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庭をつくるように、記憶を育む(後篇)

記憶のデザインとメンテナンス

記憶術から、心の庭の園芸術への画像
楽園の画家《楽園としての庭に座すマリア》、1410年頃、フランクフルト・アム・マイン、シュテーデル美術研究所 (M.L. GOTHEIN, Storia dell'Arte dei Giardini, volume primo, Firenze: Olschki, 2006, fig. 183)

インターネットは、かつて図書館や博物館のメタファーで語られていました。記録メディアの飛躍的な向上、さらにはオープンで集合知的なその性質によって、無限に記録と記憶が可能な開かれた情報環境が実現し、世界の共通のインフラが生まれる、かつてそんな夢が描かれていました。

しかしながら、めまぐるしく押し寄せる情報の波は、過去をまたたくまに押し流し、私たちの足場を時々刻々と組み替えています。さらには、精度の低い情報、偏った情報、誤った情報が流通し、情報環境の劣化、タコツボ化、汚染にもさらされています。いわば、記録も記憶もおぼつかない情報環境の中で、私たちはこれからどのように、記憶を共有し、共同体を形成してゆけばいいのでしょうか?

本シリーズでは、「記憶のケア」というテーマのもと、わたしたちの情報環境を見つめ直します。未曽有の情報洪水に見舞われ、中世からの知のフレームの変更を余儀なくされたルネサンス。この時代に脚光を浴びた「記憶術」を研究する、大阪大学の桑木野幸司さんに、ケアという観点から、育むものとしての「記憶」と「心」と「庭」の深い関係について語っていただきました。

(前篇はこちら

Contents

    記憶術師=心の庭師!?

    庭は、造園の段階よりもむしろ、できあがった後の維持管理の方が大変であるといわれる。それと同様に、記憶術を用いて作りあげた「記憶の庭」もまた、日々のケア/メンテナンスを欠くことができない。

    記憶術の教則の基本となる、ロクスについて考えてみよう。術の準備段階として、情報の受け皿となる仮想空間を最初に用意して……と、簡単に指示されることが多いが、まずここでつまずく初心者も多いことだろう。郷里の実家、あるいは通いなれた学校や職場でさえ、じゃあそれらを心の中で完璧に再現して、そのうえ内部空間を精神の力だけで自在に動き回れるか、といわれれば相当に心もとない。しかも、データ容量を拡幅するために、さほど馴染みのない建物にまで手を伸ばしたり、あるいはそれでも足りなくて、まったくの架空の建築物を心の中に設計したりするなら、なおさらのこと、それらのロクスをいかに深く心に刻むのか、という点が喫緊の課題となる。

    実際、ルネサンス期に多数出版された教本の多くが、この点について触れている。たとえば先ほど引いたジェズアルドは同書の中で、ロクスを最初に設定する際には、一日に(なんと)30~50回も、その仮想空間巡りをして、記憶に定着させるよう助言をしている。うまく根付いたら、あとは月に3~4回程度、メンテナンスの意味で巡回するのだという[★01]★01

    またそのロクスに置かれたイメージについても、同様の保守管理が求められる。再びジェズアルドから、記憶図書館の例を引くと、日々の読書内容をロクスとイメージで記憶する作業をすすめつつ、毎週の休暇日に、その週に憶えたものを総スキャンして定着をはかる。同様の作業は月単位でも繰り返すとよいという[★02]★02

    そんな日々の単調なメンテナンス作業を楽しくする工夫がある。多くの記憶術教本で紹介されている、ロクスの住人のシステムがそれだ。仮想の器には、建築や街路などが用いられるのだから、そうした記憶の町の中に、ヴァーチャルな住人を設定してしまおうという発想である。

    おそらくその種の「仮想市民」のもっとも有名な事例が、ルネサンスを代表する記憶術師ピエトロ・ダ・ラヴェンナ(1448―1508年)の語るものだろう。彼は自著『フェニックス』(初版1491年)の中で、昔付き合いのあった水も滴る美少女たちをロクスに配置して、彼女らに会える精神巡回の機会をひそかに楽しんでいる旨を、やや恥ずかし気に表白している[★03]★03

    もう少し真面目な(?)例としては、ルネサンス最大の自然魔術師としてしられるジョヴァン・バッティスタ・デッラ・ポルタ(1535-1615年)による『想起術』(伊語初版1566年)が興味深い。まさにロクス巡りを喜ばしいものとすべく、親友、愛する人、あこがれの人物、ばかげた連中、紳士淑女、子供たち、家僕などを仮想空間に送り込むのだという。想起の場面であれ、メンテナンスの機会であれ、ロクスを散策する際にはそれら住人とあいさつを交わし、名前を呼び合い、握手し、抱擁し、会話を交わし、前・横・背後などいろんな角度から眺めまわす(!)[★04]★04。これはさぞ楽しい脳内散歩となるだろう。

