F6-6-1
庭をつくるように、記憶を育む(前篇)
記憶のデザインとメンテナンス

- 16世紀の蒐集ブームが生んだコレクションルーム(ヴンダーカンマー)
出典:BENEDETTO CERUTI & ANDREA CHIOCCO, Musaeum Francisci Calceolari Iunioris Veronensis, Verona, 1622, tavola tra p.6 e p.7.リード
インターネットは、かつて図書館や博物館のメタファーで語られていました。記録メディアの飛躍的な向上、さらにはオープンで集合知的なその性質によって、無限に記録と記憶が可能な開かれた情報環境が実現し、世界の共通のインフラが生まれる、かつてそんな夢が描かれていました。
しかしながら、めまぐるしく押し寄せる情報の波は、過去をまたたくまに押し流し、私たちの足場を時々刻々と組み替えています。さらには、精度の低い情報、偏った情報、誤った情報が流通し、情報環境の劣化、タコツボ化、汚染にもさらされています。いわば、記録も記憶もおぼつかない情報環境の中で、私たちはこれからどのように、記憶を共有し、共同体を形成してゆけばいいのでしょうか?
本シリーズでは、「記憶のケア」というテーマのもと、わたしたちの情報環境を見つめ直します。未曽有の情報洪水に見舞われ、中世からの知のフレームの変更を余儀なくされたルネサンス。この時代に脚光を浴びた「記憶術」を研究する、大阪大学の桑木野幸司さんに、ケアという観点から、育むものとしての「記憶」と「心」と「庭」の深い関係について語っていただきました。
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Contents
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庭を耕すように、心/魂を耕す
ソクラテス「だけど文字で出来た庭には、当然その人は、遊びのために種を蒔き、書くだろう。(…)」
(プラトン『パイドロス』、脇篠靖弘訳、京都大学学術出版会、128頁)
「文字で出来た庭」(文字という園)──この風雅な比喩が語られるのは、プラトン中期対話篇の傑作『パイドロス』だ。ただし、いくぶん否定的なニュアンスを帯びている。要するに、文字(書き言葉)には対話能力が欠けているから、文筆などしょせん遊びにすぎず、よくて備忘の役に立つぐらい。では言語の最良の使い方は何かといえば、「ふさわしい魂」を相手に、問答法の技術(対話)を用いて、「知識とともに言論を蒔き、植え付けるとき」だとする。そこから新たな言葉の実がなり、不滅の命をたもつだろう、と[★01]★01。
いきなり古典の引用からはじめたのは、この箇所に、本稿で考えてみたい二つのポイントが凝縮されているからだ。一つは、記憶のリザーブとしての文字(の庭)という、メディアの問題(文字=庭=記憶)。もうひとつは、言語による魂の成長を園芸と重ねる、教育哲学的な視点(魂=庭)。
加えて、プラトンの思想を継承した西欧哲学の伝統では、心/魂(animus)は、しばしば記憶と同一視された[★02]★02。であるならば、カッコで示した上の等式は、次のように統合できよう――文字=庭=魂(心)=記憶。
たとえば、15世紀のフィレンツェに君臨した、豪商メディチ家の総帥・老コジモ(1389-1464年)の事例が興味深い。プラトン哲学に心酔していた彼は、当然、上に見た伝統に通じていたのだろう。郊外の別荘地から、知友の哲学者に宛てて、こんな書簡をしたためている。「親愛なるフィチーノよ、昨日、所領のカレッジ荘に来着。農畝を畑梳くためではなく、私の心を耕すためにね」──ここではラテン語の動詞colereが持つ多義性(耕す/世話をする)を巧みに利用して、「魂の園芸」なる境位を示している。

- カレッジ荘(筆者撮影)。老コジモお気に入りの別荘で、読書や瞑想に沈潜する傍ら、自ら園芸作業にも勤しんだという。
魂にせよ、記憶にせよ、それが庭園に類比しうるのなら、メンテナンスが不可欠であろう。入念な手入れとケアによって、人の内面は涵養され、豊かな記憶が育ってゆく。
西欧には古来、まさにそのような心と記憶のケアに特化した大変魅惑的なメソッドが存在した。その名も「記憶術」。それはまさに園芸術のごとく、手間暇かけて心の中に記憶の園林を造りあげ、それを丹精込めて育ててゆくテクニックであった。
本稿ではこの記憶術なる、一見古めかしくて実は新しい知的メソッドを、ケアという視点から眺めることで、現代の記憶と情報文化の問題を考えるヒントを探してみたいと思う。
「記憶術」とはなにか?
以下に紹介する古典的記憶術は、一般に「記憶の宮殿」の名で知られている現代の記憶強化法と通じる部分が多々あるため、馴染みの深い方も多いことだろう。その歴史は古く、古代ギリシア・ローマの弁論術に起源をもつものだ[★03]★03。
基本原理を簡単にまとめると、
情報の器となる建築・空間を心の中に設定する(この器のことを「ロクス」と呼ぶ)
憶えたい情報をイメージ群に変換する
それらのイメージを先の仮想建築の中に順番に配置する
思い出したいときに心の中の空間を巡回し、配置画像からお目当ての情報を取り出してゆく。
データが不要になったら、イメージのみ消去して、建築の器は再利用する
このように箇条書きにすると簡単そうに見えるが、実際にこのシステムを稼働させようとすると、かなりの手間とエネルギーを要する。もちろんそれだけの価値は十分にあり、一度この手法で記憶したデータは、かなり長い期間、克明に残りつづけることが確認されている(ぜひお試しあれ)。現代の記憶力競技大会の勝者の多くが、これと類似の方法を活用していることからも、その有効性が証明されているといえよう[★04]★04。
ただし、効果を高めるにはいくつかの工夫が必要だ。まず器たるロクスは、何度も使いまわすことになるので、よほどしっかりと精神内に刻印し、心の目で内部を自在に移動できるようにしておく必要がある。また、記憶容量を増やしたければ、当然ロクス(仮想建築)の数と規模を増加させる必要がある。まさにヴァーチャル・アーキテクトだ。

