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サウンド・アーティストevalaが構築するハイパーリアルな空間(後篇)

ICC「evala 現われる場 消滅する像」展覧会レビュー&インタビュー

サウンド・アーティストevalaが構築するハイパーリアルな空間(後篇)の画像
Photo: TOMITA Ryohei / Photo Courtesy: NTT InterCommunication Center [ICC]

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今回取り上げるのは、東京・初台のNTTインターコミュニケーション・センター[ICC]で開かれている、音楽家、サウンド・アーティストのevalaによる個展「evala 現われる場 消滅する像」(2025年3月9日まで)。

後篇では、柳沢英輔さんによる、evalaさんのインタビューをお届けします。evalaさんが作品をどのようにつくっているのか、「音」をつうじてどのような空間をつくろうとしているのか、会場に響く「音」を拾いながら、柳沢さんがevalaさんの創作の核心に迫っていきます。(前篇はこちらより)

Contents

    「空間的作曲」とは何か?

    柳沢 evalaさんは「空間的作曲」という言葉を使われていますが、今回の作品は新しいかたちの「音楽作品」なのか、それともサウンド・アート、サウンド・インスタレーションなのか、ご自身ではどのように捉えていますか?

    evala 僕たちが音って呼んでるものって、たとえば、「パンッ」て手を叩くじゃないですが、「パン」ていうのが音源で、「ウンッ」ていうのが空間の広がりだとしたら、その音源と残響(空間)が合わさって初めて音と呼ぶと思うんですよね。

    通常の作曲家は楽譜や音源をどう作るかだけに意識を向けますが、僕の場合は、音源を特定の空間のなかでどうやって人の耳に届けるかというところまで作っていて、それは作曲と切っても切り離せないので「空間的作曲」と言っています。なのでサイトスペシフィックなものにならざるをえないんです。

    僕は2010年に出した『acoustic bend』(port)が最後のCDで、それ以降は出してないんですよ。つまり、パッケージというのを出していなくて。どうやって出していいかわからなくなっちゃったんですよね(笑)。この「パンッ」ていうときの「ウンッ」ていう空間のうねりも作曲に取り入れたとき、それはパッケージできないですよね。

    柳沢  じゃあ、今回の作品でいうとICCの展示空間というのがまずあって、そこにどういう音を作っていくかというプロセスになるんですか?

    evala 今回の展示は新作が多いんですけど、以前に作った作品も展示してます。とはいえ、ICCの空間に持ってくると、シリーズ最新作というかたちで、空間に合わせてアレンジしながら再構築せざるをえない。これはスタティックな美術作品のようにタイトルがあって、制作した年が記載してあるみたいなものと違ってくるんですよね。

    柳沢  なるほど、展示される空間によって、これまで作った作品でもアレンジし直すというか、作り直されるんですね。

    evala そうです。

    フィールド録音とデジタル音をなぜ等価に扱うのか?

    柳沢  今回の展示で使われている音は、すべてフィールド録音なのでしょうか。それともスタジオ録音も使われているのでしょうか。

    evala フィールド録音は僕の作品の特徴としてあるんですけど、たとえば、《Sprout “fizz”》という作品は、デジタルの生成音でフィールド録音はまったく使っていませんね。プチプチとかパチパチとかデジタルノイズを136個のスピーカーで運動をさせたりして。たまに声のような音が入るんですけど、それは別作品の音を意図的に入れ込んでいます。

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    デジタルノイズがつくる自然の中を歩く《Sprout “fizz”》
    Photo: MARUO Ryuichi / Photo courtesy: NTT InterCommunication Center [ICC]

    もともと僕はコンピュータのプログラミングを使ってデジタルサウンドを作っていたんですけど、一方で高校生のときからずっと音フェチで、録音もずっとしていたので、その両方を『acoustic bend』以降の作品に取り入れています。

    柳沢  つまり、作品のなかで使われる音については、フィールド録音も、ソフトウェアで作った音もスタジオ録音も、ある意味等価ということですね。

    evala 等価に考えていますね。ただ作品によっては、たとえば、《Inter-Scape “slit”》のようにフィールド録音だけを素材にしたものもありますし、すべての作品において混ぜ込んでいるというわけではないです。

    柳沢  《Inter-Scape “slit”》は本当にいろいろな音が入っていて、鳥の音とか波の音とかケチャの音とか。あの作品は、これまでご自身で録音した音をあの空間のなかでどのように配置して作られたのですか?

