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ラッパー環ROYといく「吟遊詩人の世界」(前篇)

【レポート】みんぱく創設50周年記念特別展「吟遊詩人の世界」

環ROYといく「吟遊詩人の世界」(前篇)の画像

d Reviewでは、DISTANCE.mediaが深めたいテーマや問いを扱っている、本や映画、展覧会、プロジェクトなどをピックアップして、レビューします。

国立民族学博物館(大阪府吹田市)で現在開催されている「吟遊詩人の世界」(12月10日まで)。吟遊詩人を「世界を異化する存在」と捉え、8人の人類学者がエチオピアやインド、日本、ネパール、モンゴル、マリなど、アジアやアフリカの歌い手や語り部、さらには現代を生きるラッパーまでを多彩に紹介している。

そんな「吟遊詩人の世界」展を訪れたのが、ラッパーの環ROYさん。ヒップホップカルチャーの内と外を行き来しながら、他ジャンルのアーティストとの楽曲制作から、パフォーミングアーツとのコラボレーション、絵本の制作など、ことばを遠くに投げることで、その境界線をたえず引き直している。

そんな環ROYさんは本展をどのように見るのだろうか。本展の実行委員長を務める川瀬慈さん(国立民族学博物館・総合研究大学院大学教授)にガイドしていただきながら、吟遊詩人が生みだす「詩」をつうじて、ことばの森に分け行ってみたい。

聞き手・構成 大石始
写真 守屋友樹

Contents

    コミュニケーションを誘発する「アズマリ」

    ――川瀬さんはエチオピアの吟遊詩人や楽師の人類学的研究を専門とされ、エチオピアの古都ゴンダールで数年間に渡って調査をされた経験もあります。今回の展示では「エチオピア高原の吟遊詩人」というセクションをご担当されていますが、(流れている動画を観ながら)これはどのような映像なんでしょうか。

    川瀬慈 エチオピアにはアズマリという世襲の楽師がいるんですが、これは首都のアジスアベバの音楽酒場でアズマリが演奏している風景です。ここでおもしろいのは、店のお客さんも歌い手に対して即興で詩を投げていくということです。

    ――演者と観客が歌を通してコミュニケーションを取るわけですか?

    川瀬 そうですね。沖縄などにある民謡酒場のような雰囲気ですが、歌を通じて権力者への批判をしたり、社会問題を議論するようなこともある。庶民の心情や社会を映す鏡です。

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    川瀬慈さん

    環ROY 確かに歌い手との距離感が沖縄っぽいですね。観客も一方的に聴くだけではなくて、時には参加する。

    川瀬 まさにそういう感じですね。歌を通して近隣諸国への批判を行うこともある。

    環ROY これは、即興なんですよね?

    川瀬 そうそう。自分の頭のなかに「こういうときはこの歌を歌う」という、いわゆるデータバンクのなかに保管されたネタはあるけれど、即興的な側面も強いです。

    環ROY レゲエのラバダブ[★01]★01に似てますね。データバンクを活用しながら、時と場に合わせて即興を織り交ぜる感じ。

    川瀬 この人は「人も資本も海外に流出してしまうし、エチオピア政府はそのことをきちんとマネージメントできていない。ひどい国だ」と歌っています。

    環ROY こういう場だからこそ、普段言えないようなこととか言えたりするんですか? たとえば、政治的なこととか。

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    環ROYさん

    川瀬 まさに、吟遊詩人の酒場が社会的なコミュニケーションのフォーラムとなっています。2020年にティグライ紛争[★02]★02が始まったときも都市部の酒場が議論の場になりました。

    環ROY 政治的な話題以外のことも歌われるんですか?

    川瀬 男女の恋愛についても歌われるし、あるいはスポーツも話題にのぼるし、なんでも歌われます。その場にいる友人を褒め称える歌なんかも歌われますね。たとえば「環さんは立派な方で、こんな業績があって…」とお客さんを持ち上げることもあります。

    ――それはおもしろいですね。本当に沖縄の民謡酒場のようです。

    川瀬 そうなんですよ。音楽酒場では政権の批判も行われてきたので、エチオピアが軍事政権[★03]★03だった1990年代初頭までは規制の対象でした。民主主義の時代に入ってから都市部で一気に増えていきます。とはいえ、いまだに警察のガサ入れが入ったり、突然閉店させられることもあります。