- 記憶ロクスの例(16世紀出版の記憶術マニュアルより)
出典:J. Romberch, Congestorium artificiosae memoriae, Melchiorre Sessa, Venezia, 1533, p. 35v
ついでイメージについて見るなら、憶えたい内容/概念を客観的に映像化しただけでは、印象が薄いし冗長になる。むしろ、情報を思い切って圧縮しつつ、鮮烈で過激な画像を作りこむ必要がある。要するに、見た瞬間にそれがあらわす内容が理解でき、かつ、ぎょ!と驚くか、映像の美(もしくは醜)に呆然とするか、はたまた笑い出したり恐怖に凍り付いたりしてしまうような、そんな偏倚でクセの強いイメージが理想なのだ。だから、映像作家としてのセンスも必要となる。

- エキセントリックな 記憶イメージの例
出典:トマス・ムルナー『記憶論理学』(ストラスブール、1509)、sigs. Ciir, Diir.
さてこの記憶術、もともとは古代の弁論家たちが、長大な演説を暗唱するために開発したテクニックであった。つまり、一度は外部記憶装置たる「原稿=書かれた文字」に託した記憶のコンテンツを、再び精神内に取り込んで、内面化しようとする試みであったといえる。
この術はその後、中世にいったん下火になったのち、西欧のルネサンス期(15-17世紀初頭)に華々しく復活し、大流行を閲する[★05]★05。印刷術が発明されたおかげで、術の原理を解説した安価な教本が出回ったことに加え、もうひとつ、忘れてはならない事情があった。それは、人々が記憶に留めたいと思うような、そんな新奇な情報の洪水が押し寄せた時代であったという点だ。新大陸アメリカの発見、アジア諸国との交易の進展、自然科学の発展、都市経済の発達、などなど。くわえて、印刷本が大量に刷られ、版画技術も洗練の度合いを深めたため、文字と画像が世の中にあふれ返ったのだ[★06]★06。
とはいえルネサンス時代といえば、紙の供給も安定し出し、百科全書のたぐいも編纂され、公共図書館のはしりのようなものも、ちらほら現れ始めた頃である。つまり、記憶を外部記憶装置にアウトソーシングしようと思えば、ある程度は可能であったはずなのだ。にもかかわらず当時の知識人たちの多くが、この古色蒼然とした記憶の術に魅惑され、その効果にほれ込んだ。そこにはどんな深い理由があったのだろうか。以下、この問題を「情報のケア」という視点を軸に、考察してみよう。
記憶を、外部装置にまかせるばかりでいいのか?
ルネサンス期の人々が記憶術を具体的にどう活用していたのかを知るには、当時刷られた術の教則本を読むにしくはない。なかでも本好きにはたまらない事例を一つ紹介してみよう。それが「記憶の図書館」、すなわち膨大な蔵書を丸ごと頭にしまいこむ試みである。やはりこれも、いったんは書物という外部記憶装置に託したコンテンツを、再び精神内に取り込む工夫だ。
典型例として、イタリア俗語で書かれた記憶術教則本たる、フィリッポ・ジェズアルド『プルートソフィア』(1592年)を紐解いてみよう[★07]★07。全20課(章)から成る同書の、第17課が、ずばり「記憶の図書館について」(Della Libraria della Memoria)と題されている。

