V25-1

作家への5つの質問

2025年7月のd View

d Viewは、日替わりのカバーアートです。毎月1人のアーティストに焦点をあて、その作家の作品を1カ月に渡って公開します。2025年7月のd Viewでとりあげるのは、絵画作家の永沢碧衣さんです。永沢さんの作品の背景を知るために、5つの質問に答えていただきました。

Contents

    Q1 あなたにとっての原風景を教えてください。

    幼い頃から父や祖父に連れられ、渓流釣りや山菜採り、キノコ狩りなどを通じて、自然の中で必要な恵みを遊び感覚で学んできました。自然にもっと近づきたいと思いながらも、ツキノワグマなどの力ある獣の気配や、実際に出会った時の恐怖が強く、一人で山を歩くことは長くできませんでした。今思えば、コントロールの効かない世界に自ら身を置くという自覚が、成長とともに芽生えていたのだと思います。自然と暮らしに通じた大人が確保してくれた安全な領域の中でのみ、“遊び”という感覚が許されていたのです。やがて自分自身もそうした暮らしに近づくにつれ、自らその領域を生み出す意識を持って山に入るようになりました。

    私の暮らす秋田の山間部では、森や林や庭と分類せずに「山に行く」という言葉がよく使われます。それは山だけでなく、暮らしの延長にある自然全体を指します。他地域の人々や他の山との関わりを通じて、自分たちの土地を見つめ直す機会も増えました。そして、私たちが「山」と呼んでいた場所には、目に見えない微細な世界や、動植物それぞれの感性の世界が広がっていることに気づくようになりました。そうした気づきが、私の作品世界にも自然と反映されるようになっています。

    Q2 あなたをもっとも遠くに誘った作品や体験がありましたら、教えてください。

    私が「最も遠くへ誘われた」と感じた体験は、高校時代、美術部で絵を描いていた頃に遡ります。東日本大震災を経験し、大地のエネルギーがもたらした覆せない現実に直面する中で、誰もが不安を抱えていました。そんな状況下で、ただ好きで描いていた絵が被災地で展示され、予期せぬかたちで人々の心に寄り添い、見えない力となることを知りました。

    その後、自然と人間の関係を問い続ける中で、人間以外の生き物と深く関わる人々との出会いがありました。表面的には厳しく見える行為の中にも、深い愛情や配慮が宿っていることを学びました。例えば、死にゆく生き物に目を向けることは、命が全うされた事実に向き合う視点であり、描写されるその姿はそこに立ち会った者のまなざしの痕跡でもあります。さらに、生と死の過程や姿に他者性を見出すことで、生物同士の関係性や交わりのかたちが浮かび上がります。

    生命の姿は、そうした関係性の中で常に変化しながら、目には見えないエネルギーを生み、環境そのものを形づくっていく。私は今も、その根源や、生命の正体と行方を追いかけ続けているのかもしれません。

    Q3 作家として視界が開けたと感じた作品がありましたら、教えてください。

    私が作家として視界が開けたと感じた作品のひとつに、2023年のVOCA展に出品した《山衣をほどく》があります。この作品は、マタギや猟師の方々と関わり、自らも狩猟者となった経験から生まれました。ツキノワグマを描くシリーズは、私自身の精神的距離や経験の変化とともに描き方が変容していきました。狩猟に入る前は恐怖や畏怖の対象として描いていた熊も、その生態や表情、暮らしに触れる中で、次第に敬意や愛情を抱く対象として向き合うようになりました。

    やがて、廃棄される毛皮を有効活用できないかという課題意識や、他種由来の膠(牛や豚など)で熊を描くことへの違和感が強まり、心身ともに熊との距離が近づいていることを実感しました。彼らの恵みを無駄にせず、自らの手で得た素材で描くこと。熊の毛皮から自らを作り、熊で熊を描く作品が生まれました。《山衣をほどく》は、命との向き合い方が変わる転機となった作品であり、以降も授かった命の素材を用いて、その生命を描くことを意識するようになりました。

    Q4 今回掲載した作品について、教えてください。

    私にとって、絵を描くことは、自分の感じた気持ちや経験を、言葉や写真では伝えきれない形で記録し、他者へと伝える手段です。作品を年代ごとに並べて改めて観察し、推察していくことで、私たち人間が様々な生き物に囲まれながら、どのように心や体、そして関係性を育んでいくのかを、記録し、考え続けることができるのだと思います。そして、作品を公開することで、意図せず新たな世界や考え方に触れる人が現れ、その影響がまた私自身にも還ってくる、そんな環境を作り出せるのかもしれません。そういった思いを込めて、作品づくりを続けているのだと思います。

    Q5 あなたの指針になっている言葉・本などがありましたら教えてください。

    映画『イノセンス』でも引用された、「刀を鳥に加へて鳥の血に悲しめど、魚の血に悲しまず。聲ある者は幸福也、叫ぶ者は幸福也、泣得るものは幸福也、今の所謂詩人は幸福也」という齋藤緑雨による言葉。この一節は、私にとってマタギや狩猟の現場に立つたび、あるいは東北に根付くアニミズム的な感覚に触れるたびに、何度も心に浮かんでくるものです。

    たしかに「声」を持つものは、人間社会の中で注目されやすく、共感を集めやすい存在です。けれども、山や自然のなかで生きてきた人々は、そうした「声なき命」にも深く耳を澄ます力を持っています。それは、長年の暮らしと経験の中から育まれてきた、静かで確かな知恵の結晶のようなものです。姿形の異なる器に宿る、生命本来の在り方を見定めるために欠かせない力です。

    私の手がける絵画という媒体は、泣きもせず、笑いもせず、声も発しません。それでも私は、作品のなかに音にならない叫びや、目には見えない力が宿ると信じています。異なる者同士が影響を与え合い、ときに抑止し合い、ときに淘汰されながらも循環の中で生きている。私はその中で聞こえてくる“生命の声”を受けとめ、記録し、伝えていくために絵を描いています。山で出会った数多の命、そしてそれらと向き合い続けてきた自分自身を含めた生の痕跡を、これからも作品として紡ぎ続けていくこと。それが、声なき命に対する私なりの応答であり、祈りでもあるのだと感じています。

    永沢碧衣ながさわ・あおい
    1994年、秋田県出身。絵画作家。2017年、秋田公立美術大学アーツ&ルーツ専攻卒業。主に東北の狩猟・マタギ文化に関わり、自らも狩猟免許を取得。狩猟者としての経験を重ねていくことで出会う種々のものとの関係性を記録・表現した絵画作品を制作している。巨視と微視を行き来することで「人と生物と自然」の相関を問い、それらの境界線を溶解し消化することが創作の原動。解体した熊から膠を抽出したり、切り株をキャンバスに見立てたり、石から絵の具を採取したり。素材としてもモチーフとしても日々、山と向き合いながらフィールドワークを重ね、生命の根源や循環、記憶の痕跡を辿る旅を続けている。近年の主な展示に、「アケヤマ ーー秋山郷立大赤沢小学校」(新潟・大地の芸術祭、2024)、「VOCA展2023」(東京・上野の森美術館、2023)、「シン・ジャパニーズ・ペインティング」(神奈川・ポーラ美術館、2023)、個展「霧中の山に抱かれて」(秋田・北秋田市阿仁公民館、2021)など。

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