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都心の再開発が既存住民を追いやる?

「ジェントリフィケーション」の世界動向と日本の現状 前篇

都心の再開発が既存住民を追いやる?の画像
ジェントリフィケーションによって大きく変貌したライプツィヒのアイゼンバーンシュトラッセ地区。

ジェントリフィケーションとは、都心の再開発にともない、地価や家賃が高騰し、もともとそこに住んでいた低所得層が立ち退きを迫られる現象のこと。都市の富裕化現象とも言われるこの動きがいま、世界各地で問題となり、大規模デモや反対運動などを引き起こしているという。日本ではさほど顕在化していないように見えるが、人口減少時代の都市問題に詳しい龍谷大学の服部圭郎教授は、京都や東京・下北沢の例を挙げ、「観光ジェントリフィケーション」や「コマーシャル・ジェントリフィケーション」が問題になりつつあると語る。服部教授に世界各地の動向と日本の現状についてレポートしていただいた(全2回)。

写真:筆者
編集:田井中麻都佳

Contents

    世界中の都市で問題となっている
    「ジェントリフィケーション」とは

    「ジェントリフィケーション」という言葉を聞いたことがある人はいるだろう。しかし、それが意味するところをきちんと理解している人は、そう多くないのではないか。これは、ジェントリフィケーションが比較的新しい言葉で、その概念がわかりにくいことに起因している。そもそも、ジェントリフィケーションという言葉は日本語には翻訳されていない。中国語では「紳士化」と訳されているものの、あまりしっくりとこない。

    ジェントリフィケーション(gentrification)とは、1964年にイギリスの社会学者ルース・グラス(Ruth Glass)によってつくられた造語である。ロンドンの労働者階級が主に住んでいた地区が、中流階級や上流階級が移り住むことによって追い出される現象を表す際に使われたのが最初だ。ジェントリフィケーションの語源であるGentrifyは上流階級を指す。ただし、貴族階級ではなく、一般的には大地主のような人たちのことを意味する。そしてficationとは、そういう状況になることを示す接尾辞である。Simplification(簡素化)、 Sophistication(洗練化)などと同じ接尾辞だ。

    実はこのジェントリフィケーションがいま、世界の多くの都市で社会問題となっているのだ。その現象には大きく次の四つの特徴がある。

    1. 空間の利用者の属性変化(低所得者階層から中流・上流階層へのシフト。アメリカ合衆国などでは住民が有色人種から白人層に変化することから、人種問題の文脈からも問題視される)

    2. そこに長らく居住していた人たちの追い出し

    3. 住宅環境、社会基盤などのアップグレード

    4. 文化・ビジネスの変容(従来からあったビジネスが、新たに移ってきた層を顧客とする文化・ビジネスに置換えられる)

    ジェントリフィケーションの問題は1960年代頃から見られ始めたが、アメリカ合衆国においてそれが深刻化するのは、都心回帰が始まった1980年代の後半からである。それは基本的に、不動産価格が安い地域に投資が行われることで生じるが、アメリカ合衆国も例外ではなかった。アメリカ合衆国の都市の多くではモータリゼーションの進展にともない、戦後、人々が都心部を逃げ出し(アーバン・エクゾダス:Urban Exodus)、郊外に移り住むという大きな人口移動があった。その結果、多くの都市の都心部がスラム化したのだが、その後、主に若者を中心した中流階層・上流階層の人々が都心部のアーバニティに惹かれて、都心に回帰、流入したことがジェントリフィケーションのトリガーとなった。

    一方、ドイツにおいてジェントリフィケーションが深刻化するのは、おもに旧東ドイツの都市である。1990年の東西ドイツ統一後、ほとんどの東ドイツの都市の人口は減少したが、その結果、家賃が低下したことや経済が回復したことで、再びそれらの都市に人々が戻ってきたことがジェントリフィケーションの引き金となった。

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    アイゼンバーンシュトラッセ地区。この2006年当時の風景に対して、トップの写真は2024年の街並み。20年近くで大きく様変わりしたことがわかる。

    さらに、その背景の一つとして国際的な不動産投資の活発化があげられる。ロンドンのジェントリフィケーションのきっかけとなったのは、イギリス人が都心部に移り住んできたというより、中東やシンガポール、マレーシアの富裕層の不動産投資である。

    そもそもジェントリフィケーションは主に20世紀の欧米でみられた現象であったが、ニール・スミス(Neil Smith)は2000年の論文[★01]★01で、それがいまや地球規模で展開していると指摘している。ネオリベラルの経済政策を進めている国の都市において、ジェントリフィケーションは普遍的にみられる現象になっているのだ。

