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人口減少社会で進む“野生の復活”──「リワイルディング」は生物多様性保全の希望になるか!?
【書評】『リワイルディング ――生態学のラディカルな冒険』

- ポール・ジェプソン 、ケイン・ブライズ 『リワイルディング――生態学のラディカルな冒険』(管啓次郎、林真訳、松田法子 解説)、勁草書房、2025年
d Reviewでは、DISTANCE.mediaが注目している、本や映画、展覧会、プロジェクトなどをピックアップして、レビューします。
今回とりあげるのは、自然保護の新たな方法論を提唱する『リワイルディング ――生態学のラディカルな冒険』。人の関与をできるだけ減らして生態系の主体的な変化にゆだねる欧米発のアプローチ「リワイルディング( 再野生化)」は、日本の生物多様性保全の福音になるのか?
野生動物のマネジメントを長年実践されてきた羽澄俊裕さんが、本書の問題提起を咀嚼し、日本社会が生物多様性保全の限界にどう向き合えばいいか、問いかけます。
編集:山田兼太郎(DISTANCE.media)
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Contents
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限界に直面する生物多様性保全
本書は、イギリスの環境コンサルタント会社に所属するポール・ジェプソンとケイン・ブライズという、環境保全学者であり豊富な現場経験を持つ二人の技術者の手によって書かれたものだ。自然保護の新たな方法論として登場した「リワイルディング(rewilding)」の普及のために2020年に出版された。このたび、管啓次郎[★01]★01さん、林真[★02]★02さんによって翻訳されたことで、他国と同様、混乱の深まる日本の自然保護分野に思考の種を一つ投げこんでもらった。そんな読後感だ。
日本では「再野生化」という訳語が使われることもある「リワイルディング」とは、1章に書かれた概要に従えば、生態学的機能を重視した自然保護のアプローチであり、動植物にかぎらず、エネルギー、水、気体、栄養素、有機体の流れといった、生態系の諸々の構成要素の役割を十分に理解しつつ、人の関与をできるだけ減らして生態系の主体的な変化にゆだねよう。そんな提案だ。

- ポール・ジェプソン(Paul Jepson)(左)
元オックスフォード大学「生物多様性、保全、管理」修士課程のディレクター、リワイルディングを進めるコンサルタント組織Ecosulis 社の自然再生リーダー。リワイルディングの政策や行動思想に関する科学的・一般的な論文を発表しながら、テレビやラジオにも定期的に出演している。2017年より、非営利団体「リワイルディング・ヨーロッパ」の監督委員会メンバー。
ケイン・ブライズ(Cain Blythe)
Ecosulis 社のマネージング・ディレクターで生息域回復の専門家。特に自然的再生テクニックの導入、自然回復、テクノロジー使用による保全に詳しい。イングランドおよびウェールズでのビーバーを放つ試みのモニタリングに、多数参加し、再野生化をめぐる講演を定期的におこなうとともに、多くの再野生化プロジェクトに貢献。
まずは過去にさかのぼって、メガファウナと呼ぶ体重40kg以上の動物たちの絶滅の原因をたどる。2万2千年前の大規模な絶滅の原因は、同時期に地球全体に分布を拡げた人類の過剰殺戮によること。16世紀に始まった帝国主義・植民地主義の地球規模の拡大に伴う組織的・集約的な農業が自然を攪乱したこと。19世紀の戦時下でふくらんだ毛皮需要に応えるべく商業主義と結びついた狩猟によって、野生動物が壊滅的な影響を受けたこと。20世紀に続く工業化とグローバル化によって、定住、農地開墾、原生林の伐採、野生生物の搾取、湿地・河川の汚染が加速したことなどがあげられていく。
