F8-3-1
競技用義足をつうじて、走ることの民主化をめざす #1
「表現とケアとテクノロジー」をめぐる4つの対話 ②
「障害は世界を捉え直す視点」をテーマに、カテゴリーにとらわれないプロジェクトを通して表現の捉え方を再考する活動に取り組む田中みゆきさん。「アート」と「ケア」の視点からさまざまな先駆的事業を実施している奈良県の市民団体「たんぽぽの家」が主宰するプロジェクト「Art for Well-being」に全体監修として関わっている小林茂さん。
本連載インタビューでは、障害者支援とテクノロジー実装の最前線に立つ実践者たちにたいして、二人が行った4つの対話を掲載していきます。対話をつうじて、「誰のための技術か?」を多様な視点から深掘りしていきます。(本連載イントロはこちらより)
第2の対話では、研究者・エンジニア・起業家の遠藤謙さんにお話を聞きました。遠藤さんは、ロボット技術を用いた身体能力の拡張に関する研究に携わりつつ、アスリート向けの競技用義足を開発する企業をたちあげ、研究とビジネスを相互にフィードバックしながら活動されています。前篇では、研究者であった遠藤さんが会社をたちあげた経緯、そして、そこでどんなふうに開発しているのかをお聞きしました。(全3回)
ライティング:宮本裕人
編集:山田兼太郎
画像提供:株式会社Xiborg
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Contents
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ひとりのためのモノづくり
小林茂 この対話シリーズでは、障害とテクノロジーをめぐるプロジェクトに取り組んでいらっしゃる方々から、田中みゆきさんと小林茂の二人でお話を伺っていきます。
第2回は、アスリート向けの競技用義足を開発する株式会社Xiborg(サイボーグ)[★01]★01の代表取締役で、研究者・エンジニアの遠藤謙さんです。遠藤さんは、ソニーコンピュータサイエンス研究所の上級研究員として、身体の定義をテクノロジーによってアップデートすることをめざす研究をされながら、競技用義足の開発事業に携われています。遠藤さんからは、競技用義足の開発に至った経緯、開発の過程で起きたこと、アスリート向けとは異なる領域での可能性などについて詳しく伺いたいと思います。どうぞよろしくお願いします。
田中みゆき 私は障害のある人とプロジェクトをやっているのですが、そのなかでとくに企業の方から言われるのが、「スケールメリットがないからなかなか踏み出せない」ということなんですね。遠藤さんは最初ソニーにいらっしゃって、その後、自分で会社を作られましたが、最初にそういうものをクリアしていった経緯を伺ってもいいですか?
遠藤 謙 本当におっしゃる通りで、義足作りはソニーの事業としてはもう始めから成り立たないことはわかっていました。でもやっぱりやりたいことがあって、それをどうやって続けていくかを考えたときに、たとえば、研究者としてアカデミックな価値を果たすことで科研費をもらえれば継続性はあると思ったんですね。
一方で、僕はアメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)にいたんですけど、僕の研究費って軍事費だったんですよ。アメリカでは歴史的に福祉機器はだいたい戦争で進化してきたので、 僕のバジェットは退役軍人省[★02]★02から、つまり退役軍人のための予算から出ていました。そういったお金が障害者のため、マイノリティのための研究開発費に使われているのですが、それはビジネスの観点で言ったらものすごい弱いですよね。
僕が起業するときにひとつ思ったのが 、パラリンピックと絡められたら、障害者に関する研究や製品、プロダクト、PRコンテンツみたいなものをひっくるめてビジネスとして成り立ちうるんじゃないか、ということでした。ですので簡単に言ってしまえば、ブランディングを高めて、スポンサービジネスをやろうという感覚でXiborgを始めました。

- 遠藤謙さん
田中 その時は2020年東京パラリンピックはもう決まってたんですか?