    evala たとえば、生態系に詳しい人が聴くと「ちょっと待って……ありえない。北欧の鳥と東南アジアの虫が共存しているなんて。これは地球上に存在しない音」という感想があったり(笑)。《Inter-Scape “slit”》は、一つの精緻に録られたフィールド・レコーディングが移り変わっていくのではなくて、時間も場所も違うさまざまな状況の音が空間的に配置されて組み合わされているんですね。僕が作曲と音響操作が切り離せないと言ったのはそういうところなのです。

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    フィールド録音から構築された超現実の世界を垣間見る《Inter-Scape “slit”》
    Photo: TOMITA Ryohei / Photo Courtesy: NTT InterCommunication Center [ICC]

    通常は、音楽家が音響エンジニアにやりたいイメージを伝えて、現場では音響エンジニアが実際に手を動かしていくことが多いと思うのですが、僕の場合は、音響エンジニアがスピーカーの設置と調整をしたら、そこからは会場にこもって一人きりの孤独タイムでひたすら作り込んでいく。

    柳沢  展示の部屋にこもって作業されるんですか?

    evala そうです。音楽パッケージでいうミックスからマスタリングから作曲と合わせてやるんですよ。だから、すべての作品制作において、時間的な構成をする作曲と音響創作が本当に切り離せないんですね。むしろ音響創作にこそ僕のアイデンティティがある。

    柳沢  それがまさに「空間的作曲」ということなんですね。

    美術館の音環境を逆手に取る 

    柳沢 では、たとえば、以前にやられた「聴象発景」[★01]★01のときのような日本庭園で行ったサウンド・インスタレーションと、今回のような美術館という空間で行うときで制作の考え方や方法は変わったりするのでしょうか? 

    evala 屋外だったら必然的にいろんな音がありますよね。一方、美術館の場合、たとえば絵画や彫刻が飾られた部屋があって、隣の部屋に行けばその前の部屋の作品って見えないから同時には鑑賞しないじゃないですか。だけど、隣の(部屋の)音が侵入してくることが多々あるんですよ。目の前の作品を鑑賞しているときに、隣の作品のビデオの音声だけがバーッて聞こえてきて集中できないような状況が、僕はとても嫌いなんですね(笑)。それはやっぱり劇場や音楽スタジオとは違って美術館ならではだと思うんですけど。

    今回の展示ではむしろそうした干渉を逆手にとって、他の作品の断片(フラグメンツ)を意図的に混ぜ込んでいます。遮音ももちろん意識はしていますけど、全体としてどこか同じような世界のように感じられるように、強く意識しましたね。

    柳沢  通路にスピーカーが置かれていたのもそういった意図があったんでしょうか?

    evala はい、あれは各部屋の作品をインストールし終えた後に急遽追加制作したものです。全作品の音の繋がりや、音の記憶みたいなものを入れ込んで、廊下もふくめて会場全域で作曲しているんです。これは個展ならではだと思いますが、そこは意識的にやりました。

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    2019年に発表した《Score of Presence》は、本展に合わせて音が作曲しなおされている。
    Photo: MARUO Ryuichi / Photo courtesy: NTT InterCommunication Center [ICC]

    柳沢  「音の出る絵画」である《Score of Presence》はどのような仕組みで音が出ているのでしょうか。絵画の裏側に振動子(スピーカー)が取り付けられているのでしょうか。

    evala 絵自体の面がスピーカーなんです。裏にスピーカーが設置されているわけではなくて。つまり、6枚のスピーカーが壁に飾られているということですね。

    もともとは大日本印刷さんが開発した紙自体から音が鳴る技術があったのですけど、「なにか一緒にできませんか?」とお声がけいただいて、絵でもスピーカーでもないような作品を作りましょうと提案したのが出発点でした。

    柳沢  あの描かれている絵というのは音のイメージでしょうか。

    evala そうそう、空間音響をアナライズした3次元データです。音がどういうふうに運動したかという。それから、あのプリント自体は、黒の上にシルバーの軌跡が描かれているんですけど、特殊印刷を施していて、照明を当てることで鑑賞角度によって多彩に色づいて発光したように見えます。

    視覚が嫌いというわけではない

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    うねる低音のなか、不定形なイメージが浮遊する《Embryo》
    Photo: TOMITA Ryohei / Photo Courtesy: NTT InterCommunication Center [ICC]

    柳沢  「See by Your Ears」[★02]★02という「耳で視る」というコンセプトを掲げられているのですが、やっぱり視覚的な要素は極力ないほうがいいと考えるのでしょうか。たとえば、無響室は完全な暗闇なので視覚的な要素はまったくないわけですが。

    evala 別に視覚が嫌いというわけではないんですけど、「See by Your Ears」の出発点は、まさに無響室の作品からなんですね。

    今回の展覧会でも絵のように見えてスピーカーだったり、映像のように見えて光だったり、フォルムとか視覚的な実体がないものというのは常に意識しています。実体がつかめないもの、もやもやと幻覚のようなものがあって――。