そして、環境破壊がもっとも激しかった20世紀という時代に活発になった自然保護が、絶滅に瀕した生物の保存を重視し、開発に抗い、ついには1992年のリオの地球サミットで生物多様性条約[★03]★03を成立させて、生物多様性保全を環境政策の筆頭に位置づけることに成功したという歴史的転換点について綴られていく。ところが、今世紀の初頭には生物多様性の科学が確立されたにもかかわらず、第6の絶滅の危機[★04]★04が叫ばれている。地球規模の気候変動の脅威、おそらくマイクロプラスチックの拡散もあるだろう。こうした破滅的な不安要素が明らかになるにつれて、シンプルに種の絶滅回避をめざしてきた20世紀の自然保護の在り様に限界を感じる学者や保護活動家が増えているという。そんな導入部は、1970年代末からリアルタイムで日本の大型野生動物の保護やマネジメントのシステムつくりに関わってきた私にとっては、実に納得のいくものだった。
生態系の自生的な力を活かす新たなアプローチ
そんな不安の前に登場したのがリワイルディングの思考だ。確実に加速する生態系の劣化に対する新たな保全科学の提案である。それはディープ・エコロジーの思想に影響を受けたアメリカの保全生物学者のデイブ・フォアマン[★05]★05らが1992年に使いはじめた言葉だ。ディープ・エコロジーとは1973年にノルウェーの哲学者アルネ・ネス[★06]★06が提唱した環境思想であり、人間中心主義を否定して、すべての生命は固有の価値を持つとする思想である。したがって、リワイルディングとは、ある地域の自然環境、あるいは動植物種の保存を人間の管理下に置いて達成しようとするこれまでの方法、そうしなければ人間活動によって生物は絶滅してしまうとの危機感に突き動かされた行動を終わりにして、人間の関与をできるだけ抑制した自然保護のありよう、生態系本来の成り行きにまかせることをめざして、それを具体化する科学的な方法論を模索しようと呼びかける。副題に書かれた「ラディカル」とはこのことを指している。
そして、リワイルディングのビッグ・フォーと称して、オランダの放置された干拓デルタで始まった「オーストファールテルスプラッセン(OVP)」[★07]★07、ロシアのツンドラ地帯で始まった「更新世公園」[★08]★08、かつて地上性の鳥ドードーが絶滅したインド洋に浮かぶ「モーリシャス島」[★09]★09、オオカミ導入を試みた北アメリカの「イエローストーン国立公園」[★10]★10、この4つの事例をとりあげて具体的な説明がなされる。それ以外にもさまざまな事例があるというが、それらはリワイルディングと呼ばれる前からの取り組みであって、その後付け的な態度が抵抗を生むようだ。
本書には異論・反論が正直に書かれている。たとえば科学者の国際チームからは、リワイルディングの定義はたくさんありすぎてあいまいだから、正式な科学・政策・保全の議論では使うべきでない。すでに学問として確立された「復元生態学(restoration ecology)」[★11]★11という用語があるのだから、それを使うべきだと提案されたことや、社会一般になかなか受け入れてもらえない現実について、その理由と改善案に多くの頁を割いている。このあたりに、学者にとどまらない自然保護の実践者としての姿勢、地球が直面する課題をなんとかしたい筆者らの強い意思が感じられる。
在来種であるシカが脅かす、日本の生物多様性
ところで、日本の自然環境の置かれた状況も実に混沌としている。1960年代の高度経済成長期に始まった社会構造の変化、農林業従事者や狩猟者の減少による中山間地域の過疎の始まり、21世紀に入ってからの本格的な人口減少によって、半世紀をかけてゆっくり人間の圧力が弱ってきた。そのため、放置された土地では野生の植物が繁茂し、野生動物が分布を拡大して、今まさに自然の回復ともいえる現象が起きている。そして両者の間には混乱が増えている。
野生動物の出没問題は、人口減少を想定した棲み分けの形を地域ごとに模索していくほかはない。より深刻な問題は森林内でシカが増え続けていることにある。そのことで、日本の生物多様性が大きな影響を受けている。シカの密度が高まると、草本にかぎらず口の届く範囲の木本の枝葉まで食べつくすので、裸地化、土壌の乾燥、斜面での土壌流出、高木の倒壊、樹皮剥ぎによる枯死、豪雨になれば斜面崩落が起きる。シカは生態系のエンジニア種[★12]★12たる本領を発揮しながら静かに自然の姿を変えている。