遠藤 いや、決まってはいなかったけど、日本で五輪誘致活動が始まる前からパラリンピックがもうちょっと注目されるスポーツの祭典になるんじゃないかと感じていました。中身のストーリーの強さであったり、プロダクトの強さであったり、そういったところに注目が集まる時代が来るんじゃないかという感覚を持っていました。その後、たまたま誘致活動が日本で始まったので、やりやすくはなったかなという感じで2020年を迎えました。
田中 なるほど。パラリンピックを使うことで事業として成り立つという見通しがあったとしても、最初は何を経営的な拠り所にして会社を作ることができたんですか?
遠藤 もう本当に、スモールスケールから始めればそこまで資本金もいらないだろうという感覚で始めました。もともと僕はMITの「D-Lab」[★03]★03に所属していたときに、BOPビジネス[★04]★04に関わっていたことがあるのですが、D-Labは現地密着型で、途上国の人たちをデザインに巻き込みながら、「n=1」の事例から始めることを大事にするようなフィロソフィーがあったんですね。
もちろんスケールすればいいんですけれど、スケールはしづらい。なので、なるべくスモールスケールでコストのかからない状態で始めて、ひとりのためにモノを作って、バリューを高めて、それを徐々に広げていく。その方がリスクが低いのと、あとは人に寄り添えるので、その人が求めるバリューに近づけるという感覚があったんですね。僕のなかでは結構その経験が強くて、途上国だろうが障害者だろうが、そういったアプローチが自分には合っているし、好きだなと思った。スタートアップも、アスリート数人のためのモノづくりから始めて、そこからスケールしていけたらいいなという想いで始めました。
田中 最小チームで始めたんですね。
遠藤 最初は僕、陸上選手の為末大、医療・福祉プロダクトの起業家である杉原行里と、義足アスリート3名(佐藤圭太、池田樹生、春田純)です。杉原の実家がカーボンの整形会社なので、そこでプロトタイプを作ってもらいました。その知見をもとにカーボン会社に声をかけて、東レさんとパートナーシップを組めることになったんです。そこがブレイクスルーになり、周りの見る目がだいぶ変わりました。その後、2016年のリオのパラリンピックで初めてブレードが使われたんですね。それからは評判が広がって、ある程度活動しやすくなった。そこまではもう、本当に地道に草の根レベルでやっていたイメージです。

- Xiborg Genesis
田中 今はどういうチーム編成なんですか?
遠藤 今は、コアメンバーは僕と選手(日本から3名、海外から5名)、義肢装具士さん、ボランティア的に活動してくれるインターンの人たち。あとトヨタや東レ、LIXILのような企業パートナーとプロジェクトごとにチーム編成してやっているイメージですね。
田中 コアメンバーは最小限にして、その都度プロジェクトに応じて広げていく形なんですね。
遠藤 やっぱり大企業を見ていると、コストがどこにかかってくるかというと人件費だと思うんです。とくに企業でやる場合には、知財や法務、ヒューマンリソースのような管理部門にコストがかかってくる。僕らはそういったところにコストはかけられないので、映画の制作委員会みたいな形で、プロジェクトが発生したらそれに合わせて最適なチームを作っていくような感覚でやっています。
F1をやっている感覚
田中 プロジェクトが発生して実現するまでは、どういう形で進むことが多いですか? もちろんケースバイケースだとは思うんですけれど。
遠藤 基本的に、僕はやっぱり現場レベルの話をすごく大事にしています。選手とかコーチとかと一緒に練習の現場で走っているのを見たり、時には一緒に走ったりして、どういったことをやっているかをすごい大事にしているんです。そのなかで、「こういった走り方をしたい」とか「こういった練習方法があったらいいよね」というヒントが会話のなかで出てくる。そういったところから「こういったものを作ったらうまくいくんじゃないか」と思って、最終決定は僕がして作ります。だいたい十中八九はうまくいかないんですけど、そういう試行錯誤を繰り返しながらやっています。
田中 うまくいかない場合はどういう原因がありますか?
遠藤 勘違いだったとかじゃないですか。作ってみたけどイマイチだった、みたいな。
田中 イマイチっていうのは、思うように走れないとか、あまり記録が伸びないとか、そういうことですか?