    柳沢  《ebb tide》の前方に見える「もや」みたいなものは光なんですか?

    evala そう、光、照明なんですよ。ちょっとずつ変化しています。

    柳沢  曖昧な「もや」みたいなものがいいというか、完全にブラックアウトにするのではなくて、視覚的なものをわずかに加えることで音に没入できるということもあるんでしょうか。

    evala 作品に共通してあることとして、壁の存在をなくすというのは気にしています。音響操作によって、空間が広くなったり狭くなったりしたときに、会場の物理的な空間スケールがわからないようにしたい。

    それから不特定多数がそれぞれの自由なタイミングで出入りするためには、現実問題として完全暗転は難しく、なんらかの光が必要なんですね。そのとき、音に没入できる視覚はなにか。たとえば、《Scores of Presence》では壁の存在がはっきり見えているけれど、見えていながらも見えていないような幻覚がある。だから音を助けるための視覚というよりかは、音に没入するために壁というかスペースの存在をどうやって消すか。そのための「もや」だということですね。

    柳沢 なるほど。そこは面白いですね。

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    《ebb tide》では、会場中央にある山のような構造体にのぼると前方に煙のようなもやが見えてくる。
    Photo: TOMITA Ryohei / Photo Courtesy: NTT InterCommunication Center [ICC]

    音を音として、情報ではなく

    柳沢  音を用いてさまざまな感覚的要素、たとえば、視覚以外にも触覚とか嗅覚、平衡感覚のような感覚を喚起させたり、撹乱させたりとか。そういった共感覚に関心があったりするのでしょうか。

    evala 共感覚というと、数字を見て色が見えるとか、音を聴いて色が見えるとか言われますけど、そんな単純なことではないと思っています。

    人間の感覚って五感というけれど、実際は五万とあるわけですよ。音って耳だけで聴いているわけじゃないんだという感想をよくいただきますが、じゃあ単純に鼻と結びつくのか、目と結びつくのかと考えるのではなくて……。

    将来的には、耳の聞こえない人に「See by Your Ears」をどうやって伝えることができるのか、そういうことは考えますね。この音響帯域はこうだからこの触覚振動で感じさせるとか、リズムを映像で表現するとか、そういう単純な翻訳の仕方ではなくて......。実際に、振動とかリズムとかメロディでは、「See by Your Ears」はとても翻訳できないものだと思うんですよね。だから耳の聞こえない人と僕がつくった空間振動の作品をどうやって共有できるのか、そういったことに興味はあります。

    柳沢  今回の展示を体験して、目が見えない人が空間を音で知覚していることを連想しました。以前、全盲のかたをアテンドしたときに、世界の捉え方がわれわれ「晴眼者」とはまったく異なるということを実感したことがあるんですね。

    evala 全盲のかたが「See by Your Ears」を体験したときに、にこにこした顔をして無響室から出てきて、「情報ゼロの音がこんなに楽しいと思いませんでした」という感想をくれたことがありました。そのかたにとっては、普段の生活で意識的に聴く音のすべてが情報なんですよね。歩いているときにここは進んだら駄目だとか、ここはリスキーだとか。音楽の場合も、言語を学習するように音符の高さとか長さとかの情報として聴いていた。それが、情報としてではなく、音を音として初めて体感として受け止めていいんだと知ったと。初めて情報から解放されましたとおっしゃっていました。音ってこんな楽しいものなんだって。その感想はとても印象に残っていますね。

    「耳のまばたき」という手法

    柳沢  今回の展示で一番広い空間を使っている《ebb tide》のなかで、エオリアン・ハープのような風がゆらぐような音が繰り返し入っていたと思うんですけど、あれはどういう音を使ったのでしょうか?

    evala それはたぶん秘密の赤いホースです。展示資料室のケースには大きくて入らなかったんですけど。ホースに穴があいていてそれを回すとファーンと音が鳴るんです。

    実際に約400平米の展示会場でもぐるんぐるん音が回ってるんですけど、それを複数重ねる重奏によって、音との距離が無限大のような宇宙の広がりをつくっています。海の音などフィールド・レコーディングも使ってますけど、この作品はほとんどが音具の音です。ジャーと水のように聞こえるのも実はレインスティックを演奏して録ったものです。

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    《ebb tide》の制作で使用された音具と録音機材が資料として展示されている。
    撮影:冨田了平、写真提供:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]

