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あなたをこれまで最も遠くへ誘ってくれたもの(こと)はなんですか?

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生物物理学者、松野孝一郎先生の論文である。当時大学院生だった私は、北大、東大、東北大などの院生による、理論生物学の小さな雑誌の創刊に参画した。雑誌は以下のようなスタイルだった。論考が投稿され、それに対して5人ほどの研究者が記名したコメントを寄せる。論考執筆者は、この5つのコメント全てに対する応答を、表題をつけた一つの応答論考としてまとめる。これら一連の流れが、論考、コメント、応答論考の順に全て、一冊の雑誌に掲載されるのである。創刊号の論考執筆者が、松野先生だった。目的論的因果律を主張する論考に対し、私もコメントを書くよう求められていた。私は、松野先生の意図が理解でき、むしろそのような方向で理論生物学を展開することを自分も考えていた。したがってコメントは肯定的なものだ。しかし、多くのコメントは辛辣な批判であり、この現代に今更目的論とは、時代錯誤も甚だしい、といった内容だった。これに対する松野先生の応答論考は、その表題だけで全てを語っていた。それが「目的論的因果律、微動だにせず」であった。私はその論考の内容ももちろん、何より、他人の批判をものともせず、ただ一人生きよ、という強烈な主張に感銘を受けた。そしてその後、松野先生に私淑し、いまに至っている。2018年に著した私の著作、『生命、微動だにせず』は、松野先生へのオマージュである。

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既存のウェブメディアに不満を感じること、またこれからのウェブメディアに期待することはなんですか?

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書籍はどうしても部数が経営に響くせいか、売れる書籍を作ろうとする。その結果、端的なわかりやすさが求められる。これによって、藝術が志向する異質性が、失われつつある。等質空間とは、「ならば」(含意・矢印)で結ばれた論理空間であり、矢印のネットワークである。哲学が分析哲学の方法を先鋭化し、圏論によって哲学を定式化しようという動きは、まさに哲学の等質空間化である。もはや人文学の多くが、科学を後追いし、システム論を後追いし、脳科学を後追いし、等質空間化している。文学まで純文学は流行らずラノベ全盛だ。これらは人工知能化に他ならない。人工知能の発達した今、人間が人工知能化してどうするというのか。文学を含め、藝術は等質空間とその外部の接触、異質性を志向する。これを前面化しない限り人工知能とは異なる人間の尊厳が失われる。しかし出版業界には荷が重いかもしれない。ウェブマガジンは自由に疾走できるのではないか。

郡司ペギオ幸夫 理学者

早稲田大学基幹理工学部教授。1959年生まれ。外部からなにかが「やってくる」ことを、科学の理論としてさまざまな形で展開することをめざしている。