遠藤 何かを変えるときって、メリットとデメリットがあると思うんですよね。メリットが大きかったら使うことになるし、デメリットが大きかったらやめるし。その判断がモノがないとできないので、いったん作ってみて判断しています。
たとえば、重くなるけど風防をつけたら走りやすくなるんじゃないか、というアイデアを試したことがあります。遊脚時(足が地面についていないとき)には、足って時速約60kmで前に進むフェーズがあるんですよ。それってやっぱり風の抵抗が大きいので、風の抵抗を減らすようなものをつければ、遊脚は楽になるんだけれども、数十グラム重くなるんです。それがありかなしかっていうのは、やってみないとわからない。その結果、やってみてやっぱりイマイチだったね、と判断してやめたことがあります。
田中 なるほど。そのなかで、うまくいくときは何が噛み合ってうまくいくんでしょうか? 義足が優れていることだけではなく、使いこなす能力や発揮できる環境など、さまざまな要素が絡んでいると思うんですけど、それらを同時にケアしながらプロジェクトを進められているということですよね。
遠藤 はい。でも一番大事なのは、使う人の気持ちだと感じています。プロダクトがいくら良かろうが悪かろうが、本人たちが納得しないと使わないんですよ。選手たちがちゃんと納得して、それがいいと思えるかどうかが大事ですから。
ですので、僕の仕事は選手たちが使うという決定をするのに足るエビデンスを集めること。それはデータもそうだけれども、感覚的なものも含めてです。今までと違うものを使ったときは、やっぱり違和感を感じるんです。その違和感はそのプロダクト自体がダメだからなのか、それとも今までと感覚が違うだけなのかは、本人にすらわからないんですよね。それは長期的に使ってみなければわからない。
そのときに「まず1カ月使ってみようか」というところまで選手に納得してもらうためには、科学的な根拠が必要になる。「こういう根拠があって、これを使うとこうなるに違いない。でもわからないから使ってみて」という説明しか最初はできないんです。そうして1カ月使ってみて「やっぱダメだったね」で終わるときもあるし、「慣れてきたら良かった」というケースもあるし。属人的なアプローチが多くて、それをどうやって科学的にも説得力のあるものにできるかを大事にしています。
田中 気持ちは数値化できないから難しいですね。それをどう測るのか。
遠藤 でもアスリートはシンプルなんですよ。速ければ正義なので、根拠があれば選手は納得してくれます。
田中 なるほど。
遠藤 研究はいつも、スポーツの最先端の後追いでしかないんですよね、残念ながら。たとえば、ウサイン・ボルトがなぜ速いかを解析して、やっと理解できる。やっぱりスポーツの世界には、突飛な人が現れて、「なんだあれ」と言ってみんなが真似し始めるところがあります。なので科学的な根拠ももちろん大事だけども、アスリートが感覚的に「これはいいに違いない」と思っている部分があって、結構それは的を射ているケースが多いんですよ。それは何なのかを後追いするのが、僕の研究者としてのスタンスなのかな。
田中 やっぱり一流の選手になればなるほど、自分の体のこともちゃんと把握しているということなんでしょうか。
遠藤 そうですね。あと僕は、残念ながらって言ったら変ですけど、足があるので、ない人の気持ちはやっぱりわからない。感覚がわからないので、義足を作ったとしても自分が履けないから、履いている人にしかわからない感覚が絶対あると思っています。いくら僕が「いい義足でしょ」と言っても、全然説得力がないなといつも感じますね。
田中 そこはぜひ聞きたかったところなんですけれど、たとえば目が見えない人の場合は、目隠し体験をすれば、まだ少し想像することができる。そんな一時的なことで目が見えない人の生活はわからないとは思いつつ。けれども、足がないことを自分が想像できないことがすごく私はもどかしいんですね。自分がなりようがないものを扱っているなかで、どうモチベーションを保たれているのかを聞きたいと思っていました。それはやっぱり、選手が結果を出してくれるのを見ることがモチベーションになるんでしょうか?
