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あなたをこれまで最も遠くへ誘ってくれたもの(こと)はなんですか?
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僕の場合、「最も遠い」ということを、それまで考えたことのない問いに誘ってくれた、という意味で捉えるならば、子どもの誕生と成長がそれにあたると思います。
もっとも、子どもが生まれたこと、子どもという存在の不思議さにあらためて気づかせてくれたのは、テッド・チャンのSF短編『あなたの人生の物語』でした。その意味では、子どもの頃より優れたSF作品の数々に、それこそ宇宙の果てまで、そして想像できる事象の境界線まで連れていってもらったと感じます。
たとえば人間がソフトウェアと化して宇宙を彷徨う姿を描いたグレッグ・イーガン『ディアスポラ』、サイボーグ身体に固有の情緒を感じさせる押井守監督の映画『攻殻機動隊』などは、とても遠い時空にある他者の話なのに、自分が生きる上で向き合う問題とつながっていると感じさせてくれました。物理的な旅などを通しても、生活から離れた遠い場所を経験することが、現実の相対化や意味の再編をもたらすのではないでしょうか。
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既存のウェブメディアに不満を感じること、またこれからのウェブメディアに期待することはなんですか?
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2010年代を通じて、ウェブメディアに限らず、読者の注意を強引に収奪しようとするアテンション・エコノミーの在り方に無自覚なすべての情報発信主体(法人・個人を問わず)に、大きな疑問と不信を感じるようになりました。
このことは同時に、情報を発すること自体が他者の注意を引きつける行為である限り、あらゆるコミュニケーションの当事者に降りかかってくる問題でもあります。
ここで能楽のことを思い出します。能の舞台は、観客に向けた演技である以前に、神的存在に奉納する儀礼として機能しています。能の演目を鑑賞をしていると時々、観客が不在であっても演者たちは自律的に動き続けるのではないか、と感じることがあります。
能楽に限らず、相手におもねることなく行われているコミュニケーション行為は、アテンション・エコノミーの陥穽から自由たりえるのではないでしょうか。DISTANCE.mediaも、そのような場となるように願います。
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ドミニク・チェン 情報学研究者
1981年生まれ。博士(学際情報学)。早稲田大学文学学術院教授(表象・メディア論系コース)。NTT ICC(Inter Communication Center) 研究員、株式会社ディヴィデュアル共同創業者を経て現職。Ferment Media Researchを主宰し、人と技術と自然存在の関係性を研究している。著書に『未来をつくる言葉』(新潮社)、『電脳のレリギオ』(NTT出版)など多数。