N1-4
歴史や個店など、街の個性を守れるか
「ジェントリフィケーション」の世界動向と日本の現状 後篇

- 観光客で賑わう京都・八坂神社付近
ジェントリフィケーションとは、都心の再開発にともない、地価や家賃が高騰し、もともとそこに住んでいた低所得層が立ち退きを迫られる現象のこと。都市の富裕化現象とも言われるこの動きがいま、世界各地で問題となり、大規模デモや反対運動などを引き起こしているという。日本ではさほど顕在化していないように見えるが、人口減少時代の都市問題に詳しい龍谷大学の服部圭郎教授は、京都や東京・下北沢の例を挙げ、「観光ジェントリフィケーション」や「コマーシャル・ジェントリフィケーション」が問題になりつつあると語る。服部教授に世界各地の動向と日本の現状についてレポートしていただいた(全2回)。
写真:筆者
編集:田井中麻都佳
-
Contents
-
京都で深刻化する
「観光ジェントリフィケーション」とは
欧米的な住宅ジェントリフィケーションは深刻化していない日本ではあるが、「観光ジェントリフィケーション」および「コマーシャル・ジェントリフィケーション」についは、すでに顕著にみられており、その弊害についてはもっと問題視すべきである。以下に、この二つのジェントリフィケーションについて概観したい。
観光ジェントリフィケーションとは、観光客の増加に伴い、ホテルなどの宿泊施設の需要が高まり、それが地価を高騰させたり、住宅用途の優勢なエリアにおいて簡易宿所(民泊)が侵食してくることで、良好な生活環境を劣化させたりすることを指す。海外では以前から、サンフランシスコやバルセロナなどの観光都市で見られた現象であり、問題となってきた。日本でこの観光ジェントリフィケーションが顕著にみられるのは、世界的観光都市である京都市だ。
実は筆者は現在、東京と京都の二重生活を送っているのだが、昨今、京都の三条で見る外国人観光客の数は、東京の銀座で見る外国人観光客の比ではないと感じる。そして、その圧倒的な観光需要に比して、京都の平坦な土地の少なさは住宅の民泊利用の促進や貴重な公共施設跡地の多くをホテルへと置き換えている。
この現象に着目した川井千敬は、詳細な実地研究のもと、「近年立地特性が変容した簡易宿所と地価形成の関係を分析すると、特に2017年、2018年の簡易宿所が急増しつづけた時期は簡易宿所による地価上昇の影響が大きいこと」を明らかにした(川井、2023[★01]★01)。下の図1の水色の線は、京都府の賃貸住宅の家賃増加を示したものだが、京都市の観光客需要の高い場所であれば、その増加はなおさらだろう。しかも、家賃の高騰による追い出しの問題はまだ顕在化していないとしても、落ち着いた住宅地に民泊がつくられ、観光客が増加することで生活環境が大きく劣化するのは避けられない。

- 図1 賃貸マンションの家賃推移。築10年、専有床面積70㎡を想定。(出所:「住まいインデックス」のホームページの情報から筆者作成)
筆者自身、京都の西陣のそばに居を構えているのだが、これまで観光客が来なかった地元の定食屋や喫茶店にまで多くの外国人観光客が押しかけて満席で座れない時や、市バスが外国人観光客でぎゅうぎゅう詰めの状態になって乗れない時には、内心ムッとしてしまう。また、錦小路や伏見稲荷などの海外観光客の人気スポットに、その土地のアイデンティティとはまったく無縁の派手な意匠のお土産屋が軒並み立地しているのを見ると、残念な気持ちになる。これは、修学旅行でよく行く観光地がアイドルのグッズを売ったり、大久保のコリアン地区やソウルの観光地である北村で韓国アイドルのグッズを売ったりしているのと似ている。しかし、それがとりわけ歴史性をアイデンティティとする京都のような観光地においてみられる場合、そのギャップが大きいだけに場違いで痛々しく、むしろその観光地の価値を下げているように感じる。

