V28-1
作家への5つの質問
2025年10月のd View
d Viewは、日替わりのカバーアートです。毎月1人のアーティストに焦点をあて、その作家の作品を1カ月に渡って公開します。10月のd Viewでとりあげるのは、アーティストの谷口暁彦さんです。谷口さんの作品の背景を知るために、5つの質問に答えていただきました。
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Contents
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Q1 あなたにとっての原風景を教えてください。
小学生の頃は、親が共働きだったこともあって、学校が終わって家に帰ると1人でずっとテレビを見ていたり、ビデオゲームをしていたことを覚えています。プラモデルもずいぶんたくさん作った記憶があります。何かそうしてぼーっとしていたり、黙々と1人で遊ぶような事が多かった気がします。母が趣味で絵を描いていたり、父が日曜大工をしていて、家具を作るのを手伝ったりしていたこともあり、図工とか、物を作る事が好きでした。
なので、その頃から漠然と芸術家になりたいと思っていて、小学生6年生の時の何かの課題で、将来の夢は芸術家(画家だったかも?)になって美大の教員になるんだと書いた記憶があります。たぶん両親が小学校の教員だったので、アーティストと、教員が足し合わされてそうなったんだと思います。子供の頃の、かなり楽観的な夢が、いまおおむね叶っているんだなと思うと、現状のこの仕事のややこしさや面倒くささはさておき、不思議な感じがします。小学6年生のころにはほぼ今と同じ身長(180cm)になっていたので、黄色い通学帽を被り、ランドセルを背負って歩いていたら、高校生に指をさされて笑われたのを覚えています。
中学生になってからは、ほとんど帰宅部みたいな、よく言えば自由で学生の自主性を重んじる美術部に入って、頼まれもしないのに勝手に絵を描いたり工作をしたり、現代美術の真似事みたいな作品を使っていました。母が時々読んでいた『美術手帖』の影響もあったと思います。また、その当時もビデオゲームでよく遊んでいて、親から注意されるどころか栄養ドリンクを渡され、クリアできるよう応援されるという不思議な環境でした。(早く飽きるまでプレイしろみたいな事は言われてたような気もしますが)なんだかんだで、その頃のビデオゲームの体験が後の作品や仕事に関係してくるので、これもなんだか不思議な感じがします。
Q2 あなたをもっとも遠くに誘った作品や体験がありましたら、教えてください。
小学6年から中学生ごろにかけては、セガサターンやプレイステーション、ニンテンドー64など、次世代のゲーム機が登場し、表現が3Dになったことで、これまでにない実験的なゲームが数多く生み出された時期でした。
中でも『アクアノートの休日』(1996年)[★01]★01は、明確なストーリーや目的もなくひたすらに広大な深海を探索し、時々不思議な遺跡を見つけたりするだけ、というだいぶラディカルなゲームで、妙に惹かれて、深夜にずっとプレイしていたのを覚えています。ゲームとしてあらかじめ目的や楽しさが入念に用意された世界ではなくて、コンピューターで作られた退屈で冗長な世界の、そのリアリティに惹かれたのだと思います。この時の感覚は、いまの作品や活動に直接繋がっている気がします。
大学1年生の時、四方幸子[★02]★02さんが講師を務めていた現代美術の授業を受講していました。そこで小杉武久[★03]★03さんの神奈川県立近代美術館での展覧会が紹介されていて、ふと1人で見に行ったことがありました。小さな音をだす単純な電子回路でできた作品を見て、これなら僕でも作れそうだなと、今思うと、とんでもない勘違いをしたせいで電子工作を始めました。そうして作った自作の電子楽器を授業後に四方さんに見せているうちに、同じ大学の別の学科で教えられていた久保田晃弘[★04]★04さんを紹介され、そこからMaxなどの音楽プログラミング言語を触り、メディアアート作品を作るようになりました。
そのあたりが自分を遠くに誘った体験だったような気がします。
Q3 作家として視界が開けたと感じた作品がありましたら、教えてください。
今回掲載している作品には含まれていないんですが、大学院生の時に制作した《jump from》(2007年)という作品です。[★05]★05
新宿三丁目の中華料理屋で友人と飲んでいた時の会話から作った作品でした。その時、油画科だった友人はこんな絵を描きたいと言っていました。
あるギャラリーに1枚の絵画が展示されている。絵画には、その絵画が展示されているギャラリーの駐車場が描かれていて、黄色いスポーツカーが停まっている。ある人が展覧会に訪れ、その絵画の前に立つと、ひどく驚いていた。なぜなら、その人は絵の中と同じ黄色いスポーツカーに乗ってギャラリーにやってきて、絵の中の駐車場と同じ駐車場にスポーツカーを停めたからだ。
偶然に、それが予言になってしまうような絵画作品で、ほぼ実現不可能な作品という事なんですが、この話を聞いて、ビデオゲームのように自由意志で操作可能だが、ある程度限定されていて、反復や再現性のある空間なら作れてしまうな、と気づき、ほぼその中華料理屋の時点で作品の構造が完成していました。絵画作品では作れないからロマンチックな話なんですが、作れてしまうと身も蓋もないというか。
