V30-1
三上晴子とは誰か?
2025年12月 /2026年1月 のd View

- 三上晴子《Eye-Tracking Informatics》(2011)
撮影:丸尾隆一(YCAM)/写真提供:山口情報情報芸術センター[YCAM]
d Viewは、日替わりのカバーアートです。毎月1人のアーティストに焦点をあて、その作家の作品を1カ月に渡って公開します。12月 と1月 のd Viewでとりあげるのは、アーティストの三上晴子(1961-2015)さんです。三上作品はDISTANCEの一番最初のd Viewで取り上げましたが、12月13日から3月8日まで開催の、没後10年の展覧会「知覚の大霊廟をめざして——三上晴子のインタラクティヴ・インスタレーション」(@初台のNTTインター・コミュニケーション・センター[ICC])に合わせて、 2か月連続で 取り上げます。この機会にぜひご覧ください。
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Contents
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三上晴子という衝撃
塚田有那(編集者、キュレーター)
あなたはアーティスト、三上晴子を知っているか?
若い読者であれば、初めてその名を目にした人も多いだろう。無理もない。2015年1月に急逝した彼女は、約30年におよぶ自身の事績を誰かに託すこともなく、享年53歳という若さでこの世を去ったからだ。特に90年代後半から発表してきたメディア・テクノロジーを駆使する作品群は、再展示をするにも多大な労力を要する。それでも関係者たちによる懸命な修復/再制作の試みがいまなお続けられているが、この現代に三上晴子の作品世界を体感することは、とても稀な機会となってしまった。
では、そうしたアーカイブが希薄な作家は、一部の有識者たちのみで語り継がれ、いずれは忘れられゆく運命にあるのだろうか? 生前の三上作品をたった一度だけ体験した私は、その問いに徹底して「NO」と答えたい。なぜなら、かつての三上の作品や思想を知れば知るほど、2023年を生きるいまの私に、臓器を突き刺すような鋭い衝撃が伝わってくるからだ。
1984年から作家活動を開始した三上は、「情報社会と身体」をテーマに精力的な活動を続けていく。飴屋法水との協働などを経て、アート、演劇界隈から一躍注目の的となるも、その脚光を振り切るかのごとく1991年に渡米。ニューヨーク工科大学で情報工学/コンピュータサイエンスを学び、1995年からは身体の知覚を追求するインタラクティブ作品を発表するようになる。2000年からは多摩美術大学において、2年前に新設したばかりの情報デザイン学科に着任し、美術にメディア・テクノロジーを取り入れる新たな教育の発展に尽力した。
これらの経歴を見ても、国内の女性アーティストとして稀有な位置にいたことは明らかだ。いまもサイエンス・テクノロジーに関わる女性の比率は低いが、三上はいわゆる「理系女子」だったというよりも、迫りくるテクノロジーの時代に呼応する天才的な皮膚感覚があったようにも感じられる。そこには「情報環境やテクノロジーが一種の生命体のように増殖し、私たちの身体の内側にまで侵食する感覚」が根底にあったのではないだろうか。
たとえば活動初期の80年代は、鉄クズやコンクリート片といった工場の廃棄物を用いて、それらを神経細胞のごとく部屋中に張り巡らせたインスタレーションを数多く発表している。そうしたイメージからは、身体と機械が一体化する当時のサイバーパンク的な表象が透けて見えるが、キュレーターの阿部一直によれば「三上は、躊躇なくそれらの表象効果への回帰と依存をあっさり断ち切り、免疫概念をリアルなリサーチをベースとするアルゴリズミックな探求へと結びつける」方向へと転換したという[★01]。
そこから三上は、情報セキュリティやバイオテロ、さらには監視システムや人間の尽きることのない欲望まで、今日の社会を取り巻く課題を鋭く見据えた作品を次々と発表していく。特筆すべきは、それらのテーマを伝える手段を「鑑賞者一人ひとりが感じ取る知覚」に委ねていることだ。私が初めて三上作品と出合った《Desire of Codes|欲望のコード》(2010-2011)は、センサーと小型カメラを搭載した90個のデバイスと6基のロボットアームが鑑賞者の位置を追跡し、まるで意志をもった生き物のように鑑賞者を「監視」するインスタレーションだ。そこで動き回る機械たちのざわめきは、いまなお消えない記憶となって我が身に残っている。