遠藤 僕にとってはやっぱりモノを作る楽しさもあるし、それで選手たちが走るというスポーツ的な見方も楽しいですし。チームスポーツをやっている感覚は結構あります。
田中 なるほど。F1みたいなことなんでしょうか。
遠藤 そうですね。僕らのなかでは、F1をやっている感覚に近いです。

- Xiborg Genesisを装着して走る佐藤圭太選手
前篇 競技用義足をつうじて、走ることの民主化をめざす(前篇)
中篇 競技用義足をつうじて、走ることの民主化をめざす(中篇)
後篇 競技用義足をつうじて、走ることの民主化をめざす(後篇)
★01 スポーツ用義足(ブレード)の開発を通じて、パラアスリートの競技力向上と、障がい者が気軽に走れる社会の実現をめざして、2014年に設立された。主力製品には、トップアスリート向けの「Xiborg ν」や、一般向けの「Xiborg Joy」などがあり、国内外での普及活動も展開している。★02 アメリカ合衆国退役軍人省(Department of Veterans Affairs)は、軍務を終えた退役軍人やその家族を支援するための連邦政府機関です。医療サービスの提供、年金や障害補償、住宅ローン支援、教育援助など、多岐にわたる支援を行い、退役軍人の生活の質向上と社会復帰を支援している。★03 MITのD-Lab(Development through Dialogue, Design and Dissemination)は、開発途上国の社会課題を解決するために、現地の人々と協力して持続可能な技術や製品を共に設計・開発する教育・研究プログラムです。学際的なアプローチと現地との対話を重視し、教育・技術・国際協力を融合させた実践的な学びの場を提供している。★04 途上国の低所得層(Base of the Economic Pyramid)のための製品・サービスを提供するビジネス。

- 遠藤謙えんどう・けん
- 1978年生まれ。慶應義塾大学修士課程修了後、渡米。マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボにて博士取得。現在、ソニーコンピュータサイエンス研究所上級研究員。ロボット技術を用いた身体能力の拡張に関する研究や途上国向けの義肢開発に携わる。 2014年には競技用義足開発を始め、すべての人に動く喜びを与えるための事業として株式会社Xiborg(サイボーグ)を起業し、代表取締役に就任。12年、MITが出版する科学雑誌TechnologyReviewが選ぶ35才以下のイノベーター35人(TR35)に選出された。14年にはダボス会議ヤング・グローバル・リーダーズに選ばれた。

- 田中みゆきたなか・みゆき
- キュレーター・プロデューサー。「障害は世界を捉え直す視点」をテーマに、カテゴリーにとらわれないプロジェクトを企画。表現の見方や捉え方を障害当事者含む鑑賞者とともに再考する。2022年7月から12月までACCのフェローシップを経てニューヨーク大学障害学センター客員研究員。2025大阪・関西万博 日本館基本構想クリエイター。主な仕事に、「ルール?展」(2021年、21_21 DESIGN SIGHT)、「語りの複数性」(2021、東京都公園通りギャラリー)、「オーディオゲームセンター+CCBT」(2024、シビック・クリエイティブ・ベース東京)など。主な書籍に、『誰のためのアクセシビリティ?』(リトルモア)など。

- 小林茂 こばやし・しげる
- 情報科学芸術大学院大学[IAMAS]図書館長・教授。人工知能などのテクノロジーは、中立の単なる道具でもなければ不可避で抗えない決定論的なものでもなく自在に解釈できるものであると捉え、多様な人々が手触り感を持って議論に参加できるような手法を探求している。著書に『テクノロジーって何だろう?——〈未完了相〉で出会い直すための手引き』(ビー・エヌ・エヌ)、監訳書に『デザインと障害が出会うとき』(オライリー・ジャパン)など。岐阜県大垣市において隔年で開催されているメイカームーブメントの祭典「Ogaki Mini Maker Faire」では2014年より総合ディレクターを担当。撮影:丸尾隆一
