V26-1
作家への5つの質問
2025年8月のd View
d Viewは、日替わりのカバーアートです。毎月1人のアーティストに焦点をあて、その作家の作品を1カ月に渡って公開します。8月のd Viewでとりあげるのは、アーティストの佐々木類さんです。佐々木さんの作品の背景を知るために、5つの質問に答えていただきました。
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Contents
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Q1 あなたにとっての原風景を教えてください。
幼少期は、親戚の人が毎年送ってくれる大きめなカタツムリの飼育・観察、そしてどろんこ遊びに夢中でした。特にカタツムリの卵の半透明の真ん丸の美しさには子供ながらに魅了されていたのを今でもはっきり覚えています。
また、家にはどこかの民族のお面が壁に何個も飾られ、琥珀や化石が手の届くところに置かれていたので、時々おもちゃみたいに遊んでいました。世界地図も壁に数箇所貼られていたので、国の形や国名に無意識に興味を持っていました。そして、週末には家族で古墳や民族博物館や自然史博物館に、頻繁に訪れていました。
これらが全て原風景と言えるか分かりませんが、最近このような幼少期に何気なく見ていたものや触れていたものが今の興味に大きく影響していると感じることが多々あります。
Q2 あなたをもっとも遠くに誘った作品や体験がありましたら、教えてください。
小学生の時に家族旅行で訪れた沖縄で出会った溶けたガラスです。琉球ガラスの工房で初めて溶けたガラスを見た時は、ちょうど水泳に熱中していた時期でもあり、水というものにとても興味がありました。溶けたガラスが水に似ていると感じ、ガラスに一気に親近感を覚えました。
でも、水と違って形が作られていく様子を見て、さらに感動し、ガラスという素材に興味を持ち始めました。偶然にもこの初めて溶けたガラスを見た時に、職人さんが作っていたのがカタツムリで、それも相まってとても印象深い体験になりました。
Q3 作家として視界が開けたと感じた作品がありましたら、教えてください。
アメリカの大学院に留学していたときに制作を始めた「隅」をテーマにした作品シリーズです。この作品以前は、ガラスという素材を作品表現やコンセプトとして消化できずにとても苦悩していました。大学院のガラス科に入学した直後に先生に「なんであなたはガラスを作品に使っているのか」「ガラスを無理やり作品に使う必要はない」と言われた衝撃は今でも忘れられません。その後にガラスを使わないで作品を作ってみたらと言われ、半年以上ガラスで作品制作をしませんでした。
その時に「埃」とか「隅」といったテーマに興味を持ち、それをコンセプトに作品を作れないかと考えるようになりました。当時、私は自分の存在と自分のいる場所であるアメリカの土地とを懐かしさの感覚の欠如から、幽体離脱しているような感覚に陥っていました。母国である日本を、どうやって物質的にアメリカに移動できるのかと考えた時に、物質の最小形が「埃」であるということに気づき、埃からインスピレーションを受けました。実際に、日本の実家から埃を送ってもらったこともあります。
埃を集めていると部屋の隅っこによく蓄積していることに気づき、「隅」という空間に興味を持ち始めました。隅に追いやるといった言葉があるように、誰も好んでそこへ行かないことから動きがない静かな場所になっています。そのため、埃として空間の歴史が溜まり、空間のタイムカプセルのように感じていました。
また、隅に行くと空間が全て見渡せ、壁が後ろにあるので守られている感覚があり、私にとってはとても安心できる場所に感じていました。四隅を落とすと建物は崩れるので、「隅」こそが、私のいる空間を守っていてくれる存在としてみていました。ただし、大抵の隅は四角なので、指で触ろうとしても隅の奥まで触ることができず、隅を建物から実際に写しとる行為や、隅と身体の関係などを作品を通して模索していくことにしました。
「埃」や「隅」をテーマに作品を制作し始めると、物質的な記憶の塊である埃と、それを保存記録している隅という空間と、「ガラス」という素材がコンセプトとして私の中で結びつきはじめました。一見、繋がりがないように見えますが、「ガラス」という素材の特徴ととてもよく似ているのです。
たとえば、吹きガラスで制作をしてると熱くて手では触れないので道具を使いますが、その道具でガラスを傷つけてしまうと完全にガラスを溶かさない限り、肉眼では見えなくてもその傷は影として映し出されます。つまり、制作過程が記録され可視化されているのです。また、現在でも劇薬瓶にガラスが使用されているのは、ガラスが中の物質と化学反応しづらく、そのままの状態で保存しておけるからです。100万年以上経っても土に還らないと言われており、遺跡からもほぼそのままの状態ででてきます。まさに、タイムカプセルのような素材だと感じています。
