R2-2-2
ラッパー環ROYといく「吟遊詩人の世界」(後篇)
【レポート】みんぱく創設50周年記念特別展「吟遊詩人の世界」
d Reviewでは、DISTANCE.mediaが深めたいテーマや問いを扱っている、本や映画、展覧会、プロジェクトなどをピックアップして、レビューします。
12月10日まで、国立民族学博物館(大阪府吹田市)で開催されている、みんぱく創設50周年記念特別展「吟遊詩人の世界」。本展は、「吟遊詩人」という語彙の定義を拡張しながら、現代を生きる詩人としての言葉の魅力に迫るユニークな展覧会だ。
後編では、ラッパーの環ROYさんと人類学者の川瀬慈さんの対話を通して、吟遊詩人たちが紡ぐ言葉の豊かさや、「詩」というものが、共同体や社会において果たす役割について考えてみたい。
聞き手・構成 大石始
写真 守屋友樹
-
Contents
-
ラッパーは現代の吟遊詩人か!?
――環さんは「吟遊詩人」と聞いてどんなイメージをしていましたか?
環ROY まずは吟遊詩人の定義ですよね。「歌う」「奏でる」「移動する」といったイメージがありますが、まだぼんやりしています。最初に思い浮かんだのは松尾芭蕉のような人物です。
川瀬慈 どちらかというとファンタジー的で抽象的なイメージですよね。
環ROY たしかに。僕が吟遊詩人という存在を初めて知ったのは、ゲーム『ファイナルファンタジー』のキャラクターとして登場していたのがきっかけです。また、中世の俳人が村々を旅して村民を集め、まるでライブのように俳句を詠んでいたという話を聞いて、ラッパーっぽいなと感じたことがあります。

- 環ROYさん
――今回の特別展では現代のラッパーが吟遊詩人の系譜に位置づけられています。モンゴルのラッパーたちが紹介されていたり、環さんも昔からよく知る志人[★01]★01さんの詩世界について1セクションが作られていたりしますけど、環さん自身はラッパーがそう位置づけられることについてはどう思われますか?
環ROY 各ラッパーの捉え方にもよると思うので、僕の口から「ラッパーも吟遊詩人の系譜に連なる」と断定することはできません。ただ、社会のなかで社会を歌うというよりも、社会から少し距離を置きながら、社会と異界を接続しようとする志人さんの表現には、吟遊詩人的な要素を感じます。
――では、今回の展覧会をご覧になっていかがでしたか?
環ROY さまざまな地域が取り上げられていましたが、主にアフリカとアジアが中心でしたね。現代のヨーロッパではどのような状況になっているのか、さらに関心が広がりました。定住化が進み、もはや吟遊詩人のような存在はいなくなってしまったのでしょうか。エチオピアでもアズマリは減ってきているんでしょうか?
川瀬 いや、エチオピアではアズマリのような存在は健在です。とはいえ、若手の中には、先ほど紹介した「蠟と金」のような難解な歌いまわしができなくなったり、伝承歌を歌わず、ポップソングのコピーに終始するような者もでてきています。アズマリは減ってないけど、パフォーマンス形態は常に変化してます。

- 川瀬慈さん
環ROY なるほど。伝統芸能としては形骸化がはじまっている一方で、現代社会に合わせてアップデートを重ね、市民生活に溶け込みながらしぶとく生き残っている側面もある。
川瀬 バウルの歌は、2005年にユネスコの無形文化遺産に登録されました。地域社会の単なる芸能ではなく、人類が守るべき文化遺産になってしまった。このようにオーソライズされることによって、芸の形とか継承の形が変わってきているはず。
環ROY 吟遊詩人のような伝承文化が減少傾向にあるなか、エチオピアのアズマリが今なおメインストリームに位置しているのは非常に珍しいことだと思いました。
川瀬 今回の特別展でも紹介している新潟の瞽女[★02]★02に関していえば、瞽女の営みそのものは70年代に消えてしまっている。でも、瞽女唄をステージ上で歌う月岡祐紀子[★03]★03さんのような人が出てきているように、途絶えた芸能を再生するような動きはあるんですよね。
環ROY アイヌにもそういった動きがありますね。以前OKI[★04]★04さんとお話ししたとき、トンコリという伝統楽器を自力で改造し、電気化したと伺いました。いわばエレキギターのように改造したわけです。そして、OKI DUB AINU BANDとしてさまざまな国の音楽祭に出演し、アイヌの音楽を紹介されています。僕自身も、アイヌの方々が歌うウポポという伝承民謡と、ラップや電子音楽でセッションする機会をいただいたことがあります[★05]★05。とても貴重な経験でした。
川瀬 グローバル化のなかで文化、価値、経済等が一元化していく大きな流れがあるなかで、その波に安易に飲まれるのではなく、芸を通して地域社会や集団の個性を意識的に主張していくような動きもある。そこに慎重に耳を傾ける必要があると思います。今回の特別展はそのような動向を紹介する試みでもあります。
さまざまな吟遊詩人を横に並べて見えてきた「ことばの面白み」とは?