    環ROY アズマリの出身地は決まってるんですか? カマンベール地方で製造されたものじゃないとカマンベールチーズと認められないように、「この地方出身じゃないとアズマリとはいえない」というような。

    川瀬 基本的にアズマリはエチオピア北部アムハラ州の出身で世襲です。ですがアズマリの出自を持たない人がアズマリになることもあります。ただ、そういう人たちはオーセンティックじゃないとしてアズマリたちから排除される。近年は、そうした傾向も変わりつつある。たとえばアズマリの家に生まれない、アズマリを模したアーティストが国際的なスターになることもある。このように、例外的な事例がアズマリの世界を内側から変えつつあります。

    環ROY ラップバトルの場面で白人であることを理由にブーイングされ、敗北してしまうエミネムの映画『8 Mile』(2002)を連想しました。

    ――エミネムの場合、白人でありながら(かつてはアフリカ系アメリカ人などマイノリティーのカルチャーとされていた)ヒップホップのシーンに深く入り込み、内側から変えてきたわけですけど、それと同じことがアズマリの世界でも行われている、と。

    川瀬 はい、アズマリの出自を持たないアズマリ的アーティストが、アズマリ音楽の地平を豊かにひろげていますね。

    ――音楽酒場だけでなく、地域社会のなかでも歌は歌われているのでしょうか。

    川瀬 結婚式で演奏したり、精霊をおろす儀式や穀物を収穫する際に歌ったりと、様々な状況で歌います。(エチオピアの国民食である)インジェラ[★04]★04の原料となるテフというイネ科の穀物を収穫するとき、後ろから「やれ!やれ!」と煽りながら歌うんです。こういう歌は戦場でも歌われました。たとえば銃を構える兵士を背後から歌で煽るんです。

    環ROY ヨーロッパにも似た風習があると聞いたことがあります。バグパイプなんかは戦場で士気を高めたり、敵の不安を煽るために使われていたそうですね。

    川瀬 そうそう、バグパイプもそうですね。

    ――アズマリが歌うのは伝承歌だけなんでしょうか。

    川瀬 古い伝承歌を歌うこともあるし、現代のポップソングをアコースティックでやることもあります。たとえばこのあいだ来日したハディンコ[★05]★05というアズマリは、エド・シーランやリアーナの歌を奏でることもあるんです。マイケル・ジャクソンを得意とするアズマリもいましたね。

    環ROY ポップスがある一方で、実験音楽も存在するように、スタンスはさまざまで、大道芸人的な感覚の人もいるということですね。

    川瀬 まさにそうですね。エチオピアの吟遊詩人のなかにはヴェゲナ[★06]★06という竪琴を演奏する音楽家もいます。彼らは歌と演奏を通してキリスト教エチオピア正教会[★07]★07の神に祈りを捧げるんです。

    ――エチオピアにはラリベラ[★08]★08という芸能集団もいますよね。

    川瀬 ラリベラは早朝から一軒ずつ集落の家々を回りながら歌を歌っていく門付け[★09]★09の集団です。巷では「歌うことをやめたらハンセン病を罹う」と信じられてきました。もちろん現代ではそうした言い伝えを迷信だとして否定するラリベラもいます。

    環ROY ラリベラについては、数年前の川瀬さんの講義で知りました。家の人から報酬をもらえるまで歌い続けるんですよね?

    川瀬 そう、めちゃくちゃ大きな声で歌うんですよ。

    環ROY 家主を称賛したり、「この家は繁栄し続けるぞ!」なんてポジティブなことを大声で歌うから、怒るに怒れないんですよね。

    川瀬 押し売りみたいなものです(笑)。

    環ROY 「お金を払うから次に行ってくれ!」ってなるまでやめない(笑)。でも、「ハンセン病を罹うから歌い続ける」というのは、ひとつの方便でもありますよね。

    川瀬 そこは重要なポイントです。だから裕福なラリベラもいるし、門付けをやるときはみすぼらしい格好をするんだけど、仕事が終わると綺麗な格好に着替えてバーに呑みにいくという人もいます。

    背景は「タール沙漠の芸能世界」展示写真

    〈現在〉を生きる吟遊詩人たち

    ――こちらはインド東部~バングラデシュにまたがるベンガル地方の吟遊詩人バウルと絵語りポトゥアを紹介する「ベンガルの吟遊行者と絵語り」というセクションです。

    川瀬 バウルは世俗的な地位や欲を捨て、自らの内的な世界を探求する行者です。ノーベル文学賞をとったタゴール[★10]★10もバウルの詩から強い影響を受けていたと言われています。

    環ROY バウルはお坊さんみたいなものなんですか?