    記憶術から、心の庭の園芸術への画像
    デッラ・ポルタ肖像画
    出典:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/3/33/Giambattista_della_Porta.jpg

    あのデカルトもその著作を読み込んでいたという、17世紀初頭に中央ヨーロッパで活躍した記憶術師ランベルト・トマス・シェンケル(1547-1630年頃)は、記憶術論の中でこんなことを述べている──記憶を鍛えたければ、常日頃から多くを学び、よく考えること。記憶は世話するほど育つが、放っておけばたちまち衰退する[★05]★05

    けだし金言であろう。常に学習意欲を保って己の力で思考し、獲得した知識を丹念に育てること。要するに記憶術は備忘の万能薬ではないということだ。術の諸規則はあくまで、記憶の種が芽吹き、育ってゆくための庭を準備するにすぎない。水をまき、肥料を与え、害虫や雑草を取り除くのは、心の庭師たる記憶術師のつとめであるといえる。

    根付かせた記憶をどのように忘却させるか?

    では記憶の庭の雑草ないし害虫被害にあたるものは何か。それはメンテナンスを怠り、記憶内容が混乱した状態ともとらえうるが、別の考え方もある。すなわち、ロクスに置かれた記憶イメージの変異という問題だ。別名を「賦活イメージ」(imagines agentes)とも呼ばれるほど、記憶内容を表象するイメージには、強さ、鮮烈さ、偏倚さが求められた。画像の強度、つまり心の目でそれを見る者に強い情動を与える力があればあるほど、それだけ記憶に強烈に刻み込まれ、忘れにくくなるからだ。

    けれどもその強さは諸刃の剣でもある。用済みとなり、ロクス上から消去しようとしても、容易に消せないことがあるからだ。下手をすると、コントロールを外れたおぞましき画像、妖艶なイメージ、哄笑を誘う強烈な映像たちに心を占拠されてしまいかねない。そんなばかな、と思われた読者も多いだろうが、ルネサンス期の記憶術教本の多くに、イメージ消去の方法があれこれ掲載されていることからも、術の実践者にとって切実な問題であったようだ。

    記憶術のネガともいうべきそれらの「忘却術」とは、記憶の庭の秩序を保ち、健全な情報の育成を守るための、強力なツールであった。もっとも単純なのは、ある意味逆説的ではあるが、メンテナンスを意図的に怠ること。つまり、仮想空間の保守点検を行わないことで、時間の経過とともにイメージがロクスから消えてゆくのを待つというものだ。それでもだめなら、もっと積極的な措置が必要になる。すなわち、消したい画像のうえに、白いペンキ(というイメージ)を塗りたくって見えなくする、同様に白い布をかぶせる、ロクスの照明を消して視認できなくする、清掃スタッフ(のイメージ)に片づけてもらう──要するに、イメージをもってイメージを制するわけだ。もっとも強烈なのは、殺人鬼の集団を仮想建築に送り込み、消したい画像を破壊・殺戮させるというもの。これは相当な荒治療になるだろうし、術者への精神的負担も大きいだろう(下図)。

    記憶術から、心の庭の園芸術への画像
    忘却術の一場面(De l'artificial memoria, Paris, Bibliothèque de Sainte, MS 3368, fol. 44r.)

    先ほど触れたデッラ・ポルタは、こうしてまっさらな状態に戻ったロクスを、二~三度巡回することを勧めている[★06]★06。「消えた」という状態を印象付けるためである。このような細心のケアのもと、記憶の庭は育ってゆくのだ。

    耕すべき庭としての子供の魂

    これまで、西欧哲学ないしは弁論術の系譜上にある記憶=心=庭の伝統を眺めてきたが、この議論は教育学の分野にもつなげることができよう。教育と記憶は切っても切れない関係にあるからだ。

    そもそも西欧社会には、子供の心を庭にたとえる伝統が古くからあった[★07]★07。乳幼児を守り、その心を養い育てる場としての庭園の観念は、いわゆる「閉ざされた苑の聖母子」の図像伝統に、その美しいイメージを残している(トップ画像)。掲載したのは≪楽園としての庭に座すマリア≫と題された作品で、周囲を壁で囲まれたパラダイスとしての庭園に、聖母子や天使、聖人たちが憩っている。楽器で遊ぶ幼子イエスの傍らで、マリアが本を読んでいるのが印象的だ。実際ここに描かれた庭園空間は、自然の多様な要素と人工技術から成り、多くの知識が得られる場、魂の涵養と教育に最適のスペースともみなしうる。

    この絵を見て幼稚園/保育園を思い出したとしたら──少々保育士の数が多いが──その連想はあながち間違っていない。世界初の幼稚園とされる施設も、設立者フリードリヒ・フレーベル(1782-1852年)によって「子供の園」(Kindergarten)と名付けられたほどだ。

    子供の魂は耕すべき畑地あるいは庭とみなしうる。そしてその「庭園」の観念はまた、管理の行き届いた「記憶」とも重なることを本稿では見てみた。そう考えるなら、ジェズアルドが記憶図書館を子供に残そうとしたのもうなずける。出来合いの完成品としてではなく、このさき何十年とかけて自ら丹精して、蔵書を豊かにしてゆく記憶の図書館。それは、滋味豊かな子供の心に造営される、麗しき知の苗圃でもあったといえよう。

    人間の記憶は意外と広く深い(きちんと育てれば!)

