けから他の領域へと転用・流用(アプロプリエーション)されていくことによって起きてくる展開がとても楽しみです。
#2 競技用義足をつうじて、走ることの民主化をめざす(全3回)
競技用義足をつうじて、走ることの民主化をめざす(前篇)
競技用義足をつうじて、走ることの民主化をめざす(中篇)
競技用義足をつうじて、走ることの民主化をめざす(後篇)
★01 ソウル国立大学(SNU)の「Dream Together Master(DTM)」プログラムは、スポーツマネジメント分野でのグローバルリーダーを育成するための、完全奨学金付きの修士課程。韓国文化体育観光部(MCST)および韓国スポーツ振興財団(KSPO)の支援を受け、世界中の開発途上国からの優秀なスポーツ行政官やアスリートを対象としていている。https://dtm.snu.ac.kr/ ★02 Maker Faire Rome(メイカーフェア・ローマ)は、イタリア・ローマで毎年開催されるヨーロッパ最大級のイノベーションと創造性の祭典で、米国発の「Maker Faire」の公式ヨーロッパ版。 ★03 イタリア北部レッジョ・エミリアに拠点を置くダンスカンパニー。クラシック、ジャズ、ロック、ポップスと幅広い音楽に対応し、ジャンルに囚われないアプローチで舞台を作っている。https://www.fndaterballetto.it/en/

- 遠藤謙えんどう・けん
- 1978年生まれ。慶應義塾大学修士課程修了後、渡米。マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボにて博士取得。現在、ソニーコンピュータサイエンス研究所上級研究員。ロボット技術を用いた身体能力の拡張に関する研究や途上国向けの義肢開発に携わる。 2014年には競技用義足開発を始め、すべての人に動く喜びを与えるための事業として株式会社Xiborg(サイボーグ)を起業し、代表取締役に就任。12年、MITが出版する科学雑誌TechnologyReviewが選ぶ35才以下のイノベーター35人(TR35)に選出された。14年にはダボス会議ヤング・グローバル・リーダーズに選ばれた。

- 田中みゆきたなか・みゆき
- キュレーター・プロデューサー。「障害は世界を捉え直す視点」をテーマに、カテゴリーにとらわれないプロジェクトを企画。表現の見方や捉え方を障害当事者含む鑑賞者とともに再考する。2022年7月から12月までACCのフェローシップを経てニューヨーク大学障害学センター客員研究員。2025大阪・関西万博 日本館基本構想クリエイター。主な仕事に、「ルール?展」(2021年、21_21 DESIGN SIGHT)、「語りの複数性」(2021、東京都公園通りギャラリー)、「オーディオゲームセンター+CCBT」(2024、シビック・クリエイティブ・ベース東京)など。主な書籍に、『誰のためのアクセシビリティ?』(リトルモア)など。

- 小林茂こばやし・しげる
- 情報科学芸術大学院大学[IAMAS]図書館長・教授。人工知能などのテクノロジーは、中立の単なる道具でもなければ不可避で抗えない決定論的なものでもなく自在に解釈できるものであると捉え、多様な人々が手触り感を持って議論に参加できるような手法を探求している。著書に『テクノロジーって何だろう?——〈未完了相〉で出会い直すための手引き』(ビー・エヌ・エヌ)、監訳書に『デザインと障害が出会うとき』(オライリー・ジャパン)など。岐阜県大垣市において隔年で開催されているメイカームーブメントの祭典「Ogaki Mini Maker Faire」では2014年より総合ディレクターを担当。撮影:丸尾隆一