――モンゴルのラッパーは、ある意味グローバル化されたラップカルチャーを受け止めながら、そのなかでシャーマニズムと韻の文化を融合させていますよね。伝承とグローバル化という2つのベクトルが決して分断しているわけではなく、複雑に入り混じっているところにおもしろさがあります。
川瀬 今回のモンゴルのセクションを担当している島村一平[★06]★06さんは、モンゴルの口承文芸において、韻がグルーブを生み出すだけにとどまらず、語られる内容を記憶させやすくするための装置として機能すると指摘します。物語を文字に残すわけではなく、なおかつ現代のようにレコーダーに記録するわけでもない。口頭伝承では、韻が集団の記憶のアーカイブを保持するために役立つということでしょうか。

- 「モンゴル高原、韻踏む詩人たちの系譜」展示風景
――記憶術としての韻ということですよね。
川瀬 そうですね。
環ROY フリースタイルラップでは、韻を踏むことで次の言葉が自然と引き出されることがよくあります。たとえば、「ことば」ではじめると、「この場」で韻を踏むことができます。「ことば」と「この場」を繋ぐために「響く」という言葉が引き出され、「ことばが響くこの場」となります。次に「外は」という言葉で韻を踏むと、「緑が見える窓の」という言葉が引き出され、「緑が見える窓の外は」と繋がります。その後、「大人」という言葉が浮かぶと、「この場にいるひと全員」が引き出され、「ことばが響くこの場/緑が見える窓の外は/この場にいるひと全員大人」という韻文ができあがる。
――ある言葉によってある言葉が引き出されてくるということもまた、韻の機能でもありますよね。
環ROY 言葉は本来、意味で関係し合うものですが、同じ母音を使って響きを似せ、反復することで、意味ではなく音の関係が生まれます。強引に響きの関係を作っているとも言える。そうすることで、言葉は意味から引き剥がされながらも関係し合います。結果、思いも寄らないイメージが立ち上がる。聞き手はそこに詩を感じるんだと思います。それが韻を踏むという行為の基礎的な機能ではないでしょうか。
――前回、川瀬さんにお話いただいたエチオピアの「蠟と金」の歌に関する話と通じますね。
川瀬 アズマリの世界でも、歌詞が意味を成すことより、脚韻の規則を守ることが重視されることもあります。意味よりも響き、です。
環ROY 志人さんがやっているのもまさにそういうことだと思います。響きが似た言葉を繋いでいくことでイメージが跳躍する。「あのねのね あてどのねえ ゆりかもめが富士山の上をすぎたのね」という彼の歌詞を覚えています。実際よくわからないけれど、気分や雰囲気が伝わりますよね。

- 志人氏による韻律の解析図《津和野 透韻図》
川瀬 今回の展示でやりたかったのもそういうことです。それぞれの吟遊詩人の世界を理論整然と紹介せず、受け取る人々のなかで新たなイメージを立ち上げてもらうことが目的だったんです。研究者による展示ってテクストがひたすら続き、展示物がこのテクストを補完する資料に成り下がることも多々ある。そういうことは絶対にやめようと。今回は7人の研究者と一緒にやってみて、気づきも多かったです。
――たとえば、それはどのようなものでしょうか。
川瀬 韻の習慣や秘密の言語、隠語の存在、集団の社会的な特質が似てたり。もちろん異なることも多いけれど、共通点も多かったんです。
――「秘密の言語」というのはスラングみたいなものなのでしょうか。