    反対デモが行われたり、
    映画、ドキュメンタリーの題材にも

    ジェントリフィケーションに反対するデモンストレーションも昨今、各地で行われている。いくつか例を挙げよう。サンフランシスコでは、2013年から2014年にかけてグーグルやアップルの従業員用のバスの通行を妨げるデモが行われた。これは、サンフランシスコの南にあるシリコンバレーで働くグーグルやアップルの従業員がサンフランシスコに住居を構えたことで、サンフランシスコの住宅価格が高騰し、結果としてそこにもともと住んでいた労働者層やヒスパニックの住民が追い出されたことに抗議するものであった。

    また、ニューヨークのクイーンズ区では、アマゾンが第二本社をつくる計画を発表すると、ジェントリフィケーションが起きるとの懸念から、2018年から2019年にかけて大規模な反対運動が起き、結果的にアマゾンは計画を撤回せざるをえなくなった。マンハッタンのチャイナタウンでは超高層マンションが計画されたが、2016年から2018年にかけて反対運動が展開され、最終的に数棟は建設されたものの、ニューヨーク市は2019年に借家人保護法を制定するに至った。同国では、これらの都市以外でもワシントンDC、アトランタ、デンバー、ロスアンジェルス、ポートランドなどでジェントリフィケーションの反対運動が展開されている。

    イギリスでは2015年に、南ロンドンのブリクストンにおいて、伝統的な商店街であったブリクストン・アーチスの閉業を契機にジェントリフィケーションへの大々的な反対デモが行われた。また、ドイツのベルリンでは、2021年に不動産会社による住宅高騰に反対するデモが実施された。この時のスローガンは「利益のためではなく、人々のための住宅を」というものであった。また、ライプツィヒではコネヴィッツ地区において、2020年に500人規模のジェントリフィケーションへの反対デモが行われた。契機は、住宅の商品化、住宅不足に反対する運動家が、立て籠もっていた家から警察によって追い出されたことだった。参加者が警察に投石したのに対し、警察が催涙ガスで応じ、逮捕者も出たことから、ドイツで大きく報じられることになった。

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    ベルリンのケーペニッカー通りにある住宅建物には、ジェントリフィケーションに対する強烈な抗議の壁画が描かれている。

    ジェントリフィケーションをテーマとした映画もいくつかつくられている。『The Last Blackman in San Francisco』(2019年)は、サンフランシスコの工場地帯に住むアフリカ系アメリカ人が自分の家族が有している(と思っていた)都心部にある瀟洒な家を取り戻そうとする映画である。サンフランシスコの都市開発から取り残されてしまった人たちのリアルな姿を描いているとして話題となった。『Blindspotting』(2018年)は、黒人と白人の友人が、自分たちの住むオークランド(サンフランシスコの対岸の都市)がジェントリフィケーションによって変化し、関係性にズレが生じてきたことを描いている。

    ドキュメンタリーでは、ニューヨークのクイーンズ区にあるジャクソン・ハイツでのジェントリフィケーションする側とされる側の攻防を描いた『ニューヨーク、ジャクソン・ハイツへようこそ』(2015年)が有名だ。ドキュメンタリー映画の巨匠であるフレデリック・ワイズマン監督の作品である。ジャクソン・ハイツはニューヨーク市クイーンズ区にある多様性に富んだ、まさに人種と文化の坩堝のようなネイバーフッドである。世界中から移民が集まり、160以上の言語が話されており、多様な文化、宗教、エスニシティが共存している。ここで不動産価値を高めるビジネス・インプルーブメント地区(BID地区)に指定しようとする政治的な動きが起こり、まさに蜂の巣をつついたような状況になる。

    その他にも『My Brooklyn』(2012年)、『Flag Wars』(2003年)はジェントリフィケーションによって、人間関係がこじれていく過程を描いている。イギリスでも『Dispossession: The Great Social Housing Swindle』(2017年)というドキュメンタリーで、サッチャー政権以来の公共住宅の不足と、それがもたらしたジェントリフィケーションの深刻化が描かれた。

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    ジャクソン・ハイツはまさに人種の坩堝。中国系のハリウッド女優であるルーシー・ルーもここの出身だ。

    日本にジェントリフィケーションは見られない?