    川瀬 特定の寺院に属しているわけではないので、また違いますね。

    環ROY じゃあ、ヒンドゥー教徒でありながらバウルであるように、キリスト教徒でありながらバウルであることもありえるわけですか?

    川瀬 ちょっとそのあたりのことはわかりません。在家出家者みたいなイメージなのかもしれません。僧侶ではないんだけど、ある種スピリチュアルな存在なのではと思います。

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    「ベンガルの吟遊行者と絵語り」展示風景(左が、バウルの衣装)

    ――信仰と共に生きる者でありながら芸能者でもあるという点が今回取り上げられている他の吟遊詩人との共通点でもありますよね。

    川瀬 そうですね。(門付けの動画を観ながら)バウルはエチオピアのラリベラのように托鉢をします。こちらではポトゥアという絵語りを紹介しています。

    ――ポトゥアの作品ではどのようなテーマが描かれているのでしょうか。

    川瀬 ヒンドゥーの神話について語ったものもあるし、現代的なトピックを描いたものがあるところもおもしろいです。マスクをした人たちが描かれたこの絵が何かわかりますか?

    環ROY コロナ?

    川瀬 そう! コロナの感染に警鐘を鳴らす目的の絵です。そのほかにも森林破壊を問題視する作品もあります。神話的な世界だけじゃなくて、テーマとしてこういう現代社会の諸問題を扱っている点がとってもおもしろいですよね。

    環ROY コロナや森林破壊といった現代の関心事を描くことで、神話や宗教の世界と、現代の我々が地続きであるという考え方を表現しているんですね。

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    ポトゥアが語る「ポト絵」

    ――今回の展覧会では「各自の吟遊詩人たちがどのように社会の変容に対応しているのか」という点が重要なテーマになっていますよね。

    川瀬 そうですね。ネパールにはサーランギという楽器の弾き語りをしてきたガンダルバと呼ばれる楽師がいます。僕は90年代後半にネパールを放浪していたころ、ポカラやカトマンドゥのあちこちで彼らと出会い、ギターでジャムセッションをしました。しかし、同僚の南真木人[★11]★11さんによれば、ツーリズムの隆盛により、サーランギの奏法や形態、演奏曲も大きく変化し、現在はツーリスト向けのお土産という側面のほうが強いようです。彼らはまた、かつてガイネと呼ばれていましたが、蔑称ということで現在はガンダルバと呼ばれます。

    ――川瀬さんのご著書によると、アズマリも蔑称だそうですね。

    川瀬 彼らはザタと自称します。アズマリと同じようにガンダルバも自分たちのあいだだけで通じる隠語があります。社会集団の特質という点では、ガンダルバとアズマリの共通点は多い。でも、ガンダルバについては、演奏者が減っているという。

    ――下層の職業とみなされているんですね。

    川瀬 はい、そうです。

    ――「ネパールの旅する楽師」というセクションでそのガンダルバについて紹介されていますが、ガンダルバが自分たちの楽器を製造するプロセスも紹介されていますね。

    川瀬 サーランギの弦にはもともと羊の腸が用いられたのですが、西欧のヒッピーが持参したギターの影響もあり、スティール弦に変わったり、ナイロン弦が用いられたりしています。弦が変わることで他の楽器との合奏やバンド形態のアンサンブルが可能になったとのこと。ガンダルバはそうやってさまざまな変化を受け入れながら、現代まで生き延びてきました。

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    「ネパールの旅する楽師」展示風景

    韻の生みだす響きが、イメージを飛翔させる

    ――「韻と抑揚、イメージの深淵」というセクションでは、現代を生きる詩人としてのアズマリたちの魅力について掘り下げられています。

    川瀬 ここでは「蠟と金」というエチオピアのイメージの世界を紹介しています。結婚式だろうがナイトクラブだろうが、この蠟と金を含む、ゼラセンニャという歌から、パフォーマンスを開始します。

    環ROY 「蠟と金」というのはどういう意味なんでしょうか。

    川瀬 蠟というのは字義通りに理解される単語や段落を意味します。一方、金は蠟が徐々に溶けることによって現れる詩の深淵、イメージの世界を指します。

    環ROY そこには、メロディーがついているんですか?