ガラスは、アモルファスという不規則で曖昧な構造を持った物質です。それゆえに、儚いけど、ある条件下では鉄より強く、光を反射し内包し、透明さと不透明さという相反する性質の両面を持ち合わせています。この曖昧な素材であることが記憶の性質に似ていたり、ガラス自体が保存や記録に向いていることが、今にいたるまでの作品コンセプトと素材の結びつきになっています。私にとって「埃」と「隅」と「ガラス」は、とても似た要素を持っているのです。「埃」も「隅」もどこにでも存在しているのにあまり気に留められない存在ですが、ガラスを通して考えた時に、不在と存在を考えると結びついたりします。ガラスのみ考えて制作していたら、ガラスのこのような特徴や自分が何に興味があって制作を続けているのか分からなかったと思います。
Q4 今回掲載した作品について、教えてください。
2012年頃から近年までの代表作のシリーズをピックアップしました。同じ作品でも全体や部分の画像など複数の視点で見ていただけるように選びました。
私は、身近にある自然や生活環境にインスピレーションを得ながら、主に保存や記録が可能な素材であるガラスを用い、自分が存在する場所で知覚した「微かな懐かしさ」のありようを探求しています。
植物採取は、アメリカから帰国した際の母国への「懐かしさ」の感情の喪失によるリバースカルチャーショックから、五感の記憶を蘇らせる自己治療として始めました。訪れた各地で採取した植物が真っ白な灰として、ガラスの中に保存や記録されています。また、ガラスの中には植物を介して、その土地の湿気や雨や空気も、焼成後に泡として視覚化され、保存されています。真っ白な灰が、ガラスを通した照明で照らされることで、灰が透明になり花びらの重なりや気管や葉脈のディテールが浮かびあがります。
また、現在住んでいる北陸は、雨が多く空が鉛色で、その不安定な天気と高湿な気候からインスピレーションを得て制作をしています。心身に大きく影響する天気から「微かな太陽光を視覚化して愛でたい。そしてどうにかしてその微かな太陽光を記録し保存したい」という想いから、蓄光ガラスでの作品を制作し、天気の記憶の可視化を試みています。
一見繋がりがないように見える作品も、色々な視点で見てみるとある一つのキーワードで繋がっています。毎日見る方、数日に一度見る方、1カ月のうちでたまたま出会った方、ご覧いただく頻度はそれぞれ違うと思いますが、ぜひキーワードを探してみていたければと思います。私の作品は、身近な環境から気付きを得て制作することが多いので、一度だけご覧いただいた方にも何か新たな気付きを日常で持っていただけたら嬉しいです。
Q5 あなたの指針になっている言葉・本などがありましたら教えてください。
「大切なものは目に見えない」というサン=テグジュペリ『星の王子さま』の中の言葉をいつも心に留めています。これは、アメリカ留学以来、心の支えになっている言葉です。いつもと違う環境に身を置くと日常は非日常になり、特別なことが一般的なことになることも多くあります。視覚だけの情報に頼らず、自分なりに知覚してモノやコトを捉えていくことが大切だと思っています。
繰り返し(何冊かは何回読んでも理解できなくて)読み続けている5冊の本があります。この5冊の本は、どう物事を知覚するかについて幅広い問いを投げかけてくれる本です。ガストン・バシュラール『空間の詩学』、谷崎潤一郎『陰翳礼讃』、ユニハ・パッラスマー『建築と触覚:空間と五感をめぐる哲学』、安部公房『箱男』、Josep A. Amato, Dust: A History of the Small and the Invisible。

- 佐々木類ささき・るい
- 1984年高知県生まれ。身近にある自然や生活環境にインスピレーションを得ながら、主に保存や記録が可能な素材であるガラスを用い、自分が存在する場所で知覚した「微かな懐かしさ」のありようを探求している。北欧やアメリカを中心に滞在制作招聘を受け、国内外の美術館で展示活動を行う。主な賞歴は、第33回Rakow Commission(2019年、コーニングガラス美術館/アメリカ)、富山ガラス大賞展2021大賞(富山市ガラス美術館)。ラトビア国立美術館(ラトビア)、金沢21世紀美術館など作品収蔵多数。近年の主な個展に「Subtle Intimacy : Here and There」(2023年、ポートランド日本庭園/アメリカ)、「雪の中の青」(2024年、アートコートギャラリー)、「不在の記憶」(2025年、WALL_alternative)がある。ニューヨークタイムズ紙や日本経済新聞などで作家特集掲載。9月に開催される「あいち2025」に参加予定。現在は、石川県にて制作。撮影: Hanmi Meyer / 画像提供: Bullseye Glass Co.