《jump from》は、ファミコンの『スーパーマリオ』をプレイすると、ジャンプした瞬間に過去の実写映像に切り替わってしまうという構造になっています。あらかじめステージの中で100箇所ほどマリオがジャンプする映像を撮影していて、鑑賞者が同じ場所で同じようなジャンプ操作を行うと実写映像に切り替わります。予言でもあるし、自分が過去の他者と重なったり、自分の意思が誰かに持っていかれるような感覚になる作品です。
この作品で得られた、過去と現在、他者と自己が衝突したり混ざり合うような構造は、その後の作品でも継続して現れています。この作品以後、2016年までまったくビデオゲームに関する作品は制作していないのですが、作品の中に僕自身が登場することや、ビデオゲームを扱っているという点でも、その後の作品に繋がるところが多数あった作品だと思います。
Q4 今回掲載した作品について、教えてください。
ゲームエンジンを用いて、自分のアバターが登場する作品を作り始めたのが2016年で、その最初の作品から現在までの作品を選びました。ゲームエンジンは、僕にとって自分の作りたい世界や、考えたい問題を自然に扱えるメディアでした。ゲームエンジンを使い始める前の作品の色々なテーマも、この中に含めてしまう事ができる柔軟さがあったと思っています。
また、インタラクティブな作品、映像作品、ミュージックビデオ、グラフィック作品なんかも全部ゲームエンジンで作っていて、あと、多分メディアアートやってる人にしては多作な方というか、小ぶりな作品をたくさん作るタイプなので、ゲームエンジンだと比較的短い時間でパパッと作れる感じもあって、そういう雑になんでも早く作れる感じが気にいっています。冷蔵庫の残り物でなんとか済ますような。
ただ、ゲームエンジンを触り始めて10年くらい経ってきていて、そろそろ違うことが出来たらよいなとも思い始めていて、最近は大学の授業のために小さなコンピューターのキットを作ったり、それを用いた小さなインタラクティブアートというか、ゲーム機のような作品を作ったりしていて、その画像も31枚の中に含まれています。
Q5 あなたの指針になっている言葉・本などがありましたら教えてください。
大学時代に友人から教えてもらった、保坂和志[★06]★06の小説や、小説論のようなエッセイからは、すごく影響を受けていて、何度も繰り返し読んでいました。具体的には、『小説の自由』(2005年)、『小説の誕生』(2006年)、『小説、世界の奏でる音楽』(2008年)というエッセイの三部作や、『プレーンソング』(1990年)、『草の上の朝食』(1993年)あたりの初期の作品や、何かを忠実に描こうとするばかりに、文法がおかしくなるほどに文体が変化した『未明の闘争』(2013年)なども好きな作品です。
そうした作品の、言葉としての運動を意識した文体や、文章を書きながら、延々と答えのない問いを考えているような姿勢に魅力を感じていました。実際に、ゲームエンジンを用いた最初の作品《私のようなもの/見ることについて》(2016年)という作品では、保坂和志のエッセイから引用した場面があります。多分、保坂和志の小説やエッセイのように、メディアアート作品が作れないか、というのがある時期の僕の作品のテーマの一つというか、意識としてあったと思います。
★01 アートディンク開発の海洋探索ゲームのシリーズ。Cf.「アクアノートの休日 / アクアノーツホリデイ 関連CM集 1995 - 2008年」https://www.youtube.com/watch?v=7s3yY6mitrU ★02 キュレーター・批評家。十和田美術館館長。「情報のフロー」から、アート、自然・社会科学を横断する活動を展開し、国内外でメディアアートや現代美術の展覧会を多数企画。多摩美術大学をはじめ多くの大学で教鞭をとっている。 ★03 (1938-2018) 。作曲家・演奏家。東京藝術大学在学中より即興演奏を始め、1960年に日本で最初の集団即興演奏のための「グループ・音楽」を共同結成。その後フルクサスに参加するなど、音を使った表現の第一人者として日本のサウンドアートをけん引した。 ★04 アーティスト・研究者。多摩美術大学情報デザイン学科メディア芸術コース教授。アートと科学技術を横断する研究・作品を展開し、宇宙や音、情報環境をテーマに創作と教育に携わっている。 ★05 https://okikata.org/hyperherenow/w01_jump_from.html ★06 小説家。1956年山梨県生まれ、鎌倉育ち。西武百貨店コミュニティ・カレッジ勤務を経て、1990年『プレーンソング』でデビュー。『この人の閾』で芥川賞、『季節の記憶』で谷崎潤一郎賞など受賞多数。日常の出来事や記憶、時間を思弁的に描く作風で知られ、創作論や評論も発表している。

- 谷口暁彦
- メディアアーティスト、多摩美術大学情報デザイン学科メディア芸術コース准教授。メディア・アート、ネット・アート、ゲーム・アート、パフォーマンス、映像、彫刻作品など、さまざまな形態で作品を発表する。主な展覧会に「SeMA Biennale Mediacity Seoul 2016」(ソウル市立美術館、2016年)、「超・いま・ここ」(CALM & PUNK GALLERY、東京、17年)など。企画展「イン・ア・ゲームスケープ:ヴィデオ・ゲームの風景、リアリティ、物語、自我」(NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]、東京、18–19年)にて共同キュレ―ターを務める。