    川瀬 付いてますね。こんな歌です(と、実際に、エチオピアの公用語であるアムハラ語で歌う)。

    መልካም አገር ነው ጎንደር
    ゴンダールは祝福された場所
    ቤተክሲያን ስሞ ለማደር
    人々は教会の活動に日々を費やす
    አይቀርም እና ዳኝነት
    裁きは避けることができない
    ከተማ ሰው መግባት።
    町の人が入ってくる

    環ROY 綺麗なメロディーですね。

    川瀬 これはメジャー調のメロディーで、同じ言葉をマイナー調のメロディーで歌うこともあります(と、実際に歌う)。

    環ROY すごい! 雰囲気が変わりますね。

    川瀬 そうなんですよ。ゴンダールというのは日本でいえば京都みたいな古都で、アズマリがたくさん住んでいるんですね。この歌詞ではゴンダールはそんな祝福された場所である、と。でも、そこに「裁きを避けることができない/町の人がはいってくる」という言葉が入ってくる。

    ――このフレーズ、ちょっと意味がよくわからないですが、どういう意味なんですか?

    川瀬 4行目の「町の人」というのは(アムハラ語では)形容詞の「カテマ/町の~」と名詞「ソウ/人」なんですが、「カテマソウ」と繋ぐと、「死者を葬る・土の中に埋める」という意味の動詞になるんですよ。

    ――おもしろい。「カテマソウ(町の人)」という蠟が溶け、「死者を葬る」という金が現れる、と。

    環ROY ダブルミーニングということですね。

    川瀬 そういうことですね。人は誰もが亡くなると土に還っていくわけで、そこでは神による裁きが待っている。そういう隠された意味とイメージの世界がそこにはあるんです。

    環ROY エチオピアの人たちはそういった詩の書き方や読み方をどこかで習ったりするものですか?

    川瀬 いや、習わないんですよ。かつては普段の日常会話でもそういう表現がよく行われていたんです。

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    ――アジスアベバの酒場でアズマリと観客が歌でコミュニケーションを取っているように、エチオピアの暮らしでは複雑な意味とイメージを交えた詩の考え方が自然に取り入れられているんですね。

    川瀬 たとえば1行目と2行目と3行目の意味がちぐはぐだったとしても、脚韻のパターンを踏襲することが優先されるんですよ。意味をなすことよりも、韻の規則を守ることが優先される。

    環ROY 言葉は本来、意味によって関係しますが、韻を揃えることで響きの関係が生まれるんですよね。意味が関係を持たなくても、響きで結びつくことができれば新しいイメージが生まれたりして面白い。言葉遊びが成立する。ラップと共通する考え方ですね。

    川瀬 韻がちゃんと通っていれば、意味がわからなくてもいいんです。たとえば、こんな詩もあります。

    የዛሬ ዘመን ገበሬ
    近頃の農民たちは
    ምድር አያውቅም አስከ ዛሬ
    農地に関してなにも知らない
    ጭንጫ ነው ብለህ አትለፈው
    ここは砂利混じりの土だと言って通り過ぎてはいけない
    እረሰው አፈር ነው።
    耕せ! ここは土であるから

    ここの動詞「耕せ」というのはアムハラ語だと「アラソウ」です。この言葉は感嘆詞の「アラ(あれ)」と名詞の「ソウ(人)」と分けることもできる。「耕せ! ここは土であるから」という一文から「あれ!人は土である」あるいは「人は土になっていく」というイメージが生起するんです。

    環ROY 文字から伝わる意味の奥に、別のイメージや意味が立ち上がるわけですね。

    川瀬 そういうことです。ただ、なかなか難解ですよね。言葉という蠟を溶かさないと金が浮かび上がってこないんです。

    環ROY こういった風習というか、言葉の使い方は古くからあるものなんですか?