    柳沢  場面転換のときに女性のハッという声が入ってたりしてたと思うんですけど、これまでの作品でもそういうかたちで使われているのでしょうか?

    evala 普通に音楽を作曲するときは、時間軸のなかで起承転結を作っていくと思いますが、たとえば、水面に石を落としたら波が出るじゃないですか。もう一個落としたら別の波が出る。で、その2つが干渉しあって第3の波が出る。さらにもう1個、もう2個落としたら複雑に変容していってさまざまな波が重なるじゃないですか。それをパンッとリセットする。

    僕はそれを「耳のまばたき」って呼んでいるんです。できた波紋をパンッとリセットして、また新しい波を作る。そういうイメージですね。ただその波のリセットがどこに来るかという時間のコンポジションも同時に重要ですけどね。

    柳沢  無響室という極端に響きのない空間と、他の部屋だと響きもあって広さもある。そこで作曲するとなると当然アプローチは変わりますよね。

    evala 変わりますね。無響室では、あの狭い空間のなかで世界のいろいろな場所の音を、鑑賞者の身体のなかで鳴らすということをやっていますね。

    一方、《ebb tide》では小さい音具を使って音との距離が無限大のような広がりをだしているんですよね。フィールドの音を使ってフィールドが身体になるのと、手のひらの小さい音具が宇宙のように広がっていく。

    そうした音源と空間の関係においてもすごい対極なのですが、いずれも非日常な響きであり、この世界に存在しない「場」をつくっています。

    柳沢 音を用いて空間そのものを創っていくことで、視覚と聴覚といった単純な二項対立を超えて、そもそも「みる」とは、「きく」とはいったいどのような行為なのだろうか、「音」とは、「音楽」とはいったいなんだろうか、という根源的な問いへと鑑賞者を誘うような「場」になっていると思いました。(了)

    サウンド・アーティストevalaが構築するハイパーリアルな空間(後篇)の画像

    (2025年1月24日、NTTインターコミュニケーション・センターにて)

    前篇はこちら

    ■展覧会概要
    evala 現われる場 消滅する像

    会期:2024年12月14日~2025年3月9日
    会場:NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]
    住所:東京都新宿区西新宿3-20-2 東京オペラシティタワー4階
    開館時間:11:00~18:00 *2月22日~24日、3月1日~2日、8日~9日は、20:00まで延長。入館は閉館の30分前まで。
    休館日:月(ただし祝日の場合は開館し、翌平日休館)、12月28日〜1月3日、2月9日
    料金:一般 1000円 / 大学生 800円 / 65歳以上・高校生以下 無料

    ★01 evalaと、サウンド・アートの世界的パイオニア鈴木昭男による音の展覧会(2019年、中津万象園・丸亀美術館)http://www.bansyouen.com/sound/★02 evala を中心とした音 (耳) から世界をみつめるプロジェクト。①Invisible Art (見えない美術)、②Invisible Cinema (見えない映画)、③Invisible Architecture (見えない建築)の3つの軸をもとに、美術館、劇場・ホール、庭園などでの作品を発表を中心としながら新たな建築や都市設計をも提案していく実験プラットフォームです。

    evalaエヴァラ
    音楽家、サウンド・アーティスト。新たな聴覚体験を創出するプロジェクト「See by Your Ears」主宰。立体音響システムを駆使し、独自の“空間的作曲”によって先鋭的な作品を国内外で発表。2020年、完全な暗闇の中で体験する音だけの映画、インヴィジブル・シネマ『Sea, See, She – まだ見ぬ君へ』を世界初上映し、第24回文化庁メディア芸術祭アート部門優秀賞受賞。2021年、空間音響アルバム『聴象発景 in Rittor Base ‒ HPL ver』がアルス・エレクトロニカ 2021 デジタル・アート&サウンド・アート部門にてオノラリー・メンションを受賞。また、公共空間、舞台、映画などにおいて、先端テクノロジーを用いた独創的なサウンド・プロデュースを手がけている。大阪芸術大学音楽学科・客員教授。Photo: Susumu Kunisaki
    柳沢英輔やなぎさわ・えいすけ
    音文化研究者、フィールド録音作家。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科修了。博士(地域研究)。現在、日本学術振興会特別研究員RPD、NTT東日本地域循環型ミライ研究所客員研究員ほか。主な著書に『ベトナムの大地にゴングが響く』(灯光舎、2019年、第37回田邉尚雄賞)、『フィールド・レコーディング入門――響きのなかで世界と出会う』(フィルムアート社、2022年、第1回音楽本大賞&読者賞)など。Photo: Takamitsu Ohta

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