日本列島に人類が入り込んだ時からずっと、繁殖力が強く資源的価値の高いシカやイノシシには強い狩猟圧がかかってきた。少なくとも明治から昭和末に至る近代の120年間はシカの密度がうんと低く抑え込まれていたために、シカが増えて生態系が変化するなんて現象を現代人は誰も経験したことがなかった。だから生態学者ですらおおいに困惑して、はじめは受け入れようとしなかった。
生物多様性条約に批准したばかりのこの国は、1990年代の末から法改正を重ね、予算を投下して、シカの捕獲を強化してきた。シカは外来種ではないから根絶するわけにはいかない。では、どこまで減らしてよいものか、悩ましい問題が浮上した。行政からすると大きな予算を投下し続けることには抵抗がある。だから捕獲数の目標は重要な政策論点となっている。そもそも国土の7割が急峻で複雑な山岳地帯であり、地域ごとに雪も雨の多さも異なる日本列島に成立した多様な生態系を相手に、シカの適正な密度なるものを人間の都合で設定することには無理がある。やむなく個体数を半減させるとの目標をかかげ、仮の密度を設定して、全国で年間70万頭もの捕獲が続けられている。とはいえ、高齢化により減少のすすむ狩猟者たちの捕獲努力を急峻な地形と夏の猛暑が阻むので、数十年を経てもシカの分布拡大は続いている。植生への影響にもブレーキがかからない。そんな現実にぶつかって日本の生物多様性保全の政策ビジョンは霧の中だ。
人口減少と気候変動がもたらすリワイルディングとどう向き合うか?
ここで本書の議論とつながる。たとえば「更新世リワイルディング」という概念は、人が影響力を持たなかった時代の自然は私たちが想像するような深い森の姿ではなかったのではないか。大型草食動物と草本類が共進化してできあがる環境だったはずだから、それこそを自然保護の目標とするべきではないかと問いかける。必要なエンジニア種をそろえ、滅びているなら類似した動物を導入して、あとは人の関与をできるだけ省いて生態系の変化にまかせようというのだ。そんなことがこの国にあてはまるだろうか。
日本列島は2500万年前に大陸から切り離された後、火山や地震活動によって大地の隆起や陥没が繰り返されてできあがったものだから、巨大な火山噴火の跡地には草原の広がる時代が長く続いていたにちがいない。そんな生態系にあって、たとえオオカミやクマがいたとしても、シカやイノシシに対する一番の捕食者の役割は人間が果たしてきた。その機能が1970年代以後のほんの半世紀で弱体化してしまった事実を前に何をするべきか、これが日本の生物多様性保全の主要テーマである。
複雑な地理的条件を持つ列島の各地にミクロな生物群集がひっそり生き残っている。その希少性にシカがとどめをさしているとき、人が関与しないリワイルディングを受け入れられるだろうか。あるいは、細かく区分された日本の土地所有権を前にして、境界を設けることなく人の関与を省いたリワイルディングを成立させられるだろうか。日本のこれまでの取り組みは、あくまで区切られた空間内の管理された自然の確保にとどまる。それはそれで日本庭園の思想とはマッチしてきた。日本の自然保護はずっと造園的なものだ。そんな国に開放的かつ動的な生態系の論理をどこまで受け入れることができるだろうか。
とはいえ、ここから先の景色は違って見える。人口が減っていくのだから土地利用区分は再編せざるをえない。地球規模の大気の乱れと大地が引き起こす大規模な災害が強引に自然環境の姿を変えていく。それによって人の動きも変わる。社会は財政難となり働き手も減る。人々は災害(獣害も含む)からコミュニティを防衛することで手一杯だ。そうなれば自ずと放置される環境が増えていく。すでに始まっていることだが、人が手入れを諦めた土地には勝手に植物が入り込み、野生の動物群が潜り込んでくる。こうして、できる範囲のささやかな人の関与とともに、日本の環境の全体がしだいに自然へと回帰していく。もしもそうなれば、それこそは生態系の意思にまかせた一つのリワイルディングである。