川瀬 スラングというと、彼らは「スラングじゃない。これは我々の立派な言語だ」と主張します。他者であるアウトサイダーを前にして、戦略的に自分たちのコミュニケーションを成立させるためのコードが「秘密の言語」なんです。たとえば、大石さんには意味がわからないけど、僕と環ROYにだけはわかる言葉を使うんです。「大石さんのポケットには金があるから、それを全部せしめてから、次の店に行こうぜ」ということを環ROYだけに伝わるよう歌うわけです。
――そうすることで、他者を排除しつつ自分たちの関係性を強めていくという狙いがあるのでしょうか。
川瀬 その通り。エチオピアだと日常会話でもそういうことをするんですよ。公用語であるアムハラ語を歪めながら新しい言語を作っていく。たとえば靴のことはアムハラ語で「チャンマ」と言うんですけど、吟遊詩人の秘密言語では「ワンマ」と言う。これは語頭子音の微変化。また、ビールのことを「ビラ」と言うんですが、それを「ブルンブル」と言います。語根を微妙に重複させます。
環ROY 北米のラッパーが使うスラングと、かなり似ているように聞こえます。
川瀬 こういう言葉をセンテンスのあちこちに散りばめられると、もう訳がわからない。エチオピアにはアムハラ語以外にもいろんな言語があるので、そうした諸言語から借りてきて新しい言葉を作ることもあります。
――そして、そういう風習はどの地域にも見られるものだったと。
川瀬 そうなんです。地域ごとの相違点も今回気づかされたことでした。グローバルなポピュラーミュージック産業に乗っかったとき、自分たちをどのように見せていくかという戦略の部分も似てたりする。
環ROY 受け手のイメージがある程度形成されると、自らそこに乗っかっていくわけですね。その一方で、「自分たちは流行に乗らない」という保守的な人もいるんじゃないですか。
川瀬 そういう保守的な人たちもいますね。いくらブームになっていようが、自分たちは絶対に乗らないという人たち。アズマリのなかにはデレブ・ジ・アンバサダー[★07]★07みたいに、ブラスロックのアンサンブルで国際的に活躍する人もいます。でも「あいつは商業的な世界に魂を売ってしまった」と彼のことを批判するアズマリもたくさんいる。パソコンから音源を再生してエド・シーランを歌ったり、弦楽器を弾くアズマリに対して「邪道」と言い切る者もいる。
環ROY 一つのジャンルやカテゴリー、あるいは伝統芸能といった様式が確立されると、その中で必ず考えの対立が生じるものですね。ヒップホップやロックなど、ポピュラーミュージックにも同じことが言えると思います。ところで、吟遊詩人に限らず、さまざまな芸能者が一種の被差別民として扱われてきた背景に以前から強い関心を持っています。川瀬さんはどうお考えですか?
川瀬 文化的な背景によってさまざまですが、エチオピアでは歴史的に手に職を持つ集団は忌み嫌われる傾向にありました。皮をなめして何かを作ったり、鍛冶屋のようにあるものからあるものへと物質をトランスフォームさせる。いわば世界を異化させる力を持つ人たちに対しては、畏敬の念と同時に差別意識を持ってしまう。芸能者たちに対してもそんなアンビバレントなまなざしが向けられてきました。
環ROY 芸能者には放浪のイメージが強くありますよね。定住して安定した日常をめざす生活者にとって、移動しながら日々を生きる遊動型の芸能者は、外部の情報を多く知るエイリアンのような存在だったんだと思います。憧れの対象である一方、不安定な暮らしを良しとする享楽的な者として蔑む。そういうアンビバレントな眼差しを向けていたのかもしれないですね。
畏敬と差別のうえにある芸能を、なにが代替できるのか!?