    川瀬 太古からエチオピア正教とのつながりの中で発展してきました。

    環ROY 三味線や琴は、一般的な日本人にとって決して身近なものではないですよね。でも、エチオピアの人々は、こういった伝統的な音楽を身近に感じているんですよね。結婚式やナイトクラブでも歌われるわけですし。私たち日本人は、過去の文化と現在の文化の間に断絶を感じます。この違いは一体何なのだろうと思いました。

    ――たとえ言葉とイメージの世界といっても、暮らしの延長上にある感じがしますよね。

    環ROY そうそう。ゆるやかに繋がっている感じがしますよね。

    川瀬 伝統的な音楽は現地のアムハラ語でバハラウィミュジカとよばれていて、若者たちも大好きなんですよ。伝統的な音楽世界が地域社会の日常、さらには商業音楽の枠内でも、リアルに息づいていますね。

    環ROY そういうわけで、エチオピアの若者は、リアーナやエド・シーランを同時に聴いているわけですか。

    川瀬 その通り。伝統的な歌世界とポップスが地続きに連なっていて、決して分断されていないんですよ。

    後篇はこちら

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    会場風景

    ■展覧会概要
    みんぱく創設50周年記念特別展「吟遊詩人の世界」

    会期:2024年9月19日~12月10日
    会場:国立民族学博物館 特別展示館
    住所:大阪府吹田市千里万博公園10-1
    開館時間:10:00~17:00 ※入館は閉館の30分前まで
    休館日:水
    料金:一般 880円 / 大学生 450円 / 高校生以下 無料

    ★01 既存のトラックのうえで歌い手が即興的に歌を乗せるレゲエのライヴスタイル。現在は持ち歌を即興的に組み合わせるスタイルもラバダブと呼ばれる。 ★02 2020年にエチオピア北部のティグライ州で始まった内戦。政府側と反政府勢力が衝突し、双方に大きな被害を出した。なお、日本では、「ティグレ紛争」という名で一般に広まってしまったが、これは誤りである。“ティグレ”はエリトリアに実在するイスラム系少数民族のことで、紛争とは関係ない。 ★03 1974年から1991年まで、エチオピアは社会主義イデオロギーを中軸に据えた軍事政権国家であった。 ★04 テフを粉にして水と混ぜて発酵させ、クレープのように薄く焼いた生地。エチオピアの国民食とも呼ばれる。 ★05 一弦の擦弦楽器、マシンコの演奏家。 ★06 エチオピア正教会の儀式に使われる大型の竪琴。 ★07 エチオピアで独自に発展したキリスト教の宗派のひとつ。その起源は4世紀にまでさかのぼる。 ★08 エチオピア北部を移動しながら生きる放浪芸能者。 ★09 民家の前で芸を披露し、見返りとして金銭や食料を受け取る芸能の方法。 ★10 非ヨーロッパ語圏で初めてノーベル文学賞(1913)を受賞したインドを代表する詩人。詩以外にも、小説、音楽、絵画などで優れた作品を残しただけでなく、教育者や社会活動家としても活躍した。代表作に詩集『ギタンジャリ』などがある。 ★11 ネパールをフィールドとする人類学者。国立民族学博物館教授。主な著書に、『現代ネパールの政治と社会――民主化とマオイストの影響の拡大』(共編著、明石書店)。

    環ROYたまき・ろい
    1981年宮城県生まれ。ラッパー。これまでに6枚の音楽アルバムを発表、国内外の様々な音楽祭に出演。近年は、タブラ奏者のU-zhaanとラッパーの鎮座DOPENESSとのユニットでも精力的に活動している。これまでの作品に音楽アルバム「Anyways」(2020年)、パフォーマンス『あいのて』(愛知県芸術劇場、2023年)、絵本『よなかのこうえん』(福音館書店、2024年)などがある。MV「ことの次第」が第21回文化庁メディア芸術祭にて審査委員会推薦作品へ入選。
    川瀬慈かわせ・いつし
    1977年岐阜県生まれ。国立民族学博物館教授。専門は映像人類学。エチオピアの音楽や宗教を対象に多数の民族誌映画を制作。人類学、シネマ、アート、文学の実践の交点から新たな知の創造と話法を探求する。著作に『ストリートの精霊たち』(世界思想社、2018年、鉄犬ヘテロトピア文学賞)、『エチオピア高原の吟遊詩人 うたに生きる者たち』(音楽之友社、2020年、サントリー学芸賞、梅棹忠夫・山と探検文学賞)、『叡智の鳥』(Tombac/インスクリプト、2021年)、『見晴らしのよい時間』(赤々舎、2024年)、『エチオジャズへの蛇行』(音楽之友社、2024年)など。

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