現代の日本には自然環境(生物多様性)の問題があふれている。このことを知らないふりで放置することなく、熱心な議論が沸き上がることを期待したい。本書はその起爆剤となる一冊だ。
*版元の書誌情報はこちらより
★01 詩人、明治大学理工学研究科〈総合芸術系〉教授。主な著書に『斜線の旅』(インスクリプト、読売文学賞受賞)、『本は読めないものだから心配するな』(ちくま文庫)、『エレメンタル』(左右社)、『本と貝殻 書評/読書論』(コトニ社)など。翻訳にエドゥアール・グリッサン『〈関係〉の詩学』(インスクリプト)、『星の王子さま』(角川文庫)、パティ・スミス『Mトレイン』(河出書房新社)ほか。★02 独立研究者、翻訳家。明治大学理工学研究科〈総合芸術系〉博士前期課程修了。修士論文は「ナーヴァス・システムと日記――マイケル・タウシグは『非常事態』にどう対処するか?」。訳書にヘレン・チェルスキー『ブルー・マシン――海というエンジンと人類史』(エイアンドエフ)。京都芸術大学非常勤講師。★03 Cf. 環境省「生物多様性条約とは」https://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/treaty/about_treaty.html★04 これまで地球では5回にわたる生物の大量絶滅があったとされるが、そのすべては自然災害などによるとされる。たいして、「第6の大量絶滅」は主に人間の活動(森林破壊、気候変動、外来種の導入、汚染など)が現在進行形で引き起こしているとされる。★05 David Foreman(1946–2022)は、アメリカの野生地および野生動物の保護活動の提唱者。「アース・ファースト!」「ワイルドランズ・プロジェクト」「リワイルディング・インスティチュート」の共同創設者。1980年代から過激な環境保護運動の旗手として論争を起こす。1990年代以降は保全生物学の専門家たちとの協力へと移行し、「リワイルディング」概念の普及に務める。★06 Arne Næss(1912–2009)は、ノルウェー出身の哲学者・環境思想家で、「ディープエコロジー」の提唱者。自然は人間のためだけでなく、それ自体に固有の価値があるとする自然中心の思想を主張。登山家としても知られ、すべての生命との共生を説いたその思想は、現代の環境運動にも大きな影響を与えている。★07 オランダの首都アムステルダムから北東へ30キロにある、干拓事業の失敗で放置された人工の土地を再生した自然保護区。★08 ロシア極東のサハ共和国で行われている、氷河期の生態系を再現・復元し、地球温暖化を抑制することを目的とした実験的プロジェクト。★09 インド洋に浮かぶ火山島で、美しいビーチや珊瑚礁、熱帯気候に恵まれている。観光資源のひとつとしても、生態系保護やリワイルディングの取り組みが進められている。★10 アメリカ北西部ワイオミング州を中心に広がる国立公園。間欠泉や温泉、火山地形など独特の地形に加え、野生動物が生息する多様な生態系で知られている。★11 人間活動などによって損なわれた自然環境や生態系を、元の状態または機能的に健全な状態へと再生・修復することを目的とする学問分野。植生の回復、外来種の除去、動物の再導入など多様な手法を用い、科学的知見と地域社会の協力を重視する。★12 環境を大幅に改変したり、再構成することで、多くの他種の生物に影響を与える種のこと。

- 羽澄俊裕はずみ・としひろ
- 1955年生まれ。1979年東京農工大学農学部環境保護学科卒。博士(人間科学)。1983年野生動物保護管理事務所設立、1991年同社代表取締役社長就任、2015年同社退任。立教大学ESD研究所客員研究員、東京農工大学農学府特任教授を経て、現在は神奈川県公園協会理事、国 ・自治体の各種委員会委員。専門は野生動物保全学。主要著書は『冬眠する哺乳類』(共著、2000年、東京大学出版会)、『自然保護の形』(文永堂出版、2017年)、『けものが街にやってくる』(地人書館、2020年)、『SDGsな野生動物のマネジメント』(地人書館、2022年)、『外来動物対策のゆくえ』(東京大学出版会、2024年)ほか。