――日本にも瞽女だけじゃなく、さまざまな放浪芸人がいたわけですけど、高度経済成長期を境に一気にいなくなってしまいました。それは地域コミュニティーが変容し、彼らを受け入れる土壌が失われてしまったことも大きいと思うんですよ。でも、エチオピアではラリベラという門付けをやる芸能集団がまだ活動できていて、彼らを受け入れる地域コミュニティーが存在している。個人的には羨ましく感じました。
川瀬 そうですね。ラリベラをただ手放しで受け入れる人だけでなく、拒絶する人もいるんです。拒絶のやり方にも型があります。拒絶も、ひとつのコミュニケーションの形態だと思うんですよ。職能者、芸能者が生きる文脈がまだ残っているということでしょうね。

- 「瞽女――見えない世界からのメッセージ」展示風景
環ROY 日本にもかつてはそういう文脈が残っていたわけですよね? それに取って変わっているものとは何だと思いますか。
――テレビやラジオなどメディアを通して伝わってくる全国的なスターであり、エンターテイメントということなんでしょうね。路上の芸能者よりもテレビで流れているアイドルを聞くという。
川瀬 高度経済成長期以降、エンターテイメントのあり方も大きく変わりましたよね。
――あと、やっぱり地域コミュニティーの変化も大きいと思うんですよ。現代の日本でラリベラみたいな門付け芸人が突然家にやってきて、芸を披露されたとしても……
環ROY 警察に通報されますよね(笑)。漫才ももともとは門付け芸能で、「万歳」と呼ばれていたと聞いたことがあります。それが、テレビを通じてお笑い芸人が披露する形に変化していったのかもですね。
――伊勢大神楽[★08]★08みたいな民俗芸能を伝統的に迎え入れてきた地域は違いますが、そういう風習が途絶えた都市部では、もうその時代には戻れないですよね。
川瀬 ラリベラが門付けしている映像を大学の講義で流すと、学生たちがみんな「こんなの押し売りのセールスマンじゃないですか」と真剣に怒ったりします。
環ROY ぶっちゃけ迷惑行為みたいなものですもんね。でも、エチオピアの人たちは「うるせえな」と思いながら受け入れていくんですね。
川瀬 彼らのなかには自分の持ち物を何割か、貧しい人々に分け与える「喜捨」の考え方があるんですよね。分け与えることが社会的な美徳とされている。
環ROY エチオピアでは若者たちもその感覚を持っているんですか。
川瀬 持っていますね。エチオピアでは吟遊詩人的な存在のみならず、ふだんは教会にいる聖職者の卵も門付けをするし、物乞いも門付けをするんですよ。
環ROY エチオピアみたいに残っているところもあれば、日本みたいに消えてしまったところもある。その違いは何なんでしょうね。韓国とかはどうなんですか?
