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あなたをこれまで最も遠くへ誘ってくれたもの(こと)はなんですか?

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ロマン主義文学の嚆矢でもある詩人ウィリアム・ワーズワスとS・T・コウルリッジの『抒情民謡集』(Lyrical Ballads)を中心とした「ワーズワス学会」がイギリスの湖水地方で毎年開催されているのですが、その土地というのは、ワーズワスらが産業革命によって汚染され始めたロンドンを離れ、移住した場所です。

利便性は悪く、Wi-Fiも繋がりにくいこの地域での学会開催は珍しいのではないかと思います。しかしそれがこの学会の長所ともなっています。午前中の発表と午後のウォーキング・登山がセットになっていて、私は10年ほど前に初めて参加した際に、その自然と同化できる環境に感動し、それ以来(コロナパンデミックが始まるまで)毎年参加していました。

200年前に生きた先人が残した詩の言葉について考えながら、その時代から景観と生態系が守られてきた湖水地方を訪れることで、現代人に失われてしまった自然との共生を学ぶよい機会となったと思います。より具体的にはウィンダミア地方のアンブルサイドで学会が開催され、ここに世界中から研究者のみならず、自然と文学を愛する一般参加者も集まります。Wi-Fiがほとんど使えないことで、いわゆる「アテンションエコノミー」からも解放されます。たった10日ほどの短い期間ですが、メールやSNSの活動に束縛された世界から距離を取ることができる貴重な体験でした。

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既存のウェブメディアに不満を感じること、またこれからのウェブメディアに期待することはなんですか?

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ウェブメディアに不満を感じることは特にありませんが、SNS上でも女性やマイノリティに対するバックラッシュが酷いときは、だいたい匿名で感情に任せて書いている場合が多いように感じています(実名を出さないことで責任が伴わない振る舞いが許されると思っているのかもしれません)。

その一方で、本の世界を広げるための活動をする人たちがTwitterなどで増えてきているのを見て、ウェブメディアには希望を感じています。フラットなウェブメディアだからこそ、資本主義的でない、あるいは権威主義的でない方法で互いに知識や教養を共有できる場となっているように思います。個人的には、そういう可能性を今後も広げていけたらと考えています。

小川公代 英文学者

上智大学外国語学部教授。1972年生まれ。医学史、精神医学史、ジェンダー、ポスト・コロニアリズムといった観点から文学作品を分析するというアプローチをとり、18世紀~19世紀半ばまでのイギリス・アイルランド小説を中心に研究している。