    ルネサンス時代に、当時の人にとってさえ「知的化石」とも映ったはずの記憶術が、なぜ流行したのか。こたえはきっと意外なほど単純で、それが実によく効いたからではないだろうか。ではなぜ効くのか。それは、場所とイメージの組み合わせという認知科学的に有効な手法に加えて、記憶データのケアをも有機的に組み込んだシステムであったから、と考えてみたい。

    繰り返しになるが記憶術においては、取り入れる情報を深く理解したうえで、自ら加工し、吸収する必要がある。いってみれば非常に能動的・積極的に情報と接することが求められるのだ。しかもいったん心に放り込んだらそれでおしまい、ではなく、繰り返し想起し、メンテナンスを重ねてゆく必要がある。これこそが、現代の読書や情報摂取の様態と大きく異なるところだろう。

    我々が日ごろ目にするネット上のニュースや動画コンテンツ、あるいは新書や文庫、e-book、新聞雑誌のたぐいは、ほとんど記憶に残ることなく忘れられてゆく。テクストを理解し、自分でその情報の要点をあらわす画像を作る必要もなければ、自分で動画やストーリーを作る必要もないからだ。文章も映像も、心にとどまることなく、ただただこぼれ落ちて行くにまかせているにすぎない。殺人鬼を心に送り込む必要など、さらさらない。

    もちろんここで、現代に記憶術的な情報管理法をそのまま復活させるべきだ、などと主張するつもりはない。ただ、モダンテクノロジーが生み出した高性能な外部記憶装置を過信するあまり、そこにあらゆる情報・知識・思い出を預けっぱなしにせずとも、我々人間の生得の記憶力は意外と容量が大きいのだということ。そしてその良質の素材をじっくり鍛えれば、驚くべきキャパシティを備えた、記憶の豊穣なる庭園を誰もが生み出せるのだということ。こうした点は今一度、心に銘記しておいてもよいのではないか。

    常に何か新しい刺激、おもしろい知見を求めて、無尽蔵のデータの海をあてどもなくさまよいつづけるのではなく、自分にとって意味のある情報を選び、それを徹底的に咀嚼しつづけることで、記憶は日々育ってゆくだろう。憶えれば憶えるほど、より豊かになってゆく、そんな奇跡の庭園を誰もが心の中に所持しているのだから。

    ★01 Filippo Gesualdo, Plutosofia. Nella quale si spiega l’arte della memoria con altre cose notabili pertinenti, tanto alla momoria naturale, quanto all’artificiale , Padova: Paolo Meietti, 1592, p. 21v. ★02 Ibid., p. 56v. ★03 Pietro da Ravenna, Phoenix seu de artificiosa memoria, Venezia: Bernardino de' Cori, 1491. ★04 Giovan Battista Della Porta, Ars reminiscendi, aggiunta L’arte del ricordare, tradotta da Dorandino Falcone da Gioia, a cura di Raffaele Sirri, Napoli: Edizioni Scientifiche Italiane, 1996, pp. 68-70. 同様の発想はジェズアルドも紹介している。Gesualdo, Plutosofia, pp. 22r-23r. ★05 Lambertus Thomas Schenkelius et at., Gazophylacium artis memoriae, in quo duobus libris omnia et singula ea quae ad absolutam hujus cognitionem inserviunt, recondita habentur..., Strasbourg, 1610, p. 175. ★06 Della Porta, Ars reminiscendi, cit., p. 75. ★07 John Hunter, “The Well=Stocked Memory and the Well-Trained Self: Erasmus and the Limits of Humanist Education”, in Donald Beecher – Grant Williams (eds.), Ars Reminiscendi: Mind and Memory in Renaissance Culture, Toronto: Center for Reformation and Renaissance Studies, 2009, pp. 169-186, in part. p. 175.

    桑木野幸司くわきの・こうじ
    大阪大学大学院人文学研究科芸術学専攻 アート・メディア論コース教授。 1975年生まれ。東京大学大学院工学系研究科修士課程修了(西洋建築史)。同博士課程単位取得済退学。二〇〇七年、ピサ大学博士課程修了。Dottore di Ricerca in Storia delle arti visive e dello spettacolo(文学博士(美術史)・ピサ大学)。Kunsthistorisches Institut in Florenz研究生を経て、2011年4月大阪大学文学研究科准教授に着任。2020年より現職。2008年日本学術振興会賞受賞。2019年『ルネサンス庭園の精神史』でサントリー学芸賞受賞。

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