川瀬 芸能や儀礼を国家の文化財としてオーソライズしていく動きは強いですね。
――エチオピアでも保護の対象になっているのでしょうか。
川瀬 エチオピアで開催されたユネスコの無形文化遺産会議で、僕が制作したラリベラの映画『ラリベロッチーー終わりなき祝福を生きる』が上映されたことがあります。それを見て、多くのユネスコの関係者が当集団に強い興味を抱きました。しかしながら、エチオピアの役人たちが激怒します。彼らいわく、ラリベラなんて恥ずべき文化だ、アフリカの貧しさを強調するものであって、外国に見せるべき文化ではないと。その議論は興味深かったですね。
――畏敬の念と同時に差別意識を向けられてきたという芸能者に対するまなざしが表面化したわけですね。
環ROY そういうことって世界中でありそうです。
川瀬 その通りですね。エチオピアだけじゃないと思います。
韻がうみだす、ストリートという名の「余白」
川瀬 今回グリオ[★09]★09のセクション「マリ帝国の歴史を伝える語り部」を担当した鈴木裕之[★10]★10さんは「アフリカのストリートは文化のゆりかごだ」と言っています。ストリートからは言葉や思想、ファッション、身体動作等、日々うみだされていきます。
環ROY 川瀬さんはストリート推しですよね。
川瀬 アフリカのストリートという場は演劇的でもある。エチオピアに滞在中、何も予定がないときはストリートを眺めてるだけでめちゃくちゃおもしろいんですよ。行くたびにストリートから新しい言葉が生まれてくるし、新しい身体動作が生まれてくる。そこには職能集団や芸能者が行き来し、縄張り争いもある。それをまなざし、触れるだけで、ワクワクしてくるんです。
環ROY 今やあらゆるカルチャーがストリート発じゃないですか。ファッションだってストリートのものがハイファッションに流れ込んでいる。その象徴的な出来事が、ルイ・ヴィトンとシュプリームのコラボレーションでした。その後、ヴァージル・アブローがルイ・ヴィトンのクリエイティブ・ディレクターになり、現在はファレル・ウィリアムスが引き継いだ。クリスチャン・ディオールのキム・ジョーンズも、ステューシーの大ファンだったことを公言しているし、バレンシアガのデムナ・ヴァザリアは、ストリートブランド「ヴェトモン」を出発点としています。現在ではハイファッションもストリートカルチャーの影響下にあることが常識になっています。
川瀬 そこまでストリート発のものが強い影響力を持っているというのは、何か理由があるのかな?
環ROY これまでの歴史では、富裕層がクリエイティブの最前線を切り開いてきたと思います。たとえば、メディチ家と教会芸術、秀吉と利休などが典型的です。でも、産業革命以降、資本主義が猛烈な勢いで社会に浸透する過程で、富裕層がエスタブリッシュメントとして保守化していったのかもしれないです。なんとなくですが、ゴッホあたりからストリート感が出てきたように感じません?
――おもしろい話になってきましたね(笑)。
環ROY さらに技術の発展によって道具や媒体が民主化され、誰もがクリエイティブな活動に参入できるようになった。その結果、保守的なエスタブリッシュメントよりも、失うものが何もないストリートの人々が前衛に立つようになったのかも。とはいえ浮世絵なんてめっちゃストリート感あるし、昔からストリートはストリートで独自にさまざまなものを生み出してきてますもんね。ストリートの営み自体はずっと昔から変わらず存在していて、情報技術の発展によってそれが可視化され、広く共有されるようになったということかもですね。
――なるほど。つまり、昔から「ストリートは文化のゆりかご」だったと。
川瀬 そう思いますね。ストリートはおもしろいですからね。エチオピアから帰ってくると、日本のストリートがあまりに綺麗でいわば、肩透かしをくらう。理論整然としすぎているとでもいいましょうか。
環ROY でも、インドから帰ってきたとき、僕はすごく落ち着きました。日本、最高!と(笑)。川瀬さんと逆ですね。
川瀬 都市において余白って重要だと思っているんだけど、ストリートは言葉や思想、ファッションのさまざまなモードをうみだす余白的な母胎。
環ROY 確かに、日本の都市には余白がないですよね。僕自身、余白のない状態が内面化されている自覚があります。都市のエントロピーを増大させる存在に対して、嫌悪感を抱くようになってしまっている。年齢や子供の存在も影響しているかもしれないけど、保守化してしまった。もうバビロンの住人みたいなものです。余白と経済合理性は結びつかないものでもありますよね。そうなると、今の日本の都市で余白を生み出すのは無理なんじゃないですか?
