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サウンド・アーティストevalaが構築するハイパーリアルな空間(前篇)
ICC「evala 現われる場 消滅する像」展覧会レビュー&インタビュー
d Reviewでは、DISTANCE.mediaが注目している、本や映画、展覧会、プロジェクトなどをピックアップして、レビューします。
今回取り上げるのは、東京・初台のNTTインターコミュニケーション・センター[ICC]で開かれている、音楽家、サウンド・アーティストのevalaによる個展「evala 現われる場 消滅する像」(2025年3月9日まで)。
都市や自然などさまざまな場所で収集した音と自らつくった電子音をもちいて、新たな聴覚体験を創出するプロジェクト「See by Your Ears」を展開するevala。ほぼ音だけで鑑賞者の視覚的想像力を喚起するインスタレーション作品で、観客の耳をひらき、はるか遠くに誘う唯一無二のアーティストです。
本展をレビューするのは、『フィールド・レコーディング入門――響きのなかで世界と出会う』で注目された、音文化研究家である柳沢英輔さん。柳沢さんの耳にはどのように響いたのか? レビューとインタビューの前・後篇でお送りします。
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Contents
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はじめに
この展覧会のレビュー依頼が来たとき、正直に言って少し戸惑った。私は評論家でも、キュレーターでも、サウンド・アートの研究者でもなく、そもそも展覧会のレビューというものをこれまで一度も書いたことがなかったからだ。
ただ、私はフィールド・レコーディングを長年実践していて、本も書いているので、その観点から何か書くことを期待されているのかもしれないと感じた。この展覧会は依頼が来る前に一度鑑賞していて、言葉にすることは難しいが、とても印象的だったのも確かである。だから、もう一度会場を訪れてメモを取りながら、作品をじっくり鑑賞してみることにした。
本展覧会は、6つの展示作品(うち5作品が新作)と無響室の作品(全部で5作品)、資料展示から構成される。まずそれぞれの作品を鑑賞した感想を以下に記す。なお来場した日は、こうしたジャンルの展覧会としては意外なほど多くの来場者が熱心に鑑賞していて、無響室の作品は予約を取ることも困難なほどだった。
そして、幸運にもevala氏に直接インタビューする機会も得た。evala氏の制作に対する考え方がよくわかる内容になっていると思うので、後篇のインタビューもぜひ併せて読んで頂けたら幸いである。
音がはじけるスプラウト――《Sprout “fizz”》
会場に入ってすぐの開けた空間。どこか蓮の実を思わせるような多数の半球型スピーカーが床と2面の壁に設置されており、そこから植物の蔦のようにケーブルが床や壁に這いめぐらせてある。Sproutとは発芽する、fizzは泡などがシュー、パチパチと音を立てることを意味する言葉のようだ。
スピーカーやケーブルを踏んづけないようにゆっくりと空間内を歩いていく。水音、電子音、声、吐息などが現れては消え、ゆらゆらと音が動いていく。どこかの波打ち際を歩いているような、あるいは海の奥深くで誰かが呼びかける声が聞こえてくるような、流動的に移り変わっていく音像は、ある種の心象風景のようでもある。歩いたり、立ち止まったり、その場にしゃがんだりして、空間のなかでの自分の身体の位置とそこでの響き方を確かめるように耳を傾けた。

- 《Sprout “fizz”》(2024) Photo: MARUO Ryuichi / Photo courtesy: NTT InterCommunication Center [ICC]
音の出る絵画たち――《Score of Presence》
特殊印刷と平面パネルスピーカー技術を用いて、絵画の支持体であるパネル自体が音を発する「音の出る絵画」シリーズ。
絵画に描かれたイメージはその空間の音響情報を独自のアルゴリズムで視覚化したもので、鑑賞する角度によって色彩が変化するそうだ。6枚の絵画からは確かにパチパチと何かがはじけるような音が聞こえてくる。個人的な経験でいえば、港の岸壁の固着生物(イガイやフジツボなど)の発する音を水中マイクで録音(モニター)しているときに聞こえる音を思い出した。
絵画というのは同じ空間内にあっても基本的には独立した個々の作品を鑑賞するのに対し、この作品では、複数の絵画から発せられる音は必然的に混ざり合い、反響しあい、鑑賞者の位置によってその内容は変化する。つまり、ここでの鑑賞という行為は空間の響きも含めて個々の音をどのようにミックスして聴くかいう意味で、あたらしい「絵画」の鑑賞体験を提示しているとも言えよう。

- 《Score of Presence》(2019) Photo: MARUO Ryuichi / Photo courtesy: NTT InterCommunication Center [ICC]
フィールド・レコーディングが織りなす「空間的作曲」――《Inter-Scape “slit”》
evalaがこれまで世界中で録りためてきた音を用いて空間的に作曲した立体音響による高密度な音とストロボライトの光によって構成される作品。ここではevalaのフィールド・レコーディングを用いた「空間的作曲」をじっくりと堪能することができる。
バリ島のケチャ、村人の話し声、水の音、教会の鐘の音、カエルや鳥など野生動物の声、物音、雪を踏みしめる音、飛行機内の離陸時の音、女性や子供たちの声、洞窟の音(水滴音)など、世界のどこかの場所、時間を記録した多様な音がevalaの手によって組み合わされ、混ぜ合わされ、立体的に配置されていく。そしてストロボライトの光が突然空間を照らすことで展開が大きく変わる。
現実世界のリアルな再現などではなく、現実の音を用いて再構築されたハイパーリアルな世界の断面を横から覗き見ているような体験だった。