- 錦小路では海外観光客を意識して、京都とは関係のない店舗が出店するようになっている。
なお、こうした現象は、イギリスのバース、ドイツのゴスラー、バンベルク、リューベック、フランスのストラスブール、イタリアのフィレンツェといった、多くの観光客を集客する世界遺産都市ではまったく見られない。なぜ、日本では世界遺産都市である京都でそれが許されているのか。これは、観光ジェントリフィケーションだけが要因ではないだろうが、それが一つの引き金になっていることは間違いない。何かしらの対応が必要だと考えるのは筆者だけではないだろう。
一方で、見た目だけ昔の街並みを維持すればいい、ということでもないだろう。実際、景観は残されていても、その用途が大きく変わってしまった例もある。たとえば、ロンドン東部のスピトルフィールズにあるバングラデシュ系の移民が多く住むブリック・レーンでは、いまも変わらず、バングラデシュ系のエスニック・レストランや市場が街並みを彩るが、それはもはや地域住民のほとんどを占めるバングラデッシュ系住民の生活を支えるものではなくなっている(根田 2020[★02]★02)。つまり、ロンドンにエキセントリックさを求める観光客用の場になってしまっているのだ。同様のことは、ロンドンのバロー・マーケットにも言えるだろう。ただそれでも、京都の現状よりは、その地域風土らしさをしっかりと維持できている分だけましだろう。

- ロンドンのブリック・レーンは外観の建築も古く、パッと見ると相変わらずここに住むバングラデシュ系移民の需要に応えたバングラデシュ料理屋が並ぶが、実態は観光客向けの店に置き換わっている。
新参者のための店が増え、
既存住民のための店が消えていく
コマーシャル・ジェントリフィケーションは、ある商業地の業種やサービスが、従来からそこに住んでいた人々を対象とするのではなく、新参者もしくは近い将来訪れることを期待される新参者向けへと変容することである。先述の二つのロンドンの事例は、まさにこのコマーシャル・ジェントリフィケーションの事例と言える。
また、高くなったテナント料を負担できなくなった個店の代わりにチェーン店へと置き換わる現象も一般的にみられる。これは、アメリカ合衆国やイギリスなどでは、通常は住宅のジェントリフィケーションによって地価が全体的に上昇することによって引き起こされる。さらに、大家が代わったことがきっかけとなって、既存のテナントが追い出される場合もあるが、日本ではほとんどの場合が後者である。
ちなみに、アメリカ合衆国の場合、ジェントリフィケーションの対象となる地区では、アフリカ系アメリカ人が住んでいることが多いのだが、店舗の追い出しにより既存住民の生活に支障を来たすことがある。その一つが床屋だ。というのも、アフリカ系アメリカ人とコーカソイド系アメリカ人では毛質が違うためで、そもそも床屋に求められる技術が違う。したがって、ジェントリフィケーションによって床屋が追い出されることは、そこに残っているアフリカ系アメリカ人の住民には深刻な問題となる。新しくできた床屋が、自分たちの髪をしっかりと整えてくれる確率はきわめて低いだろう。あるいは、代わりにスタバのようなカフェやワインバーがテナントとして出店してくることになる[★03]★03。日本ではジェントリフィケーションによって人種対立が起きることは考えにくいが、アメリカ合衆国の都市では、ジェントリフィケーションと人種問題がリンクしていることで、より政策的に難しい課題となってしまっているのだ。前篇で紹介した映画『ジャクソン・ハイツへようこそ』もまさに、そのような問題をドキュメントしている。
個店の追い出しにより、
失われていく下北沢の個性
そして、コマーシャル・ジェントリフィケーションが進むと、街の個性を形成していた個店が消え、ユビキュタスなチェーン店だらけになる。このコマーシャル・ジェントリフィケーションの典型例が東京の下北沢である。下北沢は現在、家賃が相当高くなってしまっていて、個店がそれを負担することはきわめて難しくなっている。結果、2013年から2023年の間に個店の割合は全店舗数の63%から59%へ減少している。しかし、下北沢という街のユニークさをつくりだしてきたのは、ほかでもない個店である。この個店の減少は、下北沢という街の魅力を損なうことにつながっている。
さらに、この10年間の下北沢の店舗の変容をみると、特に古着屋が増えていることがわかる。2013年から2023年のアパレルの店舗数の推移をみると、この10年間で古着屋が圧倒的に増えていることがわかる(図2参照)。

- 図2 下北沢のアパレルの店舗数の推移
これは、地価が高くなりすぎて飲食店で利益を出すのが難しくなっているためだ(筆者の取材に応じてくれた商業ビル「シモキタフロント」のオーナーである柏雅弘氏の説明による)。古着屋は飲食店と違って水回りを必要としないので、空き店舗に入ってすぐに営業できる。しかも、その古着屋の多くは大阪や名古屋、広島などのチェーン店である。これは、古着屋でも個店としての営業だと家賃が高すぎて利益を出すのが難しいからだ。チェーンの古着店だらけの下北沢に個性がないとは必ずしも言えないが、それはサブカルチャーのメッカといった従来の下北沢のイメージとは大きく異なったものになるだろう。