奇しくも、今年は2つの三上作品が展示されている。ひとつは√k Contemporaryによる《Eye-Tracking Informatics》の特別展示[★02]、そして東京都現代美術館では、《スーツケース(World Membrane: Disposal Containers - Suitcase)》(1993)をコレクションしたことを皮切りに、三上が掲げた「被膜」という概念をキーワードとするコレクション展「被膜虚実/Breathing めぐる呼吸」展が開催された。このことは、三上が生み出した作品世界とその思想が、いまを生きる私たちにも深く訴えかける力を持つことを示唆している。この勢いをもって、今後もっと多くの三上作品と出合えないものか? そのときこそ、また多くの人々が三上晴子に新たな衝撃を受けることだろう。
★01 馬定延、渡邉朋也編著『SEIKO MIKAMIーー三上晴子 記録と記憶』NTT出版、2019年、p. 45
★02 三上晴子《Eye-Tracking Informatics》特別展示(√K Contemporary)は7月、8月も公開を予定している。詳細はウェブサイトより。
三上晴子の「知覚の美術館」
久保田晃弘(多摩美術大学)
三上晴子(1961−2015)は生前よく、「いつか『知覚の美術館』をつくりたい」と語っていた。実際、三上の90年代半ば以降の作品はいずれも、人間の何かしらの知覚をテーマにしていた。美術と最も関連の深い「視覚」については、「視ることそのものを視る」をテーマにしたキヤノン・アートラボ第6回企画展《Molecular Informatics—視線のモルフォロジー》(1996)に始まり、そのコンセプトと実装を、山口情報芸術センター[YCAM]委嘱作品の《Eye-Tracking Informatics》(2011/2018)でさらにアップデートした。同じくYCAMとの《Desire of Codes|欲望のコード》(2010)では、複数の視点+複眼システムによる「多視覚」と、サーチアームによる「触覚」的な視覚を表現した。もうひとつの重要な知覚である「聴覚」に関しては、NTTインターコミュニケーションセンター [ICC] の最初のコレクション作品として制作された《存在,皮膜,分断された身体》(1997)で、無響室によって宙吊りにされた身体内の音を、バイオフィードバックによって空間に拡張し、人間の内なるインターフェイスによる輪郭の消滅と経験の分断を通じて探求した。
三上の知覚に対するアプローチの特異性は、「耳は単に聴くものではなく、眼は単に視るものではない」と考えていたことにある。だから三上は、いわゆる視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚といった五感だけでなく、平衡感覚や内臓感覚のような統合的な知覚に着目した。たとえば、建築家の市川創太との共同作業によるYCAM委嘱作品《gravicells―重力と抵抗》(2004/2010)では、重力と身体の相互作用から生まれる平衡感覚を、第六の知覚としての「重力覚」ととらえ、この重力による知覚の歪みを、立って歩くという単純なインタラクションで体験できるようにした。
こうした知覚の総合、哲学の用語における「統覚」というテーマは、三上の中では、亡霊や人間の分身、より正確には、肉体が消滅した精神(ガイスト)のようなものへと繋がっていく。三上にとっての「知覚の美術館」とは、こうした一連のプロジェクトを、建築的なインタラクティブ・インスタレーションとして展示する、まさに知覚の大霊廟としての「お化け屋敷」であり、三上の言葉をそのまま引用すれば「二つは視覚、二つは聴覚、一つは触覚、そして二つは幻影(一つは重力、もう一つは速度と方向感覚)の八つの作品で構成され、バーチャルな統覚、すなわち、フィードバック・システム、あるいは自己言及的な自分とのコミュニケーションによって、総合される」ものであった[★01]。
残念ながら、この構想は、三上の突然の逝去によって未完のものとなってしまったが、80年代半ばから始まる三上の創作活動の流れを振り返ってみれば、三上の活動が、その時々の時代精神と呼応しながら、つねにそのひとつ先を予見していたことがよくわかる。80年代には、都市の生成器官としてのテクノロジーの構成要素を人体の骨格系や神経系、免疫系と対比させた、物質的なインスタレーションを制作した。その後ニューヨークに拠点を移してからは、ニューヨーク工科大学でコンピュータウィルスの研究に取り組み、当時勃興したナノテクノロジーや分子生物学、⽣物情報科学の基盤である、モレキュラー(分子)をモチーフにした、分散協調型のネットアート作品《Molecular Clinic》(1995)に取り組んだ。その後、この分子や神経系といったモチーフは、三上の作品群に通底する、ある種の美学となっていく。それらに加えて《gravicells》では、重力理論(相対性理論)を用いているだけでなく、湾岸戦争やイラク戦争の情報基盤となったGPSを作品に取り込み、《Desire of Codes》では、今日さらに大きな社会問題となっている、プロパガンダと欲望、監視資本主義の問題をいち早く提示した。三上は常に、技術の綻びや社会の亀裂から垣間見れる、かすかな未来の兆しを、野生の予知能力ともいうべき身体的な感覚で捉え、その言語以前の感覚を、時代の技術を用いて表現するだけでなく、技術を超えた気配や無意識、さらには新しい精神や魂のようなものまでを仄めかす作品群を制作した。いずれの作品も、静謐な美というべき、削ぎ落とされた端正な佇まいを見せ、そこに秘められた獰猛な欲望が、作品の強度と完成度、そして唯一性を極めて高いレベルに押し上げていた。