- 『プルートソフィア』表紙
出典:Filippo Gesualdo, Plutosofia. Nella quale si spiega l’arte della memoria con altre cose notabili pertinenti, tanto alla momoria naturale, quanto all’artificiale, Padova: Paolo Meietti, 1592.
著者はまず、リアル図書館が有する記憶の補助機能を認めたうえで、それを頭の中に収めてしまえば一層便利だ、と主張する。そうすればいつでも無料で使えて、摩耗もしないし、全知を常に携帯できるのだから。ではどうやって作るのか。
基本は、記憶術の一般教則となんら変わりはない。学問分野別に分かれたロクスの中に、書物から学んだことをイメージ化して、配置してゆく。とはいえ読んだ書物の内容を片っ端から憶えてゆくのだから、受け皿となるロクスの数も膨大にふくれあがる。実際ジェズアルドは、一つの学問分野に対して、一つの仮想都市を割り当てることを提案している。
たとえば「哲学の町」を想定してみよう。ひとくちに哲学といっても様々な下位区分があるから、それに対応するかたちで複数の街区が必要になる。本一冊につき建物一棟のロクスを使用すると仮定するなら、読破した本の数が増えてロクスが足りなくなったら、家や地区を増設してゆけばよい。多彩な学域の図書を取りそろえたければ、心の中に学術都市がいくつも立ち並ぶことになる。
なるほど、記憶の図書館を構築し、巧みに運用するのは並大抵の労力ではない。けれどもそれに見合っただけの価値がある、とジェズアルドは断言する。なぜなら、記憶イメージを日々受け入れれば受け入れるほど、蔵書が完璧に育ってゆくので、かえって負担にはならないというのだ。データの増大はむしろ喜ばしいことだ、とさえ述べている[★08]★08。
これはどういうことかというと、要するに、何か新しい知識や情報を取り込む際、それ以前に自分が蓄積してきた、構造化された知識を活用できるという意味だ。庭ないしは園芸術のメタファーを用いるなら、知の「接ぎ木」ともいうべき方法だ。
そもそも記憶術とは、憶えたい内容、記憶すべき対象について、それを深く理解したうえで、もっともふさわしいと自分が判断したイメージを作りあげてゆく。しかもロクスに配置する際には、前後の情報のつながりを意識して、データ相互の関連付けを検討する必要もある。こうして試行錯誤の末に心/魂に収蔵された知識は、ただ表面的に字面をなぞるだけの読書よりも、はるかに深く血肉化されることだろう。そうしてできあがった、自分用にカスタマイズされた構造知が基盤となって、そのうえに、新しいデータを付け加えてゆくことになる。それは、基盤の一切ないところにやみくもにコンテンツを重ね置くより、はるかに効果的な知の管理法といえるだろう。
ジェズアルドは章の結びの部分で、親が子を教え導いて、記憶の図書館を自分で作れるようにしてあげるとよい、と感動的なアドヴァイスをしている[★09]★09。その子にとってその知の仮想アーカイヴは、自身の成長とともに心の蔵書が豊かになってゆく、一生の贈り物となることだろう。
では、そのような膨大にして緻密な記憶の貯蔵庫を築きあげることができたとして、それを一生涯使い続けるためには、どのようなメンテナンスが必要になってくるのであろうか。後篇ではこの問題を考えてみよう。
(後篇はこちら)
★01 プラトン『パイドロス』、脇篠靖弘訳、京都大学学術出版会、2018年、130頁。 ★02 次を参照。Cicero, Tuscolanae disputationes, (I, 57). また聖アウグスティヌスも『告白』第十巻、第十四章、二一において、同様の考えを述べている。 ★03 古典的記憶術について邦語で読める代表的な文献は以下。パオロ・ロッシ『普遍の鍵』、清瀬卓訳、国書刊行会、1984年。フランセス・イェイツ『記憶術』、玉泉八州男ほか訳、水声社、1993年。メアリー・カラザース『記憶術と書物――中世ヨーロッパの情報文化』、別宮貞徳監訳、工作舎、1997年。リナ・ボルツォーニ『記憶の部屋――印刷時代の文学的―図像学的モデル』、伊藤博明・足達薫訳、ありな書房、2007年。桑木野幸司『記憶術全史――ムネモシュネの饗宴』、講談社選書メチエ、2018年。 ★04 たとえば以下を参照。ジョシュア・フォア『ごく平凡な記憶力の私が1年で全米記憶力チャンピオンになれた理由』、梶浦真美訳、X-Knowledge、2011年。 ★05 ボルツォーニ『記憶の部屋』、前掲書。 ★06 桑木野幸司『ルネサンス 情報革命の時代』、ちくま新書、2022年。 ★07 Filippo Gesualdo, Plutosofia. Nella quale si spiega l’arte della memoria con altre cose notabili pertinenti, tanto alla momoria naturale, quanto all’artificiale, Padova: Paolo Meietti, 1592. ★08 Ibid., p. 58r. ★09 “(…) è ottimo consiglio ad vn Padre di Famiglia, che arricchisse il Figlio di questa Libraria.”, ibid., p. 58v.

- 桑木野幸司くわきの・こうじ
- 大阪大学大学院人文学研究科芸術学専攻 アート・メディア論コース教授。 1975年生まれ。東京大学大学院工学系研究科修士課程修了(西洋建築史)。同博士課程単位取得済退学。二〇〇七年、ピサ大学博士課程修了。Dottore di Ricerca in Storia delle arti visive e dello spettacolo(文学博士(美術史)・ピサ大学)。Kunsthistorisches Institut in Florenz研究生を経て、2011年4月大阪大学文学研究科准教授に着任。2020年より現職。2008年日本学術振興会賞受賞。2019年『ルネサンス庭園の精神史』でサントリー学芸賞受賞。