- 《Inter-Scape “slit”》(2024) Photo: MARUO Ryuichi / Photo courtesy: NTT InterCommunication Center [ICC]
闇のなかでうごめく胎児の知覚――《Embryo》
暗闇のなかでゆらゆらとうごめく不定形なイメージとくぐもった低音の背景にうっすらと電子音のような音が響いている。
作品タイトルの「Embryo(胚)」が示すように、子宮のなかから胎児が世界を知覚しているような、さまざまな身体感覚が未分化な状態を想像させた。それらの音とイメージを通して、鑑賞者は意識の奥深くに潜っていく。特定の音を言語的に意味づけて聴くという聴取行為とは対照的な、どこにも焦点を合わせずに身体全体で音を感じるような原初的な聴取の記憶を喚起させるような体験であった。

- 《Embryo》(2024) Photo: MARUO Ryuichi / Photo courtesy: NTT InterCommunication Center [ICC]
生成AIが奏でる“evalaの音”――《Studies for》
これまでにevalaが発表してきた36の立体音響作品のサウンド・データを学習したサウンドエフェクト生成AIを用いて空間的作品をつくる試みで、リアルタイムかつマルチチャンネルで「evalaのような音」が生成され続ける。
こうした生成AIを使ったデジタル・アート作品は近年いろいろなところで観る機会が増えている。「作家不在」のこの作品の「作者」とはいったい誰なのか? システム(プログラム)を制作した人なのか、サウンド・データを制作した人なのか、空間や照明デザインを担当した人なのか。そのどれでもあるし、どれでもないのだろう。
またevala本人はこの作品を聴いてどのように感じたのだろうか? この作品からは、サウンド・アート、フィールド・レコーディングの作者(作家性)はどこに存在するのか、またそれはどこから始まるのかという問いを思い起こさせた。

- 《Studies for》(2024) Photo: MARUO Ryuichi / Photo courtesy: NTT InterCommunication Center [ICC]
音の波間に揺られ、夢の深みへ――《ebb tide》
真っ暗な広い空間の真んなかに吸音材の凸凹した大きな山があり、その上で鑑賞者は座ったり、寝転んだり、思い思いの態勢で鑑賞する。evala自身の記憶に残る私的な場所の環境音や、さまざまな音具の音によって構成される新作である。
前方の暗闇に漂う霧のようなイメージ(光)があるだけで、視覚的な要素はほとんどない。山の上で横になって音に包み込まれるような感覚がとても気持ちがいい。ゆったりとした気分で聴いていると突然女性の「ハッ」という声や「ポーン」という電子音のような音と閃光によって場面が大きく展開していく。またエオリアン・ハープのようなゆらぎのあるミニマルなシークエンスが基調となっていて、楽曲としてもずっと聴いていたくなるような美しさがある。
心臓の鼓動から海鳴りのような非常に強い振幅の低音へとつながっていくところや、本のページを手繰る音、時計の秒針の音が耳元で鳴っているかのように生々しく聞こえる部分も印象的だった。いつかの夜明けにみた多重夢のように、夢から覚めたと思ったらまだ夢のなかで(前の場所から移動している)、かつ自分が夢のなかにいることを認識していて、次に本当に目が覚めたら呼吸が荒く、寝汗をかいていて、しばしまどろんだ後に、再び先ほどの夢のなかに戻っていったときの記憶を思い起させた。

- 《ebb tide》(2024) Photo: MARUO Ryuichi / Photo courtesy: NTT InterCommunication Center [ICC]
無響室での異次元体験――《大きな耳をもったキツネ》、《Our Muse》
沖縄・竹富島の御嶽のフィールド・レコーディングやサウンド・アーティスト鈴木昭男による自作音具の演奏の録音などを音源として仮想の音響空間が創られる。音と身体の距離がリセットされて、脳が創り出すイメージが暗闇のなかに次から次へと現れては消えていく感覚は唯一無二の体験である。
暗騒音が極めて低い空間なので、小さな音の解像度がとても高く、耳元がこそばゆくなるような感じすらする。音が発せられてから消えるまでの余韻を明確に聴き取ることができるのも面白い。ある意味では究極のASMR作品としても楽しめるだろう。

- 《大きな耳をもったキツネ》(2013-2014) Photo: KIOKU Keizo / Photo courtesy: NTT InterCommunication Center [ICC]
以上が作品のレビューである。視覚的な表現が多数を占める現代美術の世界では、音や聴覚に焦点を当てた展覧会は数少ない。しかし、本展では難しいコンセプトもなく、大人も子どもも誰もが音のもつ力と可能性を体感できる。鑑賞者それぞれのやり方で空間に放たれた音と向きあうことで、自分の身体と響きを呼応させ、環境やモノとの新たな関係性を作り出していく。きくことの想像力と創造力の源泉を体験的に拡げることができるような稀有な展覧会であった。
後篇では、evala氏へのインタビューをお届けする。
■展覧会概要
evala 現われる場 消滅する像
会期:2024年12月14日~2025年3月9日
会場:NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]
住所:東京都新宿区西新宿3-20-2 東京オペラシティタワー4階
開館時間:11:00~18:00 *2月22日~24日、3月1日~2日、8日~9日は、20:00まで延長。入館は閉館の30分前まで。
休館日:月(ただし祝日の場合は開館し、翌平日休館)、12月28日〜1月3日、2月9日
料金:一般 1000円 / 大学生 800円 / 65歳以上・高校生以下 無料

- 柳沢英輔やなぎさわ・えいすけ
- 音文化研究者、フィールド録音作家。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科修了。博士(地域研究)。現在、日本学術振興会特別研究員RPD、NTT東日本地域循環型ミライ研究所客員研究員ほか。主な著書に『ベトナムの大地にゴングが響く』(灯光舎、2019年、第37回田邉尚雄賞)、『フィールド・レコーディング入門――響きのなかで世界と出会う』(フィルムアート社、2022年、第1回音楽本大賞&読者賞)など。Photo: Takamitsu Ohta