しかし三上は、同時に「各展示において仕上げられた作品に対して、完全に満足したことはない」とも語っていた[★02]。それは自分の内なるイメージと、技術的、物質的な実現の間に存在する不可避のギャップと正直に対峙し、その時点における暫定バージョンのクオリティーを可能な限り引き上げながら、つねにその先をめざそうとする、作家としての誠実さの現れでもあった。技術的な不完全性のみならず、《Desire of Codes》のような複合的なインスタレーションでは、展示会場や時期の制約などによって、さまざまな配置や構成をとり、作品を分割して別の展示会場で展示した事例まであった[★03]。そうした展示の可塑性は、作品のインタラクティヴ性が持つ動物的な能動性と、その場に応じて形態を変化させる植物的な適応性のハイブリッドから生まれる。だから、三上の作品に「保存」や「再制作」という概念は基本的に存在しない。いずれの作品も、つねに変化し成長し続ける、プロセスとしての生きた作品であった。三上自身の不在により、作品も同様にその生を終えて固着化すべきなのか、あるいは三上のスピリットを継承する共同体の中で生き続ける、時代や技術を超えた死なない作品をめざすべきなのか、今なお議論は尽きない[★04️]。
★01 馬定延、渡邉朋也編著『SEIKO MIKAMI―― 三上晴子 記録と記憶』NTT出版、2019年
★02 馬定延、久保田晃弘「メディアアートのための生成するアーカイブ試論(前編)」、『多摩美術大学研究紀要』31、2017年、p.93-98
★03 渡邉朋也「インスタレーション作品の修復/三上晴子作品の修復」、HELLO, YCAM! トークセッション、2017年
★04️ 久保田晃弘、石山星亜良「多摩美術大学における三上晴子アーカイヴの取り組み」、メディア芸術カレントコンテンツ、2022年
■展覧会情報
知覚の大霊廟をめざして——三上晴子のインタラクティヴ・インスタレーション
会期 2025年12月13日~2026年3月8日
会場 NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]
住所 東京都新宿区西新宿3-20-2 東京オペラシティタワー4階
開館時間 11:00~18:00(入場は閉館の30分前まで)
休館日 月(祝休日の場合は翌日)、12月29日〜1月5日、2月8日
観覧料 一般 1000円 / 大学生 800円
URL https://www.ntticc.or.jp/ja/exhibitions/2025/toward-a-mausoleum-of-perception-mikami-seiko-s-Interactive-art-installations/

- 三上晴子(みかみ・せいこ)
- アーティスト。1984年から情報社会と身体をテーマとした大規模なインスタレーション作品を発表。1992年から2000年までニューヨークを拠点に主にヨーロッパとアメリカで数多くの作品を発表する。1995年からは知覚によるインターフェイスを中心としたインタラクティブ作品を発表。視線入力による作品、聴覚と身体内音による作品、触覚による三次元認識の作品、重力を第6の知覚ととらえた作品などがある。多摩美術大学にて教鞭をとる。2015年没。

- 塚田有那(つかだ・ありな)
- 編集者、キュレーター。 1987年生まれ。一般社団法人 Whole Universe 代表理事。「Bound Baw」編集長。2021~22年、展覧会「END展 あなたの人生の物語」を主催(東急ラヴィエールと共催)。21年より、岩手県遠野市の民俗文化をめぐるカルチャーイベント「遠野巡灯籠木(トオノメグリトロゲ)」を主催。『ART SCIENCE is. アートサイエンスが導く世界の変容』、『RE-END 死から問うテクノロジーと社会』(ビー・エヌ・エヌ)など多数。

- 久保田晃弘(くぼた・あきひろ)
- 多摩美術大学情報デザイン学科メディア芸術コース教授、アーティスト、研究者。「ARTSATプロジェクト」の成果で、平成27年度(第66回)芸術選奨文部科学大臣賞(メディア芸術部門)を受賞。著書に『遙かなる他者のためのデザインーー久保田晃弘の思索と実装』(BNN新社)、『メディアアート原論』(畠中実と共編著、フィルムアート社)、『音と耳から考える』(共著、アルテスパブリッシング)、主な訳書に、ブライドル『ニュー・ダーク・エイジ』(監訳、NTT出版)などがある。