川瀬 いやいや、そこに芸能の役割があると思う。統計的にキャッチできない非公式な経済活動をインフォーマル・セクターと呼ぶんだけど、アフリカのストリートはインフォーマル・セクターこそが主役。
環ROY 数値化できない経済ということですね。
川瀬 そうそう。世界とはそもそも数値化できえない。そして余白だらけのはず。でも我々は今日、数値化、ひいてはグローバルな資本の流れに飲まれていく。吟遊詩人はそういう流れにいたずらをしかけ、社会の構造に穴を開け、合理や機能と呼ばれるものに揺さぶりをかける。そうしてシステムエラーを起こさせることによって、社会に余白を生み出していく。
環ROY うん、それは本当にその通りだと思います。韻を踏むことで、訳のわからない世界が簡単に立ち上がる。それが余白を生み出す行為でもあると、僕も自信を持って言えます。数値化できない経済こそが、もっとも重要だと強く思いますね。(了)
展覧会概要
みんぱく創設50周年記念特別展「吟遊詩人の世界」
会期:2024年9月19日~12月10日
会場:国立民族学博物館 特別展示館
住所:大阪府吹田市千里万博公園10-1
開館時間:10:00~17:00 ※入館は閉館の30分前まで
休館日:水
料金:一般 880円 / 大学生 450円 / 高校生以下 無料
★01 降神の一員としても活動するラッパー/詩人/作家。独特の言語感覚で熱狂的な支持を得ている。 Cf. 「狐の嫁入り」(スガダイロー等の共作)https://www.youtube.com/watch?v=dhXPV-BNZU0 ★02 三味線を抱えて村々を回る盲目の女性芸能者。組織化されており、数人の集団で行動するところに特徴がある。 ★03 三味線奏者、民謡歌手。 瞽女芸能の継承活動を続けている。 ★04 OKI DUB AINU BANDを率い、アイヌの伝承歌や伝統楽器であるトンコリの継承に取り組むアーティスト。 ★05 「ウタサ祭り2021ーー環ROY×サコロペ×ウポポ」https://www.youtube.com/watch?v=rmU-IoWfyrk★06 モンゴル研究を専門とする人類学者。国立民族学博物館教授。主な著書に、『辺境のラッパーたちーー立ち上がる「声の民族誌」』『ヒップホップ・モンゴリアーー韻がつむぐ人類学』(ともに青土社)など。★07 エチオピア北部ゴンダールのアズマリの家系に生まれたデレブ・デッサレイ率いるバンド。現在はオーストラリアを拠点に活動している。https://www.youtube.com/watch?v=3QYiTwL7sVY ★08 三重県桑名市太夫町の増田神社の祭礼に奉納される獅子神楽の一種。普段は近畿・北陸地方を巡行しており、「旅する獅子」とも呼ばれている。★09 西アフリカにおける世襲制の語り部で、無文字文化の中で生の「音」と「声」で歴史を語り継いできた。★10 西アフリカをフィールドとする文化人類学者。国士舘大学教授。コートジボワールを中心にアフリカ音楽の研究を続けている。主な著書に、『恋する文化人類学者』(初版 世界思想社、文庫版 KADOKAWA)などがある。

- 環ROYたまき・ろい
- 1981年宮城県生まれ。ラッパー。これまでに6枚の音楽アルバムを発表、国内外のさまざまな音楽祭に出演。近年は、タブラ奏者のU-zhaanとラッパーの鎮座DOPENESSとのユニットでも精力的に活動している。これまでの作品に音楽アルバム「Anyways」(2020年)、パフォーマンス『あいのて』(愛知県芸術劇場、2023年)、絵本『よなかのこうえん』(福音館書店、2024年)などがある。MV「ことの次第」が第21回文化庁メディア芸術祭にて審査委員会推薦作品へ入選。

- 川瀬慈かわせ・いつし
- 1977年岐阜県生まれ。国立民族学博物館教授。専門は映像人類学。エチオピアの音楽や宗教を対象に多数の民族誌映画を制作。人類学、シネマ、アート、文学の実践の交点から新たな知の創造と話法を探求する。著作に『ストリートの精霊たち』(世界思想社、2018年、鉄犬ヘテロトピア文学賞)、『エチオピア高原の吟遊詩人 うたに生きる者たち』(音楽之友社、2020年、サントリー学芸賞、梅棹忠夫・山と探検文学賞)、『叡智の鳥』(Tombac/インスクリプト、2021年)、『見晴らしのよい時間』(赤々舎、2024年)、『エチオジャズへの蛇行』(音楽之友社、2024年)など。