- 下北沢では古着屋が増えているが、その多くは関西、中京に本店を持つチェーン店の場合が多い。
そうしたなか、俳優・松田優作のボトルが残っていたことや、中島みゆきが曲にしたことなどで知られる下北沢のジャズ・バー『レディ・ジェーン』が、開業50周年という節目の年である2025年4月13日に閉店した。カウンターとテーブル30席ほどの店で、週末のジャズを中心としたライブ、そして中島みゆきが「マスターはいつも怒っている」と歌った大木雄高の人柄が多くの客をこの店に惹き付けてきた。それは、「音楽・演劇の街」下北沢の象徴のような店であった。大木雄高は、閉店の理由を「建物の賃貸契約を結んでいたオーナーが世代交代し、更新が認められず、退去を命じられたため」と述べる。「場所の移転という選択肢もあるのでは」という閉店を惜しむ声に対しては、「50年築きあげたこの環境は、金をどれだけ積まれても他の場所で生まれようがない」と言う。

- 「レディ・ジェーン」は、松田優作が頻繁に訪れ、彼がキープしたボトルがまだ残っていることや、中島みゆきが曲にしたことでも知られていた。
これは典型的なコマーシャル・ジェントリフィケーションの事例であり、『レディ・ジェーン』は、有名店だっただけに多くのマスコミが取り上げたが、これは氷山の一角である。他にも多くの住民に慕われてきた個店、下北沢の個性を演出してきた個店群が不動産開発を意図する企業や大地主によって追い出されている。
下北沢のようなコマーシャル・ジェントリフィケーションは高円寺でもみられるし、大阪の中津・中崎町でもみられつつある。これらに加えて、東京の南池袋公園のように、公共空間の想定利用者を若者、ファミリー層にシフトしたことで、それまでそこで滞在していたホームレスを追い出したことも、欧米的な文脈ではジェントリフィケーションであると捉えられる。

- 変わりゆく下北沢。
家賃上昇とともにじわじわと広がる
ジェントリフィケーションという病い
ここまで見てきたように、日本では観光ジェントリフィケーションとコマーシャル・ジェントリフィケーションが猛威を振いはじめているのだが、さらに、日本では中古住宅への需要が高まり、その価格が高騰してきている。そして、前篇で欧米のような住宅からの「追い出し」は見られていない、と述べたが、最近ではどうもそれが怪しくなってきている。というのも、これまでずっと上昇していなかった家賃が上昇し始めているのだ。先の図1で示したように、2011年から2025年までの東京都、大阪府、愛知県、京都府の賃貸マンションの価格は4都府県とも増加傾向にあり、東京都ではこの14年間で28%、大阪府でも24%ほど増えている。
このようにジェントリフィケーションとは無縁に思える日本の都市でも、最近では欧米とは違うスタイルではあるももの、ジェントリフィケーションが顕在化しつつあり、さらに欧米的なジェントリフィケーションもじわじわと起きつつあるようにも思える。
ジェントリフィケーションを病気にたとえるなら、糖尿病のようなものと言ってもいいだろう。じわじわと病状は悪化しているが自覚症状はない。そして、やがて病状が顕在化したときにはすでに手遅れになっている。糖尿病と同様に予防策が重要であり、それが深刻化する前に何かしらの手を打つことが必要であろう。
★01 川井 千敬, 阿部 大輔「京都市における簡易宿所の立地特性と地価との関係について」公益社団法人 日本都市計画学会, 都市計画論文集, 2023 年 58 巻 2 号 p. 241-249
https://doi.org/10.11361/journalcpij.58.241 ★02 根田克彦「ロンドン,タワーハムレッツにおけるブリックレーン商業集積地とタウンセンター政策」地理空間, 2020 年 13 巻 3 号 p. 179-196
https://doi.org/10.24586/jags.13.3_179 ★03 すべての既存住民がそれらを拒否している訳ではなく、中には喜んで受け入れる人達がいることはLance Freemanの『There goes the ‘Hood: Views of Gentrification from the Ground Up 』(2006年)に詳説されている

- 服部圭郎はっとり・けいろう
- 1963年に東京都生まれ。東京そしてロスアンジェルスの郊外サウスパサデナ市で育つ。東京大学工学部を卒業し、カリフォルニア大学環境デザイン学部で修士号を取得。三菱総合研究所、明治学院大学経済学部を経て、現在、龍谷大学政策学部教授。2009年4月から2010年3月にかけてドイツのドルトムント工科大学客員教授、2023年10月から2024年9月までベルリン工科大学客員教授。博士(総合政策学)、技術士(建設部門:都市・地方計画)。著書に『人間都市クリチバ』(学芸出版社、2004年)、『ドイツ・縮小時代の都市デザイン』(学芸出版社、2016年)などがある。