    このようにジェントリフィケーションが大きな社会問題として認識されている世界の状況に比べると、日本ではジェントリフィケーションへの問題意識は低い。これはアカデアでも同様だ。グーグル・スカラーで“gentrification”と検索すると約135,000件ヒットするが、「ジェントリフィケーション」と日本語で検索すると1,420件しかヒットしない。つまり、ジェントリフィケーションに関する日本語論文は1%ちょっとに過ぎず、アカデミック分野でもジェントリフィケーションへの関心が低いことがわかる。“Aging Society”と「高齢化社会」を検索した場合、17,800件と16,000件であることからもわかるように、日本においてジェントリフィケーションへの関心がいかに低いか理解できるだろう。はたして、それはなぜか。

    一つ目はジェントリフィケーションが起きるためには、潜在的に需要があるにも関わらず不動産価格が安い場所が必要であるということだ。たとえば、都心部から人々が郊外へ逃避したアメリカ合衆国の都市や旧東ドイツの都市のように、社会基盤がしっかりと整備された都心部において人口減少が進み、不動産価格が下落したような状況が必要だということ。日本の都市においても東京の中央区、千代田区、大阪の北区などは人口減少がみられた時代もあったが、上記の都市のような大幅な不動産価格の下落はみられず、またバブル期における不動産投資での痛手もあり、不動産投資がヒートアップすることがなかった。一方、最近、起きている東京や大阪の都心部におけるタワーマンションへの不動産投資の過熱化は、新規に開発される不動産物件への投資であり、不動産投資が直接的に既存住民の追い出しにはつながっていない。

    二つ目は、日本では、アメリカ合衆国の都市のように人種問題といった社会問題とジェントリフィケーションがリンクしていないことである。アメリカ合衆国の都市では白人による有色人種の追い出しが問題となるが、日本ではそのような視点からジェントリフィケーションを問題視する例は少ない。そして、三つ目は、この30年間経済が低迷していたこともあり、家賃が高騰し、人々の生活を圧迫するようなことがなかった。むしろ、生活費を圧迫しているのは住宅費より、教育費、生鮮食品、外食など食費の高騰である(下図参照)。現状では、家賃が高くなり、その家賃が払えなくなって追い出されるといったことは、日本の都市ではあまりみられていない。

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    図1 消費者物価指数の推移(出典:「消費者物価指数」統計局)

    実際、日本の家賃はこの20年間、まったく増加しないどころか減少していた。下の図2は、日本および諸外国におけるCPI家賃指数の推移を2000年から2017年まで示したものである。アメリカではこの17年間で170%以上、イギリスでは150%以上増加しているのが目立つ。これら二国の都市において人々の追い出しが見られる背景には、このような家賃の急騰がある。なお、ドイツの家賃の上昇が緩やかであるのは、家賃規制などが前者の国に比べると厳しい都市が多いからであろう。

    一方、日本は比較した国の中で唯一、2000年以降もCPI家賃指数が減少している。2017年以降は、前出した図1からもわかるように緩やかに増加へと転じつつあるが、このように長期にわたって家賃が増加していなかったことが、日本においてジェントリフィケーションが深刻化しなかった大きな理由である。

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    図2 各国の借家家賃の推移( 出所: 総務省統計局物価統計室、2 0 1 8 年)

    ただ、欧米的な住宅ジェントリフィケーションがみられなかっただけで、それがまったく生じてないというわけではない。日本でにわかに問題となっているのは、欧米の都市でみられるような住宅投資に起因したものではなく、円安による海外観光客の増加にみられる「観光ジェントリフィケーション」や、伝統的な商店街においてチェーン店による個店の追い出しとして顕在化している「コマーシャル・ジェントリフィケーション」である。後篇では、こうした日本ならではのジェントリフィケーションの問題について見ていくことにしたい。

    (後篇へつづく)

    [参考資料]

    https://www.theguardian.com/cities/gallery/2015/aug/06/brixton-arches-business-gentrification-regeneration-london

    https://www.theguardian.com/cities/2014/feb/27/ruth-glass-spike-lee-gentrification-50-years

    ★01 Neil Smith (2000): “New Globalism, New Urbanism: Gentrification as Global Urban Strategy” A Radical Journal of Geography, July (Volume 34, Issue 3)https://doi.org/10.1111/1467-8330.00249

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    服部圭郎はっとり・けいろう
    1963年に東京都生まれ。東京そしてロスアンジェルスの郊外サウスパサデナ市で育つ。東京大学工学部を卒業し、カリフォルニア大学環境デザイン学部で修士号を取得。三菱総合研究所、明治学院大学経済学部を経て、現在、龍谷大学政策学部教授。2009年4月から2010年3月にかけてドイツのドルトムント工科大学客員教授、2023年10月から2024年9月までベルリン工科大学客員教授。博士(総合政策学)、技術士(建設部門:都市・地方計画)。著書に『人間都市クリチバ』(学芸出版社、2004年)、『ドイツ・縮小時代の都市デザイン』(学芸出版社、2016年)などがある。

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