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あなたをこれまで最も遠くへ誘ってくれたもの(こと)はなんですか?

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21世紀に入って足早に20年が過ぎ去り、ふと気がつくと安寧を与える言説、親しみを演出する表現ばかりが目に付くようになった。SNSはそもそも「近さ」を錯覚させるようにデザインされたメディアだが、それ以外の哲学思想、芸術表現、教育現場の言説でもその傾向は明らかに強まっている。私が専門とする宗教、とりわけかつては「超越性」という概念によって「遠さ」を重視したユダヤ=キリスト教においても、もっぱら親近感を求める教派が人気を集めているのが現状だ。20世紀後半以降、人々が「近さ」を求める傾向が強くなり続けている理由についてここ数年調査し、考え続けてきたが、改めて気付くのは、むしろ人が「遠さ」を求めるようになったことの方が、歴史上極めて稀有な出来事だったということだ。

哲学者のヤスパースが「枢軸時代」と呼んだ紀元前500年頃の時期は、人類が「遠さ」を発見し、意識的に求めた時代と言って良いと思う。その「遠さ」とはこの世を超えた領域として「彼岸」であり、人々はこの概念の下に、この世の価値観を相対化する視点を獲得した。ギリシャ古典期の哲学、仏教、ユダヤ教の預言書は「枢軸時代」の代表的な産物である。おそらく「この世の価値観を相対化する視点」を持つことができない状況が蔓延しているのが現代であり、反対に俗世と別の価値観があるという視点を持つことさえできれば、人はいつでも最果てへと誘われる。

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既存のウェブメディアに不満を感じること、またこれからのウェブメディアに期待することはなんですか?

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ウェブメディアにありがちな散発的な情報提供にしないで、思考を促すこと、持続する議論を作ること、そのどちらのためにも重要ですが、歴史をふまえた思考と議論のための「文脈」を作ることを期待したいです。私も自身が関わる媒体で試行錯誤しています。

柳澤田実 哲学者

関西学院大学神学部准教授、elabo.mag運営。1973年生まれ。哲学・キリスト教思想を専門とし、人の道徳的判断、宗教や党派性、ファンダム等、何かを神聖視する人間の心理について研究・執筆している。